撫子の花





初めに言っておくと、答えを聞く前に終わっていた。

「嫌い、五条の事なんか嫌い」
「俺もお前みてーなヒスは嫌いだわ」
「うるっさい!!」
「おめーがうるせーよ」
「名前、悟、二人ともいい加減にしろ」

ドスの聞いた夜蛾先生の声が教室に響く。
…あれ、先生いつの間に来てた?

教室で先生を待っている間、硝子と他愛もない話をしていると、横で雑誌を広げ見開きのグラビアについて言い合っていた五条と夏油の声が耳に入る。
最初はグラビアの女の子の胸がどーのこーの言ってたのが聞こえて、またしょうもない話をしているなあと思っていた。
すると「このグラビアなんて名前の胸の三倍はあるだろ」という馬鹿っぽい五条の声が聞こえて、はあ?と反応してしまった私も悪い。でも、人の胸を勝手に比べるなんて最低では??

そこからはいつものパターン。
言い合いは頂点に達し、表でやり合おうじゃんと喧嘩を持ちかけられ、上等だわと立ち上がると、夜蛾先生が私と五条の頭に拳骨を落とす。
…痛い。

喧嘩に夢中で入ってきた事さえ気づかなかった。…夜蛾先生が入ってきてたなら教えてくれてもいいじゃん、なんて思ったけれど、多分夏油は声かけてくれてたんだろう。それを忘れるくらい言い合いに夢中になって気づかなかった。
てか夜蛾先生の拳骨、超痛い。コレ、たんこぶ出来てない?
半分涙目で頭を触って確かめていると「泣いてやんの!」なんて笑ってる五条の声が聞こえて、ぷるぷると身体が震える。

「きらい!」

…嫌いなんてウソなんだけれど。


***


撫子の花


***




「…またやっちゃった」
「名前もよくやるねー」

夕食を終え、お風呂から上がった私は硝子のお部屋で懺悔会を勝手に開く。
毎回毎日こんな騒ぎを起こしては、硝子に話を聞いてもらい一歩改善しようとするが、中々うまくいかなくて、結局凹んでしまう。

「言っちゃえよ、もう言っちゃえば変わる気がする」
「無理…今日も半ギレしてたし。私に興味なんかコレっぽちも湧かないって」
「いや、告白されたら意識すると思うけど。五条の性格って小学生みたいじゃん?」
「それはそうだけど…でも無ー理ー。はあ…今日もかっこよかった」
「げー引くわ」

言えない。あんだけ言い合いをして喧嘩して嫌いだと言い張った五条の事が好きだなんて、絶対に言えない。

一目惚れだった。
私が呪霊に襲われていた所を助けてくれた時、どこかの国の王子様が現れたのかと思った。
すらっとした身体に白くて透き通る髪の毛、その容姿にピッタリな少し白い肌。そしてどこまでも澄んだ水の様な瞳。
今まで恋愛なんてしてこなかったのに、一撃で心を撃ち抜かれた、知らなかった私の中のドのつくタイプ。しかしそんな事を言ってしまえばただの顔ファンなミーハー。それで良かったのかもしれない。
呪術師としての道を進む為にこの高専に入学し、接していく内に側から見ればクソ生意気な性格でさえ、私にとってはそれも好きという気持ちを膨らませる一つになった。

これだけ膨らんだ想いを伝えればいいものの、出来ない理由が二つある。
一つは最悪な私の性格によるもの。
恋愛に対して素直になれない私は、普段女の子であれば「きゃっ、もう五条君意地悪やめてよ〜!」と可愛いく否定する場面が、「よし表に出よう」と喧嘩に変わる。
毎回心とは裏腹の事を口に出して、うじうじして成長も出来ない。夜になれば唯一私の気持ちを知っている硝子に泣きつく生活を、硝子はそろそろ飽きてきたらしい。
最初はこうしたら良いんじゃない?とか、あの手はどう?とか言ってくれけれど、最近は「もう言えよ」の一点張りだ。

だけど、私の人生に置いては素直になりたくてもなれないし、両思いになるなんて許されない事だと分かっている。



小一時間硝子のお部屋で懺悔を行い、その後は二人でテレビを見ながら他愛もない話をして過ごした。深夜零時を回った所で明日も早いし、と部屋に戻ったけれど、眠れない。
窓から見える月灯りがとても綺麗で、気分転換に寮を出て見る事にした。喉が乾いて自販機で買ったペットボトルのお茶を片手に、高専の入り口にある石階段に腰を下ろす。
お茶を一口飲んで空を見上げると、まん丸い月が立夏の夜を照らしていた。田舎の静けさの中、虫の鳴き声しか聞こえないはずなのに、階段を登る足音が聞こえる。
風が靡き、音が鳴る階段の下を見れば、白い髪の毛がキラキラと月に輝いた五条が居た。

「あれ?お前何やってんの」
「…そ、っちこそ」
「ウチん家の関係者今日来てたろ。それの見送りしてきたとこ」

疲れたわーとダルそうにして、五条は私の隣に腰を下ろした。
…え、座るの?

