零話





「ねぇおじーちゃん、私、学校行きたくない」
「どうした急に」
「……だって、」
「学校は行かなきゃならんよ。お前が将来生きる為には必要なんだ、人は一人で生きていく事は出来ん」
「でも、みんなお話してくれないよ?何もしてないのに、こわーい目するの……」
「名前は他の人間と少し違うんだ。だが、この眼鏡をしていればお前はそこらの人間と一緒になる……外すんじゃないぞ」
「………分かった」
「よし、じゃあ今日名前が頑張って学校に行けたら、今日の晩御飯はご褒美にじいちゃんと久しぶりに寿司でも食べに行こうか!」
「うんっ……いってきます!」







ピピピ、ピピピピ。

「……むかしの、ゆめ…?」

カーテンから漏れる光に目をやる。
ずいぶん懐かしい記憶が夢として出てきたなあ。
あれは小学生の低学年の頃だったか。入学当初一緒に遊んでたクラスメイトも年を重ねるにつれて減っていき、ついに全員が私の事を無視してきた。無視された次の日朝、どうしても行きたくなくておじいちゃんに泣きついたんだっけな。
その時にくれたメガネは今でも大事に使っている。
……でもあの頃からメガネかけても、気味悪がって離れた人は戻って来ることは無く、寄っても来なかった。
あの時、何に原因があったのか、他の人が見えないモノと仲良くして何がいけなかったのかなんて分からなかったし、寂しいって気持ちももう慣れた。
祖父が亡くなって一年が過ぎ、祖父の知り合いの方に居候しお世話になって一年が経つ。


私は今日、此処を出て行く。




「忘れ物はない?何か必要なものは?」
「大丈夫です。すみません、見送りして頂いて」
「そんな事言わないで、もう貴方は家族も同然なんだから。とっても寂しいけど…あなたのおじいちゃんの遺言には、名前ちゃんが決めた道は迷わず進みなさいって書いてあったわ。だから応援してるわね」
「はい……今まで、ありがとうございました」

お世話になった知り合いの叔母さんに深くお辞儀をする。祖父の知り合いではあるけれど、あまり迷惑をかけてはならないと深く接する事は無かった。
でも、こんな私を身内でもないのに引き取ってくれて、家族のように想ってくれて……親切にしてくれてありがとう。そして、祖父の気持ちを尊重してくれて、本当にありがとう。



私の荷物は段ボール三箱分に収まり、迎えに来てくれた三好谷さんが運転する普通自動車で十分運べる量であった。
以前学校で起きた幽霊騒動でお世話になった補助監督?って仕事をしてる三好谷さんは「引越し用のトラック呼びましょうか?」と事前に連絡をしてくれていたのだが、断っておいて良かったな。
助手席に座ってシートベルトをすると、運転手席に座っている三好谷さんはミラーを確認し、物凄い勢いで発進する。あまりの加速度に身体が仰け反り顔が引き攣った。
なんだこの運転………え、大丈夫?私死なない?

高速に乗ると速さは然程感じなくなり、これから通う東京都立呪術高等専門学校へ向かうまで、窓から見える過ぎ去る景色をぼうっと眺める。
高速に乗ったり遠くに出かける事なんて親が居た時以来無かったから新鮮な気分だ。

「楽しみ?」
「え?」

突然話しかけられ、窓の外に向けていた目線を逆側の三好谷さんに向ければ、チラッとこちらを見て微笑んだ。

「新しい場所ってドキドキしない?私も高専に入学した日はドキドキしちゃって、一睡も眠れなかったなー」
「三好谷さん、呪術高専の卒業生なんですか?」
「ふふ、そうなんです」
「じゃあ三好谷さんも呪術師……?」
「んー……目指してたんですけどね。私にはコッチの方が合ってるっぽくて」

運転のテクニックは高専ナンバーワンなんで!と、親指を立ててこちらにグットサインを向ける。
そうか、これがナンバーワン……なのか?

