すれ違う花







「な〜俺甘いヤツがいい、卵焼き」
「もー横からうるさい。私も甘い卵焼き好きだから多分これくらいで良いと思うけど」

フライパンから上げた卵焼きを切って、お箸で一個摘まみ口元に持っていけば、五条は大きな口を開けてパクリと食べた。もぐもぐ味を確かめる彼の表情は徐々に満面の笑みが浮かべる。……うぐ、可愛い。

「絶妙!良いじゃん、ウマい。流石料理だけは上手だわ」
「料理だけって言うな」
「パスタ作ったお前〜うめえ〜みてーな曲、最近よく流れてるやつでも言ってんじゃん。料理上手いだけで歌詞なるんだぜ?この俺が褒めてんだから喜べっての」
「え"っ……五条、湘南乃風とか聴くの?」
「はあ?しょうなんの…何?」
「いや…別に。なんでもない」

五条とは以前音楽の話題で意思疎通出来たけど、話を聞く感じ世間に流行ってる曲で気に入ったら聴くタイプらしく、アーティスト名は知らないようだ。しかも歌詞少し違うし。それにあの曲ラブソングなんだけど分かって言ってんのかな……。


五月も終りを迎える今日この頃、少しずつ忙しさが任務の数を通じて感じる。梅雨の時期が来れば、呪術師の繁忙期はすぐそこ。
いつもの朝のランニングを終えシャワーを浴びて部屋へと戻ろうとした時、五条から呼び止められて「部屋で映画見よーぜー!」と元気な声で声をかけられた。
今日は授業はお休みのはずなのに、彼の姿は制服姿で、所々に汚れがついている。

「どうしたの?ぼろぼろじゃん」
「さっき任務帰ってきた。今日授業無いし暇だろ?」

だからさ〜と話を進める彼を止める為に「とりあえず汚れてるしシャワー浴びてきなよ」と言えば「んじゃ行ってくるから朝メシ作っといて」とヒラヒラ手を振って去っていった。おおう、いつもはネチネチと文句言ってくるのにやけに素直じゃん。まあ任務頑張って帰って来たんだし、作ってあげるか。
キッチンは共同スペースに二つ備え付けられえているが、今は誰も使っていない。朝食は頼めば寮母さんが作ってくれるし、私みたいに毎日料理をしている人は稀で、キッチンに高専生が立ってるのを見かけた事はたまにあるくらいだ。
効率的に卵焼きと味噌汁、肉巻きを作り白米を鍋で炊けばいい匂いが広がる。出来立ての白米の匂いってなんでこんなにも美味しく感じるんだろう。
ひと段落した所に突然背後から「出来たー?」と声をかけられ、後ろを振り向けばラフな格好に着替えた彼が立っており今に至る。
相変わらず自由奔放だなあと思うけど、星漿体の一件から五条の表情がいつも通りに戻ってきてほっとしてる。あの夜の悲しい顔は思い出したくないし、二度として欲しくない。
星漿体の一件後、五条に特級術師の称号を与える事が決まって、高専内でも噂になっていた。特級という言葉は聞くけれど、特級術師に出会ったことは無い。特級の噂話が広がった時に夜蛾先生に質問してみれば、特級術師は一人しか居ないらしい。なので、五条で二人目という超レア。
すごいなあ……私も早く階級上がんないかな。
冥さんにこの前聞いたら、上との間で中々手こずってる事と、もう一人一級術師からの推薦が必要と言われた。
推薦は五条や夏油みたいに身内に頼むよりは、あまり一緒に任務をしない人から推薦を貰った方が良いと言われたけど、該当する人が思い浮かばない。…というか手こずってるって事は、上層部から見ればまだ二級に上がれないほど弱いのかなあ、私……。


お弁当とスープジャーに料理を入れて用意していると「今日ウチの連中来るって言ってたし、あの部屋で食べよーぜ」と提案してきた。
は、ちょっとまって。ウチの連中って…五条家の人達でしょ?今までの事、分かってんの?
五条の誘いを断りたくはないけど…あの人達にも一緒に居る所は知られたく無い。あの部屋に向かうのであれば、見られる可能性は低いけれど完全にゼロにするのであれば関わらないのが一番。

