自分勝手な花





拝啓 大好きなおじいちゃん
暑さが続く季節に今年もなりました。そんな夏の暑さに負けず、私は元気です。
おじいちゃんに五条家と関わるなと言われ続け、五条さんって何者なんだろう?とあの頃は少し疑問に思うだけだったけれど、色々あってその五条家の人に私は恋をして、告白をしちゃいました。おじいちゃんの約束、ことごとく破ってごめんね。ようやく言ってた事が理解出来たけど……でも、私は後悔してないよ。




呪霊に勝てたものの五条悟に告白した私は罰があたり、呪霊に取り憑かれ、さらには学校を転校する事になり、そして見張りがついた。
その見張りというのが五条家に使える乙山家という呪術一家。まあ両家共々、名字家の事が大嫌いな家系なんだけど……なんで死刑じゃなくて見張りなんだろ?
……その理由が分かったのは、東京から京都に来て一週間後のことだった。



***




「ここ、間違ってます。ここも、ここも、ここも!!……よく進級出来ましたね」
「十三郎さん頭良すぎじゃないですか?」
「むしろあなたが悪すぎるんですよ、リコを見習ってほしいくらいだ」

七月も中頃。はぁと重たいため息を吐くのは、私の見張り役になっている乙山家の長男、十三郎サン。二級術師の彼とは今までよく任務で一緒だった。乙山さん、といつも呼んでいたけれど、見張りをする乙山家に住むことになり苗字で呼べなくなった為、仕方なく名前で呼ぶようにしている。

見張りというのは呪霊に取り憑かれたからであり、その原因の水神は未だに現れない。現れたらすぐに伝えてくれと十三郎さんに何度も言われた。朝でも夜でも、すぐに。そんなに気になる?っていうか私がもし乗っ取られたら伝える事出来ないじゃん?
……言いたいことは山程だが、言えば反論するなとかうんたらかんたら言われて面倒そうだから黙っておくことにしている。

しかし一向に現れる気配がないため様子見状態が続き、京都に来てからは勉強の毎日。朝一のトレーニングだけはかかさず行うようにしていて、数ヶ月前の眠れない日々やトレーニングを休む日が嘘だったかのように身体は回復していった。
精神的にも、五条家の傘下である乙山家だから五条家同様、色々罵られたりするじゃないんだろうかと少し考えていたけど、そんな小言を聞いた事もないし接し方も案外普通である。
しかし勉強はまだしも、意味のわからない日本舞踊まで習わされる日々。料理や掃除の手伝いをお願いされるのは、住まわせて貰ってる身として当然なんだんだけど……何だか少しおかしい。
……そう感じていた違和感は、当たっていた。



 
*



昼間に当主に呼ばれた私は、十三郎さんと一緒に向かった。「何か問題事しましたっけ……?」と十三郎さんに問うが、相変わらずの無表情で先を進むだけ。なんだよ、さあ?とか何でしょうねとか言ってくれたっていいじゃん。

……ここに来てからは、言われたことにイエスで答えてきた。何も怒られる事はないはずだけど、何かしら文句を言ってくるのがこの界隈。
もうなんでもこい、全て受け入れてやる。と気合いを入れ、後の事もしらずに十三郎さんが開けた襖の先へと足を踏み入れた。

大広間の奥に座っていたのは、貫禄のありそうな男性。そして男性の周りには綺麗な美女ばかり。
……なんだ、この異様な光景は。
チラリと横にいる十三郎さんを横目で見れば、呆れたような真顔をしている。この目の前にいる男性って十三郎さんのお父さん――乙山家当主だよね?
一度、当主には会ったことがある。
その時は当主が何処かへ向かってる時にばったり出くわして十三郎さんから「父です」と紹介され、その際に「お世話になります」と、一言挨拶すれば、にこりと口角を上げてそのまま去っていった。
思っていた反応と違って少し驚いた。むしろ睨まれるものだと思っていたのに――。


