それぞれの想いの花





「いらない」
「………………」
「やだって言ってるじゃん」
「……」
「美味しくないもん、食べないもん」

目の前にいる餓鬼……じゃなくて、十三郎さんの弟である十四郎は、目の前におかれた朝食をテーブルの奥へと押し出す。
………っこのくそがきめ……。
汚い言葉が浮かぶけれど子供は苦手だし大体嫌われる。
そもそもせっかく家政婦のマサヱさんと一緒に作った料理なのに食べないと言い出すのが悪い。朝ご飯食べに来たんじゃないのか。

「ぼっちゃま、美味しいですよ」
「そうそう。このオムレツなんてマサヱさんが丹精込めて作ったんだから」
「マサヱが?……なら食べる」
「名前さんが作ったからあげも美味しいですよ」
「じゃあ唐揚げいらない」

ぐぬぬ、さらに腹立たしい……。つまり丁度朝食の手伝いをしてた私を見て気に食わず、私の作った物はいらないって言いたかったんだろう。苛立ちを隠して笑みを浮かべていたはずだが、マサヱさんが「名前さん、許してやってください」と困りながらお願いしてきたから、いつの間にか怒ったような顔をしていたのかもしれない。
朝は基本、家政婦のマサヱさんが乙山家の兄弟と私の朝食を作ってくれてるのだけれど、住まわせて頂く身、申し訳なくてたまにだけど手伝っている。マサヱさんも名字家に対して嫌な気持ちを抱いているのかと思いきや、家政婦として乙山家に雇われの身のため家系事情は気にしてはいないらしい。ちなみに呪霊は見えるだけ――所謂窓としての存在に近い。
マサヱさんには悪いけれど、私は子供に縁がないらしい。元々扱い方がよく分からないってのもあるんだけれど、大体嫌われたり泣かれたりする。泣かれるのは困るけど、十四郎の場合はザ反抗期の子供って感じでムカつく。
十四郎から斜め右側の椅子に座った私は、いただきます、と手を合わせ自分が作った唐揚げを頬張った。
うん、さくさくでじゅーしー……自分ながらに褒め称えたい。

「あ〜〜美味しいなぁ〜?」

横目で十四郎の方を見ながら満面の笑みで食べれば、ぐぐぐっと顰める顔をする。

「…………いらない」
「あら、私もいただきますわ」
「マサヱ!食べたら死ぬよ!」

私の様子を見てマサヱさんがノッてくれれば、十四郎は焦ったように声をかける。食べたら死ぬってなんなんだ、誰も毒なんか盛ってないっての。マサヱさんは唐揚げを頬張り、ほっぺに手を当てる。

「……ん〜本当に美味しい。ほら、ぼっちゃまも食べないと無くなっちゃいますよぉ」

マサヱさんは十四郎のお皿に唐揚げをのせ、ね?と声をかければ、ゆっくり唐揚げを口に入れる。…マサヱさんの言う事はどうにか聞くらしい。
しかし、もぐもぐと咀嚼していくうちに、眠そうだった目がぱああっと開いて、盛り付けた皿から唐揚げをもう一個、もう一個と口に入れた。

「……まあ、唐揚げは許してやるよ」

唐揚げを許すってどう言う事なんだ。









八月の頭に奈良であった任務以来、任務は入ってこない。十三郎さんは引っ張りだこのようで中々家に帰ってくる事は無かった。私の見張り役じゃなかったんかい、っとツッコミたくなるけど、こうも水神が表に出てこないとどうしようもないよね。
そんな任務のない私は、昼間は高専へ行き勉強を叩き込まれ、夕方から乙山家の裏庭である山で特訓。夜は舞踊の稽古という、任務がなくても中々充実した毎日を過ごしている。
夜蛾先生が京都校の先生に私の頭の悪さを伝えたようでスパルタだし、何故か舞踊習わされてるし。しかし悪くない気はしている。勉強するたびに、戦闘中の判断力も素早くなったし、舞踊での身体の滑らかさが動きを良くしている。

