張り合う花





体が重くてしんどい。原因は多分、久しぶりの授業のせいだろう。

六月も中旬過ぎ。昨日任務から帰って大浴室に向かうと、ばったり硝子に出会い「明日の授業、期末テストの対策するってよ」と教えてもらって絶望していた。
繁忙期もあって最近任務続きで、授業があるのは週3日あればいい方。テストの存在なんて頭から消えていたし、何も考えないようにすると五条の事で頭一杯になるので忘れていた。

そんな気持ちを抱え、重い体で重い教室の扉をガラリと開けると久しぶりにクラスメイト全員揃っていた。
扉から一番近い席に座っている五条とバチっと目が合い、体が動揺して止まってしまったけど、彼は一瞬で私の目から視線を逸らし何もなかったかのように携帯へと視線を戻す。無理に意識してはいけないし「おはよう」と平然を装って三人に声をかければ、硝子と夏油から「おはよう」と返ってくるのに対して、五条は依然と私が居ないかのように無視した。
……あーそうですか、まだ怒ってるんですか。未だに不機嫌な五条に対して少しイラっとしてしまった。
けれど…これでいい。疎遠になっていた方が変な噂もされないし、私にとってもメリットはある……はずなのに、未だに胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。
深呼吸して平静を保ち自分の席に座ると、丁度夜蛾先生が入ってきて早速大量のプリントが渡された。

「試験は七月頭だ。四人揃うことは難しいのでタイミングがあった者から行ってもらう。言わんでも分かると思うが、試験が終わった後に内容を他の者に教えるのは禁止行為。自身で復習しておくように」

……夜蛾先生の言葉に絶望しか感じない。渡された復習プリントに目を通して鉛筆を握ったけれど、何を書かれているのか全く分からず時間が過ぎチャイムが鳴る。
途方に暮れて天井を見上げれば、隣に座ってる硝子が声をかけてきた。

「名前、大丈夫?理解できてる?」
「う、うん!大丈夫!」
「嘘つけ、白紙じゃんか」
「あっ、ちょ…!」

睨めっこしていたプリントをひらりと抜き取った硝子は「まったく……嘘つかないの」と顔を顰めた。
正直こういう呪術とは関係ない所でさらに迷惑なんてかけたくない。しかし硝子の言った通り大丈夫ではないのは自分でも理解出来る。

「ねぇまた補修なっちゃうよ?手分けして教えるから頑張りな。私、保健と理科目くらいなら教えれるし……夏油は?」
「社会や歴史はいけるよ。国語と数学は悟の方が分かりやすいだろうし、お願いするよ」
「はあ?俺はやんねーよ。何でバカの世話なんてなんでしなきゃなんねーんだ。人に頼んねーでもやれっつうの」

二人が私に対して心配の姿勢を向ける中、五条だけ反抗の態度を向けつつ先生から受け取ったプリントをまとめて教室から出て行った。
呆気に取られて言葉を失っていた二人は彼が教室から出ると、私に問いかけてきた。

「名前、悟と喧嘩したのかい?」
「…喧嘩っていうか…ちょっとね」
「もしかして前に言ってたやつ?アイツも頑固過ぎでしょ…ま、いいや。じゃあ五条抜きで今夜勉強会やるから、私の部屋集合ね」
「えっいいよ。五条の言った通り、皆んなに頼ってばっかだし一人で頑張る」
「…頼ってよ、友達でしょ」
「そうだね。私も名前の力になりたいけど、どうだい?」
「……じゃあ、よろしくお願いします」


そんなこんなで、色々済ませて硝子の部屋に行けば、すでに居た夏油にプリントの問題の答えを理解できるまで叩き込まれた。
二人の教え方はうまいし理解はできるが、暗記問題になると苦手で中々覚えられない。いい国作ろう鎌倉幕府だって、キーワードと数字を合わせて覚えるなんて器用な事は私には無理無理。
二人が教えてくれるから頑張って覚えなきゃと頭に叩き込んだけど、もうそろそろ限界だ。

「…よし、ここの範囲は大体大丈夫そうだから、今日はここまでにしよっか」
「奈良時代の政権…ブツブツ……」
「そうだね、もう名前の頭もいっぱいみたいだし。そろそろ寝ようか」
「おっけー」
「二人ともありがとう。後は自分で部屋に戻って復習……って、何やってるの?」

頭の中で単語が溢れ出すのを抑えるように教科書を閉じ、部屋に戻る準備をしていると、どこからか出した布団を夏油と硝子は床に敷き始めていた。え、もしかして二人って一緒に寝てるの?