当主は、こちらを見て前と同じように口角を上げて話す。

「どうだ十三郎、名字名前に憑いている呪霊は現れたか?」
「いえ、依然現れません」
「そうか、なら良い。では……今のうちに式をあげるとするか」
「…………式とは?」
「名字の娘を十三郎、お前の嫁にすると言っていただろう」
「……聞いていませんが」


……………式??嫁??
当主と十三郎さんの話を聞いていれば、内容が掴めない。式って何、何か表彰でもされるんだろうか、でも嫁ってことは結婚式の事だよね?しかもリコちゃんの話ではなく十三郎さんの話なはずなのに、十三郎さんも理解してないみたいだし……どういうこと?

「そうか、言い忘れていたか。ならば十三郎、名字の娘をお前の嫁する」
「納得いきません。私は監視をしろと命じられただけです」
「お前はこの家には居たくないのだろう?結婚し子供を産めば出て行ってもらっても構わん」
「名字家の者と結婚するくらいであれば、この家に居ます」

私との婚姻に対して断固拒絶の十三郎さん。そこまで言われると少しイラっとするが、こちらも同感だ。当人達の知らぬ間に勝手に話が進んでるみたいだけど、やめてほしい。
彼の鉄壁な解答に、当主は少し考えるような仕草をする。

「ふむ。…では私の愛人にしよう」
「……父上、何を考えているんですか」
「お前が嫌というからだ。誘惑術師……とても魅力的ではないか、名字家の子孫を根絶やしにするのは勿体なかろう?」

この人……何言ってるの?十三郎さんと結婚しなかったら、十三郎さんのお父さんの愛人に私がなるって……意味わかんない。
そとそも当主自身結婚して息子がいるのに、息子に近い歳の私との子を産もうと言ってる事に身の毛がよだつ。チラリと横を見れば、十三郎さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「あのー……私はどちらにもなりたくないです」

この空気にも条件も、流石に耐えられず反論した。これ以上他人に迷惑かけたくないし、十三郎さんが好きな人と結婚出来ないのも嫌だ。だからって愛人という存在になるなんて過去と同じ事は繰り返したくない。
なんでも受け入れる気持ちでいたが、私だけでなく他の人の人生が関わってくれば話が違う。

「道具が何を口答えするのだ?娘の意見など聞いていない。生きたいと思うのであれば、道具らしく黙って従うのだな……十三郎、考えておけ」
「…………はい」

十三郎さんの重みのある返事を聞いた当主は、下がれ、と相変わらず不気味な笑みを浮かべていう。

……ここに来て初めてこんな扱いをされた。
むしろ沢山言われると思って覚悟していたけど、言われなさすぎて気を抜いていた。……やっぱり言われるとつらい。
しかし今までとは違い、私以外の人でさえ当主は人間を駒だとしか思っていない。五条の言った通り私以外の人達も大変な思いをして生きてきているんだ。なのに五条に対してリコちゃんよりも先に助けてほしいって、私を一番に想ってほしいと思ったのは事実。……あぁ、なんて事思っちゃったんだろう。一時の感情でさえ、そう思ってしまった事に酷く後悔している。
けれど、後悔してもしょうがない。あの時はもう戻ってこないのだ。









*






「名前、こっちにきて」

大広間の中央で腰を下ろしている五条は、にっこり笑って私を迎えるように手を広げた。それに答えるように五条に身を任せ、広げた両手によって懐に包まれる。

「名前、好きだよ」
「………………私も、好き」


ああ、やっと、やっと想いが通じ合えたんだ。だけど嬉しいはずなのに、胸は苦しいまま。


「ねえ名前、俺の愛人になってよ」
「…………え?」
「一番はリコって決まってるけど、名前とずっとそばに置いておきたいんだ」
「いや……いやだ、私は五条の一番になりたいの」
「は?所詮道具のくせに俺に歯向かうわけ?」
「そんなっ」
「お前は俺のオモチャなんだから、従ってろよ」

