進歩の花





重い荷物を転がしながら、廊下を早歩きして自室に向かっていれば、思ったより木の廊下は音が響いているらしく、寮母さんから「静かにねぇ」と声をかけられた。

やばい、やばいやばいやばい!!

なんでこんな時に忙しくなるんだ!!今週末である明日は五条とデッ……デートだと言うのに、五条とデートの約束をした次の日から私は弾丸旅行のように各県を回っていた。しかもいつもよりレベルが高い呪霊ばかりだし、一緒になる呪術師も準一級や一級術師の人だ。
マジで上層部の人は私をあわよくば殺そうと思っているのではないかと思うほど過酷だったけれど、大きな怪我はなく、かすり傷程度で毎度済んでるから良かった。まあ足も腕も絆創膏だらけなんだけれど……こんな状況でデートなんて……ていうかデートって何をどうしたらいいんだろうか。悩む頭は一向に解決しない。


「お、帰ってきた」

2階へ続く階段を通り過ぎようとした時、上から声をかけられた気がして階段の方を向くと、親友――硝子と後輩である灰原の姿があった。

「硝子っ助けて……!」
「どしたの?てかめちゃめちゃキズだらけじゃん」
「デートって何すればいいの……」
「何急に、どういう事?」
「家入さん、多分これは女子会案件ですよ!」
「……よし、荷物置いて私の部屋集合な」

灰原の一言で硝子は私に向けてグーッと親指を立てる。心強い親友の言葉に頷いて部屋まで走ると、キャリーケースの音はさらに大きく響いているようで寮母さんの「だから静かにぃ〜」と優しそうな声が遠くから聞こえた気がした。





「五条とデートねぇ……いいじゃん。で、何が聞きたいの?」
「まずデートって何したらいいのか分からなくて」
「そりゃあイチャイチャするものですよ!」
「そうね、アンタ達もうAとBは済んでるんだからC……か、でもなぁ」
「えっ、AじゃなくてBまで済んでるんですか?!」
「ちょっと待って、何ABCって?!」

荷物を片付けてシャワーを浴び、硝子の部屋に向かえば、硝子と灰原がテーブルにケーキを広げて待っていた。なんでも少し遅れた東京おかえり祝いだとか。
ありがたくケーキと紅茶を楽しみつつ話題は明日のデートの緊急会議なのだが、話が理解出来なくてパニック状態である。

「二人とも落ち着きな」
「だって意味わかんない事言わないでよっ!」
「聞いた事ないんですか?僕が中学の頃に流行ってましたよ」
「友達居なかったからねぇ名前は」
「……ソウデス」

硝子は慰めるようにヨシヨシと私の頭を撫でる。硝子の言う通りです、中学の頃なんて独りぼっちだったし周りの話題なんて全然気にしていなかった。側から見れば異様な行動をしてる私に対して、冷ややかな視線と発言をされても人と関わるよりは楽だったから。
でもそんな私にも、今は大切な友達がいる。

「Aっていうのはキスのこと。Bはペッティング」
「ぺってぃんぐ?」
「んー……名前にわかりやすく言えば、五条にバレンタインの時、過剰に触れられたって言ってたじゃん?そういうこと」
「なるほど……」

あれをぺっていんぐというのか。確かにバレンタインの時は過剰に過激だったし……思い出すだけで顔が熱くなっていく。そんな私を見て二人はあらあらまあまあとニヤニヤした顔を向けた。うう……恥ずかしい、見るんじゃない!

「それでCは何なの?」
「んー……やっぱり名前には早いと思う」
「僕も純粋な名前ちゃん先輩が大人の階段登るのは何だか悲しいです」
「大人の階段……?」

君はまだシンデレラさ、って?そんな曲をラジオで聴いたことがあるけれど、結局なんなのか中々二人とも教えてくれそうにない。

「でも付き合うのであれば、そのCってやつをするんじゃないの?」
「そうだけどさー……五条に聞いてみれば?もう恋人同士なんだから、別に名前が嫌じゃないなら良いと思うし」
「?……わかった」

どういう事なのか分からないけれど、恋人同士の問題の話なのであれば硝子の言う通り直接聞いてみるのが一番なんだろう。
そんな中、灰原がぼーっとしていたのでどうしたの?と声をかけると、視線が合った。

