始まりの花





高専の皆んなと出会ったのは、新しい高校生活に少し慣れてきた時だった。


私は、生まれた時から人とは少し違ってた。
人間の瞳はみんな焦茶色と黒が混じっているのに、私の目は何故か撫子の花のような色をしていた。
それだけではなく、普通の人には見えないものが見えていた。絵本で読んだ、妖怪だったりおばけと呼ばれる形に近いモノ。
でも、私が話しかけるとそれは友達のように触れ合ってくれる。そして、その生き物がどこで生まれたのか、何処を漂ってきたのかが感覚で分かる。
小さい頃は、それが見えるのが普通だと思っていた。けれど、少しずつ歳を重ねるにつれて、ズレていた事に気づいた。
友達といえる人間の友達は出来なかった。

父は小学校に上がる前に事故で死んだ。父が居なくなってから、母は私の異様な行動に耐えられず、どこかへ逃げた。
私を育ててくれたのは父方の祖父だった。
祖父は「だから言ったんだ」と母に対して呆れていた。祖父は私の見えているモノに対して祖父自身見えはしていないけれど、理解していた。そして、この目に対しても。
母が居なくなり、日常に馴染めず日常生活に悩んでいた時に、祖父が私にくれたのは眼鏡。
この眼鏡をかければ、みんなと同じ瞳の色にもなるし、見えているモノも見えなくなる。
これを使うかどうかはお前次第。囚われず、自由に生きろ。
しかし、一つだけ約束して欲しい。
五条の家のものとは関わるな。可愛い孫が傷つくのは見たくない。
五条家とは何者なのか教えてくれないが、私に何度も言い聞かせた大事な祖父も一年前に死んでいった。

自由に生きろと言われても、何が自由で何が正しいかなんて分からない。
でも生きていて楽しかったのはこちらの世界だった。

私は普通を装い新しいスタートを切った。
高校では眼鏡をかけて人間らしい生活を。
学校が終わればすぐに眼鏡を外し制服の胸ポケットにしまい、学校の旧校舎の教室でその人間ではないモノ達との時間を過ごす。
高校に上がってから直ぐにこれが友達という存在なんだろうか?と思う人達もいたけれど、そのモノ達と一緒にいる時間の方が楽しくて居心地が良かった。

しかし、そんな生活は長く続かなかった。


***




高校に上がって何となく異変は感じていたけれど、この異変が何なのかよく分からなかった。
いつも一緒にいるモノ達と人気のない旧校舎の教室の隅っこで戯れていたら、一匹だけ様子がおかしいモノが寄ってきた。
今まで見たことがないモノだった。

様子がおかしい…どうしたのだろう?と手を伸ばすと、急にそのモノ、に押し倒されて首を絞められる。
…なんで?
今まで関わってきたモノ達はみんな、優しかった。こんな襲ったりする事なかったのに。
思うように剥ぎ取れず踠き、首を絞める力が強くなり呼吸がうまく出来ず、目をぎゅっと瞑る。

…あ、これ死ぬかも。

困惑しながらも死を覚悟しつつ、心の何処かで助けて欲しいと気持ちが生まれ手を伸ばした時、パリンとガラスの割れる音して、同時に身体が軽くなる。
目を恐る恐る開けると、先程は首を絞めたモノは、いつの間にか消え去っていた。

「何悠長に手差し伸べてんの?お前バカか?」

倒れた身体を起こすと、白髪の男が一人。
…かっこいい。
姿を目にした時に一番に思ったのは、助かって良かったとか、生きてたなんて事ではなく、それだった。
凄い綺麗な顔、と見惚れていると面倒臭そうな顔をしてコチラを見てきた。
身長が高くて少し大人びているが、同い年くらいに見える。高校生でサングラスをするなんて気取った人もいるんだなあ。
彼はしゃがんで私と目が合うと、マジかよ。と少し項垂れてさらに面倒くさそうな顔になった。