姉妹校交流戦――……出れるのであれば勝つしかない。五条に会って気持ちに答えを貰って、そして……一人で生きていけるって証明してやる。

今なら少しは五条に対抗出来るだろう。でも、それはほんの少し、ほんの少しだけ対抗出来るってだけだ。
五条に勝てるなんて鼻から思っていない、今回は呪具を返す為に呪術師を続けていける事を認めてもらいたいから。
それにはまだ何か足りない……五条達と闘うって事も大事だけど、ルールを教えて貰った際に姉妹校で勝つには呪霊の討伐も大事になってくる事を知った。……何か、良い方法は無いだろうか。

「わしが力を貸してやろうか?」

いつもと違う、心の中ではなく耳元で囁かれた事に驚いて俯いていた顔をあげれば、妖精サイズの水神が宙にぷかぷかと浮かんでいる。

「また突然現れて……」
「現れるかは許可制なのか?そんな約束をした覚えはないのう」
「……それで、力を貸すってどういうこと?」
「五条の坊と会えばまたわしへの呪力が少し高まるはずじゃ。特別に先代に伝えた技を娘にも教えてやろう」
「私の先祖に教えた技…」

先祖と水神がどれほどの距離で、どれほど分かち合っていたのかは知らない。私と同じように身体を貸していたとなれば、私も水神に教わる事が可能という事なのか。
でも悪巧みしてる気満々じゃん、言いなりになるのもなぁ。一度一体化出来なかったからもうその心配は無いと思うけど、何か裏があるのかもしれないし……。

「素直じゃないのう。とりあえず聞く耳をもて」

ぷかぷかと浮いている水神は怪訝そうな顔をする。……そうだった、私が何考えてるのか筒抜けなんだっけ。まあ、確かに勝率が上がるのなら水神の言うことを聞いてみるのも良いか。

「わしは水を操れる、それに娘の術式を乗せる。すればそうすれば遠くの対象物であれど直接視線が合わずとも、遠隔で水を通し合わせる事が出来るというわけじゃ」
「それってアリ?」
「アリも何も、呪術じゃからな。それを取得出来るのかは娘次第じゃ」

確かに水神との術式が使えれば、水が広がる範囲内でどこに標的の呪霊がいるかも確認出来る。姉妹校の勝敗も有利になっていくだろう。………ここは腹を括ろう。

「………………教えて」
「目上への挨拶がなってないのう」
「……教えて……ください……」
「ふふん、よかろう」

私の身長より上の位置からぷかぷか浮いて見下す水神の顔は、なんとも楽しそうで悪い顔をしている。
腹立つなぁ……なんて思ってるのはバレバレなんだろうけれど、水神にとってはそれも優越感に浸る一つの材料のようだ。








「……とりあえずここまでじゃ、日も暮れる」
「そうだね、帰ろっか」

あれから水神に術式を伝授してもらっていたが、いつの間にか空が夕日へと変わっていた。夏の空は日が長いけれど夕日が沈むのはあっという間だ。荷物をリュックへとしまい、出口の方へ歩き出す。

「はぁーあ、しかし飲み込みが下手じゃのぉ〜〜わしは悲しいぞ。先代の方がよほど飲み込みが上手かったわい」
「うるさいな、これでも精一杯なの」
「弱いのう〜」

呆れたような声を出しつつ人を煽る水神だけど……体を貰うって言って失敗したのそっちじゃん。
なんて思っていれば、突然水飛沫が思いっきり顔にかかった。こんにゃろ。



夕日が沈もうとするこの時間帯は、暗闇の黒と陽のオレンジのコントラストが綺麗だ。裏山を抜けて乙山家へと帰る最中、徐々に暗闇へと溶けていく景色に、一人の影を見つけた。
誰だろ?――――そう思って近づくと、木の影から先を覗く、十四郎の影だった。

「十四郎――?」

声を掛ければ、驚いたようで子供の肩が飛ぶ。こちらを向いた十四郎の顔は半分泣き顔の状態だった。

「どうしたの?」
「……なんでもない」
「なんでもないじゃないでしょ、じっとそこで何してたの?」

そう問うと、黙り込んでぐっと両手を握り締めた。何を我慢しているんだろう。捻くれているのはイライラするけど、見捨てる事は出来ずに髪を優しく撫でると、ぎゅっと洋服を掴んできた。