「いやぁ、付き合ったのは知ってたけど思ったより進行が早くてビックリしてました。AもBも済ませるなんて……五条さんやるなぁ」
「いや、キスしたのは付き合う前に五条が名前に無理矢理したの」
「ええっ?!そうだったんですか!」
「ちょ、ちょっと二人で話進めないで!てか何で灰原は付き合った事知ってるの?!」

話がどんどん進んでるけれど、よく考えたら灰原にはまだ付き合った事を言っていない。硝子か、はたまた夏油や七海から聞いた可能性もあるけれど。驚く私に彼はキョトンとした顔で答える。

「え?五条さんとこの前同じ任務になったんですけど、帰りに車の中で言ってましたよ。その時の補助監督が街道さんだったんですけど、彼も凄く驚いてました」
「あぁー…だから皆んな知ってたのか」
「皆んなって…………?」
「あの人、噂広めるメガホンマンだから」
「まさか五条それ知らなくて言っちゃったの?!」
「街道さん、五条さんの補助監督としてつく事多いからそれは無いと思うけどなぁ」

……って事は、知ってて言ったって事?

「名前は、五条と付き合った事を非難されるって思ってるんじゃない?」
「それは……」

私の中で引っかかってるものは、多分それだ。
別に隠していた訳でないけれど、皆んなに周知されたいわけでもない。しかし元々因縁のある名字家と五条家が恋人同士になるんだ、少なくとも五条家を心配する人間もいるだろう。
五条悟、という今世紀最強である男の人生が左右されるのであれば、良くも悪くもだ。私と付き合って悪い影響を受ければ、原因である私が狙われてしまうのは当然。それは覚悟の上ではあるのだけど、五条だってこの事が知られれば五条家から止められるのは当然だろうに、何を考えているのか分からない。

「私が思うに五条が周りに周知させようとしてるってことは、名前にちょっかいかけるなって言いふらしてるんだと思うけどね」
「……そうなのかな」
「アイツの事だから何考えてんのか分かんないけど。でも何かあったら私達もいるから安心しな」

何か言われたら、こっちも反撃よ。と硝子の心強い言葉で不安だった気持ちが消し飛ぶ。灰原も頼もしい顔で何か困ったことがあれば力になります!と言ってくれた。
そうだ……今は仲間がいる。

「とにかく明日は何も考えずに楽しんで。こういう時は男がリードしてくれるから、五条に任せな。でも服装だけは選ばせて」
「うん……お願いします!」






午前零時。
硝子と灰原にアドバイスを貰って明日のデート服を借り、部屋へと戻るため静かな廊下を進む。
服装を選んでいる時に思ったが、外に出かける用の私服をろくに持っていない事に気づいた。最近は何かあった時のために普段から制服で出かけるから気にしてなかったな……。
今度の休みに硝子と買い物の約束をしたし、とりあえず明日は借りた服を着てデートのやり方は五条に頼ろう。

けど、まさか付き合った事が広まってってるなんて……。
どんな事があろうと五条を好きなった気持ちを諦める事は無いし、五条家に対する気持ちを忘れたわけではない。だから非難されるのも理解している。
でも周知されて非難されるのを怖がっている自分もいて、それでも非難する声に対して安心して欲しいと言わなきゃいけないのは事実。
その事を言えと言わんばかりに、階段を下りた先には見たことの無い老人が一人立っていた。

「名字名前さん、どうか悟坊ちゃんと別れていただけないか」

単刀直入で言われたお願いに、老人が誰なのかは理解できた。階段を降り、老人に向かって深くお辞儀をしたまま応える。

「ごめんなさい……いや、です」
「何故?」
「……私、自分の気持ちにずっとずっと嘘をついて諦めようとしてきたんです。でもこの気持ちはずっと諦められなかった……だから別れる事は出来ないです」
「ほう……反抗する気か」
「ただ五条君と私の気持ちが一致しただけです。……もう自分の気持ちに嘘はつきたくない」

今まで反抗する事なんて無かったけれど、これからは自分の意見もちゃんと発していきたい……そう思えたのは五条のおかげ。
けれど私の出した答えにどういう反応が返ってくるのか怖くて、どくん、どくんと緊張で心臓の音が響く。
老人は小さく溜息をついた。

「……坊ちゃんにも釘を刺されましてな、名字殿までその気だとは」

五条家の耳に話が入るのも時間の問題だと思っていた。だから街道さんが言いふらしていたらどうしようと思っていたけれど……まさか既に五条本人が五条家に釘を刺していたなんて。

