「…ってな感じなんですけど」
「名前……」
「んぎゃ」
「あんたってば人に相談しなさすぎ!五条に何かされたら言いなさいって言ったでしょうが!!」
八月も到来。京都へ来て一か月経つだろうかという頃、奈良まで出向いての任務の帰りに提出物を出しに京都校へ。提出し終わり、帰ろうとしていると何処かへ向かおうとする歌姫さんと鉢合わせた。
「どうもお久しぶりです」と頭を下げて通りすがろうとすれば、「ちょっと待って!あんたどうしたのよ!?!」と声をかけられて話をする事になり、一連の流れを話せば両頬を思いっきり抓られ、ひっぱられた。
いーーっ!!?歌姫さん意外と力強い……。
まさか歌姫さんがよく五条に対して見せる怒った顔を私に対して見せてくるなんてなぁ。私もクズになっちゃったのかなと悲しくなった。
「別に、何もされてないですよ」
「ネタはあがってるのよ、硝子から五条に怪我させられたって聞いてるんだから。名前が五条に告白したって噂は私も知ってる。……けど、乙山が言う通り五条は上には話してないはずよ」
乙山さんも、歌姫さんも、私が告白した事を告げたのは五条じゃないと言い切る。……私だってそう思いたいのだけど、この事実を知っていたのは高専でただ一人、五条だけ。それもあるし、今まで嫌われている接し方ばかりだったからか思えないのだ。
それなのに二人は何故そう言い切れるんだろう。
「それで?その……結局一緒に寝たの……?」
「いえ、狭いから眠れないという言い訳を前提に元々私が使ってた布団返してもらいましたよ。それで別々に部屋の隅同士で寝ました」
結局あの後、仕方なく目をつぶって寝ようとしたが動けば十三郎さんの体に当たってしまうし寝返りも打てず、中々寝付けなくえ困っていたら十三郎さんが察し、女中さんに事情を話して元の布団を返してもらえる事に。
それでもリコちゃんの話を聞いて、なんだかいけない事をしているようで布団を部屋の端に寄せて寝れば、十三郎さんも同じように反対側の端で寝た。
「あの感じ……絶対リコちゃんのこと好きですよ!あんな十三郎さん見たことないですもん、いっつも冷静沈着って感じだし」
「それは名前の家柄とも関係してるんじゃないの?確かにアイツは物静かだけど優しくないわけではないわ」
「まあ確かに……。けど今まで恋人いた事あるんですかね、想像つかないや」
失礼だがあんな仏頂面で共感性無知のような印象しか持たないので、恋をした事があるのか、恋人が居たのか疑問に思う。
「いたはずよ。お見合いで出会った恋人だったと思うけれど…数年前に別れたと言ってたわ」
「お見合いか……」
お見合いといえば、五条とリコちゃんも似たような結婚だよなあ。しかし頑なに恋愛の話をしないのはなんでだろう……。
「あ、もしかして妹に恋してるって思われたくないんですかね?ギャップありますもん」
「確かに意外ではあるけれど……でもあの二人、兄妹であって兄妹ではないから問題ではないと思うけど?」
「?どういう事です?」
「そのままよ。リコは連れ子だから血は繋がってないわ」
そういえば……五条が当主の連れて来た愛人の子供と言っていたな……リコちゃんはその事実を気にしていたようだったし、あの時はいっぱいいっぱいでその事に関して深く聞こうと思っていなかった。
歌姫さんによれば、リコちゃんは十三郎さんの父親の愛人である女が他の男との間で出来た子供らしい。ある日リコちゃんの母親と出会った十三郎さんの父親は、娘を見て気に入ったと乙山家に向かい入れたようだ。
「乙山家は式神使いに対して、リコは天与呪縛持ちの武闘派でしょ?」
「たしかに……」
「家系で稀にいるけど、リコの場合は家系が違うからなの。……あの父親、地位や名誉はそれ程気にしてはいないけれど、女に対しては異常に執着心があるのよねぇ」
「執着心、ですか?」
「強く魅力的な術師に目が無いの。しかも女ばかり……十三郎はそれが気に食わないから乙山家を出たいと言ってたわ。ちなみにあの愛人達も何らかしら気に入れられて住んでる術師達よ」
