再会の花





「今…………なんと申した」

薄暗い暗闇の空間、四方を取り囲まれた五条は、だから―と再度口を開いた。

「交流戦で私が名字名前に勝ったら、名字名前の身柄を五条悟の監視下におきますんで、って言ったんです」
「…元々五条家が乙山家に監視を頼んでいるんではないか」
「そうじゃない。五条家、乙山家ではなく五条悟の監視下に置くんですよ。元々俺はこの件に関して全く関わってない、むしろ関わってるのはアンタら上層部でしょ?」

問いかける五条の言葉に、上層部達は黙って口を閉ざしたまま。分かっていたかのように笑みを浮かべた五条は再度要件を述べた。

「俺が呪霊に取り憑かれている名前に勝てば、万が一の時には対応できるし問題ないでしょ」
「負けたらどうするのだ」
「負けるとでも思ってんですか?」

今世紀最強の呪術師であろう特級呪術師・五条悟。皆分かっているー…彼に勝つものなど居るわけがないのだと。五条悟が本気を出せば今ここにいる全員、殺す事も出来る。殺さないのはそれなりに道徳というものを知っているから。
しかし今回の事に関して彼は本気だ。反対する者がいれば、只事では済まないだろう。それに特級呪術師が監視役になるのは、保守派の上層部からすれば安心要素の一つ。

「…よかろう」

上層部は五条悟の条件を呑むこととした。

――そんな出来事があったなど名前は知らず、あっという間に九月を越え、夏の暑さが少し和らぎ秋を感じ始め姉妹校交流会の日が訪れた。






東京と京都にある呪術高専で行われる姉妹校交流会。
東京校からは二、三年の六人が出る事となり、そして京都校からは一、二、三年と私を含めた六人。
久しぶりに京都から東京へやってきた私は東京校の人達と顔合わせは極力避けた方が良いと言われ、先に控え室へ楽巌寺学長と向う事にした。学長も保守派らしいが、夜蛾先生のおかげか酷い対応をされた事はない。寧ろ京都校で雑用を頼まれ、お茶を出した際にお茶の淹れ方が上手だと褒められた。
保守派も全員が悪い人達じゃないようだ。


少し経つと京都校の皆んなが控え室へと集まり作戦会議を行うことに。……といっても夏休み中、交流戦前に作戦会議をしたいと私が個人個人にお願いをして回った。
ちなみに京都校の人達とは夏休みの勉強会で京都校に行った際、すれ違い際に挨拶したり一緒に授業を受けたが深い交流はない。リコちゃんとの約束を果たす為、私一人でも何とかなるように修行してきたけれど京都校の人達と協力出来れば楽になるし、勝率も一気に上がる。

「あーあ……リコに会いたかったな…」

私より背の小さな女の子は膝を抱いて呟く。この子はリコちゃんと同じ一年生で、とっても仲が良いと京都校の人達が言っていた。今日は確かリコちゃんは任務があると言っていたから、会えないのが寂しいんだろうな……。

「そのリコちゃんを京都校に取り戻す為に、力を貸して欲しいんです」

その言葉に力強い目を皆が向ける。
お願いした際、全員が叶うのであれば協力したいと仲間想いの人達ばかりな印象を受けた。
リコちゃんを京都校へ戻す為に乙山家当主と賭けをした事――その条件が交流会の名物である呪霊討伐、この団体戦にて勝利する事。個人戦もあるが両方勝てば更に条件を満たす事が出来る。

しかし悲しそうな顔をした女が一人「やっぱあの最強二人に勝てるわけないじゃん……と」小さく呟いた。あれは確か三年生……昨年の交流戦で見た覚えがある。五条達が異例で出場した際に酷い目に遭って若干のトラウトなんだろう。