「色々あると思いますけど、学生らしく沢山迷って沢山経験してくださいね」


同じ呪霊の見える同士なんだから。

そう―…今から向かうのは、今まで私だけにしか見えなかった「ナニか」なものが見える人達が集まる学校。今までその正体が何なのか分からなかったけれど、呪霊と呼ばれる事を、この人達に出会って初めて知った。
呪霊は人から漏洩した負の感情が形となり誕生する幽霊的な存在。それが見えるのはある一定数の人間であり、また自身の持つ力――呪力で呪いを祓うことを生業としているのが呪術師だと、この前高専に連れられた時に聞いた。
その呪術師を育てる学校が呪術高専。私と同じで呪力のある人達が集まるんだとか。色々考えて転入を決めたけれど……また前みたいに嫌われて無視されたりしないだろうか。
少し不安に思う反面、「高専は個性的で面白い人達ばかりですよ!」「あ、そういえば趣味とかある?」「食べ物で何が好き?任務の送迎で遠征する事もあるからお土産買ってくるよ!」と、私に対してマシンガンのように話をしてくる三好谷さんの言動に、その不安は何処かへと去ってしまっていた。
こんなに他人から話しかけられたの初めてだし、しかも笑顔で元気に私を話しかけてくるなんて。
マシンガントークについていけず、一つ「強いて言えば甘いものが、好きです」と答えると「甘い物なら、この前一緒だった五条さんも甘い物好きですよ!」と笑顔で教えてくれた。




五条悟、か。




* *




二度目に訪れた呪術高等専門学校。
こんな田舎にどデカい宗教的建物があるなんて誰も知らないだろう。
寮部屋まで案内され「荷解きが終わったら拝殿まで来てください!」と、三好谷さんから高専と寮の地図を渡された。
どうやら三好谷さんは今から呪術師さんを任務先まで送るらしい。忙しいそうだなぁ…と思いつつも、呪術師という聞き慣れない名が自分自身に当てはまる事に違和感を持った。高専に通ってこれから呪術師として生きていくなんて、未だに実感が湧かないなあ。

荷解きを終わらせて渡された地図通りに進むと、神社にある本殿のような大きな建物を見つけた。重い扉を開けると奥に誰かがいる。
目を凝らせば、あの怖い顔は……夜蛾先生だったっけ。そして二度目に会う、前髪をかきあげてるあの人は夏油サン。
私を見るなり、夏油サンは久しぶりだねとニッコリ笑顔を見せる。やはりここの人達は私に対して柔らかい反応をしてくるし、今までの日常とは真逆の対応に別の世界に来たようだ。
お久しぶりです、と会釈すれば此方に来てくれと夜蛾先生に言われ板張りの床を進む。

「荷解きは終わったか?」
「はい、」
「よし……ではテストをしよう。君がどれ程の実力があるのか見てみたい」

実力っていっても見える事が当たり前で意識した事もなかったのに、急にそんな事言われても。
呪術師になるとは言ったものの何をすればいいのかさえ分からない。思ってたより弱かったとか、馬鹿だったりしたら退学にならないよね……??

不安が過るが、しかし此処にくるキッカケになったのは私が呪霊に殺されそうになった事。生死が関係してくる世界なのは分かっている……それに、別に死んでも文句はない。
今まで嫌な目を向けられてきて生きづらかった。出来ればこのまま死んで呪霊になれたらいいのになあ、なんて呪霊と関わる度に思っていたんだから。
……でも出来るなら、あの事だけは果たして死にたいな。

「これを持って欲しい」
「えっ、ぬいぐるみ……?」

突然言われて出てきたのはボクシンググローブを嵌めた…クマのような形をしたぬいぐるみを手渡された。
よく見るとめちゃくちゃ可愛い。思わずぎゅーっと抱きしめるが、スピースピーと寝息が聞こえるだけだった。
え、もしかしてこの人形生きてる??
しかし頬をツンツンしても横に引き伸ばしても反応はなかった。というか、これがテストに何か関係があるんだろう?

「もしかして、このぬいぐるみを起こすのがテストだったりします?」
「………いや、逆だ。呪力のコントロールは出来ているみたいだな合格だ」
「あ、ありがとうございます…」

ほうと感心したような顔をする夜蛾先生。
ぬいぐるみを抱きしめていただけなのに、いつの間にか合格していたらしい……よく分かんない。
でも、このぬいぐるみからは夜蛾先生の暖かさが感じられる。顔はとっても怖いけど、とても優しい暖かさだ。
その温もりに浸っていたのに、夏油サンは回収するね、と私からぬいぐるみを預かって夜蛾先生に戻された。ぐぬぬ、あのぬいぐるみ欲しい……。