そう笑う五条の顔が、恐ろしくみえた。


「いやだ!!!」

はっ、と目を開けると、暗闇の部屋に月明かりが入る天井を見上げた。
……夢か。嫌な夢、多分昼間にあった事が印象的すぎて出てきたんだろう。だけどまさか五条が出てきて…しかも好きって夢の中でも告白するなんて。
それに五条はあんな事言わない………………と言いたいけど前に俺のモンだとか、呪具が見つかって無いのに口答えすんのかよとか言われた事があるのは事実。
しかし口答えするなよってのはまだ分かるけど、嫌いなのに俺のモノって言う意味が分からない。
五条って本当何考えてんだろ……。

一気に眠気が覚め、夏の暑苦しさが体を這う。
襖を開けて縁側の廊下に出るが、気温差はあまり変わらない。京都でもここは森林に囲まれてとても涼しい場所だけど、今日は一段と暑いなぁ。……あーあ、少しくらい涼しくなればいいのに。

「ならば叶えてやろうか?」

その言葉と同時に空中から水飛沫が現れ、顔にかかる。思わず目を閉じたけれど、ツンと鼻に少し入った感じがする………さいあく。
そして聞こえてきた声――――それは探していた人物の声だった。

「……そこにいるの?水神」
「いるもなにも、ずっと憑いておっただろう?」

服の裾で顔についた水を拭えば、目の前にはあの闘い以来見ていなかった水神の姿がそこにあった。
相変わらず読めない笑みを浮かべる水神は宙浮いた状態で前よりも小さく――手乗りサイズの精霊みたいになっている。あれ、ポ○モンか何か?なんでこんな小ちゃくなってるんだろ。

「仕方なかろう、あの時呪力を放ってしまったからな」
「えっ、なんで考えてることが分かるの?!」
「お前に憑いておると言ってるだろう、心も身体もお見通しじゃ」

アホか?と嘲笑うように答える水神。もしかして今まで考えてた事や思っている事もお見通しなんだろうか。

「そうじゃ。何ならお前が眠っている間の事もな。眠ってた時に五条の者がずっと看病していたな、あとは髪が肩まであるホクロ女と変な前髪の男もよくきておった」

五条、私が眠ってる間に来てくれてたんだ。それに硝子、変な前髪……は夏油の事かな?

「……でも、何で今現れたの?」
「お前の中の呪力の源である嫉妬、妬みが溜まってきたからよ。わしはその呪力で具現化されているようなもの」
「……つまり諦められてないって言いたいの?」
「そうじゃ。そもそも主が一番分かっておるじゃろ?」


……諦めてる、諦めてるって言いたいけど、夢にまで出てきたせいで水神が復活したのは事実。五条のことを好きか嫌いかと言われれば、恋愛的に好きな気持ちはまだ収まっていない。……中々この気持ちを捨てるというのは上手いこと行かないものだ。はぁ、とため息が自然と出る。
とりあえず、水神が現れた事を十三郎さんに報告しなきゃ。って言っても、もう深夜回って寝てそうだけど…………いや、いつでも言えって言ったのはあっちだ。意を決して縁側の廊下を歩き、十三郎さんの部屋に向かう。
彼の部屋は私の部屋の向かい側だけど、その向かい側に向かうまで100メートルはあると思うそれほど広い屋敷だ。




十三郎さんの部屋の前まで行くと、部屋の障子から明かりが漏れており、うっすら声が聞こえる。

「あぁ、大丈夫だよ。リコも大丈夫かい?ちゃんと食べてる?…………そうか、くれぐれも五条家に粗相の無いようにな。…………うん?ははは、リコ。またそんな冗談を言って……前も言ったけど兄を揶揄うのはダメだよ。……うん、うんうん。うん、そうだね………おやすみ」