「この呪霊達お前の仲間?お前呪詛師?」
「…ジュレイってなんですか?ジュソシって?」
「はあ?何言ってんのお前」

何言ってんのか聞きたいのはこっちの方だ。
ジュレイ?ジュソシ?このモノ達はジュレイっていうのか?それでこの呪霊と仲良くする人がジュソシ?他にも居るのか?
…というか、この人もみえてるんだっけ。
あれ…そういえばサングラス越しだけれども、この人の目も普通の人と違う。
凄く、凄く綺麗。
彼の目を見つめていると、廊下からパタパタと走る音が聞こえ、振り向くとまた男の人が一人。白髪の男は立ち上がり「お、傑!」ともう一人の男に声をかけた。

「悟!大丈夫か?」
「平気平気〜コイツが原因っぽいわ。蠅頭とか四級ばっかだけど、コイツの術式のせいで呪霊が集まってきてる」
「その子は?」
「知らね、呪霊は見えるっぽいけど呪詛師では無いだろ」

前髪をかきあげているもう一人の男の人は、ニコリと笑ってしゃがんできた。笑顔が嘘くさくて少し睨むが、笑顔は変わらない。

「私は夏油傑。君、名前は?」
「名字、名前です」
「…名字?」
「なんだ悟、知り合いかい?」
「…傑、ソイツ高専まで連れて帰るぞ」



それから人形のように担がれ連行され、車に詰め込まれて後部座席の真ん中に座る。両脇には先程の二人。
知らない男二人に誘拐?相手は私と同じ高校生だろう。…しかし高校生でも犯罪に手を染める人は居る。でも物騒な事件が多いし…と最悪の結末が浮かび「出してよコラ!!」と大声を出して車の中で暴れると、運転席の女性が「怪しい者ではありません。お家には連絡しますから、安心してください」と優しく接してくれた。
唯一まともそうな人に感じたので、今お世話になっている知り合いの家の電話番号を女性に伝えて、大人しくすることに。

車の中で先程の出来事は何だったのかと聞いてみるた所、この人達は呪術師という人達だという。そして私にも、その呪術師になる能力があるらしい。
ダルそうにしながらも、私を連れ出すと言った綺麗な顔をした彼は説明してくれた。
…そういえば、もう一人の男の人は夏油傑と言って居たけれど、この人の名前を聞いてなかった。

「そういえば、あなたの名前は?」
「…五条悟」
「五条…?五条ってあの、おじいちゃんが言ってた五条さん?」
「なんだ、名前ちゃんも悟も知り合いなのか?」
「ううん。でも、死んだおじいちゃんが五条には関わるなってよく言ってたの、お前が傷つくからって。…ねえ、五条さんは私の家に何かしたの?」
「はあ?それを言うならコッチのセリフだっつーの」
「…はあ?」

意味がわからなくてカチンとくる。…顔はかっこいいのに。
これから向かう呪術高等専門学校という所に着くまで、彼はずっとムスッとした顔で黙ったままだった。
高専につけば、運転席の女性ーー彼女は補助監督という立場らしい三好谷さんが、一年担当の先生の所へ案内しますね。と、何が何だか分からずついて行く。
先程の胡散臭い夏油と五条の担任を受け持つ夜蛾先生という方にお会いすれば、プロレスラーのような顔をしていて思わず怖気づいた。
ここにくるまでの流れを三好谷さんが説明すると、部屋から出ていかれてしまい尚更怖くなった。

「名字名前、といったか」
「は、はひ!」
「今日はウチの生徒がすまなかった。…しかし名字家が滅んで無かった事に驚いた」
「…あの、私の祖先って五条家に何かされたんですか?」
「…された、というより最初にふっかけたのは名字家の方だ」

それから、夜蛾先生が知ってる限りの私の祖先について、分かりやすく教えてくれた。
この目は名字家に伝わる術式。
相手を誘惑して人や呪霊を操り、呪術師界から雇われ、呪霊退治の他、所謂刺客の立ち回りをしたり、汚れ仕事を受け持つ誘惑術師の一家だったらしい。しかし呪術師界からは評判は良く、仕事を任せる家系が多かった。
呪霊達が私と仲良く接してくれたのは、私の目がいつの間にか発動していた術式にかかっていた事、そして私より弱い呪力の呪霊だからだという。