「二人の気持ちは理解できました。が、此方としても五条家を絶やす事は出来ぬのです。貴方も五条家へ行った罪は忘れていないだろう?」
「……重々理解してます」
「ならば、それ相当の答えがあるのではないか?」
「それは……」

老人の言う通りだ。
五条家に対して安心して欲しいと言いたい所だが、水神を祓い、呪具を返し終わった後であれば少しは関係が変わるかもしれないけれど、何一つとして解決してはいない。むしろ取り憑かれて悪化しているのに、必ず解決しますなんて未来の話をしたって信じてはくれないだろう。
なんと言えば了承してくれるのか答えが出ず、俯いてしまった。

「自身の状況を考えてみよ。恋愛にうつつを抜かす場合なのか?……少し考えておくれ」

俯いたままの私は、重くのしかかる言葉を放った老人の足音が消えるまで、そこから動く事が出来なかった。







待ちに待ったデート当日。
五条は前日泊まりの任務だったらしく、駅で待ち合わせすることになった。
硝子から、かすり傷だらけの肌は五条も心配になるだろうと薄着のロングスカートに半袖のふわりとした白生地フリルブラウス。腕の方が傷が少なくて良かった。
昨日の五条家の老人の話がチラつき、複雑な気持ちが混じつつも彼が来るのを待つ。
そういえば五条の誕生日もこうやって一人ぽつんと待ってたなぁ。あの時は寝坊したって言ってたけれど……今日は大丈夫だろうか。
連絡来てないよね?不安になって携帯を開いてメールを確認していると名前を呼ばれ、顔を上げた。


「悪ぃ、遅れた」

待って待って待って。かかかか……かっこいい……

Tシャツにボトムというシンプルな服装なのに、とても輝いてみえる。ラフな格好は普段から見ているのに、今日はいつもより胸の鼓動煩いし止まらない。サングラスごしに目があったけれど、ドキドキしすぎて目を逸らしてしまった。

「べ、別に、私も今来たとだし」
「……お前、そんな服持ってたっけ?」
「硝子が貸してくれたケド……」
「ふぅん?……ハッ、相変わらず物少ないんだな」


前言撤回。
格好悪い……わけではないが、ニヤりと意地悪そうに笑う彼は相変わらずのようだ。
そうですよ、必要最低限しか買ってないんですよーだっ。デート用の服、ちゃんと買っておこう……。
行くか、と五条は本日の目的である映画館の方へ向かう。歩幅の広い彼の後ろを早めの速度で歩み進めつつ、前に手を握ってくれた事を思い出して彼の指先に触れると、彼の歩みはピタリと止まり振り返った。

「何、どうかした?」
「あっ…え…えっと、もうちょっとゆっくり歩いてほしーなーって」
「あぁ?しょうがねーな、足の短い名前ちゃんの為にゆっくり歩いてやるよ」
「なっ…別にいいですう!早く歩けるもん!!」

バカにしたように調子に乗った態度をする五条にイラっときて反論する。
んんん!!腹立つ!デ……デートだっていうから、恋人になれば今までよりも親密レベルが高くなるのかと思えばそんな事はなく、今までと何ら変わりはない。
それに…いつもなら強引にでも握ってくれるのに。別に、手握って歩きたいなとか…思ってないし…。

「はぁーーあ、面倒じゃのう」

ふと私達の合間に別の声がはいる。肩に違和感があるなと思えば、小さな体をした水神が退屈そうに私の肩から、私と五条の間をふわふわと泳いだ。

「さっきからなんじゃ、貶し合いおって。主ら想いが通じた同士なのに伝えもせんのか?」
「また急に出てきて……!」
「娘がはっきり言わぬからだ。でーとと言うのは逢引きのようなものじゃろ?せっかくの逢引きなのに、手を繋ぎたいのであればそう五条の坊に言えば良いのに」
「ちょっ…!」

ああああもう水神のばか!何でそう明け透けと言うんだ!「ついでに五条の坊よ、主の服装も格好良いと心の中で叫んでおったぞ」と、ついでに言うな!と言いたい発言までしてきて顔から火がでそうなくらい熱い。

「言うておったろう主の心はお見通しじゃ。それに五条の坊も娘に対して思う事があるのではないのか?」
「どーいうことだよ」
「あれだけまじまじと見ておいて、愛らしいの一言もないのか?先代の五条は沢山褒めてくださったがの」

