青年Aの花





水神の出現を上層部に報告し数日経った頃、ようやく任務再開の知らせが来た。と、言っても条件付きの任務。
まず私の監視役である十三郎さんが同伴、そして同等呪術師が他一名必ずいる事。何かしら異常があればすぐに補助監督から上層部へと連絡が入れるようにしておきたいらしい。
私含めて三人もの術師を派遣するなんて任務、予定が合うことも稀なわけで、結局任務は今のところ一件のみ。上層部は私の存在を億劫に思っているけれど、呪霊の繁忙期であるこの時期、少しでも任務には参加させたいようだ。人手が足りず他の術師は大忙しだというのに、全く力になれないのは申し訳ない。


一先ずそんなこんなで任務がやっと再開され、京都で活動している術師さんと合流し久々ではあったけれど何なく無事に終わった。あの日から水神は姿を表さないが「居る」という感覚が分かる。
水神も現れず以前通りに動けた私は、毎日鍛錬しててよかったなあ〜と自分自身の日頃の行いに関心しながら自室へ戻れば、自室がない。無い、というのは部屋があるけれど物が無くなって空室と化してるのだ。
新手のいじめ?こんな手のかかるいじめをするなんて相当のやり手だな……なんて思いつつ、部屋には大事な物もあったわけで内心焦っていると、部屋の前を通りかかった女中さんが「旦那様の命令にて十三郎様のお部屋へ荷物を移動させました」と伝えてきた。…移動するにしても、本人に一言かけんかい。

理不尽さに理解出来ず、とりあえず十三郎さんの部屋に向かおうと縁側を歩くと、見かけない人が向こうから歩いてきた。
お客さんだろうか?乙山家にいる人を全員見たことは無いが、女性が多いこの家でこの男を見たことが無かった。年も私も同い年くらいの男の人だろう。20歳未満は、十三郎さんの弟だけなはず。
疑問に思いつつ、視線が合うと男性の歩みが止まった。

「その目、アンタが名字?」
「はい…………そうですけど」
「へぇ、なんや結構別嬪さんやん」
「……どうも」

突然声をかけられ、褒められた……のか?狐目をした彼はニッコリと笑って眺めるようにこちらを見る。何が用事でもあるのだろうかと問いかけようとした時、思いもよらない事を言われた。

「十三郎クンが嫁貰ったけどいらんー言うてる聞いたから、俺が貰いにきてん」
「??……どういうことですか?」
「やからアンタ、俺の嫁になる言うてるんよ」

また何勝手に話が進んでるんだ。誰の嫁にもなるつもりはないとずっと言ってるのに、私の意見など関係ない。どうやら乙山家の人ではないらしいが、きっぱりと言ってやる。

「お断りします。私、十三郎さんとも貴方とも婚約したくありません」
「ふぅん、見た目によらずハッキリ言うんやなぁ。女は三歩下がって男の背中見てるくらいが丁度ええんよ?そこんとこリコちゃんの方が上手やな」
「…リコちゃんと知り合いなんですか」
「知り合いも何も同い年やし、知らんかったら此処には来てへんよ。あーあ、俺もリコちゃんが良かったんやけど、まあ悟君にピッタリやもんなぁ?」

にやりと笑みを含んだ表情をする彼は何かを言いたげな雰囲気を醸し出す。
リコちゃんと同い年ってことは、私より年下か。年下だからか、生意気な事を言ってくる事にも自己中心的な発言にもイライラが募っていく。なんだよ、三歩後ろに下がって男を立てろというのか。あいにくそんな思考は無い……私は五条や夏油達と対等に並んで戦いたい。

「そもそも何故十三郎さんと婚姻関係になる話が進んでるのか私には分かりません」
「そら代々暗躍として活躍した術式を蔑ろにするわけないやん。使えるモノは自分のモノにして使うたる。……せやろ?」