五条と二人きりなんて、今まで殆ど無かった。
だって今までそんな状況にドキドキして耐えれなく、意図的に避けてきたから。
二人になろうと思えばなれるタイミングなんてあったけれど、そういう所は感が良いのかその場から離れて夏油や硝子を待っていた。
硝子が二人きりにさせてあげようか?と気を遣ってくれた時もあったけれど、断った。
だから、今の二人きりの状況が気まずく、何を話せばいいのか分からないし、いつもの威勢の良い口喧嘩なんて出来ない。
…それに、もう一つの五条に想いを伝えれない理由のせいで、そんな気力も湧いてこなかった。

「お前、ウチの関係者と会った?」
「いや…まあすれ違ったけど」
「フーーン。横取り女とでも言われた?」
「…ごめん」
「前にも言ったけど、別に俺自身は仕来りだったり昔あった話なんて興味ねーよ。アイツらが言った事なんて気にすんな」

五条の方をチラリと見ると溜息を吐き、疲れた顔で月の光る夜空を見上げていた。

五条に想いを伝えられないもう一つの理由は、私の家系だ。
零時を回り硝子の部屋から出た後、向かう先の廊下に見知らぬ人が数人立っているのが見えた。
高専にはよく呪術関係者が出入りするので、関係者なんだろうと思い、すれ違い際に目があい軽くお辞儀をして素通りすれば、後ろからヒソヒソと聞こえる声。

「あれが名字家の子か」
「他家の男を誘惑し盗みやがって」
「よくも脳脳と生きていられる」
「高専に入学させるなんて何を考えてるやら」

…知ってる。分かってる。
ここに入学する時に、夜蛾先生に私の先祖がどんな事をやってきたのか教えてくれたから、少し理解した。それに一年前まで生きてたおじいちゃんも言ってた。
五条家に関わると不孝になるだろう。
関わりたくなかった。…でも、こんな好きな気持ちが溢れているのに、関わらないなんて気持ちが溢れて返って蓋が閉まらない。
この想いに、どうしたもんかとぐるぐる考えていたら、眠れなくなってしまった。
五条の言葉に俯いていると「そんな落ち込むなよ」と少し呆れた声で五条は笑った。

「どーせウチの家の人達は、また名字家が誘惑して誑かして五条家のモノを盗もうとするんじゃないかって心配してるらしーけど。俺達はそんなんじゃねーからうるせーって言っておいた」
「…うん、ありがとう」
「なんだソレ、もーちょい感謝してもよくね?」

五条は少し顔を顰めて「落ち込んでるかと思ってフォローしたのによ」と愚痴を吐くけど、本当に私は感謝している。五条家の物なんて盗む気はない…逆に返したい気持ちでいっぱいだ。複雑な気持ちになっていると、そういえばと私の目を指差す。

「お前もう眼鏡かけねーの?」
「あ、うん。最近制御出来てるし、人混みとかに出る時以外は外してる。…かけてた方が何も言われないかな?」
「別にいいんじゃねーの?眼鏡してると田舎感あるし」

五条は小馬鹿にした顔をしながら「ブサイクがよりブサイクにならなくて良いだろ」と笑うので、また私のイライラセンサーが反応して「うるさい」と言うとケラケラ笑った。
五条は私との間に置いていたペットボトルのお茶を手に取り、ゴクゴクと一気に飲み干す。
…間接キス。なんてこの人は何も考えちゃいないだろう。


「まー俺もお前も、好きなんて感情もつ間柄じゃないしな」
「…うん」
「俺がお前に落とされるなんて絶対ないわ、弱い奴に負けるわけねーし」
「…うん」
「それに俺、もーちょい胸と尻が出てた方がタイプだしな」
「…ねー五条」
「あ、なに?」
「うるさいわバカ、五条なんか嫌いだわ」
「俺もだ、バーカ」

ああ、もう彼のことでいっぱいだけれど、これ以上夢中になる前に気づけて良かった。
私の恋は終わっている