両想いの花





いつもより少し寒さを感じ、目を開けた。

ぎごちない動きでベッドから出てカーテンを開けると、少し明るい光が差し込む。近くにあった鏡に目をやれば少し目元が腫れているようだ。
昨日寝る前に冷やしたんだけど、中々治んないものだなあ。




今思えば、夢だったのかもしれない。

――五条が私に対して「好き」と言ってくれた。

今まで意地悪ばっかで嫌われてると思ってたのに、急に優しくなったと思えば過剰に触れてきて、どういう意味かと尋ねれば、夏油には気を許してるのに自分は何故ダメなんだと言われたあの日。
五条は何が言いたいのか意味わかんなかった。私が夏油に対して触れたのは仲間として助けたい気持ちからで、五条がもし夏油と同じように落ち込んでいる様子だったら助けてあげたいと思っている。
そう答えれば拒絶されたような態度をとられ、許嫁が現れ、今度こそ完全に嫌われたはずだった。
…なのに両想いになるなんて誰が思うだろうか。

あの告白の後、すぐに三好谷さんが現れて蝿頭を回収して貰った。その後は三人でそのまま高専へと戻ったけれど、五条は報告書を書き忘れていると夜蛾先生から呼び出されていたのであれから会ってない。
両想いになれたのは嬉しいけど、今後五条とどう接していけばいいのだろう。好きなのになんだか会いづらいというか……恥ずかしいしドキドキする…。
もやもやと悩ませる中、お腹がぐぅとなった。朝からお腹が空くとは、なんて健康的なんだ。あの頃は食事が喉を通らなかったけれど、今ではすっかり元通り。
交流戦でやっちゃった肩がまだ治っていないから朝練も難しい……一先ず朝ご飯でも作ろうかなあ。
背伸びをしながら朝のプランを考えていると、 ドアをノックする音が部屋に響く。

現在朝6時丁度。こんな朝から誰だろ……?
疑問に思いつつ鍵を開けてドアノブを回し開くと、白い肌、そして見上げるとサングラス越しの瞳が目に入る。

「……はよ」
「おはよ……どうしたの、こんな朝から」

まさかの訪問者に気持ちが焦る。
だって昨日の今日だよ?!まさか朝から五条が来るなんて思わないでしょ!
咄嗟に目を逸らしてしまったが、恥ずかしい気持ちになりつつ、もう一度彼の顔を見れば普段と同じように生意気そうな表情をして話しかけてきた。

「今日朝練しねーのかよ?」
「えっと、肩がまだ治ってないから朝ご飯にしようかなって思ってた所……」
「じゃあ俺も食べる」
「わ、わかった……」

ん?……前の状態に戻っただけ?告白した後ってこんか感じなのか?
喧嘩する前と状況が似てて、やっぱり昨日の事は本当に夢だったんじゃと不安になった。好き同士になったからと言って、何か変わるわけでもないのなだろうか。……分からない、両想いになった人達ってどんな感じなんだろう。
想いが通じ合った前と後では、そんなに変わらないのかもしれない。あれから硝子に会ってないし、会ったら報告も兼ねて相談してみよう。





部屋から出てキッチンルームへと向かった。
朝食を作ってもらうよう寮母さんにお願いしようと思ったけど、まだ起きてないみたい。
キッチンに来て気づいたが米はどうにか炊けるけど片手が使えないし、味噌汁は作るの難しいよなあ。
何を作ろうか朝食に悩む中、五条は冷蔵庫から卵や豆腐などを出してきた。

「手、塞がってんだろ。俺が作るから作り方教えて」
「ありがとう……って五条料理出来るの?」
「やった事ねーけど名前が居るし、なんとかなるっしょ」

五条家の坊ちゃんであれば料理なんてする機会ないだろう。しかし、人に教えるとは……しかも五条にって責任重大だなあ。
なんて思ったが、具材の切り方から手順まで一通り流れを伝えていくと、彼は要領よくこなしていく。ぐぬぬ……最強は何処までも最強なのか。
トントンと効率よく進んだ料理を器によそうと、キッチンルームへ入る足音が聞こえた。