「でもそんな事、十三郎さんの母親は許してるんですか……?」
自分の父親が他の女を誑かしているなんて状況、私には耐えられない。母親という、妻の立ち位置であれば尚更だろう。自分の愛した人がたくさんの愛人を作ってるなんて複雑だし、嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。
疑問を問いかけると、気まずそうな顔で歌姫さんは口を開いた。
「……母親は弟を産んで亡くなったわ。会った事はないけれど魅力的な術師だったって聞いたことはある。リコの母親はまだ生きているけど、娘の事は放置して当主の言いなりになってるそうよ」
そうだったんだ…。しかし母親が自分の事を気にしてくれないのは辛いだろう…自分がそうだったから分かる。母親に見捨てられて山に放置された子供の頃の記憶は、今でも私を苦しめる。呪霊が見える子供を持ったせいで狂っていった母親の人生、お母さんと一緒に暮らすことは出来なかったんだろうかと未だに自分自身どう受け止めて良いのか分からない。
……リコちゃんも、同じような気持ちなんだろうか。
「まぁ十三郎がリコを好きだったとしても、リコがどう思ってるか分からないから無理矢理くっつけるのもどうかと思うわよ?」
「くっつけようと思ってるわけじゃないです。リコちゃんの好きな人が五条ってのは分かってるんですけど…でも、もし十三郎さんが私との婚姻を進めようとするなら、別の人への想いを持ってる人と一緒になるなんて出来ない。………それは私自身もなんですけどね」
複雑な気持ちを伝えると自然と苦笑いになってしまった。人にとやかく言う筋合いは無いって分かってる。私も五条に対してまだ心残りがあるってのは水神のせいで理解しているから、だからそんな状態で十三郎さんと一緒になるなんて自分自身に対しても嫌なのだ。
そんな私を見て、歌姫さんはまったく…と声を漏らしながらも微笑みを向ける。
「そんな名前に朗報。あの子、今度京都に帰ってくるわ」
「そうなんですか?」
「正式に東京校への転校の手続きの為に帰ってくるらしいけど……もし突くならそこしかないわよ」
「でも私、東京の人と関わっちゃダメって」
「あの子は京都校の人間。それに東京なら私だって半分そうよ……上層部は私があなたと関わっていいって判断してるんだから問題ないわ」
「そう……なんですね」
ゴクリ、と唾を飲んだ。これを機にリコちゃんとも、十三郎さんとも話をつけなきゃ。
……そして自分自身にも。
「あともう一つ」
「?なんですか」
「交流戦、出るように申し込んでおいたから」
「へ?…それ、もっとダメじゃないですか!」
「大丈夫、楽巌寺学長には冥さんのカラスの監視を提案した上で了承得てる」
「冥さん?!」
「私と冥さんからお願いしたの。丁度人数が合わなかったのよ、出てくれるわよね?」
「でも、なんでそこまで……」
「アンタ、五条の返事聞いてないでしょ。会えるか分からないけど……もし会えたらアイツの気持ち聞いてあげて。貴方の為にも、アイツのためにも」
五条に手を貸すなんてイラつくけどね。とため息まじりに言う。
確かにそうだよね……勝手に自分の気持ちを押し付けて五条は迷惑だったかもしれない。それに言い逃げしているからこそ、気持ちの整理がつかないのかもしれない。五条から正式に『気持ちには答えられない』と言われれば踏ん切りがつくのかも。
「分かりました。交流会出るからには五条にも負けないように修行しておきますね」
「……応援してるわよ」
歌姫さんと冥さんが、先に進まない私の事を思ってお願いしてくれたんだ。ならば答えないと。
……そして五条からきちんと振られなきゃ。
「……これで良かったのかしら?」
「ありがと歌姫」
「アンタの言う通りになんかしたくないけど、名前をこのままにしておきたいのは私も一緒だから」
深々とお辞儀をして歌姫に感謝を伝えた名前が校内から出ていくと、それを見計らったように廊下の角から問題の原因でもある一人の男――五条悟は歌姫の前に姿を現した。