「おい、なんだよ、言いたい事あるなら言えよ。言わねーと映画観ねーぞ」

天秤にかけて悩む複雑な気持ちは顔に出ていたらしく、ずいと顔を私に近づけた。

「それもやだけど……」
「ならちゃんと言えって」
「べつに……一緒に居るとまた五条に関わるなって……腫れ物扱いされるから、それが嫌なだけ」

本人の家系に対して不満をいうのは失礼極まりない事は分かっているけど、彼も私の置かれている状況は十分理解している……はず。
まあ前もこんな風になった時、面倒くさそうだったけど。今回もうるせーな!気にしすぎなんだよ!とかまた強引に丸め込まれるのかな……。信用出来ないわけではないけど、どこからその自身が出るのか不安でしか無いのは本当で。

しかし彼は優しく微笑んで私の頭を撫でてきた。

「大丈夫だって」

いつもなら何を根拠にと不安が募るはずなのに、彼に触れられた事が、その言葉が、何故か私の心を落ち着かせた。


*



作ったお弁当箱を片手に五条の後ろを歩いて秘密の部屋まで向かう最中、自販機スペースのベンチにぼーっとしている夏油が視界に入る。その表情が少し気になって五条に「先に行ってて」とお弁当箱を渡し、夏油の側に近寄るがこちらに気づく気配はない。

「夏油どーしたの?…あれ?おーい」
「…ああ、名前。おはよ」
「…うん、おはよ?」

余程何か考え事をしているのか、ぼんやりとしていて夏油の目の前で手をヒラヒラさせると、ぱちぱちと瞼を二、三回瞬きして私を見てきた。

星漿体の件で五条は特級術師となったが、夏油にも特級の話がきていると聞いた。喜んでるのかと思えば、彼の顔は重たい顔をよくしている。私達と一緒に居る時は今までと変わらないけれど、少しおかしい。
あの日、五条は私に対して私は五条に対して気持ちを分け合ったけど、もしかしたら夏油が一番……。

「ねえ夏油……大丈夫?」
「何がだい?」
「よくぼーっとしてるじゃん。何か悩んでるなら、私で良かったら聞くよ?」
「ふふ、名前も成長したね。お姉さん味が出た」
「えっそう?」

突然の褒め言葉に詰まって、うまく返答出来なかった。まあやっぱり二年生になって後輩も出来たし?精神も成長したよね?褒められるのは嫌いじゃないし、素直にめちゃくちゃ嬉しい。お姉さんって響きは結構好きだし、いつもバカにされてばっかだから尚更。

「そうやって喜んだりする所も、前より表情が柔らかくなったよね」
「え……何?めちゃくちゃ褒めるじゃん」
「本当の事を言ったまでさ。やっぱり悟じゃなくて私にしないかい?」
「なっ、また揶揄って…!」

何か企んでいるような顔にまた嵌められてしまった。夏油は褒めてくれる時は沢山褒めるが、その中の半分は揶揄ってるだけで、恋愛を仄めかすような冗談は、冗談でも恥ずかしい。しかも揶揄わないでよ!と言っても彼は否定をしないから、尚更性格が悪い。
まったく…!…………あれ、そういえば何の話してたんだっけ。
夏油のペースに呑まれていた事を気づき、記憶を巻き戻した。

「…じゃなくて!夏油最近変だよ?話はぐらかすしどうしたの?」
「そうかい?別になんでもないさ」
「……本当に?」
「本当。ああ最近暑くなってきたから、それのせいかもね、でも問題ないよ」

気にするな、と言ってる夏油の顔は少しやつれているが、本当に暑さのせいなのか少し疑問に感じる。嘘か本当なのかはこの際どうでもいい。兎に角心配なんだ。私が夏油に対して何が出来るのか分からないけれど、頼って欲しくて座ってる彼の首に腕を回して抱きしめた。

「…名前?どうしたの」
「夏油が考えてる事、分かんないけど…でも夏油が私の事助けてくれたように私も助けたいの…。だから言えるようになったら言って」
「…はは。大丈夫だよ本当に」