「でも勝算はあるんです」

東京校に居たからこそ分かる彼らの実力、その知識を使わずしてどうする。この試合の目的は二級呪霊を多く倒した方が勝ち。しかしその中で目標の呪霊を祓うのに取り合いになってしまい、術師同士の闘いが起きるのは当然。前に冥さんから聞いた話では、その中での闘い方に魅力があればある程、審査員から推薦される可能性が高まるらしい。
だが今回私が提案したのは、試合の結果……つまり目標呪霊の討伐数が多ければ勝ち、という点。
呪霊を誘き出す事は出来るし、今なら二級程度の呪霊も何なく祓えるだろう。だが術師にも見つかってしまう可能性がある。そこで術師同士の闘いを京都校の人達に任せ、術師としてのアピールが出来るという一石二鳥な作戦だ。
だが肝心なのは特級の二人。
京都側にも一級や準一級レベルの術師は居るしその力は階級以上だと京都校の先生も言っていたが、特級の二人に勝つ事は難しい。
けれど歌姫さんが言ってた事が本当であれば、五条は私の所を目指してくるだろう。五条が来る前に私が呪霊を半数以上祓ってしまえぼ、勝利はこっちのものだ。
その間、呪霊狩りと術師の相手をするであろう夏油、そして三年生の相手を京都校の人達にお願いしたい。特級呪術師が一人減れば、こちらの勝率はぐっと上がる。可能性はゼロじゃない。

そう答えると、壁に寄りかかっていた男ー…三年生の絢辻先輩は口を開く。

「良いんじゃないか。五条悟の相手をしなくて良いのであれば、状況が変わってくるからね」

彼の一言で他の人達も少し希望を持てたようで頷き、同意してくれた。順調に話が進んでホッとしていると、絢辻先輩はでも、と話を続ける。

「協力してもいいけど、一つだけ。俺は君と行動する。五条悟は君を見つけに行くだろうが、もし負けてしまったら呪霊をメインに狩る人が居なくなるだろ?もし皆も呪霊に出会えば対応をお願いしたい」

彼の問いに、皆が頷く。 
流石、上級年でありリコちゃんと同じ一級術師なだけあってか頼もしさもあり、信頼度は高いらしい。

「それじゃあ最終的な作戦、決めていきましょうか」




* *






準備を終えて森の中出発地点へと向かえば、深々とした緑が溢れかえる森で開始の合図を待った。空は青々としていて戦いなど起きそうにない晴天で、大きく息を吸えば澄んだ空気が身体を巡る。
……覚悟は決まった。

スタート!!という闘いの合図が森に響き渡り、一斉に走り出す。その中、皆とは別の方向へ曲がってある程度走った所で地面に手を突いた。

「水神、力を貸して」

水の鮮やかな色の呪力が溢れ出し、呪力が地面を通してどんどん広がっていく。水神の術式であり、教えてくれた技の一つ。
水のように呪力を地面に這わせ、根の生えてる木についているもの等を伝わせて遠くの目標にも術式を当て、術に反応した呪霊は私を目掛けてやってくる。

「呪霊達……こっちにおいで、遊ぼうか」
「へぇ、それで誘き出すんだ」

後ろを見れば絢辻先輩が立っていた。そういえば一緒に行動するんだっけ……無我夢中で走っていたから背後に居た先輩の事を忘れていた。しかし一級術師が一緒なのは心強い。

「それもありますけど大体呪霊の居場所もわかるので、こちらから突撃します」
「おっけー」

先程の水神の術式で流した呪力の波から呪霊の大体の位置が掴める。波動を伝い、走ってその呪霊の場所まで向かっていけば丁度呪霊と鉢合わせになり、勢いのまま呪具の短剣を斬りつけた。
しかし私の攻撃だけでは甘かったのか、後ろにいた絢辻先輩の攻撃によって呪霊ははらはらと消え去る。

「よし、一体目!」
「本当に大丈夫かい?さっきのミス、五条悟と渡り合える気はしないけれど」

考えていたプラン通りに進み、ガッツポーズをすれば、背後から先輩が爽やかな髪を揺らしながら話しかけてきた。
プラン通りではあるけれど、倒せなかったのはミスであり反省点。こんな調子では他の呪霊を祓う時にもヘマしてしまいそう……気をつけないとな。