「いやー、歌姫の事ずっと待ってたのに中々来ないからさー……まさか名前も京都校に来てたとはね」
「アンタが勝手に京都まで来るって突然連絡してきてバタバタ書類終わらせたんだからしょうがないじゃない!しかも問題の名前と会ったんだから、そりゃ本人から話聞きたいに決まってるでしょ」
「俺の意見は?」
「この前電話で大体聞いたのでしょーが。……それで?今回はなんなの」
「ひとまず名前の近状が知りたかったんだよね。リコ側から乙山家の情報が入ってくるけど微々たるものだし、アイツ自身のってのは中々入んなくてさ。ま、途中からだけど、さっき名前が喋ってたの聞いたから大体理解出来たしもういいよ」
「相変わらず自由奔放ね……アンタ」
「後はこっちでも進めていくから。ね、三好谷さん」
五条が声をかけると、廊下の角からもう一人――補助監督である三好谷は目を赤くしハンカチ片手に出てきた。
「はい……私は止められなかったので……」
「どーしたのよ、そんな泣いて……」
「コイツ、保守派の言いなりになって名前のこと見て見ぬ振りしてたんだよ」
――
―――
―――――……それは名前が京都へ左遷された次の日、五条の任務に三好谷が補助監督として担当になった日の事。
任務中は普段通りの三好谷であったが、高専に着いた五条は別れを告げて学校に戻ろうとした際、後ろから声をかけられたのだ。
「……なんで名前ちゃんの事救ってくれなかったんですか」
振り返ると、俯いていて顔は見えなかったが、ぎゅっと拳を握りしめている。いつも明るく振る舞っている三好谷だが、その影は全くない。普段は出さない低く、荒々しい声は五条の歩みを止めた。
「取り憑かれるような状況になって……助けられるの、五条さんしか居ないじゃないですか!」
「…………お前さ、知ってたろ」
昨日から名前と関わりのある人から責められ続けていた五条は、彼女を見捨てるような事をしたのは自分だけじゃない事を薄々感じていた。
「上層部が俺と名前を呼び出すように言った時には知ってたでしょ。誰の言いなりになってるのかは知らないけど前にも名前を嵌めようとした事あったよね?お前こそ何考えてんの?」
五条自身も声のトーンがどんどん低くなり怒りが露わになっていく。
一年の夏にも三好谷は誰かからの依頼で縁が切れる呪霊がいると名前に嘘をついていた。……しかし今回はそんな生優しい話ではない。
「情報がないってのも嘘だったんだろ?現地のやつらは全部話したって言ってたしな。どっちが嘘ついてるかって……俺なら上を疑うんだよねえ」
ジリジリと三好谷の方へ歩み寄る。重みのある圧に耐えかねたのか、はたまた図星だったのか、顔を五条に向けた時には涙が溢れ、嗚咽を漏らした。
「泣いたって分かんねーっつうの、ちゃんと喋れよ」
「……っ脅されていたんです、だからっ……五条さんなら助けてくれるって思ってたのに……」
「知らねーって話なんだよね。頼まれてもないし、勝手に決めつけないでくれる?」
「それはっ……」
反論できずに三好谷は口を閉ざす。二年生と関わりのあるものであれば、五条家と名字家の過去を知っていても五条悟と名字名前の仲は悪くない――むしろ良好だと理解している。しかしまさかここまで縺れているとはクラスメイト以外知らなかったのだ。
「ま、でも三好谷さんの言う通りなんだけど」
「へ……?」
そんな事はいざ知らず、まさか五条がここまで名前と険悪だったことに思考停止していた三好谷は、気の抜けた声が出る。
「三好谷さんの言う通り、あの場で救えたのは俺だけ。しかも別々の部屋に分けられた時点でおかしいと拒否しなきゃいけねーのに、気づいた時には時既に遅しだったよ」
二人とも意地になっていた。手を借りずとも呪霊を倒す……その意志は一緒だったのに、村の目的は名前を生贄に捧げる事と知った時には、彼女はもう水神に捕らえられていた。
「……アイツ意地っ張りだからさ、俺もなんだけど。今度は絶対取り戻すから、協力してくれない?」
「はい……っ押し付けてしまって、ごめんなさいっ……」