「じゃあ次は私と勝負しようか」
「え?あのー私、勝負?なんてした事無いんですけど…」
「言い方が悪かったね。私が出す呪霊を君の術式でコントロールしてくれるかい?」

微笑みを見せる夏油サンの隣からズズズ…と禍々しい闇が現れ、思わず目を見開いた。そこから現れたのは昔絵本で読んだ白雪姫に出てきそうな小人の呪霊。
えええっ!?この夏油って人、呪霊出せるの?!
羨ましい一方、呪霊を見ればこれまためちゃくちゃ可愛い。いつもの調子で床に膝を立てて、おいで。と目線を合わせれば、ふわふわこちらに寄ってきたのでぎゅっと抱きしめる。
……やっぱり呪霊と一緒が心地良い。
安心感に浸ってたが、突如不穏な感覚が走った。

この感じ…この前呪霊に襲われた時に似てる。
嫌な予感がして呪霊を身体から離そうとした瞬間、ブチブチ!と音を立てて肩に激痛が走った。

「痛っ、いだだ、いだいっ!!」
「術式のコントロールはまだまだという所か」
「そうみたいですね。この呪霊は三級程度なので今までコントロール出来たのは四級もしくは蠅頭レベルでしょう」
「い"!!だい!、た、たすけ、」
「あ、すまない。忘れてたよ」

夏油サンが笑顔を向けると呪霊は丸くなって何処かへ消えた。
呪霊と離れたのと同時に床に倒れ、心臓がバクバクと全身が鼓動する。息を吸い込んで吐くのにヒュッと音がなり、肩に痛みがズキズキと走った。

何これ、痛い、痛い痛い痛い。

どんどん息が荒くなり、思わず肩に手を触れると激痛が神経を脅す。触れた指を見てみると赤く染まっていた。

「はぁっ……これ、血…?」
「悪かったね、まさか呪霊を抱きしめるとは思ってなかったら驚いたよ。先程の呪霊は噛み癖があるんだ、さあ医務室行こうか」
「でも、テストが、」
「合格だ、明日から授業を始める。傑、用意を頼んでも良いか」
「分かりました」

いつの間にか合格してた。嬉しい……嬉しいけどそれどころじゃ無い、無理、立てない。というか起き上がれない。冷や汗が出るほどの怪我なんて今までした事無かったので軽くパニック状態である。
大丈夫かい?と私の顔を覗き込む夏油サンに対して大丈夫なんて言葉は出ず、深呼吸するので一杯だった。

「結構無理っぽいね。失礼するよ」

重い身体と床の隙間に夏油サンの腕が入ると、そのまま持ち上げて横抱きにされた。何で私お姫様抱っこされてるの。
痛みで思考は回らなかった。







「硝子、居るかい?」
「なにー。お、誰その子?彼女?」
「違うよ、明日から新しく入る同じ一年生さ」
「あぁ〜あの噂の。つーか血出てんじゃん、ここ座らせて」

抱えられ痛みに侵されふらふらで何も考えられない。大きく動き、意識を覚醒させると椅子に座らせられていた。そして目の前には知らない女の子。

「ちぃーと痛いだろうけど我慢してて」

そう言って彼女は私の肩に触れる。先程とは別の、ズキッとした熱くて強い痛みが走り目をぎゅっと閉じる。しかし次の瞬間、嘘のように痛みが和らいだ。目を開けると彼女の顔が近く、私の肩の様子をみていた。

「瘡蓋になってるから、治るまでは掻きむしっちゃダメだからね。包帯巻くから一旦服脱いでくれる?」
「はい。……あ、でも、あのぉ〜……」

ちらっと夏油サンの方を見れば察したかのように「私は後ろを向いておくから。終わったら教えて」と私に背中を向ける。後ろを向いたのを確認して、Tシャツを脱げば彼女は丁寧に消毒し、包帯を巻きつけてくれた。

「ありがとうございます。あ、えっと…名前は?」
「ああ、家入硝子。硝子でいいよ」
「硝子サン、ありがとうございます」
「さん付けもいらないし、敬語もいらないっての。君が名字家の子ね、名前は?」
「名前です、名字名前」
「そ、名前。ウチら同学だから、これからよろしくね」