「おはよー。あれ、五条も居るなんて珍しいじゃん」
「硝子おはよ」
「んだよ、いちゃ行けねーのかよ」
「別にぃ。てかアンタちゃんと言ったの?」
「…昨日から付き合う事になった」
「マジ?てか何で昨日?交流戦は?」
「色々あって昨日なんだっての、いいだろ!」
「ふぅん、大目に見てあげるけど……えー良かったじゃん名前、おめでとう」
「へっ?」

突然硝子に後ろから抱きしめられ驚いてしまった。何の話だろうと思ってたけど……え、私関係ある?
疑問に思っている私に対して、硝子は私を対面に向かせて謎の表情を向けた。

「え、五条と付き合う事なったんでしょ?」
「へ?……付き合うって…え、ええ?!」
「は?!お前昨日の事忘れてんじゃねーぞ!」
「いや忘れてないけど、えっ、付き合うって?!」
「恋人なったんじゃないの?」
「コ……コイビトッテ……」
「五条ちゃんと伝えたの?名前の頭ショートしちゃってんじゃん」
「伝えたっつうの!コイツがバカなだけだろ!」
「バカ……??」

硝子と五条がわーわーと言い合いを始めたけれど、私の頭は完全に思考停止してしまっていた。



どうやら私は五条の恋人になったらしい。










「…ってなわけでフラれたと昨日言っちゃったけど付き合う事になりました」
「おめでとう、良かったね」
「…おめでとうございます」

時は過ぎて昼。
五条は朝から任務。私は特に何も用事が無いので寮の休憩スペースへ向かえば、任務帰りの夏油と七海が居たので誤解を解くついでに今回の出来事について話すことに。
朝の衝撃的な出来事のせいで五条は不貞腐れていたが、一緒に朝食を取ることができた。「付き合う事が初めてでも分かんだろーよ」と文句を言われたけど、五条家から嫌われているのにその五条家当主と付き合う事になるなんて誰が思うだろうか。しかも相手は先代の五条家当主を嵌めた術師の末裔なわけで。
そんな中、硝子はおめでとうと笑顔で抱きしめてくれて「祝いにちゃんと治してあげる」と反転術式のおかげで肩がしっかりとくっつき、完治する事ができた。やっぱり反転術式ってめちゃくちゃ便利だわ…。

「悟も自分の気持ちに気づけたみたいで良かったよ。ずっとこっちがムズムズしちゃってたからね。七海のおかげでもあるんじゃない?」
「なんで七海?」
「名前の事、フるんだったら奪っていいですか?なんて悟に言うからさ。面白そうだから七海の案に乗ったら慌てて名前を探しに行ってたよ」

クスクスと笑う夏油だが、面白そうだからってその意見に乗るんじゃない。しかし七海がそんな事言うなんて……どうしたんだろ?
七海は夏油とは違って、面白いからと揶揄ったりするタイプではない。冗談なんて殆ど言わないし、真面目に受け答えをする性格だし………もしかして…。

「ま、まさか私のこと……」
「違います」
「即答すぎでしょ!」
「誤解しないでください、名字さんが不憫に思えたので咄嗟に挑発しただけです」
「不憫って……」
「はは、七海が挑発なんて面白いよね」

確かに七海がこんな事するなんて思ってなかったけど……気持ちはどうあれ五条の気持ちに背中を後押ししてくれてたんだ。皆んなが応援してくれていた、その事がとても嬉しくて胸がぎゅっと締め付ける。「ありがとう」と感謝を伝えれば「別に」と、七海は照れ臭そうな顔をしていた。