抱きしめた私の背中をぽんぽんと叩くと、腰を持たれ、距離を取るように抱きしめた手を緩められる。
……私は夏油に何もしてあげられないんだろうか。彼と一瞬目が合えば、節目がちに思い詰めた顔をする。

「名前はさ、非術師の事まだ嫌いかい?」
「えっ…うーん……正直言えば嫌いだけど、昔より嫌いじゃないよ。傲慢じゃなくて親切にしてくれる人も居るんだなって最近思う時あるし。でも……やっぱり身勝手だなって思う時もある」
「…そうか」

夏油にこの手の嘘を言っても、毎度反省してるか見破られてしまってたから、素直に今思ってる事を答えた。
今まで極力関わらないようにしてきたが、任務先で助けた人からお礼される事もある。嫌な気持ちになる時もあるけど、笑顔で感謝を伝えられると憎む事は出来なかった。だけど……理子ちゃんが、大切な人が、非術師達のせいで仲間が居なくなった事は未だに腹が立つし変わっていない。
……そんな事、どうして聞くんだろうか?それが夏油が悩んでいる事なの?

「名前」

問いかけようと口を開いた瞬間、背後から名前を呼ばれて振り返ると不機嫌そうな顔をする五条が立っていた。

「……何してんの」
「五条……先行ってて良かったのに」
「悟と約束でもしてたのかい?悪いね引き止めて」
「え、ちょっ」
「傑、何か名前に用事でもあったの?」
「ああ、でも済んだよ。そろそろ任務の時間だ。悟、お土産何がいい?」
「甘いモン、今度は和菓子がいーかな」
「了解、名前も一緒でいいかい?」
「う…うん」

答えを聞いて夏油は立ち上がり、私の頭を優しく撫でると男子寮へ向かった。
用事なんて何も無かったはずなのに、私を庇うように嘘をついた。結局、夏油が悩んでる事、何だったのか聞けなかったな。
また任務から帰って来たら、ちゃんと時間をとって聞いてみよう。夏油の事に気を取られてると、背後から手を握られて引っ張られた。

「行くぞ、」
「あ、待たせてごめんね」
「……別に」

私の手を無理矢理取って先を進む五条の声が、いつもより少し冷たく感じた。

***


寮を出て階段を上がって建物を抜けて、なんとも迷路のように敷地内を移動して秘密の部屋と出向いた。
相変わらず殺風景の部屋にあるテーブルにお弁当箱を置いた五条は、テレビをつけて早速手を合わせる。隣に座り朝のニュースが流れる中、ちらりと目線を彼へとうつすと、熱々の白おにぎりをはふはふと言いながら食べてる。さっきの不機嫌はどこへ言ったのやら、夢中になっている姿がとても可愛い。

「この肉巻き美味ぇな。卵焼きも」
「ふふ、そんなガッツがなくて良いよ、誰も取らないし」

ハムスターの様に両頬が膨らんで幸せそうな顔をする彼の言葉にこっちまで幸せになる。作りがいがあるし、何より美味しいと言って食べてくれるのがとっても嬉しい。
黙々と食べ終わった五条はご馳走様でした、とちゃんと手を合わせた。こういう小さい所、礼儀良いんだよなあ。

「名前は食べねーの?」
「うん。作ってる時に少しつまみ食いしたし、朝はあんまし入んないんだよね」

朝は沢山食べた方が良いと聞くけれど、少し食べるだけでお腹いっぱいになる。つまみ食いって言っても小ぶりなおにぎり食べたし、お腹は膨れていた。

「太んねーと強くなんねーぞ」
「最近冥さんに色々指導してもらって少し筋肉量増えてると思うんだけどなあ」
「はあ?指導?」
「うん」
「……いくら積んでんの」
「なんか後払いで良いって言ってもらったから、甘えてるよ」
「マジ?」

あの冥さんが?と少し驚いていた。やっぱり冥さんが私に優遇してるのは、五条からしても驚きらしい。
筋肉を確認するように腕を曲げて見せると、五条は私の二の腕を触っては握るを繰り返して確かめる。