硝子さん…硝子は、私の目を見て手を差し伸べ、自然にその手を取って、握手をした。三好谷さんと違って表情豊かな人では無いけれど、こちらに向けてくれた優しい微笑みがとても嬉しかった。
「もう大丈夫かい?」と夏油サンが間に入ってきたので、大丈夫です。と伝えると彼は振り返って此方を見る。

「私の事も呼び捨てでいいよ。それに敬語もいらないよ、名前」
「分かりました…じゃくて分かったです、あ」
「ククッ…むず痒いね」

夏油はクスクスと楽しそうに笑うが、それに対して自分のぎごちない感じがとても恥ずかしくて顔が熱い。こういう感情は苦手すぎて顔を両手で隠した。

「そう恥ずかしがらないで仲良くして欲しいんだけどね。多分私と行動する事が多くなるだろうから」
「そーなの?」

私と同じ疑問を持つ硝子は夏油に問う。

「私と名前は術式が少し似ててね、先生からも気にかけるよう言われたし、多分最初は任務も一緒になる事が多いと思うよ。だから何かあったら私に。私が居なかったら硝子に聞いてくれ」
「分かりました。……そういえば」
「ん?どうかしたかい?」
「五条サン、は同じクラスじゃないんですか?」
「…ううん、一緒だよ。悟に聞いてもいいよ、もうすぐアイツも帰ってくるだろう。悟は少し口調が荒いからそこは許してやってくれ」

…確かに、初めて会った時も口が悪かったっけ。
でもそれは、私が勝手に五条家が私の家に対して悪い事をしてきたからだと、おじいちゃんが言ってた真相が知りたくて聞いたからだと思っていた。…まさか実は私の家系が五条家に悪いことをしていたなんて知りも知らず、突然喧嘩腰になっちゃったし。口調が悪かったとしても、二人と同じように仲良くなれたらいいなあ。







硝子に挨拶をし、教室で明日からの準備をしようかと提案した夏油の後をついて行く。
山の中にあるからか、小鳥の囀りと、風に揺られる木々の音や廊下を歩く軋む音しか聞こえない程とても静か。
教室まで向かう最中、私達とは反対方向からこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。

和服姿でお上品そうな人達だ…そういえば呪術師には名家があるらしく、五条家もその一家だとか。もしかしてこの人達もその一家なんだろうか――…その考えは的中した。
夏油が相手方に会釈したので続け様に会釈すれば、すれ違い様に耳元でボソッと聞こえた言葉。
「シネ」
ぞっと背筋が震え歩みをピタリと止めると、遠ざかる足音とともにくすくすと笑い声が聞こえた。

「君、相当恨まれてるみたいだね」
「やっぱり聞こえました……?」
「こんなに静かだったら流石に聞こえるさ」

苦笑いをする夏油は「流石に無いね」と小言を漏らす。夏油曰く、あれは五条家の使いのものらしく何度か会ったことがあるとのこと。
五条悟と夏油は入学当初から同学年かつ同性同士である故、よくつるんでいて一緒に居る時間も長いらしい。おまけに実力も同等らしく、練習稽古も一緒にやる大層仲の良い関係。
だからか五条家の話も度々聞くこともあり、御三家との争いがあった事など呪術界の色んな話を聞くんだとか。

「君の家系と五条家との関係はよく知らないけれど、悟のあの初対面の印象もあるし相当根に持ってるみたいだね、五条家の人達は」
「だからって死ねはないでしょ……初めて言われた……」

明日からの準備を教室で進めながら話を聞いていたが、過去の過ちとはいえ、やり過ぎな対応に若干傷つく。
今までも人から避けられたりしてきたが、死ねと言われたのは初めてだ。それほどの過ちを名字家はやってしまったというのか……そんなにやばい事しないでよ、先祖の人。
ここの人達は今まで関わってきた環境よりも優しく理解のある人達が多いけれど、全員がそういうわけにはいかないらしい。
私、本当にここに来て良かったんだろうか……。

