仲間の花








「今日から名前には、任務についてもらう」
「イエッサ!先生、私、一生懸命頑張ります!!」

相変わらず顔の怖い夜蛾先生に職員室に呼び出された時は、私は人生終わるかも。と絶望を感じていた。しかし、夜蛾先生は至っていつもと変わらなかった。
すぐに向かってもらうと言われ、呪具ポーチだけつけて、言われるがまま集合場所の高専の入り口へ向かえば、すでに車が止まっていた。
車に近寄り、後部座席を覗き込めば夏油と五条が乗っている。…何故?

「遅せーぞ、早く乗れ」

私に気づいた五条が助手席に乗れとジェスチャーするので、助手席に乗れば運転席には三好谷さんが出しますねー!と元気な声で急発進した。ちょっ、まだシートベルトしてないよ!
急いでシートベルトをつけシートに深く座れば、まだ補正されていない砂利道を勢いよく飛ばしていく。三好谷さん、まともな人だと思ってたけど結構荒々しいんだよなあ。

「私の任務に五条と夏油も行くの?」
「バッカじゃねーの、俺と傑の任務にお前がついてくるんだよ」
「え、私なんかレアキャラ?ここぞと言う時の人間?」
「どんだけ自意識過剰なんだよ。任務に着いたこともねー三級の下っ端のヤツを一人で行かせる訳ねーだろ。お前は今日は見学だ見学」
「…なんだ見学か」

やっと稽古の成果が出せる!と少しワクワクしていたのに、少し残念だ。しょんぼりしていると、夏油が柔らかく笑って話しかける。

「まあでも、名前にもこなせそうだったら任せてもいいよ」
「今回の任務は一級か特級だろ?無理に決まってんだろ。居てもらっちゃ邪魔でしかねーよ」
「なんだ、名前が居ると勝てないのか?私なら名前というハンデを持ってでも勝つよ」
「は?俺だって勝てるし」
「人をハンデ呼ばりすんじゃない!」

二人の合間を縫ってツッコミを入れる。誰かハンデだ。私だって一ヶ月間ずっと稽古に特訓に、地道にやってきた。
術式は昔から身体がいつの間にか覚えていたし、呪力のコントロールだって今ではお茶の子さいさいよ。
…私だって、役に立てるもん。


***



目的地に到着し、車を降りるとそこは高専とは反対側の東京のど田舎。そのど田舎に、ぽつんと異様な雰囲気を放つ大きな洋館が建っていた。

先日、この館を訪れた行方不明者が数名。
そして窓の報告より、呪霊がこの館から出ようとしているのが確認。まだ呪霊は館の中に隠れているようだが、詳細は不明との事。

「今はまだ館という縛りで外に出れないのかもしれませんが、これ以上力が増すと館の外へ出て悪影響を及ぼす可能性があります。今回の最低条件は行方不明者の確認ですので、無理はせず」

三好谷さんが今回の任務の詳細を伝えると、それを聞いた五条は私の隣でハッと空笑いする。

「ちゃんと倒してくるから大丈夫。ちゃっちゃと片付けよーぜ傑」
「はいはい」
「え、二人とも入るの?行くの?」
「行くけど?お前はそこで指咥えて待ってていーぜ」
「…行くし?手伝うし?なんなら祓ってやるし?」
「その勢い忘れんじゃねーぞ、途中で帰りたいって言っても置いてくからな」
「上等だわ、行こ夏油」
「じゃ、行ってきますね。三好谷さん、帳お願いします」
「分かりました。お気をつけて!」

こうして行方不明者が続出する館へと私達は足を踏み入れた。扉を開ければ大きな正面入り口が広がっている。大体は見渡せるが館の中は薄暗く、異様な雰囲気が漂っていた。目を凝らして先を見ると、二階に繋がる両階段が見えた。

「ねえ、両方向に階段あるけどどっちから行くの?」
「傑、めんどくせーから二手に分かれねー?」
「いいよ。とりあえず部屋を一つずつ確認したら、また此処に戻ってくるって事にしよう。悟はどっちから行くかい?」
「んじゃ俺はクラピカの法則通り左に行くわ」
「…思いっきり遭遇しに行く気満々じゃないか」
「安全な方より危険な方選んだ方がスリリングだろ?」
「分かったよ。…名前はどうする?ここで待ってるかい?」
「え、待ってるのは嫌だ。私も闘いたい」
「じゃあ悟についていきな。私が呪霊と出逢ったらそっちに呪霊を飛ばして合図するよ」
「おっけ。んじゃ、また後で」