「はあ?筋肉無さすぎ。冥さん見てみろよ、あの人脱ぐとやべーから」
「えっ?!冥さんの裸見たことあるの?!」
「ばっか、恐ろしー事言うなよ。夏服着てる時に見ただけだっつーの」
「な、なるほど……」

だ……だよね、そんな関係だったらショック受けてる所だった。冥さんの夏服は見たこと無いけれど、スタイルがとても良いのは長袖でも分かる。
そんな事を考えている間、五条は先程から私の二の腕をふにふに、ふにふにと触る手の動きは止まらない。七分丈のシャツの上からとは言え、二の腕なんて意識して触られた事なんて無いし、少しこそばゆい。そして相変わらず距離感が近い。

「ねえ……それ、やだ」
「なにが?」
「分かってるくせに……もういいでしょ」
「そういやー二の腕ってさ、おっぱいの柔らかさと一緒らしーよ」
「お…?!っばか!へ、変態!!!!」
「変態でもいーわ」

グイッと私を寄せる彼の行動に大声を出せば、いつも怒って反論するはずなのに受け入れてくる。いつもと少し違う彼の言葉に疑問を抱くが、このまま彼のペースに巻き込まれるわけにはいかない。

「た、タンマ!ど、どうしたの、何かいつもと違くない…?」
「……」
「あ、早く映画見ようよ、ね?」
「……いーけど」

私の腕を離した五条は、ソファから立ち上がってテレビ下のキャビネットからDVDを漁りだし、どれ見んの?と問いかけて来た。
彼の気が別に向いた事に安堵しつつ、キャビネットを覗けば、沢山のDVDが整頓されいる。前回一緒に見た時も、結構沢山種類のあるDVDが目に入って気になっていたけど、ぱっとみる感じ洋画が多く、少し邦画もあるようだ。

「アニメ映画とかないの?」
「あんま見ねーかも。何、アニメがいいわけ?」
「別にそんなんじゃないけど、無いなあと思って」

見る限りアニメ作品のパッケージが見当たら無かったのだ。確かに男の子って洋画とか激しいのが好きなイメージ。

「ふうん。……なら、一緒に観に行く?」
「…へ?」
「この前任務で助けたパンピーがさ、映画の前売りくれたんだけどさー。アニメ映画あんま見ねーけど、観るなら一緒に行ってやるよ」

五条はデッキの端にあった二枚の前売り券を、私に見せてくれた。夏空に女子高生が描かれている可愛いらしい絵の下の方には七月公開と書いてある。
初体験の映画館を招かれて「行きたい!」と言えば、五条はクスッと笑った。

「その食いつき様、ウケる」
「だって初めてだもん映画館!」
「出た、貧ぼっちゃま」
「貧ぼっちゃまじゃないもん!」
「へーへー。…んじゃあこの引き出しに入れとくから、忘れんなよ」
「うん、ありがと!」

五条からデッキの横にある引き出しにチケットを閉まった。七月…あと一ヶ月かあ。映画って何ヶ月くらい上映しているんだろう。夏は呪霊の繁忙期でもあるけどタイミング合うだろうか。
それに…………呪具の事も。夜蛾先生に沖縄であった事を話したら、上からの命令を待てと言われてお預け状態だ。あのお爺さんが言ってた約束の日までに、解決出来たらいいんだけど先は見えない。


五条と一緒にデッキの中を覗いて今日見るDVDを選ぶが、気のになる作品が多すぎて中々決まらない。ここにある作品は五条が好きな作品なんだろうし全部見たいのが本音。

「ねえ、もし良かったらここ一人でも来ていい?見たいのありすぎて選べない」
「別にいーけど。俺が居たら呼べよ。あと他の人には知られないよーにしろよ」
「分かってるって」

良かった、また時間が出来たらここに来よう。沢山ここにある作品見て五条と少しでも同じ作品を共有したい。
……離れなきゃいけないと思っていても、少しでも一緒に居たい気持ちはいつまでも捨てられなかった。いつ死ぬかも分からないこの人生で、思い出を作るとしたら貴方との思い出を一番に思い出して、一番多く残しておきたい。これくらいの我儘は許してほしい。