「何って、ほら寝るよ」
「二人が寝るんじゃないの?」
「何で夏油と一緒に寝なきゃなんないの。今日は名前を挟んで寝るの。……名前、最近酷いからさ」
「そうだね。ほら、横になって」
「…………ごめんね、迷惑かけてばっかで…」

色々迷惑かけてしまったのは重々承知ではあるが、二人が思う酷いの意味が分からなくてただただ謝ってしまった。
二人の顔が見れなくて俯いていると、硝子は私の頬をあげて横に伸ばす。

「いひゃい……」
「もーそうじゃない。名前全然寝てないでしょ?クマも酷いし最近よく怪我するしさー」
「確かに身体のラインも以前より細くなってる。もう少し肉付けた方が私は好みだよ」
「ちょっとセクハラ発言すんなら帰ってよ。元々私だけだったのに夏油が無理矢理入ってきたんでしょ」
「いやいや、本当に心配してるよ」

夏油の発言に小突く硝子は「だから今日は強制的にでも寝させる」と三枚引かれた敷布団の中央を叩いた。ここに寝ろって事なんだろうか。
お泊まりっぽくて心の奥がくすぐられ、素直に真ん中で横になれば、両側に二人も横になる。電気を消して静かになると、降っている雨音が大きく聞こえた。


「私は悟と名前が喧嘩してるのか気になっていたんだ。名前の溜め込む癖また出てるよ」
「ごめん、二人巻き込んで……。五条に謝りたいとは思ってるんだけど、何で怒ってるのか私もよく分かってなくて……でも、嫌われてた方が良いと思ってるから別に気にしてないで。私も気にしてないし」
「気にしてなかったら、こんなクマ出来ないでしょ」

横から頬をぐいと指で柔らかく捻られ隣を見ると、暗闇に少し慣れた目が硝子の顔を映し出し、その顔は少し凹んでるように見える。……何で、硝子がそんな顔をするの?

「……ううん、五条とは関係ないよ」
「じゃあ何が名前をこんな風にしたの?……私は名前が少しでも前よりも、楽しいって思ってほしくて……アイツのせいで振り回されて、それが解放されて名前自身が楽になるならいいやって思ってた……でも、こんな辛い顔する名前、見たくない」
「……名前、私達はね、あの状況を見てしまったら君がそうやって否定して悟を庇ってる事で真実味が増すのさ。今の名前は日常を来すくらいおかしい。万が一任務の時に何かあったらどうするんだい」
「そんなこと、」
「あるの。五条に許嫁が出来てから名前の傷も明らかに増えた。任務をこなす数が前より格段に増えたからかもしれないけど無理し過ぎ」
「本当に五条は関係ないの!もう未練も無い……無い。早くリコちゃんと五条が……付き合っちゃえばいいって……思うもん……」

リコちゃんの想いが五条に伝わって、五条も同じようにリコちゃんを想いあって……彼女の願いが叶ってしまえばいいのに。


「じゃあ何でそんな怪我してんの?何でそんな苦しそうな顔するの?」
「それは……私が弱いから」
「名前は十分強いよ……ねえ、私の事信用出来ない?」
「そんなわけない。硝子のこと好きだよ」
「それなら何で私達に、そんなに意地張るの?」
「意地なんて張ってないよ、ごめんね迷惑かけて」
「違う、そんな事言ってほしいわけじゃない」
 
硝子は私に向かって少し怒ったように鋭い声を出し、夏油が咄嗟に「硝子、落ち着いて」と宥めるように声をかける。
硝子が私に対してこんなに怒るのは初めてだ。そんなに皆に対して不快な思いをさせてるんだな…。
でも、意地を張ってるわけじゃない。胸のモヤモヤに対して負けないようにしてるだけ。だから大丈夫だよと答えれば、硝子は呆れたように溜息を吐いては、一つ言葉を溢した。

「……私はさ、もっと名前に笑ってほしいの。どうやったら笑ってくれる?」
「硝子と一緒に入れるだけで私は嬉しいよ」
「でも、名前を幸せに出来ない」
「そんな事ないよ」

薄暗い中、硝子に笑ってみせるが顔色は変わらず、夏油がうーんと唸って提案を示す。

「そうだ、一度ぱっと遊んでみるのはどうだい?最近任務ばかりだろうし、一旦呪術というものを忘れて高校生らしい事しようじゃないか。名前そういう青春っぽいの好きだろう?」
「……すき」
「…ふふ、久しぶりに天然な名前見た気がする」
「ええ〜?」