五条の背中を追いかけて左の階段を登り、手前の部屋からどんどん扉を開けていく。
そんなんで分かるの?隠れてるかもしんないじゃん?と言いたくなるけれど、邪魔はしないでおこう。なんて考えてると、ピタリと扉の前で止まった。
ゆっくり開けて中に入ると、小さな談話室だった。小さいが呪霊の気配がする。神経を尖らせると、奥の暖炉から気配がした。
呆然と立ち尽くす五条の後ろでポーチから呪具を取り出して構えると、暖炉から呪霊が現れた。

「…四級あたりの雑魚かな。丁度いいや。名前、あいつ祓って」
「え?!」
「何もしねーよりマシだろ。お前の力見せてみろよ」
「…分かった」

呪霊と向き合い、目を見つめ、術式を唱え静止を求めた。呪霊の動きは止まり、後は呪具で攻撃を与えて祓うだけ。
…祓うだけなんだけど。

「ねえ、可愛すぎて祓えない」
「…はあ?」
「部屋に持って帰りたいくらい可愛い…」
「それだと今後お前の部屋ん中、呪霊のゴミ屋敷なんだろ。…ちゃんと祓えよ、それが呪術師なんだから」

睨む様にして言う五条の目を見て、気圧される。動きたくても動けない呪霊に対して、抱きしめたまま呪具でトドメを刺すと、呪霊は跡形もなく消えた。



片っ端から部屋を入って出てを繰り返し、一番奥の部屋の前まで来たが、この最後の部屋が扉の前からでも分かる。空気が重い。ここだと言わんばかりの呪力が漏れ出していて畏怖する。
これが、一級。
怖いと心の中で感情が生まれる。呪霊に対して恐怖心なんて感じた事なかったのに。そして同時にワクワクする気持ちもあった。
五条は扉を勢いよく開ければ、探していたと思われる呪霊が目の前に居た。が、一瞬で眩しい光が解き放たれる。眩しい、と目を閉じた私の手を五条が握ってきたのが分かった。

…目を開けると、先程居た呪霊が消えていた。

どういうこと…?
辺りをキョロキョロと見渡すが、呪霊の気配も無くなっている。五条は私の手を離して部屋の中へと進む。それに続いて私も部屋の中へと入った。

「アイツの術式、雷の電気を放って瞬間移動するようになってる。移動させる時に放電して移動してるから、それでそんな風になってんだろーな」
「そんな風にって…?」
「そこに転がってる人間共だよ」

五条が左側を指差し、その指の先をを見れば、身体が火傷を追ったように焼け焦げ、横倒れになっている人間だったであろう何かがあった。白目を剥いて横たわるその光景に、吐き気を催し見るのをやめた。ホラーやグロテスクには抵抗はないけれど、リアルで見ると結構くる。
しかし、五条が言うことが本当なら物凄い電力だ。と、同時にん?と疑問を抱いた。

「…でも私達焦げてないよ?」
「俺がお前ごと無限張ったからな。一回戻って傑と合流すんぞ」
「でも、戻ったらまた居なくなるんじゃ」
「大丈夫、アイツの呪力大体分かったし」

五条が言ってる事に謎が多く、どういうこと?と思いながらも問う事は無く、五条の後ろに付いて部屋から出る。
五条はよく理解出来ない事を言っては、大丈夫だとか出来るだとか言ってるけど、何が大丈夫なのかもよく分からない。無限が〜とよく言うが、それが何なのか教えてくれない。否、教える気がない。
…今度ちゃんと教えて貰おう。

部屋を出て正面入り口まで戻ると、夏油と小学生くらいの見知らぬ男の子が一人、入り口のフロアに立っていた。階段を降りる音で夏油がこちらに気づいて「無事で良かった」とニコリ笑った。

「夏油、その子は?」
「あぁ、行方不明になってた人の一人さ。この子だけでも逃そうと思ったんだけど、入り口の扉が開かなくてさ。やっぱり元を叩かないとダメっぽいね。そっちはどうだった?」
「標的居たけど逃げられた。雷使いの呪霊だ。面倒だから一緒に攻撃して畳み掛けようぜ」
「いいよ、二人も連れて行くかい?」
「呪霊が来て雷で丸焦げになっても面倒だしな。ハンデが二人になっちまったけど、俺達最強だし大丈夫でしょ」

五条と夏油は顔を見合わせて気持ちが伝わったかのように、ニコリと笑った。いつも二人が言っている、最強という言葉。五条の強さを見て、その言葉の意味が理解できた。この二人なら何でも倒せそうな気がする。
二人の会話を聞いていると、私のスカートをぐいっと引っ張られ、下を見ると夏油が見つけた小学生くらいの男の子が、生意気そうにこちらを見ていた。