結局、今日は五条が最近購入してまだ観ていないDVDを観ることにした。サスペンス映画のようで、主人公のとある男の刑事さんの周りで不可解な出来事が起きていく。途中から主人公の恋人も出てきて、恋人が何やら重要なキーを握っているようだ。
終盤に差し掛かりキスシーンや夜を一緒に過ごすシーンが描かれて、そのシーンがまた凝っていて生々しく感じる。
薄暗い照明に浮かぶ二人はゆっくりと唇を合わせて、裸で身体を寄せて触れあう。男優が彼女の胸に触れる映像を五条と一緒に観ていると思うと、気まずくて画面が見れない。テレビからは「あんっ」と女性のが甘ったるく鳴く声に、さら体が熱くなるほど恥ずかしくなってテーブルに置いたDVDのパッケージを目をやるとR15と表記されていた。R15って…15歳超えた私でも無理なんだけど…!R18と間違えてない!?
居た堪れなく、目を閉じてそのシーンが過ぎるのを待つ。早く、はやく、こんなシーン無くても愛し合ってるのは分かったから…!
顔中が熱くなり、心臓がぎゅっぎゅっと締め付けられる。逃れたい一心で深呼吸をすると、彼の指がソファに添わせていた私の指に触れ、思わず声を上げた。

「ひゃっ…!なに!?」
「プッ、何変な声だしてんの」

心臓が飛び跳ねそうになりながら、彼の顔を見れば、ニヤニヤと企んだ顔をしていた。また揶揄って…!!
五条の細い指が私の指に沿って重なるように移動し、手の甲を覆う。その手から逃れようと手を引くが、握られてしまって逃れる事が出来なかった。
さっきはどうにか話を逸らせたけれど、テレビから流れたあのシーンが頭や耳に残って、甘ったるい声が響き上手く動かせない。

「やだ…やめて」
「やだ。お前映画みてねーじゃん」
「違っ…まさかあんなシーンが出てくるなんて思ってなかっただけで…!」
「あんなシーンってどんなの?」
「……っ分かってんでしょ…!?」
「わかんね〜けど〜?」

理解しているはずなのに、否定するよな返事をする彼の顔は相変わらずにやにやと意地悪な顔をしている。手の甲に触れていた手が、指と指の間をなぞり手を握られればぐいっと身体を引っ張られ、彼の身体に飛び込んだ。
抱きしめられ「さっきのあれと同じこと、する?」と甘く耳元で囁く。その瞬間、過去の記憶がフラッシュバックし五条の胸元を押して距離をとった。
バレンタインに無理やり責めてきた事、前に謝ってくれたのに…何でまた同じ様な事しようとするの…?

「やめてって言ってるじゃん!前も言ったでしょ、私はおもちゃじゃないって!!……五条だって、おもちゃじゃないって言ってくれたじゃん!」
「……じゃあなんで傑にはさせてんだよ」
「…え?」

夏油に…?夏油と変な事なんて何もやってない。むしろ二年に上がって任務も同じになる事は少なくなったし、寮でも出くわす事が少なくなった。それなのに意味の分からない事を言われても困る。五条に怒った顔を向ければ、彼も私に対して苛ついていると言わんばかりに顔を顰めていた。

「傑に抱きしめられてただろ、何で傑は良くて俺はダメなの」
「…見てたの…?」
「お前、やっぱり傑の事好きなんだろ」
「好きだけど……でも、それは仲間として。それは仲間全員に思ってる。ただ…最近夏油の様子がおかしくて心配だし…私に何か出来ないかなと思って…」
「はっ何それ、お前気許しすぎなんじゃねーの?」
「はあ?」

理解が出来ない。夏油だって、五条だって、辛そうにしてたから私が出来る事をしただけなのに。気許しすぎってどういうこと?もしかして、五条に変な誤解させてる?