……所詮この人も乙山家の当主と同じなんだろう。私をモノとしてしか見ていない。胸糞悪くて顔を顰めれば、依然とニヤニヤした顔で此方を見てきた。

「アンタ、悟君の事が好きなんやろ?」
「……違います」
「嘘言わんでええやん。五条家は昔のアレコレがあった関係で悟君には近寄らせたく無いらしくてな、ほんで乙山家が代わりに名乗りでてるっちゅー訳や。あの保守派な加茂家の連中もアンタを欲しがっとるって聞いたし御三家がこんなにも欲しがっとるなんて贅沢やで?」
「……貴方、御三家の方なんですか?」
「ああ!自己紹介忘れとった、禅院直哉や。よろしゅう」

名字名前チャン、と私の名前を遊ぶような調子で呼ぶ。言ってる事が全部ムカつく。ムカつくけどそれより、ぜんいん……聞いたことがある。なんだっけ……えっと…………。


あ、そうだ。……あの事件が起きた時だ。

「禅院って、あの伏黒さんの……?」
「は?…………何で甚爾くんの事、知っとんの?」

さっきとは打って変わって驚いた表情をする禅院直哉は、言葉がどんどんと詰まっていく。

「前に声かけられたんです、名字か?って」
「ほんで?」
「そうですって言ったら話しかけてきたから少し話して……ラーメン奢らされたり…………っとりあえず最悪でしたよ!いつか相手してやるって言われたからボコボコにしてやるって言ったら、意味を理解してないとかなんとかって言われたけど……」

胸を触られた、なんて事は余計な事だから言わないけど出会いは最悪だった。彼にも事情が色々あるというのは後で知ったし……でも妻子持ちが胸を触るのはどうかと思うけど。
星漿体の一件で彼は居なくなってしまったが、戦わずとも強さを実感した出会いだった。
突然、先程のおちゃらけた表情から何かを考えるようや面持ちをする禅院直哉。伏黒さんの事で何かあるの?疑問に思い問いかけようとした瞬間、肩を背後からぎゅっと掴まれた。

「……十三郎さん、」

軽く後ろを振り向いた私の声に、禅院直哉ははっと元の表情へと変わる。

「何の用です、直哉さん」
「……何の用って、名前ちゃん嫁に貰おー思うて挨拶しにきてん」
「名字名前の婿は私です。風の噂を聞いて来たのかもしれませんが、お帰りください」
「釣れないなァ、リコちゃんの事大好きやったのにいつの間に乗り換えたんや?」
「……戯言を言うのであれば尚更お帰りください」
「相変わらずの能面やな。もーちょい強ーなってから言うて欲しいわぁ」

人の事を散々煽った禅院直哉は、ほんじゃと軽い挨拶をして玄関口へ続く廊下を歩いて行く。十三郎さんのお陰で事なきを終えてほっとしたけど、聞き捨てならない事を聞いた気がする。
…リコちゃんの事が好きだったって本当なの?
問いたいけれど禅院直哉が言っていた通り能面な十三郎さんの色恋事情は聞きづらい。でも本当に好きだったのなら、十三郎さんは何を思って禅院直哉から私を守ったんだろう。

「それで名字さんは私の部屋の前で突っ立ってどうしたんです」

一人思考を巡らせていれば、十三郎さんの方から声をかけてきた。何してるって……もしかして私の部屋と一緒になったの知らないのかな?

「私の荷物、十三郎さんの部屋にあるって聞いたので…」
「あぁ、そういえばそうでしたね。名字さんの部屋は私と一緒になりましたので気にせず入ってください」
「そうでしたねって……ちょっと待ってくださいよ!一緒の部屋ってどういう事なんですか?!」
「どういう事もなにも、貴方は私の妻になる女なんですから当然でしょう。……それより今から舞踊の稽古では?早く行かないと遅れて怒られますよ」

部屋に入った十三郎さんは私の舞踊稽古に使う道具を一式私に渡し、襖を閉めた。
……待って待って待って、意味わかんない。
十三郎さんが私を妻にするって?文句を言い、あんなに私のこと嫌っていたのに?そんなに突然意見が変わるなんて何か変なものでも食べたんじゃないだろうか。
考えても答えの出ない思考を巡らせる事に精一杯で、結局舞踊の稽古に遅れてこっぴどく怒られたのだった。