「ねえ、たいちくんと、りゅーせーくん見つかった?」

何気ない言葉だったんだろが、私はその呑気そうな顔に苛立ちを覚えた。こっちは呪霊の攻撃で死にそうになったのに…五条のおかけで当たらなかったけど。

「君さ、なんでこの館に入ってるの?知らない人の家なんだし、立ち入り禁止でしょ?」
「肝試しだよ!ユーレイが出るって友達が言ってて一緒に来たんだ」

…意味が分からない。
自ら危険な所に入り込むなんて、自業自得じゃないか。勝手に呪いを作って、放って、それが人を襲って。
呪霊は、私にとっては友達のような存在だった。それらはいつも悲しそうで、少しでも悲しい気持ちはしてほしくないといつも思っていた。
そんな気持ちで接していたけれど、非術師にしてみれば、これはただの恐怖心を試す肝試し。
勝手に恐れて、後悔して、生まれた負の感情が呪霊を産む。いつだって非術師は貪欲て、傲慢だ。
呪霊が祓わなければならない存在なのなら、そもそも生まれてこなければ、呪霊だって悲しい思いを持たなくていいのに。…だから非術師は嫌いだ。

「君の友達はもう居ないよ。死んだの。こんな危ない場所に遊びに来るとか自業自得でしょ」
「名前、そこまで。子供相手にそんな現実を突きつけても何の解決にもならないよ。それに非術師からすれば呪霊を生み出しているなんて分からないんだから」
「ねえ…死んだって、どういうこと?」

子供は、初めての死というものに理解が出来ないようで、現実を受け止めきれないような顔をしていた。目からぼろぼろと涙を落とす。死んじゃったの…?と、泣き出した。
それと同時に、夏油の言う通り、子供相手に本気で怒った自分に反省した。…やってしまった。そりゃあ子供だから分かるわけもないか…。

今までまともに人間と関わった事もないし、年下や子供なんて尚更苦手だ。
しゃがんで、ポケットからハンカチを取り出してぼろぼろ泣く子供の涙を拭う。

「あーもう、何で泣くの。男の子なんだから泣かないでよ」
「いや泣かせたのは名前じゃないか」
「子供の扱いとか分かんないんだもん!でも大切な友達の死を無駄にしないように守るから、泣き止んでよ、ねえ」

子供の肩を持って考えた励ましの台詞を言えば、子供はまた泣き出した。もーどうしたらいいの??
子供の涙をハンカチで拭いていたら、夏油が子供に近寄って、しゃがんで怖かったねと頭を撫でて抱きしめる。すると子供の顔は少し柔らかくなって、泣き止んだ。…流石夏油。
子供はひくっとしゃっくりして「おにーちゃん、あのおねーちゃん怖い」といって私を指差した。

「おねーちゃん絶対友達居た事ないでしょ」
「「ぶはっ!」」
「おいそこ二人、マジ笑うなよ」

五条と夏油は笑いを堪えて震えていた。
なんなんだよ、悪いか。負けじと私は子供に胸を張るようにして言いきった。

「いや〜まあ友達居たよ?昔は中学の時はトイレの花子さんと友達だったけど」
「え!!おねーちゃんトイレの花子さんと友達だったの?!」
「まあ…思ったより髪が長かったけどね?」

中学生の頃、放課後の誰も来ないトイレで出会った赤いスカートを履いた髪の長い女の子。三階の三番目のトイレが好きらしくて、花子さんと名付けては花占いを教えたりして遊んでた。
今思えば、あれば学校での花子さんの噂が広まって出来た仮想怨霊だったんだろう。それを聞いて五条はゲーっと気持ち悪そうな顔をする。

「呪霊と友達ってなんだよ、頭イカれてるわ」
「うるっさいなあ。…別に、友達なんていらないし」
「俺達が友達になってやってもいーけど?」
「俺様なの本当ムカつく」
「大体友達なんて作ろうと思って作れるもんじゃねーし、まあ少なくとも仲間とは思ってるから安心しろよ、バカ」

…仲間とは思ってくれてたんだ。
今まで一人だと思ってた心に、人が集まってきたような感じかして嬉しかった。仲間か、私は一人じゃないんだ。ふふ、と嬉しくて少し笑うと、五条は何笑ってんだ気持ち悪い。と顔を顰めた。
私は泣き止んだ子供の涙を拭き取り、頭を撫でた。

「…餓鬼んちょ、酷い事言ってごめんね」
「ううん。おねーちゃんの言った通り、ボク泣かない!」

ニッコリ笑った子供を見て、少し自分の中の何かが変わった気がした。
悲しい感情で生まれた呪霊を生み出した人間が、笑顔になる。それならば、呪霊も報われる気がした。

行こう。と五条と夏油に言えば、二人ともやる気に満ちた顔だ。二人の後を追って、子供の手をとり、また階段を昇って呪霊への元へと向かった。

***


呪霊の残した微かな残穢を探り歩くと、また重苦しい部屋を見つける。
夏油は岩で四方塞ごうと提案し、岩の呪霊を出してきた。生死を別れる境目だからか子供にも見えているらしく、すごいおにーちゃん!と驚いていた。
私の術式で子供を誘惑させて眠らせる事も出来たが、万が一逃げた方が得策な時にデメリットになる為、私が盾となり背後でカバーする事に。