でもこの場所に連れてきたのは五条悟だし、居ても良いって事なんだろう。

「傑居るー?」

噂をすれば、ひょっこり現れた五条悟は教室に入るなり私を見ては険しい顔をする。

「どうも。あの明日から、」
「ハッ、本当に来たわけ?」
「……は?」

……相変わらずの美しい顔なのに、口から出た言葉は人を馬鹿にするような発言。なんなの五条家って、性格悪い人しか居ないの?少しでもかっこいいと一目惚れしてしまってた自分が悪かった。
呪術師になりたいって言ったら良いんじゃないのと言ってくれたのはあなたじゃないか。それもあってここで学んで、五条家の呪具を見つけて返そうと思ってたのに。
……嫌だったなら、あの時あんな事言わないでよ。

「…恨んでるんなら最初に言ってよ、こんな所来なかったんだから」

許してないのなら、期待させないで。
五条家共々の発言に苛立ちがピークに達し、腹が立って教室を出る。確かに祖先が犯した過ちに対しては申し訳ないとは思う、けれど恨まれてる状況で生活できるほど私は出来た人間ではない。
もうやだ、やっぱり呪術師といえど人間は人間。人間と関わりたく無い、夏油や硝子みたいに優しい人も居るけれど、それは呪術界隈の中でもごく僅かなのだろう。

やっぱり……呪霊と一緒にいるのが一番気が楽だ。



昔からたまに感じる、どこに閉まったらいいか分からない切ない感覚で意識を戻すと、気がつけば建物の中で迷い込んでしまったようで、よく分からない場所に居た。

……あぁ、やっちゃった。
ここが何処なのか、咄嗟の行動をしてしまって後の事を考えるのが億劫になり、しゃがんで俯く。
逃げたくて逃げたくて。夢で思い出したあの日も結局学校に行ったはいいものの、人の目が嫌になって授業の途中抜け出して学校の裏の森で呪霊と過ごしたんだっけ。
呪霊と一緒に居るだけで生きていけるわけがない。おじいちゃんの言った通り、学校にちゃんと行かないといけないって分かってる。私は頭は悪いし、世間の生き方なんて全くわからないから、一人で生きて行くなんて出来ない。前の学校には転入届けを出してしまったし、今更後戻り出来るわけないって分かってるのに。

「でも……来てほしくないなら、最初に言ってよ……」
「なーに勘違いしてんだよバカ」

ボソッと吐いた愚痴に、答えた声。聞いた事のある声に顔を上げれば、空いていた窓に腰掛けている五条悟が居た。
外の風景を見る限り、ここ多分三階なんだけど…。
そういえば、最初に出会った時も窓から出てきたんだっけ。
私の顔を見て面倒くさそうな顔する五条悟は、私の目の前までやってきてしゃがんで目線を合わせた。

「傑から聞いた。死ねって言われたんだって?」
「……貴方も、そう思ってるから馬鹿にしてきたんでしょ。皆んな昔から私の事差別するような目で見てくる。だから人間は嫌い……」
「はあ?ちっげーよ。俺はそこまで心ない事は言わねーっての」
「じゃあ何よ」
「根性あんなって意味で言ったわけ。俺の家の連中はお前の事根に持ってんだろーけど、俺は別にそんな心狭くねーっつうの」
「…………本当に?」
「じゃねーと来いなんて言わねぇよ。つうか俺だって他の呪術師から死ねとか思われてるし、んな事いちいち気にすんなよなー」
「私……ここに居ていいの?」
「少なくとも、俺はそう思ってるっての」

馬鹿かよ、と言いたいような呆れ顔で私の前で愚痴愚痴と日々の鬱憤を話し始めるが、私の中では先程の言葉が心にストンと嵌め込まれて、今までのモヤモヤが吹っ飛んだ。
……五条悟の何気ない一言で一喜一憂している自分がいる。
なんでこんなにも彼の言葉で心が動かされるんだろうか。彼が私の存在を認めてくれるだけで、生きていける気がする。

「過去とはいえ五条家に過ちを犯したのに、なんでそんなに優しくしてくれるの……」
「じゃあ逆に聞くけど、お前はまた過去を繰り返そうと思ってんのか?」
「……思ってない、けど」

けど、過去と同じく貴方に好意を抱いてるかもしれない。今まで恋愛なんて無縁な人生だったけど、これが好きという感情なのだろうか。
呪具を盗もうと思ったり、誑かそうと思ってたりはしないけれど、ただ貴方が私の事を思って発言する度に胸がぎゅっ、ぎゅっとなるのだ。
そんな気持ちはいざ知らず、彼はだろ?と言って話を進める。