「傑が名前の事好きだったらどうすんだよ。俺がお前にやった事も、傑がやれば許すんだろ」
「何言ってるの?五条が言ってる事良く分かんないけど…だとしても、五条が今私にしてる事は受け入れられないよ」

何故夏油が同じ事をするなんて言うんだろうか。夏油は揶揄って変な事を言ってくる事はあったけど、五条と違って過度に触れたりはしてくる事はない。
それなのにこんな…愛を育むはずの行為を遊び半分で愛ない行為にしてしまう事、私は祖先と同じ事はやりたくない。
こちら側に愛があったとしても、五条…相手側にはないんだ。祖先が歩んだ愛人という存在に近いだろう、ただの遊び。過去と同じ苦しさを繰り返したくはない。それならばこの恋心が叶わない方が全然マシだ。


*


映画は言い合ってる間に終盤に来ていて、主人公の彼女は結局人質になり、犠牲になって死んでしまうがその代わり街には平穏が訪れ…ハッピーエンドとは言えない中々の終わり方だった。
五条の言葉を拒否してから、彼の表情は冷たかった。エンドロールが流れると、停止を押してDVDをディスクから取り出した。
「帰る」と言い放った言葉に「うん」と同意し、空になったお弁当を持って後ろを歩く。気まずさを感じて、ねえと声をかけるが何も言ってくれなかった。
……私、五条の事、怒らせちゃったよね?
でも別に私は間違えた事言ってないと思っていて、それは五条も同じなんだろうか。彼の考えている事もちゃんと聞いた方がいいのかも知れないけれど、声をかけても返事をしてくれない。
前に夏油を怒らせちゃった時の事が蘇る。あの時の空気感と一緒だ。夏油と喧嘩した時は、何に対して怒っていたのか、何が悪かったのか言ってくれてたし、それを踏まえて自問自答して反省したけど、今回は何が悪くて何に反省すれば良いのかわからない。
……どうしよう。
ぐるぐる頭を悩ませながら歩いていると廊下の先に一人、男の子が立っていた。姿からして、小学生に上がりたてくらいの、小さな男の子。

「子供がなんでこんな所に居るの…?」
「…関係者じゃねーの」

あ、答えてくれた。もしかしてさっきの、私の声聞こえてなかっただけなのかな?
ううん、でもチラッと横目で五条を見れば、あからさまに不機嫌な顔をしている。その不機嫌の原因は、私だろう。
ぎこちない空気に溜息が出そうになる。しかし子供一人で高専をウロチョロしているのも危ない。敷地内は広いし、迷子にでもなってしまうと探すのが面倒だ。子供に駆け寄って、目線を合わせるために少し屈むと目が合った。

「ねえキミ、一人?お父さんとお母さんは?」
「…何オマエ。馴れ馴れしいんだけどブサイク」

…何だ、この口の聞き方…。五条よりも言葉遣いが悪い。生意気にも顔を歪ませて私を見る子供に対し、米神あたりがピクピクと反応した。

「お前子供に好かれねーよな。将来子供出来ても万年反抗期だろ」

後ろから五条が私に槍のような言葉を刺して嘲笑する。…確かに、前に任務で子供に会った時にも怖いやら泣かれたりしたけど…でも、あの時よりは優しく出来たと思う。

「余計なお世話…っていうか、私に子供が出来る未来なんて無いもん」

そんな幸せな未来、私に訪れる訳ないじゃん。子供の頃描いていた夢は、突然現れた呪いのような過去によって打ち砕かれた。恋愛も上手くいかない私に、本当の愛を分かり合う未来が来るなんて想像が出来ない。一生涯独り身でいい。五条に呪具を返して、呪霊が嫌な思いをしない未来を作って、術式が無くても大丈夫な様に。名字家が私で滅んでも良いように。そしてこの恋心も、五条が幸せになってくれれば諦める事も出来るだろうし。私も……幸せだもん。

屈んだ私を無視するように子供は五条の前に立って見上げた。

「お前が五条悟?」
「口の利き方に気をつけろよ、ガキ」
「…ボクは、ボクのお姉ちゃんがお前の許嫁になる事になったから偵察に来ただけだ」
「「…は?」」