それから三好谷は知っている事実を五条に話した。
前々から名字の存在をどうにか思いのままに扱えないのか上層部と五条家が地道に話を進めていた事、五条悟との関わりが今後の呪術界隈に変化をもたらすのではないかと不安がっていた事、情報を開示せず名前に呪霊を同化させ、そのまま五条に殺させようと企んでいたこと。
過去に上層部に反抗的態度をとり、自分自身が死にそうになった事がある三好谷は逆らえずに言いなりになってしまっていて、五条ならどうにか動いてくれるだろうと人任せにしていた事を謝罪した。
「そーいえば三好谷さん、何か新しい情報入った?」
「中々乙山家の情報入んないですね。噂程度に兄の十三郎さんと名前ちゃんを婚約させようとしてるという話しか……当主も何を企んでいるのか中々わからなくて」
「リコ経由でも情報が入んなくなってんだよねえ。あの十三郎ってやつ何考えてんだか」
「名前ちゃんの事好きだから受け入れてたりするんじゃないんですか?」
「ねーよ。名前の話じゃ毛嫌いしてるって前々から言ってたし」
「「ウーーン……」」
「…………乙山家って…なんだ君ら、いつの間に手組んだんだい?」
そして本日。朝方から山梨にて任務を終えた五条と夏油を高専まで送り届けようと高速を走らせていた。ふと助手席に座って携帯を弄る五条と三好谷は近状を語りはじめ、ついには頭を悩ませたその様子を見た後部座席に座っている夏油は、身を乗り出して会話に入ってきた。
「三好谷さん人任せし過ぎて逆ギレしてきたから俺が逆ギレし返して手組んだワケ」
「どういうワケなんだそれ……」
「上層部も京都側に任せるみたいでして、新しい情報が入らないんです」
「ふうん……じゃあ今から京都行って。何なら連れ戻そうぜ」
「ええっ?!」
「ちょ……ちょっと待て悟、キミどういう状況か分かってるのかい。前にも行ったけど、いま名前に会えば彼女は危険に晒される。もう少し考えてから、」
「分かってるって。冥さんと歌姫に名前を交流会に出すように頼んで何とか上も了承したから、そこを突く。その前に色々と乙山家の状況も知りたいし、とりあえず情報集めに行くだけだっての」
連れ戻すなんて冗談だっつぅの、とゲラゲラ笑っては、突然んーーっと五条の身体からすれば狭い車の中で手を伸ばして身体を緩め、小さな声で言葉を漏らす。
「それに……アイツには謝んなきゃいけねーしな」
「……分かった、行こう。私も手がかりと作戦を考えるよ」
夏油は名前に危害が加わることなく東京へ戻す作戦を計画しているのを察し、今までの五条とは違う――真剣さを感じて身を少し乗り出せば、携帯が鳴った。
何だ、と出れば、タイミングが悪く「私は山梨でもう一件任務だそうだ……」と項垂れる。丁度任務地のあたりを走行していたので途中で高速を降り、夏油は別の補助監督が迎えにくるとの事だった。
「頼んだよ悟」
「傑、」
「なんだい?」
「名前のこと傑にも八つ当たりして悪かった。…でも渡さねーから」
「ははっ……今度はちゃんと伝えなよ、」
車から降りた夏油はニッコリと笑い、手を振って目的地へと向かって行く、それを見送った二人は顔を見合わせた。
「……行きますか」
「ん。飛ばしてね」
「りょーかいです!」
言葉の通り、法的速度など関係無いスピードで高速を走り抜け―――
――――――
――――
――……そうして、今に至る。
歌姫と別れ、また来た道を戻る車中、五条は大きなため息をはいて背もたれに重くのしかかった。
「……ったく、面倒な家だな乙山家」
「どうします、何か作戦を立てますか?」
「んーー……後はリコ次第で変わってくるかな。…アイツにも事情を話さねーとな……」
五条の中では何かの道筋がみえているのだろうか。自分だけではなく、他人を考える力をつけたのか――……そう感心した三好谷だが、五条は遠くを見つめ、またため息を吐いた。
「つうか名前と一緒に寝ていいのは俺だけなんだっつーの」
「ええ、大事なところそこ?」
………人はそんなに簡単に変わらないらしい。