「五条と渡り合えるなんて私もしないですよ。でもアイツから答え聞かなきゃだし、もう一人で大丈夫って証明したいんです」

特級術師になった五条に勝てるなんてさらさら思っていない。むしろどれ程粘れるのか不安だけど、止めれるだけ止めて今の私の力を証明したい。今まで迷惑かけてしまったけど、術師として成長出来てるって、呪霊に取り憑かれたって自制心を保っていられると、呪具を見つけれるだけの術師だと認めてほしいだけ。
ぐっと意気込めば、ふと優しく頭を撫でられて頭上を見ると絢辻先輩が微笑んでいた。

「……絢辻先輩?」
「思ってたより良いコでびっくりしちゃった」
「ええ、なんですかそれ……」

先輩の何を考えているか分からない微笑みが少し怖い。しかも気軽に頭を撫でてくるなんて、五条や夏油と同じクズのオーラがするのはなんでだろ……。
それに私に対して今まで良い子って言う印象は無かったって事なんだろうか。まあ確かに呪詛師のような過去もあり、取り憑かれて自分の我儘を聞いてくださいと傲慢な術師なんて良い印象はないか。

「さて、五条悟がいつこちらに来るか分からない。さっさと方をつけようか」
「はい!」

絢辻先輩の一言で次の呪霊へ向けて走り出す。先程と同じように丁度誘き出していた呪霊と鉢合わせになり、また別の方向から呪霊がやってくる。二級、三級の区別をしている余裕なんてなく、絢辻先輩と背中合わせで祓っていくのを繰り返していると、遠くで爆発のような音がした。
空を見れば龍のような呪霊が空を飛び、リコちゃんと同級生である背の小さい女の子は背中から生えた大きな羽で龍の呪霊を撹乱させている。

「あれって夏油の呪霊……!」
「あっちも全力で戦っているみたいだね」

……負けてられない。
それは呪霊を倒す目的に対してもだし、術師として魅力をアピールしている所でも。二の次で考えてはいたけれど、交流戦でアピール出来れば階級の上がるチャンスは私にもあるはず……なんとしてでも勝って登り詰めなきゃ。
少し多めに呪力を再度流し、呪霊を誘き出す。さらに蝿頭レベルの呪霊から二級呪霊まで様々な呪霊がこちらへ近づいて来た気配を察した時、それ以上の重苦しい呪力の気配がこちらへと近づいてきているのが分かった。

「先輩!」
「分かってる」

大きな呪力の気配に絢辻先輩も察したのだろう。
少し離れないと巻き込まれる――走って距離を取れば思った通り大きな竜巻のような風が勢いよく通っていく。土は盛り上がり、木が破裂し、こちらに近づいてきていた蝿頭も二級呪霊の気配は跡形もなく消えた。




……来た。

「次はそいつか?」

砂煙で見えずとも、声が誰だか、誰の事を言ってるのか理解出来た。咄嗟に先輩の前に出て、水神の力である大量の水で相手の術式を止めれば水は霧のように弾け飛ぶ。

「……ありがと、水神」

心臓がバクバクと鼓動を早める。水神の術式が無ければ、呪具で抑えたとしても大破してたかもしれない……それほどの威力。

「初めて会った時も思ったが、今世の五条は気が荒いのう」

憑かれているとはいえ、水神が私に力を貸そうと思わないと術式は使えない。瞬時であれ、水神が協力してくれた事を心の中で感謝すれば水神の呆れた声が心の中で響いた。先代の五条当主がどんな人だったかは知らないけれど、確かに荒い。でも、いつもはもっと余裕のあるやり方なんだけどな。

霧と砂煙が空中を泳ぐ中、ピリッとした緊張感が漂い、現れた五条は少し不機嫌そうな顔している。

「突然攻撃してきて意味わかんない事言わないでよ」
「俺がダメだからってすぐに他の男に目移りするなんて切り替えの早い女だなって言ってんだよ」
「……切り替えたりしてない」
「じゃあ何で庇ったわけ?」
「仲間だから。…そして関係ない人まで巻き込みたくないからだよ」