五条家との問題。
それは名字家は遥か昔、五条家に雇われ五条専属として仕事を受け持っていたという。
そしてある時、五条家の男と恋愛関係にあったらしい。しかし五条家の男は他に許嫁がおり、名字の人間は愛人という存在。
それに腹を立てた名字の女は、五条の男を誘惑の術をかけ、その時代の秘宝であった五条家の特級呪具を盗んだ。
その話は呪術師界に広まり、五条家の圧力もあって、名字家は五条家から完全追放された。
盗んだ名字の女は、口を堅くして呪具の在処を割らず、遂には処刑の身となり、結局呪具の存在は今も何処にあるのか分からない。

どこまでが真実なのかは分からないけれど、これが名字家の歴史。
私の先祖はとんでもない事を、彼ーー五条家の先祖に、家系にしてしまった。
許嫁が居たのに関わりを持ってしまった事、そして愛人なのに逆上し、大事な物を盗んでしまった事。
先程の五条の顔の表情、そして五条に向けて言った言葉が胸に突き刺さる。

罪悪感がいっぱいになり、声が出なくなった私に夜蛾先生は問いかけた。


「もし呪術師になるのであれば、歓迎する。しかし、呪術界のトップは未だ五条家が存在する。名前の居所も窮屈に感じるだろう。これからどうするか、自分にとっての信念を持ってこい」

夜蛾先生に一日時間考えるよう言われ、夜は遅いからと客間に案内された。



祖父が亡くなってからお世話になっていた祖父の知り合いに連絡を入れると、三好谷さんが既に連絡を入れていたようで、また明日連絡を頂戴と言われ、電話を切って客間の布団に入った。
しかし、夜蛾先生に言われた事これからの事を考えてると睡魔が襲ってくる訳もなく、ただただ頭が覚醒して、布団の中でモゾモゾ動き回る。

…眠れない。

眠る事を諦めて客間から出て、少し建物の中を歩いていると五条と出会った。何してんのと聞かれ、咄嗟に「あの、喉が乾いたんですけど」と理由を作ると、自販機の場所まで案内してくれた。
近くのベンチに五条が座ったので、少し距離を空けて隣に座り、自販機で買ったココアを飲んだ。

「んで、お前どうすんの?」
「……呪術師に、なりたいです」

今の私の中の気持ちで、これだけは決まっていた。

五条家の秘宝だった呪具を、なんとしても見つけ出したい。その為に、呪術師になれば私の先祖の過去や呪具の在処のヒントが分かるかもしれない。

…それに、この五条悟という人間の事が気になってしょうがない。
それは、五条家に対して申し訳ない気持ちからではなく、目でずっと追っていたいような、そんな不思議な気持ち。
かっこいいと思う。でもそれだけじゃない。言葉にすれば、好きという気持ちに少し似ている気がする。
祖先が最悪の関係で、そんな事を思うなんて頭イカれてるとは思う。それに伝えたとして、生涯会えないくらいの島流しにあってしまうかもしれない。
だからこの好き、に似た気持ちは胸に閉じ込めておこう。
でも、でも、いつか、呪具を取り戻して、五条に返して、そして五条との関係が友好になれたら。もしこの気持ちが続いていたのなら…その時はこの気持ちを伝えたい。
心の中で決心が決まり、五条の方を見ると彼は笑っていた。

「良いんじゃねーの?その代わり呪術師は死と隣り合わせだから、怖気付くんなら今のうちだぞ」
「覚悟は決まったし、逃げたりしないよ。…でも、五条サンは…いいの?私が呪術師になっても」
「覚悟決まったんだろ?呪術師は年中人手不足だし、増える分には問題ねーよ」

いや、そういう事じゃなくて…と言いたいが「まだ何かあんのかよ」と顔を顰めるので、別に。と彼は名字家の者が呪術師界に復帰する事に対して抵抗はないんだろうと思った。

「これから、よろしくお願いします」
「ああ。一緒に地獄を楽しもーじゃん」