「……呪霊が、ずっといて、帰れない」
「へ?」

十四郎の指差す方を見れば――――確かにいる。石畳の先にぽつんと座って「アソボ、アソボ」と遠くを見ながら呟く呪霊の姿。
蠅頭にしては少し強い――あっても三級程度であろう呪霊だ。横を通り過ぎても別に危害は加えないだろう。

「怖いの?」
「ううるさい」
「……別に大丈夫だよ」

十四郎の右手を繋いで歩みを進める。彼は繋いでいない左手で私のズボンを握りしめながら恐る恐る歩くので思うように上手く歩けない。
危害は加えないって言っても多分ずっとあそこでモジモジしてるだろうし面倒くさいなぁ、なんてちょっと思ったけど、見捨てる事も出来ない。
さっさと祓ってしまっても良いけれど、一応乙山家の敷地内。裏山には結界を張っていないようだから、どこからか迷い込んだ呪霊だろうけど、祓って万が一何か言われても嫌だ。
ここは無視が一番と思い、黙って呪霊の横を通り過ぎようとすると、十四郎と繋いでる左手ではなく、右手を呪霊に掴まれた。
掴まれてしまっては無視も出来ない。しゃがんで呪霊と対面すると、十四郎は手を繋いだまま私の背中へ隠れる。

「ヒッ……名前っ、」
「大丈夫。……どうしたの?」

十四郎に落ち着くように声をかけた後、呪霊へ声をかければ、呪霊はニコぉっと頬があがった。
すると脳内に私と十四郎が手を繋いで歩く姿が写しだされ、暖かく切ない気持ち……そう、言葉にすれば、羨ましいという気持ちが溢れかえってきた。

「ボクモ、アソブ、」
「……いいよ、でもあの門までね」
「ばかっ!何言ってるんだ!」
「手繋いでるのが遊んでるって思ってるみたい。叶えてあげようよ」

そこまでだから、ね?と背後にいる十四郎へ言うと、手をぎゅっと握っては私へむっとした顔を見せる。

「裏切り者、僕に怪我させたら許さないから」
「はいはい」

寂しかったんだって、どこか独りぼっちな気持ちが集まって生まれたみたいだ。夕焼けのオレンジ色を眺めながら子供の頃にお母さんが歌ってくれた赤とんぼを口ずさむ。
優しかったお母さんが居なくなり独りぼっちだった子供の私も、今じゃ周りに沢山の人達がいる。大丈夫、みんなそばに誰かがいる。そんな気持ちを込めた。
……赤とんぼが見れる時期には、五条と決着がついているだろうか。



ゆっくり歩いて門の所までくれば、陽はより沈んで、暗闇はもうすぐそこ。私は再度呪霊と向き合ってしゃがんだ。

「約束はここまで」
「アソブ、アソンダ、タノシイ」
「……私も、楽しかったよ」

ぎゅっと呪霊を抱きしめて呪力を込める。呪霊は、はらはらと粉雪のような光が空へと浮かんでいった。寂しかったんだ、この呪霊は。こんな苦しみの呪霊を生まなくても良い世界になれたらいいのに――……。

「あーあ。敷地内の呪霊祓っちゃったから怒られるかな」
「……黙っといてあげるよ」
「何?今日優しいじゃん」
「僕、お兄ちゃんみたいにへっぽこになんか、なりたくない。お姉ちゃんみたいなかっこいい呪術師になりたいんだ」
「別にお兄ちゃんもへっぽこではないと思うけどね」

確かに能力差はリコちゃんの方がよっぽど武闘の使い手で呪力の量もレベルも強い。十三郎さんはどちらかといえば頭脳派だが、あの呪力で二級術師としては優秀だと思う。

「だから、黙っといてあげるから力貸して。僕も強くしてよ」
「駆け引きするなんて腹立つけど……一人で帰れなくなるのは可哀想だから教えてあげる」

余りにも上目線だった為、ぺちん、とおでこにデコピンすると、ムッとした顔でこちらを見る。
毎度毎度言い方が腹立つんだけど……その真剣な目が、強くなりたいって強く思っているのが伝わってくる。こんな小さな頃から家系を気にして強くなりたいと思うなんて。その気持ちには出来るだけ応えてあげたい。