「名前、携帯鳴ってないか?」
「え?あ、本当だ」

ポケットに入れていて微かに鳴る着信音はメール受信のメロディ。送り主は私の恋人…である五条からだった。
【昨日借りてきたDVD、いつもの場所で観ようぜ】という短文に、【いつ帰ってくるの?】と返せば、【もう高専に向かってる】とすぐに返信が来た。
え、朝出かけたのにもう任務終わったの?今日は東京中心部で四件の任務って言ってたのに、こんなに早く終わるなんて。夏油と七海に用が出来たと挨拶し、共有スペースから出ていつもの場所へと向かった。











部屋に繋がる廊下までやってきた瞬間、ぶわっとあの、五条と仲違いしてしまった時の記憶が蘇る。
この場所にはもう来ないと言ったのに、五条からも来るなと言われたのに、私と五条だけの秘密の場所だったのに。階段を降りる足を進める毎に、そんな思いがどんどん強くなっていく。地下に降りたは良いものの、部屋まで続く長い道が、いつもより遠く感じた。
……本当に、恋人になって良かったのかな。
もしかしたら五条は勘違いしているんじゃないかと、疑問に思う所はある。無理矢理自分の気持ちに答えを見つけようとして、私の事を好きだと勘違いしてしまったのではないかと。好きだと言ってくれたのに、こんな事思ってしまうなんて……失礼だと思いつつも心のどこかに不安がよぎる。
本当はリコちゃんの事が好きだったんじゃと、あの時の彼を思い出したら考えてしまい、自分より誰かが優先されている事に対してモヤモヤする自分がまだいる。
……この先、呪術師を続けていくのであればそういう場面はいくらでも出てくるだろうに。
その時こんな気持ちを思っていたら彼を呪ってしまいそうだ。気をつけないとな……。

「何突っ立ってんの」

突然の声に驚いて振り向けば、五条の姿があった。服や顔は汚れておらず、ポテチにコーラを抱えている姿は本当に任務に行ってたのだろうかと思う程の違和感を感じる。

「は……早かったね」
「駐車場着いた時にメール送ったからな。早く見よーぜ」

現れた彼は部屋の方へと歩みを進め、後ろから歩幅を合わせてついていく。
……だめだ、こんなにウジウジしてちゃ。こうやってまた一緒に居てくれるんだもん。そんなもしも話は考えないようにしておこう。









「中々良かったな」
「だね、面白かった」

五条が借りてきてくれた十四郎オススメの映画はとても面白かった。ハラハラドキドキな場面もあったけれど、心がほっこりして仲間という存在がいかに大切か教えてくれる感動的なストーリーだった。
五条の選ぶ作品は結構大人めというか……こういうアニメ作品を全く見てなかったからか、いつもと違う印象を受けた。

そしてその中でも違和感を感じていることが一つ。
この部屋に来てから五条が全く私にちょっかいをかけてこない。
今までは映画を見ている最中や終わった後に触れてきて、ドキドキさせるような言葉をかけたり意地悪してきたのに、そんな様子が全くない。
チラッと彼へ視線を向けるとパッケージの裏にある作品欄を見ていた。
……いつもと違ってなんだか変な感じだし、なんで触れてこないんだろう?なんて思う自分がいる事にも、変な感じ。自分自身、やめてほしいと彼に言っていたし、その状況の今が一番なのに。

五条は携帯を開き、カタカタと文字を入力している。メールが来ていたようで丁度夕飯時らしく、「映画みたし戻ろうぜ、傑が一緒に飯食おうだって」と私に尋ね、テレビの電源を切ってリモコンを棚に戻した。

「あ、」

五条が何かに反応して、彼の方を見れば振り向いて私に向けて見覚えのある紙を見せた。

「完全に忘れてた、貰った前売り券」
「……本当だ」

彼の手にしたものは、非術師から貰ったといっていた映画の前売り券。あの後、五条との関係はどんどん悪化していってすっかり忘れていた。それに私とじゃなくてリコちゃんと観に行く可能性だってあったはずなのに、行ってなかったんだ……。