「だからだっての。お前が反省してるのはセンセーからも聞いたし、それに……」
「それに……?」
「っ……つうかお前だって呪霊と関わっていた方が楽だろ。人間嫌いなんだったら」

なんでそんなに私の事を考えてくれるんだ。確かに五条家の対応は最もだとは思う。私だって五条家が私の家に対して酷いことをしてるって聞いたから、最初は嫌な態度をしたっていうのに。
嫌な事から逃げて、言い訳をして……五条悟の優しさに甘えているのは私だ。
迎えてくれる暖かさに、胸がぎゅっと押し込まれて耐えていた涙がぽろりと頬を伝えば、五条悟はうげっとした顔をする。

「あぁ?!なんで泣くわけ?」
「なんだい五条くん、女の子を泣かせちゃ駄目だよ」

知らない女の人の声が聞こえ、五条悟の後ろからポニーテールの髪型をした一人の女性が現れる。薄めに開けた瞳は優しくこちらを見ていた。

「冥さん……」
「見かけない顔だね?」
「新しく入った名字家のヤツですよ」
「ッ……どうも……」

鼻を啜り、頬を伝った涙を袖で拭って軽くお辞儀をすると、あぁ!と興味津々にこちらによってきた。

「へぇ、誘惑術師と聞いていたからどんな人かと思ったけれど、とても可愛いじゃないか」
「えぇ?どう見ても芋娘でしょ」
「ふふ、デリカシーが無いね五条君は」

クスクスと笑いながら私の頭を撫でる冥さんの手はとても暖かい。優しく接してくれる人がどんどん出てくるので、止めていた壁が崩壊し、涙がぽろぽろと溢れ出す。それを見た冥さんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
この人も私を受け入れてくれるんだ……。

「何か嫌な事があったのかい?」
「…違うんです。嬉しくて、こんなに人が接してくれたの、無くてっ…」
「へぇ。君はとても魅力的だよ、磨けば絶対に光る。そう思って連れてきたんじゃないのかい?」
「別に、女には困ってないしこんな芋女が光るわけ無いでしょ」
「なっ……!」
「君達、元は恋仲の関係だったんだろう?」
「それは先代の過去の話、コイツとどうこうなるなんてあり得ないし願い下げだよ」
「わ……私だって!アンタみたいなナルシスト嫌いだもんっ」

あまりにズカズカと悪口を言うから、意地を張って言い返してしまった。私の言葉にあぁ?と生意気な顔を見せる五条さんも、あーだこーだ言いながら、ここに居てもいいと言ってくれた、それだけで私は嬉しいのだ。

「ふふ、微笑ましいよ」
「……そういえば冥さんは何か用事?」
「任務帰りに君の担任に会ってね、なんでも飲み会を開くと言ってたんだ。だから声をかけて欲しいと言われて探してたんだが……この感じだと歓迎会かな?」
「かんげいかい?」
「新しい仲間が出来たからね。特上お寿司とホールケーキを用意したって言ってたよ」
「お寿司?!け、ケーキもあるんですか?!」
「お寿司好きかい?」
「はい……!!」
「冥さんに頼むなんてゴリラ先生もよくやるよなあ」
「ふふ、じゃあ私は少し用があるから先に行くよ」

そう言って何処かへ向かった冥さんの後ろ姿を見送り、五条さんは私の方を見て面倒くさそうにため息を吐いた。

「泣き止んだかブス」
「……五条さんのそういう言葉遣い、辞めた方がいいですよ」
「お前のその敬語も気持ち悪ぃからやめろよ」

べぇと吐き出すような変な顔をする五条悟。その顔でさえ愛しいと思ってしまう私、どうしちゃったんだろ……なんなの、呪術マジック??

「名前」

胸がドキドキする、顔も少し熱くて、名前を呼ばれただけで嬉しい。名前を呼ばれて振り向けば、優しく笑った。

「行くぞ、みんな待ってる」
「……うん、」

自然に接する彼のおかげで、もやもやっとした気持ちが晴れた。

「五条、」

ならば彼と、彼たちと、進む為に私も頑張らなきゃ。

「甘いものスキって本当?」
「そーだけど?」
「私も甘いもの好きなの。……そういう所は嫌いじゃないよ!」
「上から言うなバーカ、」

これから先どんな事が待ち受けていようと。