「弱音吐いても知らないからね」
「僕の方が強くなっても知らないよ」
「その強気、信じてるから」










夜、部屋へ戻れば久しぶりに十三郎さんの姿があった。マサヱさんがいうには北海道、沖縄、東京から九州と、ここ一週間は弾丸旅行なのかというほど転々としながら任務にあたっていたらしい。
冷房を入れた部屋で座椅子に座り、すぅすぅと寝息をたて、いつもとは違う穏やか表情で寝ている。一緒の時は端と端で寝ていた為、寝顔なんて見た事無かったけれど……案外可愛い顔をしてるじゃん。
いつもこれくらい穏やか表情なら良いのに…そう思いつつ、このまま寝ていたらもしかしたら風邪をひいてしまうかもしれない。それに眠ったままの状態にしておくのは起きた時になんだか気まずい。
疲れているんだろうが、申し訳ないけれど起こして布団に入って寝てもらおう。

「十三郎さーん起きてくださーい……風邪ひいちゃいますよー」

声をかけてみれば少し顔を顰めたので、ぽんぽんと肩を叩いてもう一度声をかけてみる事に。

「十三郎さーん、寝るならお布団敷いて寝ましょーよー……って、わっ!!」

不意に肩を叩いていた手を突然握りしめられ引っ張られると、そのまま逆の手が私の腰を持ち十三郎さん自身の方に引き寄せられた。
……ちょっと、寝ぼけてるでしょ!
座椅子の背もたれに片腕で支え隙間を取っているが、両手を背後に回されてぎゅっと抱き締める状態にすっぽりと入って逃げられず……どうしようもない状況になってしまった。

「……リコ、」

耳元で囁くように聞こえた十三郎さんの寝言。愛しそうなその声を聞いて、思わず彼の胸板をドンドンと叩いた。しかし抱き締める腕の力は強さを増して離れる事は無く、身体のラインを確認するかのように徐々に手は上へ、下へと移動していく。
これ本当に寝てるのか?!夢遊病なのかと不安になる程の行動にどうすればと考えれば、背後から頭を掴まれ彼の唇の先へと押されていく。
ちょ……っ!!夢であろうと好きな女と間違えて抱きしめてキスしようとするんじゃ無い!!
唇が交わる手前、力めいいっぱいに胸板を押せば彼の身体は後ろのめりになり、抱きしめられた手が離れた瞬間、十三郎さんだけそのまま後ろに倒れてしまった。

「っ……!」
「あ、ごめんなさい」
「全く、何してくれるんですか……」
「何してくれるんですかはこっちのセリフですよ!寝言までリコちゃんの名前を出すのであれば、いい加減教えてください!」

倒れた座椅子を起こし、十三郎さんは畳に胡座をかいて座る。
「寝言……?」と私の言った事が寝ぼけて理解出来ないのか、少し間があいては溜息を漏らした。

「別に名前を出すくらい問題無いでしょう。勝手に恋愛感情を持ってると言われても困ります」
「じゃあ勝手に抱き締めたりキスしようとしたりしないでください」
「…それは謝ります」
「やっぱり十三郎さんが恋愛的好意を私に持ってるとは思えません。……乙山家にはこんなにも贅沢な待遇をしていただいて感謝はしてます。でも……私は十三郎さんとは結婚したくないです」
「自分勝手な人ですね。……貴方、リコの幸せを奪って五条悟との結婚でも企てる気ですか?」
「自分勝手なのは分かってます。けど、五条とどうこうなりたいなんて思ってません。私は呪術師界……いえ、この世界から名字の血を消したいんです」

……この好きという想いが消える事は無いけれど、押し付けたりはしたくないし叶わないのは理解している。元々振られた身で、更にこれからもしかしたらもう一度振られる予定なのに、どうこうなりたいなんて思っていない。
以前会った禪院直哉――彼が言っていた私を利用したいと思っている家系の言いなりになりたくないのと、子孫へ影響を及ぼす事の方が嫌なのだ。
今だって現に十三郎さんを巻き込んでいる……名字の血を終わらせるためには何処にも関係を持たないのが一番。
…………でも、彼が本気なのであれば話は別。