さっきまでの冷たい声が嘘のように笑った硝子につられて、私も気の抜けた声が出て笑ってしまった。

「でも皆んなと遊ぶなんて最近ないから、やりたいね。最後いつだろ……沖縄の任務の時に海水浴行ったきりかなあ」

出かける事はあっても、それは任務に向かうだけで終われば高専へ帰る日々。休みもばらばらで任務も三人と同行する事は少なくなったな。沖縄も海水浴で遊んだけどあれも任務の一貫だったし。

「私も名前と海水浴で遊びたいんだけど。……あ、そういえばさ、明後日合コンするんだけど来る?」
「ゴウコン?……ってなんだっけ」
「「マジ?」」

両側から呆れたような声で驚かれる。ゴウコン…言葉は聞いた事あるんだけど、何で聞いたかも忘れて覚えていない。え、そんなに知らなきゃマズい言葉だった?
私の頭の中は今、奈良時代の天皇の名前が駆け巡っていて一層思い出せない。

「合コンってのはー……色んな人と交流を深める飲み会みたいなもの。彼氏の友達が合コンしたいらしくて、人数集めで誘われてたし丁度良いから来なよ」
「硝子、名前には早すぎるんじゃないか?」
「そんな事ないでしよ。嫌な事忘れるんなら、こういう手もアリじゃない?」
「ねぇ……もしかして、それって非術師も来る?」
「研修先だから呪術については知ってても見えない人もいるからそうね。……そういえばこの前、名前が一般人殴りかかりそうになってたって七海から聞いたよ」
「げ、それは……」

気になって聞いてみれば痛い所を突かれた。
先週、七海と任務に行った際に思わず手が出てしまった事があった。あの時……ただ、非術師が七海に殴りかかりそうな勢いで罵倒を浴びせてきたから、止めようとして……まあ少し手が出てしまったのは嘘じゃ無い。
そんな事を夏油が知ればまた機嫌が悪くなる……と恐る恐る横目でチラッと見るが、怒る様子はなかった。あれ……?

「非術師の克服もかねてさ、色んな人と話せば嫌な事も少しは忘れるかもよ?もし名前が心配なら夏油も来ても良いけど……まあ私が居るから危険な目には合わせないよ」
「私は行かないよ。名前が行きたいなら二人で行ってきな」
「え、夏油行かないの?」

驚いて思わず問いかけた。いつもなら非術師が関わると「名前は対立するから私が対応するよ、じっとしてな」とか「名前が不安だからついていくよ」なんて過保護のように言っていたのに、私の問いに対して夏油は「うん、私はいいよ」と答えた。
前よりは私、少しは成長してる?夏油が居なくても対処出来るように思えたのかな?
なら丁度いい。自分の欠点はどんどん直していかなきゃならないし、硝子と一緒に過ごせるのも久しぶりだし。硝子の誘いに「行く!」と言えば、「じゃあまた明日連絡するね」と晴れてゴウコンに行く事になった。少しでも、非術師と対等に話せるようにならなきゃ。


***



「傑〜ゲームしよーーぜっ」
「悟……君、許嫁…乙山さんはどうしたんだい」
「任務。あ〜久々にアイツと離れたわ」

廊下で気怠そうにしつつも口調は元気な五条に出会った夏油は、誘いに乗り五条の部屋に入った。肩を鳴らしてやる気を見せる五条はテレビに接続していたゲームのリモコンを夏油に一つ渡し、ゲームを始めた。勿論、ゲームはあの格闘アクションゲームだ。

「傑とゲームすんの久しぶりだな。上の連中、バカみてーに任務入れやがって暇もねーっつうの」
「そうだね……それに悟、最近いつも乙山さんと一緒に居るだろう?噂で聞いたけど本当なのか、許嫁になるって」

いつも使うキャラクターを操作しながら闘うが、久しぶりにゲームをした為、以前より鈍い動きをしながら二人は感覚を取り戻していた。

「なんねーよ。俺、惚れるより惚れさせる方が得意だし?」
「手を出してその気にさせるのが上手いのは分かるけど……ちなみにどこまで手出したんだい」
「キスまで……っても別にしようと思ってなかったけどな。あっちが強引に頼んできたんだよ」
「へえ。あの子、悟に本気なんだね」
「ま……色々あんだよ」

少し濁しつつ深くは答えない五条に対して、夏油はこれ以上追求する事はやめた。それよりも彼に対して聞きたい事はこれじゃない。

「悟、最近名前と居ないよね」

夏油の言葉にピクリと身体を反応させた五条は、無言でコントローラを操作してゲームをスタートさせる。何も反応せず無言な五条に対して、答えを待つように二人共無言で闘った。
無言を貫き通した結果、勝敗が上がったのは夏油であった。