「今週末ヒマ?」
「…うん、今のところ任務も入ってないけど…」
「んじゃあ観に行こうぜ」
「でも、まだ映画館で観れるの?」

突然の誘いに驚きつつも冷静に考えれば誘われたのが六月中であり、今は九月の頭。あの時から三ヶ月経っているわけで、そんな長い期間映画とはやっているものなんだろうか。

「知らねーの?この作品めちゃくちゃヒットしてるらしくて追加上映決定したってニュースでやってた」
「そうなんだ……」
「んだよ、行きたくねーの?」
「ううん、行く……行きたい!」
「んじゃあ今週末約束な」

ニッと笑った顔に、胸がぎゅっとなる。私に対してまた彼が笑ってくれるなんて本当に嬉しい。
初めての映画館だから少し緊張していただけで、行くのはとても楽しみだ。
しかし二人っきりで映画、か……なんだかこれって……。

「言っとくけどデートだからな。今までの遊びと勘違いすんなよ」
「でーと……」
「おい、ここでフリーズすんな」

おでこをピンッと弾かれて肌に痛みが走る。

「わ、分かってるし!ていうか今まで二人で出かけるなんて無かったじゃん」
「そーだっけ……あ、ホワイトデーの時以来じゃね?」
「…あれってデートじゃなかったの……?」

自分の口からボソッと出た言葉に恥ずかしくなって両手で口元を隠す。
恥ずかしっ……!!ホワイトデーの日はドキドキする事がありすぎて勝手にデートだと思い込んでしまっていた。たしかに恋人じゃないんだしデートじゃないか……。
羞恥のせいか耳から両頬にかけてが熱くなって手のひらで冷やす。中々反応が無くて彼の方を見れば、彼も片手で口元を隠し、横を向いている。
どうしたんだろ?と思いつつ、彼と目が合えば、こちらにむけて指差してきた。

「つーかあん時、お前好きなヤツ居るって…!ハグしたって……!言ってたじゃねーか!!」
「しょ、正月のときに勝手にハグしてきたの五条じゃん!」

反論すれば、自分の顔の温度が熱くなって、彼の顔はどんどん赤くなっていく。元々五条は肌が白いせいか、赤くなるのが分かりやすい。
……いつも飄々として私の事意地悪してくるから、こんなに動揺してる姿初めて見たかも。
今度は五条がフリーズしたようで突然しゃがんで顔を埋める。不安になって覗き込めば腕の隙間から目が合い「見るな」と腕の隙間が閉じてしまった。

「え……なに、大丈夫?」
「まじお前ばか、大馬鹿すぎんだろ」
「はあ?何急に、意味わかんないんだけど」

意味が分からない暴言に苛立って彼の腕をぐいっと引っ張って「ちゃんと顔上げて言って!」と言えば、引っ張る力が軽くなって床に押し倒された。
上には頬が赤い五条の姿、けれど以前押し倒された時よりも怖くないしドキドキする。
ふと、キスされると感じて目を瞑った。

「……目、閉じんな」

瞑っていた目をゆっくりと開け、彼の瞳を見つめると、以前と顔が赤い。

「嫌だったら術式で止めろ。……じゃないと、めちゃくちゃにしたくなんだろ」
「え……」

キスされると私が感じていた事は当たっていたんだろう。しかし術式で止めるなんて今まで思いつかなかった。体術の練習中でも過去の事があるせいで五条に術式をかける事に抵抗があったし、こんな場面で使うなんて尚更。
それに……もし、されても嫌じゃない自分がいる。
キスして欲しいのか?なんて考えたら恥ずかしくて、私の頬も再び熱くなっていく。術式を発動する気配もなく言葉が出てこない私を見て、彼は「あーークソっ!」と突然言って立ち上がり、私に手を差し伸べた。

「……そーいう事だから、覚悟しとけよ」
「は……い、」


彼の手を握り返して起き上がると「傑、待ってるから早く行こうぜ」と、話を変えた。
初めて来た道のように四方八方分からず、覚悟って、恋人って、といっぱいいっぱいの幸せを抱えきれないでいた。