「もし十三郎さんが本気で私と結婚を考えるのであれば、真剣に考えます。十三郎さんの事を恋愛的に好きになれるのか分からないけど……真剣に考えて想ってくれるのであれば、私も真剣に気持ちを受け入れたい」
「ならば、」
「でも!……今の十三郎さんの頭にはリコちゃんが居ると思うんです……分かるんです、私も片想いしてきたから。だからリコちゃんを好きなまま、嘘つかれて進むのが一番嫌なんです」
「……名字という立場なのによく言えますね」
「それですよ。十三郎さんも当主の事を嫌っているみたいですけど、結局言いなりを強制するんであれば当主や禪院直哉と変わらない。権力を使って人をどうこうするなんて、私は大嫌いです」

本心をぶつけると、十三郎さんは苦虫を噛み潰したように顔を歪める。……今までの十三郎さんを見ればこの状況が如何に嫌なのか、私には分かる。
代々続く呪術界の五条家を裏切った名字家の者との結婚なんて、呪術界隈からどんな目で見られるか検討がつく。そんな人間と関わりたくないのは、少なからず理解できるから。

「……乙山さん、ずっと私のこと厄介者だと思ってたでしょ。それこそ乙山さんだったのに、急に意見を変えられては上の人間と同じですよ。それに…リコちゃんの事が好きなんだろうなって分かっちゃうんです。その想いだけは逃げないでください」

私も、逃げないから。
重い顔持ちをしつつ、真剣に考えてくれているようで、長い間が開く。

「しかし……」
「そんな事言っても無駄だよ」

突然二人以外の声が聞こえ、咄嗟に声のする襖を見ると、小さく開いた。

「十四郎……」
「お姉ちゃんずっと頑張ってきたのに……ずっとここにいるって言ってくれたのに……五条家に行くってなった時、なんで行けって言ったんだよ」
「リコが望んだ事だ、それ以外なんの意味もない」
「違う!お姉ちゃんは行きたくないって言ってた!!なのになんで止めてくれなかったんだよ!」
「十四郎には関係ない事だ。リコが望み、それを後押ししただけ。そもそも……父さんに抗えるわけがないだろ……」

責め立てられ、いつもよりも冷静でない十三郎さんは言葉が強くなる。
十四郎はそれを見て、一層怒りをあらわにした。

「お姉ちゃんの気持ちを全然分かってない十三郎には関係ないなんて言われる筋合い無いね。お父さんの言いなりになった弱虫め、僕は言いなりなんてならないからな」
「……勝手にしろ。それしか用がないなら去ってくれ」
「僕は名前に話があって来たんだ」
「えっ私?」
「教えてくれるんでしょ…………いつ空いてるか教えて」

突然声をかけられて驚いたが、特訓の事を聞きにきたようだ。先程十三郎さんに話すよりもボソボソ声になっている感じ、多分特訓してる事を知られたくないんだろう。手招きするので、部屋を移動したいらしい。
先に移動しようとする十四郎は襖の隙間から最後に言葉を放った。

「十三郎がお姉ちゃんを取り戻さないのなら、僕が取り戻すから」

子供ながらにめちゃくちゃかっこいい事言うじゃん……。特訓して強くなろうと強い意識を示している姿が、その言葉の重さを感じる。
……でも、十三郎さんにもきっと色んな想いがあるはずなんだ。

十四郎の後を追うため立ち上がれば十三郎さんはクソッと、いつもなら吐かない暴言を小さく吐いては髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す。

「せめてものリコと十四郎だけは幸せになって欲しいと思っていたのに……私は間違えていたのか……」
「…それは、リコちゃんにしか分からないです。でも……きっと伝えたい本心があるはず。行きたくないと言ってた本心、それを聞いてあげて……せめてリコちゃんには本当の事、伝えてあげてください」


それぞれの本当の想いを。