努力の花





「ねー硝子、どうやったら硝子みたいになれるの?」
「…どうしたの急に」

唐突な私の質問に、硝子は顔を顰めながらタバコに火をつけた。
午前の授業が終わり、午後の授業までの昼休憩時間。この時間はいつも外にある自販機置き場のベンチでお弁当を食べながらお昼休憩を過ごす。
硝子に話したのは今日の朝の出来事。

午前中の座学の授業の為に教室へ向かい、扉を開けようと手にかけた時、五条と夏油の声が聞こえてきた。

「なあー傑、傑は硝子と名前ならどっちがタイプ?」

そんな事を言い出したのは五条だった。好きな人がそんな話をするなんて。とドキドキして、そしてその先の話が気になって動けなかった。

「うーん。そんな風に二人を見た事が無かったからな。強いて言えば名前かな?」
「はあー?名前のどこが良いんだよ」
「悟は名前と意見が食い違って喧嘩ばかりだから分からないだろうけど、素直だし可愛いよ。悟は硝子派か?」
「だって強えーじゃん、反転術式どーやったら出来んだよ。それに硝子の方がスタイル良いしな」
「悟は理由が小学生みたいだね」

その言葉を聞いて、あ?と少しキレた五条の声が聞こえる。やば、これまた外で二人やり合う気じゃない?私がここに入れば、さっきの話を聞いた事がバレてしまう。私は音を立てずに教室の前から逃げた。
しかし名前は無い、と好きな人に言われたものだ。ここまで否定されると胸が痛い。
別にこの恋が実って欲しいなんて思ってはいない。けど、今の五条の私に対しての印象は最悪で、少しくらいはこっちを向いてほしい…なんて欲望を持ってしまっているのは事実。
いつか好きと伝えても、笑われないくらいの関係にはなりたい。
どうしたものかと勝者の硝子に縋った。

「人の身体で判断するとかサイテーだな、アイツ」
「その判断した人が好きな私はどうしたらいいの…」
「それは引くけど…。まあ、名前は名前のままでいいよ。夏油が言ってたように十分可愛い。それをあのバカが気づいてないだけだ」
「硝子〜」

優しくフォローしてくれる硝子に、嬉しくて抱きついた。スタイルなんてどうしようも出来ないじゃんか。
確かに硝子に抱きついて分かるが、感触、胸の弾力、腰に腕を回した際に分かる身体のライン、完璧すぎる。
ああ私もこんな風だったらいいのに。と一層ぎゅっと抱きつくと、後ろからガタッと物音が聞こえ、咄嗟に抱きつくのをやめて振り返った。

「…誰?」

軽率だった……ここは外。
まさかさっきの話、誰かに聞かれた…?五条や五条家の関係者に聞かれたのであれば最悪だ。
どうしよう…。心臓の音がドキドキとうるさくなる。足音が聞こえ、現れたのは五条ではなく夏油だった。

「夏油…もしかして聞いた…?」
「いや、盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ飲み物を買いに来たらタイミング見失ってね」
「立ち聞きなんて夏油性格悪いよ」
「いやいや、男の女の好みを盗み聞きしてる名前には言われたくないな?」

…ぐぬぬ。言い返せない。
自販機でコーヒーを買った夏油はタバコを吸う硝子の隣に座り、缶コーヒーの蓋を開けた。硝子は夏油をみて、というかと口を開いた。

「夏油に聞けば良くない?夏油なら五条といつも行動してるから大体分かるでしょ?」
「いつもではないけど…まあ一緒に居ることが多いからね。悟は急に意味の分からない事を言ったりしてくる能天気な部分もあるから、今朝の事は気にしなくていいよ」
「本当…?」
「ああ本当。しかし名前が悟をねぇ…」
「あああああ!!ちょっと!絶対五条には言わないでね?!」
「ははっ、言わないよ」

必死に止める私に、顔赤いよと夏油は笑いながら言う。笑い事じゃない!
夏油に絶対よ!と口止めしていると、ふと近くにある時計が目に入り、いつの間にか休憩時間がもう少しで終わる事に気がついた。
そういえば次実技の時間じゃん、着替えなきゃ!と硝子と一緒に着替えに向かった。


      



午後の授業も終わり、私以外の皆は任務に向かった。
私は、術式を自由に使えるようになる為の特訓の時間。夜蛾先生から稽古するならコレを使いなさいと呪骸渡され、呪骸を相手に闘って感覚を掴んでいく。
私より少し強いレベルに設定されているからか、誘惑の術式を唱えて身体を操ろうとしても、少しすると解かれる。なので、術式を唱えながら呪具を使って攻撃を入れていく。
呪具も夜蛾先生から貸していただいた短剣を使って闘うけれど、中々動きが止められず上手く当たらない。素早いなあ。