五条の気持ちは上手く理解出来ないけれど今までの態度からして多分、私が男と仲睦まじくしているのが嫌らしい。
不機嫌になる時はそんな時が多かった気がする。何故彼がそんな気持ちになるのかは全く見当つかないけれど、誤解されたままも嫌だし、絢辻先輩に迷惑がかかるのは面倒だし素直に答えた。
まあ私の意見なんて聞いちゃいないだろうし、絢辻先輩と別行動してここで五条を止めるしかないだろう。
……ここからは、呪霊にかまってる暇はない。
呪霊の標的を先輩へ向ける術式を流して、先輩の背中を押した。

「先輩、呪霊のこと頼みます」
「分かった。…ちゃんと話し合うんだよ」
「……知ってたんですか」
「可愛い歌姫先輩からの頼み事だからね」

歌姫先輩、色々と気にかけてくれてたんだ…。絢辻先輩はじゃあ、と一言私にかけて走る。足音が聞こえなくなるまで彼の姿を振り返る事はせず、五条に向けて短剣を構えた。

しかしこの男は本当に私に何か話す気あるんだろうか。
せっかく歌姫さんから背中を押してくれたけれど、話し合うにしても不機嫌すぎるでしょ。冷静に話し合えるのかなと思っていたけど、攻撃ぶっ放してきたあたりそうはいかないだろう。
もっともお前に告白されて最悪だよって話だったら攻撃的な理由もあり得るだろうか。
傷つくけれど、彼自身それが本心であれば私はしっかり受け止めるしかない。……そして私も彼に伝えなければ。

「歌姫さんから聞いたよ。私も五条に言いたい事あったの」
「……今度は言い逃げすんなよ」
「うん……言い逃げしちゃって、迷惑かけてごめん。でも後悔してない」
「俺が言ってんのはそれもだけど、勝手に居なくなるんじゃねぇよって言ってんの。お前の行動身勝手過ぎて腹立つんだよ」
「それは五条に言われたくないし。いっつも任務の時にどっかいって単独行動するくせに」
「そりゃあ、お前が馬鹿だからだろーが」
「はあ?!」
「ああ?!」

イライラが湧きだってきた。いやいやいや待て待て待て、喧嘩しに来たんじゃない。そんな話は後だ。
確かに身勝手な行動をしてしまったのは百も承知。でも私の曲げられない本心なんだ。
軽く咳をして息を整え、サングラス越しの彼の瞳を見つめる。

「…もう五条に会わないつもりだった。次に会う時は呪具を返す時がいいと思ったの……今もその気持ちは同じだよ」
「……変わんねーんだな」
「うん。身勝手かもしれないけど五条にも、乙山家にも関わらずに生きていきたいの。だから証明させて」

短刀を地面に捨て、両手を握りしめて構える。ここは物ではなく拳で、呪力で闘おうじゃんか。もう逃げない、逃げずに突き進んでやる。五条に呪霊に憑かれても呪術師として生きていけると、呪具を見つける力があると見せてやるんだ。
すると、サングラスを取った彼は私の瞳を見つめながら口を開いた。

「……一つ、先に聞かせて」
「何?」
「さっきの男のこと、どう思ってんの?」
「絢辻先輩?どうって……仲間?先輩?って思ってるけど」
「ちげーよ。……好きなのかって言ってんの」
「……はあ?」

……この状況で何を聞いてるんだ、そんなにも絢辻先輩が気になるの…?もしかして本当に私が五条を諦めて新しい恋をしていると思っているんだろうか。
生憎そんな切り替えの早い人間ではない、諦めた方がいいって分かっていながらも抑えられないこの気持ちを拗らせる程、私の初めての恋は中々終わることが出来ない。

「好きな人は別に居るよ」
「……誰だよソイツ」
「秘密だって言ってんじゃん。……一人にしか恋した事ないんだから、何度も言わせるんじゃ無いっつーの」

笑って答えれば、五条は目を丸くして驚いた顔を見せた後、笑った。
ああ、その顔久しぶりに見た。無邪気な子供みたいに意地悪そうなその表情。
……私の大好きな人の、大好きな笑顔。その姿に恋をしたんだ。