一秒、一秒が時を刻む。
扉を開けて中に入れば、呪霊が先程と同じように佇んでいる。さっきより動きが遅い、と言ってもほんの秒単位。明らかに呪力の圧が重苦しくなっている。
薄い光が呪霊の膜を張っている、と思った瞬間、光の強い攻撃が細く走る。夏油も五条も攻撃を放つが、少し遅い。

狙っているのは呪術師ではない。
私の後ろにいる非呪術師の子供だ。

咄嗟に納めていた呪具を取り出して、子供の前で構える。光の雷電の攻撃を呪具で受け止めるが、少しずれて小さな光が少し私の肩を掠める。その痛みを感じて、一か八か呪式を唱え、呪霊に対し静止を求めた。

私の力では一級の呪霊を完全に止める事は出来ない。けれど、十秒、たった一秒だけでも止めれば後は夏油と五条がやってくれると信じる。
だって仲間だから。

術式を唱えると、止まった。
時間で言えば、本当にほんの数秒。

「ナイス、名前」

夏油が私を褒めれば、夏油の呪霊が標的の呪霊を岩で四方を固め、五条が更に攻撃を与える。さらに夏油が別の呪霊を出して、そいつを半分飲み込んで動きを止めた。

「このまま取り込むよ」



任務は無事に終わった。
呪霊は夏油が飲み込んだ。呪霊が野球ボールくらいのサイズになって、丸呑みした所を見た時は少しびっくりした。

無事に館から出て、三好谷さんに現状報告をする。行方不明の生存者がいた事と、亡くなったとはいえ遺体が見つかった事で、他の高専関係者が来るのを待つ事になった。関係者が到着すると夏油や五条が任務報告をした上で、館の中で状況確認が行われるようだ。

私は館の外で自分の肩に出来た傷を確認して、うわあと見た事を後悔した。
雷撃が肩に当たった箇所は思ったより肉が抉れていて、呪霊の力を少し見くびっていた。血は出ていないが、傷みが身体の感覚を洗脳して冷や汗が出る。
あー、これって硝子治してくれるのかな。それとも自力で治すのかな、なんて傷みの端っこで考えてたら、無事に救出された子供が近寄ってきた。

「おねーさん、助けてくれてありがとう!」
「…いいってことよ。でももう危ない場所には行っちゃダメだよ」
「うん!」

そう言って高専関係者らしき人に連れられて行ってしまった。
…今は館から出られた事で頭がいっぱいなんだろうが、友達が居なくなった事実を思い出したら…そう思うと更に自分が言った発言に後悔した。
…助けてあげられなくて、ごめんね。
頭に浮かぶ言葉は今まで人間に対して私が思った事が無かった言葉だった。

一人になってまた頭が痛みでいっぱいになっていると、五条が帰んぞ、と声をかけてきた。

「ソレ、一応硝子に見せた方がいいだろ。肉抉れてんぞ」
「うん…めっちゃ痛い。こんなに大変なんだ、呪術師って」
「なんだ、怖気付いた?」
「…いや全然。むしろ、目標が一個増えた。だから、頑張、る」

痛みに負けて、意識が途切れ途切れになる。
ああ、車に乗らなきゃ。放置して帰られたら困る。けど、五条か夏油が運んでくれるだろう。仲間なんだし、それくらいいいでしょ。




名前は目標を口にした直後に、五条の方に向かって倒れこむ。五条は名前を支えた後、横抱きして面倒くせえなと溜息を吐いた。
抱えたまま車に向かおうとすると、高専関係者と話していた夏油が五条へ声をかける。

「名前気絶しちゃった?」
「これくらいの傷で気絶するとか本当にやっていけんのかコイツ」
「仕方ないさ、初任務でしかも一級案件。でも、あそこで援護出来た当たり、木偶の坊ではないのが分かって良かったよ」
「…まあ。あん時、無限張るの忘れてたから助かったけどさ」

呪霊と遭遇した時、攻撃に集中していた五条は無限を三人に適用する事を忘れ、しまったと思った。
しかしそこで自分の身を削ってまで動けた名前に驚いた。おかげで生存者が死ぬ事も無く、最悪の事態は免れたのだ。
名前の立ち向かう精神に、五条と夏油は新しい仲間が増えた喜びを感じたのだった。