この前貰った学生証には三級と書かれていた。
それを見た五条は名前は弱いもんなあ〜と笑って私の学生証を奪ったので、またそこで大喧嘩。そこで私だって強いもん!と言い返せないのも、悔しい。
クラスメイトは一級並みの強さなのに、私はまだ三級。存在が遠く感じる。
…もっと、もっと強くなって、祖先が盗んだ呪具の在処を、早く見つけたい。
そして悔しい。五条に見返してやりたい。

呪術界で五条悟の強さは呪術師界隈に知れ渡る程の有名な存在だ。
そんな存在にはなれないだろうけど、硝子とか冥さんみたいに、五条が強いって思える存在になりたい。
悔しすぎて胸が苦しくなり、目の前がぼやけ涙が出ていることに気づいた。
あーーもう。涙流す暇があるんなら、強くなれ。


鼻水をすすると、後ろから頭をポンポンと手が頭に触れる。

「そろそろ一息入れたらどうだい?疲れただろ?」
「夏油…」

振り向くと夏油は私の両目から出た涙を優しく親指で拭い、ね?と水の入ったペットボトルを渡してきた。声が震えながらもありがとうと言うと、どういたしまして。といつもの笑顔を向けてきた。
だだっ広い校庭にポツンとあるベンチに移動して、座ってもらった水を飲む。身体に水分が入っていくのが心地よい。頭から首筋から背中から汗が滴り、目からも止めたはずの涙が汗のように流れてくる。
そんな私の頭を夏油は優しく撫でてくれた。
鼻をズズッとすって、はーっと深呼吸した。

「夏油、私悔しい。皆みたいに強くなりたいのに、全然強くなれない」
「名前は強くなっていってるよ。稽古見てる私が言ってるんだから間違いない」
「でも呪霊を誘惑させるのに精一杯で、他の事に頭回んなくて、戦闘なんて無理だよ」

今の抱えている問題は、相手の動きを術式で止めるだけで、攻撃をしようとすると一回術式を解かないと上手く出来ない。それに攻撃も呪力を貯めて放つのが難しくて、呪具を使って攻撃する事しか出来ない。呪具が使えるから良いのかもしれないが、基本の基本が出来ないと、次に進めないと感じた。
悩んでいる私に夏油は昔ね、聞いた事があるんだ。と話し始めた。

「遥か昔、撫子の花のような色をした女は、沢山の呪霊を誘惑し、操り、呪術界を守ったって」
「私もいつか、そんな存在になれるかな…?」
「可能性はあるさ、名前が望むならとことん付き合うよ」
「…五条にも、強いって言って貰えるかな」
「まだ今朝の事気にしてたのか?悟も深くは考えてないよ」
「でも、私の事…嫌ってると思う。だから強くなって、好きって言っても大丈夫になりたいの」
「…名前の祖先の話も少し聞いたよ。だからって恐れる事はないさ。誰かを好きになるのは本人の自由だ。それに、悟も女の子から好かれるなんて満更でもないだろうし」

私の祖先の失態を聞くとすれば、身近なのは五条からだ。
でも、もし本当に五条がその件に関して気にしていたら夏油にも伝わっているはずだし、多分私を高専へ入学する事を拒否していただろう。
夏油の言葉に嘘は無いと思い一安心すると、大丈夫だよと私の頭を撫でてくる。夏油は本当に優しい、優しすぎるくらい。そういえば、とふと疑問に思った事を夏油に問いかける。

「…ちなみに夏油はなんで私を選んだの?」
「そりゃあ、硝子は悟の言う通りにスタイルは抜群だけれど、一緒に居て落ち着くのは名前かなって思ったんだ。悟は名前は弱いってよく言うけど、こんなに熱心に稽古しているのを私は知ってるからね」

さらっと私のスタイルは硝子より劣っていると言われた気がするが、これ程褒められた事はない。嬉しくて胸がギュッとなる。
術式が操るという部分で夏油の操術と少し似ているからか、夜蛾先生は夏油に稽古を手伝ってもらうと良いだろうと言われ、夏油にはよく稽古をお願いしていた。だから、私の成長に関して夏油はよく知ってる。

「それに名前は可愛いよ、自信持っていい」
「…もしかして私の誘惑の術かかってる?」
「かかってないよ。自分より弱い人間には負ける気しないからね。本心だよ」
「夏油ってよく褒めるけれど中々煽ってくるよねホント…」
「フフッ、悟も名前の術式でどうにかなるなんて恐れていると思うかい?それに、嫌ってはいないさ。むしろ悟も名前の事好いてる方だと思うけどね」
「ない、それはない」
「諦めなくていいよ、可能性はある。私は応援するよ、名前」

ポンと、頭を一回撫でて、夏油はまた優しい笑顔を向けてきた。
私の足を一歩前進させてくれる夏油に、同い年なのにお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなとふと思った。

「あの、余計なことはしないでね」
「さあ、どうだか」