タイミングが合わさったように、同時に走り出した。













相変わらず五条の術式はめちゃくちゃだ。派手に地面が盛り上がり、土や泥が飛び交う。水神の力を借りて水のベールを纏って当たらないようにしながら五条へ一撃を放つように拳を入れれば、無限のせいで全く当たらない。

「遅い」
「っ……!!」

隙のない攻撃は徐々に威力が増してくる。攻撃をよけてはいるが、完全に避ける事は出来ない。馬鹿みたいに大量の呪力を使いたい放題しているのは流石最強という名に相応しいと改めて実感する。
どうにか反撃しようとこちらから攻撃をしかけても身体の周りを無限で囲めて、あっという間に五条のターンに移ってしまい、一回間合いを取って立て直そうとしても、彼は待ってくれる事なく攻撃を入れてくる。

集中しろ、全力でぶつかれ。傷つけるかもなんて思って手加減してたら傷を負うのはこっちだ。けれど彼の目の前になると想いが心を躊躇させる。
好きだからこそ、大切だからこそ彼に攻撃する時に判断が鈍ってしまう。けれど死ぬわけじゃない。てか、私の攻撃で五条が死んでたらとっくに五条は死んでる。むしろこの状況では私が大怪我を負う羽目になるだろう。今だって攻撃が当たる度に身体のあちこちがズキズキして痛い。

……どうにかして五条の隙を作らないと。

「水神、もう少しだけ力を貸して」
「主の呪力ももう残り少ないぞ。全力でやるのであれば、あと一回じゃ」
「……分かった」

唾を飲み込めば、水神は盛大なため息を吐く。

「はぁ〜あ、わしと闘った時はこんな腑抜けでは無かったのにのぉ。今までやってきた修行が泡のようじゃ、わしと闘った時の主の方が強かったぞ」

脳内に呆れたように言う水神の声が響いた。
全力を出したいけれど出せなかったのは時間稼ぎをしていたいというのもある。絢辻先輩の状況が分かれば良いけれど、連絡手段が無くてどうしようもない。
ここで呪力切れになってしまえば五条は他の術師も倒しにいくだろう。ここで踏ん張っていなきゃいけないんだけど、これ以上は厳しそうだ。
…本気でやらなきゃ。水神に会った時みたいに、死ぬ気で呪力と見つめ合え。

「名前、」

頭の中がアドレナリンが出たように興奮状態になり心臓がバクバクと音を立てる。そんな中、向かい合う彼は突然、私の名前を呼んだ。俯いていた顔を彼に向ければ真面目な顔を見せた。

「ごめんな」
「……へ?」

今……?
突然の謝罪に頭の中はぐちゃぐちゃだ。何に対して謝ってんの?もしかしてこれが歌姫さんの言ってた告白の返事の事?
私に身勝手な事をするなと、言い逃げをするなと言いたかったんだと思っていたから、告白の返事じゃなかったのかと思ってたけど、今言われるなんてどんなタイミングなんだ。
でも……これでやっと諦められる。

「俺さ、お前が傑や七海に対して接する態度と俺に対しての態度が違うからイライラしたんだよね。どーにかお前に悪かったって言わせたくてさ」
「はぁ?…なんで?」
「だってお前、傑とか七海の話ばっかすんじゃん。しかも楽しそーに」
「…………なんだそれ」

理解が出来ない発言に脳が思考停止するが、五条はペラペラと話を続ける。攻撃をする際に彼自身も服に多少の砂や汚れがついているが、顔は疲れを見せず、さらに真剣に考えてましたと言わんばかりの表情をしているのがさらにムカつく。
何だ、態度が違うって。確かに五条とは過去の事もあるし、その上好きになってしまってるから態度が違ってたのかもしれないけど……。でも、私の中では夏油や七海よりも五条の話をしていた時の方が多いのは事実。

「いっつもアイツらに対してばっか凄い凄いって話してさ、イライラしてたわけ」
「別に五条に対しても言ってたよ」
「んなの聞いた事ねーし」
「それは…………」

確かに五条の事褒めてたのは、彼の前ではなく夏油や七海の前。恥ずかしくて直接褒めなんて私には出来ず、周りの人に対して五条は凄いと言っていたから彼が実感しないのは当たり前か…。