稽古を終え、体を清めて自身の部屋でもある十三郎さんの部屋へ入ると、寝巻きであろう着物姿で椅子に腰掛けて本を読んでいた。

「あのー…戻りました」
「あぁ、先に寝てて良いですよ」
「先に寝ててって………布団一つしかないじゃないですか!」
「うるさいです」
「……すみません」

部屋の中央に敷布団が一つ。寝る人数に対してもう一つ必要なはずなんだけれど、私が借りていた部屋で使っていた寝具は回収されたようだ。

「私は使わないので使ってください」
「え、ダメですよ!元々十三郎さんの布団じゃないですか。私はどこででも寝れるので、」
「だめです」
「〜っ!!じゃあ二人で使いましょ!」
「結構です。私はまだやる事がある、貴方は先に寝ててください」
「なら……それなら、なんで私を嫁に迎えるなんて言ったんですか?」

やる事があれば本を読む前にするはずだ。言い訳がましく否定し続ける十三郎さんに問い詰める。
嫁に迎えると言っていたのであれば一緒に使うと言った時点で同意するはず。しないとしても何かしら正当な意見を述べるだろう。
それなのに、はぐらかすようになかなか引かないということは何かしら問題があるに違いない。
真剣に問い詰めたからか、十三郎さんは掴めない表情をしつつも徐々に追い詰められた顔をし、本を閉じて椅子から立ち上がると敷布団に体を潜らせて半分ペースを開けた。

「何してるんです、寝ますよ」
「っえ、」
「一緒に寝る、なら問題ないのでしょう?」

それはあくまで最悪のケースでの事を言っただけで、まさかほんとにやるなんて。半分開けられたスペースは私の為で言い出しっぺが言い逃れ出来るわけもなく背を向けて布団を被った。






………
…………思ったより、何も感じないな。

去年、五条のベットで五条と一緒に眠った時はあんなにドキドキしていたのに今回は何も感じないのは恋愛意識が無いからだろうか。気まずさはあるけれど、それは別の意味であって…。

「あの、ずっと気になってたんですけど……リコちゃんのこと好きなんですか……?」

背中越しで十三郎さんへ問いかけた。
その事がお昼からずっと気になってしょうがなかった。もし好きだったら私はなんて事をしているんだと罪悪感に苛まれてしまうだろう。禅院直哉に対して戯言と彼は言っていたけれど…前に電話していた声を聞いた感じ、戯言とは私は感じられなかった。

「それを知ってどうするんです?好きだと言ったら貴方が五条悟に告白したように同じように告白しろと?」
「えっ告白って…!な、なななんで……!?」

驚いて布団から這い出た。禅院直哉の時も五条の事好きってバレてて反応しそうになったのに、何で私が五条に告白した事知ってるんだこの人!
私の驚いた様子を見て十三郎さんも起き上がり、私の顔を見て呆れたような顔をした。

「……………本当に告白したんですか貴方…」
「え?…………………………はい」

告白した事を知っているのは五条と私、そして彼処にいた生贄となっていた一般人のみ。という事は、五条が私に対して関わりたくないと、危険と見做して告白した事を上層部に話を通して接近禁止令を出したに違いない。
……近づきたくない程、嫌だったのかな。
自分の犯した行動に反省していると、ため息をつく声が聞こえた。

「上層部が五条家と関わり合いを無くすために作った嘘の言い訳だと思っていたのに……まさか本当だったとは」
「五条が報告したんだと思いますよ。……そりゃ左遷しろって言われるわけだ」
「それは無いと思いますけどね…あの様子を見る限り」

十三郎さんは何処か遠くを見るような目を向ける。
いつもなら、そうですね報告したんでしょうねと、冷たく非難するはずなのに。本当に五条が言ってないという確証があるのだろうか。
じっと彼を見つめれば、視線に気づいたのか普段の冷たい表情へと戻り、布団に潜った。

「とにかく貴方には関係ない話です。もし貴方が五条家に呪具を返したいというのであれば、このまま従っていてください」




………………絶っっっ対これは黒だ。