「…あんなブスどうでもいいだろ」

負けた罰のように出した五条の言葉は、答えとは言え無い言葉。夏油は名前が五条に対して諦める気持ちを持っていたのは、許嫁の存在なんだろうと思っていた。しかし以前名前がちょっと喧嘩した、と言った言葉は、ちょっと所ではないのかもしれないと二人の関係を外から見た夏油は感じたのだ。

「もしかして喧嘩でもした?」

聞いていないふりをして問いただしてみると、ㇵッと鼻で笑ってニューゲームを選択する。

「別に。何、やっぱ抱きしめあうだけの仲だけあって気にしてんのか?傑」
「……あれは誤解だよ、だからすぐ離れただろ」
「何が誤解だよ。知ってる?名前はお前のこと好きだよ、全力で否定してっけどアイツ」

五条の言葉を聞いて、夏油は呆気に取られた。
何か凄い誤解をしているようで、しかも彼の様子からすればこれは…多分

「なんだい悟、嫉妬か?」
「はあ?何で俺がアイツに嫉妬しなきゃなんねーんだよ、気持ち悪」
「いい加減、自分の気持ちと正直に見つめ合いなよ。それに名前が好きな人は私じゃないよ」
「なんでそう言い切れんだよ」
「知ってるからさ、彼女がずっと誰を想っているかを。たまにね相談に乗ってたりしていたよ。諦めないように応援してたんだけど残念だね」

悪意たっぷりの笑顔を見せると、五条は食いつくように目を見開いて驚いていた。それもそのはず、彼がどれだけ彼女に迫っても教えてもらえなかった答えを掴んでいたのだから。

「何でアイツ俺に教えてくんねーんだよ……硝子と傑に教えて…チッ」
「私は名前からすれば兄みたいってよく言ってたからね。相談しやすかったんじゃないか?」
「俺の方がぜってー相談しやすいだろ……じゃあ傑は好きじゃねーのかよ」
「さあ?前は可愛い妹みたいな存在だったけど気持ちなんて変わるものだし、どんどん術式通りの美人になってるよね」
「…本気でいってんの」
「本気だよ。悟はさ、名前の事はどうでもいいんだろう?それなら私と彼女に対して口出ししないで貰えるかな」

五条の使っていたキャラクターに夏油は最後の一撃をいれる。2対0の現状になのか、それとも夏油の言葉に対してなのか、五条の顔は不機嫌に歪んでいった。

「ククッ…そんな顔しなくてもいいだろう?」


…そんなにも嫌なら、早く彼女の手を掴んで心の内を打ち明けてしまえばいいのに。

夏油は五条が許嫁の話を受け入れてしまっている現状に関して、何を考えているのか分からなかった。けれどこの表情を見れば彼の気持ちが変わっていないのは何となく理解できる。
……しかし彼女にも限界がある。今まで色々な事があって傷ついて諦められなかった彼女に元気になってほしかったけれど、合コン如きで彼女の笑顔が戻って救われ、変わるとは思えなかった。
それに彼女の意志は、表では諦めると言っても頑固なところは変わってないことを感じる。



私が彼女を救えるだろうか。
救える可能性が高いのは私じゃなく、彼だ。それなば出来るだけ早く、彼女を救う手を取って欲しい。

「ちなみに、今日、名前は硝子と合コンに行ってるよ」
「は?……合コン?なんで」
「ほら、名前が失恋中なのは知ってるだろう?硝子が新しい恋見つけるキューピットとして硝子の彼氏の知り合い集めてやってるらしいよ」
「…傑はいーのかよ、それで」
「彼女にも人を選ぶ権利はあるからね」

気づいてほしい。彼女の気持ちは、君しか救えない。でも、それを教えてしまってはどちらもまた拗らせてしまうだろう。二人とも自身で気づいて変わっていくしか、道は切り開けないんだよ。

「悟はいいの?このままで」
「何が」
「名前がこのまま、他の誰かに取られても」
「………だから、アイツの事なんてどうでもいいっての」

そう言って、またニューゲームのボタンを押した。
五条はいくつも拗らせてしまって、この現状に、手を差し伸べはしなかった。
夏油の願いは儚く散りつつも、でもどこかで悟なら名前の事をどこかで救ってくれるんじゃないかと願い、同じようにゲーム開始のボタンを押した。



意地の張り合いも、いい加減にしたらどうだい。