「いつも別の奴らを褒めるお前にも、名字家の話ばかりして俺の話聞かねー家の連中にもムカついたから、いっそのことお前が呪術師辞めれば全部収まるって閃いたワケ。だから悪いけど俺はまだ呪術師やめてほしいって思ってる」
「……え?」
「どうにかしてお前の呪力を封じるから、そしたら呪具なんて負わなくていいし上の連中も一安心すんだろ。……どうする?」


……そんなの、決まってる。

「呪術師は辞めない」

どんな道があったとしても、それは私にとって逃げ道。このまま脇道を進めば、私はどんどん逃げていくだろう。

「今度こそ一人で進んでいける。逃げずに進むから、強くなるから、認めてほしいの」

五条から認められれば、乙山家もまた対応が変わってくるはず。リコちゃんの約束を果たすためにも、この交流戦は勝たなきゃいけない。
呪霊討伐の状況も気になるけれど、ここで全力を出してやるっきゃない。後は皆んなに任せよう。負けたら全力で謝って、リコちゃんの事も別の方法で救ってあげる……それが私の決めた道。

「んじゃあ認めさせてみろよ」
「上等」

懐かしい、五条が私を泣かせた時もこんな意地悪そうな顔をしてた。
……でももう負けない。
水神の言った通り、今まで強くなるために修行してきたんだ。五条や夏油みたいに器用でもないし、強いわけでもないならば、人一倍努力しなければと続けてきた。結果が出なければ意味がない。

地面に足の重心をしっかりとつき、呪力を込めて地面に流していく。



「簡易領域」


水神が先祖の名字がやってた技を見よう見真似で覚えた簡易領域を、同じように見よう見真似で習得した私は自分と五条の周りを呪力の水で囲む。
そして一気に水の流れは五条の方へどんどん圧をかけて迫り、一瞬、その場を跳ねたタイミングで切れた術式を見逃す事をしなかった。
ここだ。
今までの呪力全部のせて、めいいっぱいの力を溢れ出させる。呪力がこんなにも高揚し、気持ちいいとさえ思える程の感覚が全身に回った。拳を五条に向けて叩き込んだ瞬間、黒い火花のようなものが纏い、そのまま五条の身体へと刺激を与える。
これは水神と闘った時にも、あった現象。
これが高揚感の理由なのだろうか、そんな事どうでもいいくらいの気持ちよさに二発目を打つ。五条の身体はどんどん背後へ下がっていき、私のスピードはどんどん上がっていく。

いける、もっと、もっともっと、強く。

三発目を打った瞬間、左の拳は宙を切り、左肩に激痛が走った。

「……っぁ、」

目の前に星が舞い、立つことが出来ない。倒れ込む寸前の体は何故か倒れず、霞む視界には私の体を包み込むように五条が抱きしめていた。

「ご、じょう、」
「…逃げてんじゃねーよって言って悪かった」

彼のその一言で、色んな固まっていたものが解けたように緩んでいく。
……なんで謝るの。逃げてたのは事実、結局好きな気持ちを諦めれずにここまで逃げてきた。五条に心配されて大事にされてるリコちゃんが羨ましかった、強いって認められているリコちゃんが羨ましかった……嫉妬していた。強くなれば私も認められて、少しでも振り向いてくれないかななんて思ってたんだ。
結局……弱いままなのに、五条達と戦うまでの力が無かったのは自分がよく分かってる。でも、この想いが捨てきれずに、足掻いてき。
それなのに優しい言葉なんてかけないで、でないとどんどん視界がぼやけていくじゃない。

「強くなったな」
「まだ、強くなって、ない」

もっとやれる、あと少しだけ。
激痛の走った左肩は脱臼しているのか動きもしない。こんな時に反転術式が使えればいいのに。
まだ勝てていないんだ、御世辞の褒め言葉なんていらないから証明させてほしい。
それなのに、意識は途切れ途切れになっていく。優しく髪を撫でられる感覚がし、耳元で優しく囁かれた。


「待ってて」





会いに行くから