これ、十三郎さん?聞き耳を立てて聞いていれば、いつもより優しい口調に違和感を覚える。
話相手は多分、名前を呼んでいたリコちゃんなんだろう。……ふぅん、リコちゃんには優しいんだ。

「……どうしたんですか名字さん」

意外な一面に関心してると、襖の奥からいつもの口調で突然声をかけられた。やば、気づいてたんかい。

「あのぉー……水神が現れまして」
「なに?!?!」

勢いよく襖を開けた十三郎さんの顔は、焦った顔をしていた。が、私と水神の様子を見て呆気に取られたような顔に変わる。

「……なんですか、それが水神?」
「なんだその言い方は?口の利き方がなってないぞ?」
「呪霊が喋った……?!」

私だけではなく、十三郎さんも同じような反応をする。やっぱり呪霊が喋るって中々無いよね?!
五条は何とも驚いてはいなかったけれど、階級が上がれば喋れる呪霊なんて当たり前なんだろうか。

「元々私達と同じサイズだったんですけど取り憑く事で元の呪力を使ってしまって今はこの形でしか現れないらしいんです」
「ふむ……呪力が減ってるということは解呪も可能ではないのですか?」
「こやつとは呪具を見つけるまでという約束をしておるので無理だな。……一つあるとすれば、こやつが死ねば今のわしなら死ぬだろう」

……私が死ねば水神諸共死ぬ可能性は高い、それは上層部も考えていた事。水神の言った通り、彼女の呪力は灯火のように小さいのが感じられるが、水神だけ祓うことや約束を消すというのは、契りを交わしてしまった以上、どうしようもないみたいだ。

「そもそも呪具は本当に未だにあるのか?もしかしたらもう無いかもしれないだろう」
「それはない。……存在してると分かるからの」

確信を得てる言い方をする水神は思い詰めたような顔をしていた。呪霊が何を感じ取ってそう思うかは分からないけれど、嘘をついてるようには感じない。しかしどうにかこの状態を解決して見張りなどという役割から逃れたいであろう十三郎さんも怪訝な顔をしていた。

「そういえば、あの……婚姻の事どうするんですか」
「どうするって……貴方、私が嫌だと言ってあの人の愛人になるつもりですか?」
「いや……なりたくないですケド」

どうしても気になっていた事を問うと、逆ギレのように圧迫な態度を取られた。
だって十三郎さんの重荷にはなりたくないけれど、愛人にもなりたくはない。……結婚なんて、子孫なんて残したくはないのにどう抗って良いのか分からない。
モヤモヤと考えが渦巻く中、十三郎さんは重い口を開いた。

「私だって婚姻するなら愛する人としたいですよ。でも、もう決められてる道は二つ。選ばずに貴方があの人の愛人となるのも私には納得いかない。それにリコは貴方をえらく気に入ってるようだから蔑ろにはしたくないんですよ」
「え、リコちゃんが?」

私を気に入ってる?そんな素振りは全く感じなかったんだけど……仲良くなりたいと思っていたから少しでも心を開いてくれているのは嬉しいし。

「リコも誰かを愛する事を決められてその道を選び、五条悟を愛したんだ。……私だけ逃げるわけにはいかない」

リコちゃんがよく言ってたあの言葉……。
もしかしてリコちゃんも望んだ婚姻じゃなかったけど……って事なんだろうか。もしリコちゃんが五条を愛する事を強制させられていたとしたら、五条に好きでいてくれるって、羨ましがってた気持ちも複雑な気持ちになったと同時に、自分勝手な自分に嫌気がさした。
……何も考えてないじゃん、私。

道が決められてどうにも抗う事は出来ない人達。
でも私は言いなりになるのは嫌だし、それを受け入れる気持ちも理解が出来ない。
けれど自分自身の道がそこに来た今、別れ道は結局二つしか無く、その現実を受け入れる事が出来ないまま、歩みを止めた。