過去を思い出しながらうっとりする水神の様子を見る限り、先代の五条サンは女性の扱いが上手かったのであろう。そりゃ私の先祖も惚れるわけだ。
今世の五条はというと……彼を見れば、頬が少し赤い。あ、この前と同じ表情。

「……手、繋ぎたかったなら言えよ」
「だって…五条が嫌かもしんないじゃん」
「俺はお前が触れたいのであれば拒まねーよ。寧ろお前が拒むんじゃないかと思ってたからしなかっただけ」
「……嫌じゃないよ」

五条は目を逸らしながら言うが、彼なりの気遣いなんだろう。ゆっくり五条の手に触れると優しい暖かさが伝わり、ぎゅっと握り返してくれた。

「……似合ってる」
「え?」
「可愛いっつてんの」
「!……五条も、か、かかか」
「ぷ、」
「っ!かっ、かっこいいって言ってんの!」
「恋愛下手くそかよ」
「……五条に言われたくないっての」

ほおが熱い、五条の顔が見れない。手を握って進む歩幅は私に合わせて歩いてくれて、嬉しくて胸がぎゅっぎゅっと締め付けられる。

「感謝するんじゃのう」と、心の中で感謝を要求する水神に対して「……アリガト」と感謝を伝えれば、ふふんと鼻をならしていた。
胸のドキドキは最高潮。でも恥ずかしいから、どうかこのドキドキまでは伝わらないで。






映画館に初めて来たけれど、経験したことのない高級感を感じた。広い空間に並べられた綺麗な座席、大きなスクリーンにはそれだけで心が躍る。いつもテレビで映画を見るのと違って、大きな映像と耳に入る音はとても臨場感があり映画の世界に溶け込みやすく、その世界を間近で見ている傍観者のようだ。

「おい、ぼーっとしすぎだろ」

映画が終わった後、座席から立ち上がることも忘れるくらい物語に入り込んでいた私は五条から頬をつねられて意識を現実へ戻す。彼に手を取られるまま近くの公園に行き、それでも映画の世界に浸ってしまってまたぼーっとしていた。

「ま、そんなに夢中になって見てくれるんなら一緒にこれて良かったわ」
「ごめん、でもすごく良かった…こちらこそありがとうね」

初めての映画館、五条と一緒に来れて良かったな。
公園のベンチに座って横にいる彼に感謝を伝えると、ふっ、と優しく微笑んだ。

「ま、確かに色々考えさせられたわなー」
「……何を?」
「映画のアイツみたいに、突然居なくなりそうだなって思って。京都に行った時もそうだし……縛り付けておかねーとどっか行っちゃうかもってね」

映画の物語は突然主人公の大切な人が急に居なくなるという展開だった。居なくなってしまう理由は主人公の身勝手な行動故に……だったけれど、その行動は無価値ではなかったはず。しかし、その人は未来で会う約束をして居なくなった。
確かに自分の心境と似たところはある。京都に行った時だって、これが一生の別れかもしれないと思ったし、五条家から離れてほしいと言われた時だって側に居ていいのか不安になった。
……でも、私は諦めたくない。

「俺達二人の気持ち次第だとは思ってるし、恋愛って」
「……居なくなったりしないよ。だって、夢みたいだもん」

この恋が叶っただけで私は嬉しい。けれど、この恋がずっと続くのであれば、ずっと、永遠に、五条の側に、恋人で居たい。

「それに、こ、恋人としての関係をちゃんと築いて行きたいなって、思ってる」
「へぇ、例えば?」
「気持ちをちゃんと伝えれるようにとか…」

五条を前だとどうしても意地っ張りになってしまって、気持ちとは裏腹な事を言ってしまう事が多い。
年月を重ねるにつれて素直に言えるようになってきた気がする……けれど、もっと彼に伝えていきたい。この気持ちは、あなたを一生想う気持ちだと。

「あ、あと……Cってのも、やるんでしょ?」
「何、しーって」
「硝子から聞いたの、Aがキスで、Bがぺ、ぺってぃんぐ?」
「あぁ、そのCか」
「知ってるの?!何なのCって!」
「分かんねーだろうし、言ったところでまた怒るだろ」

メンドクセーと言わんばかりの顔をする五条。何、私が怒るような事がCなの……?ますます謎が深まり興味がどんどん湧いてくる。

「知りたい……」
「……深く教えたって分かんねーだろ。大まかに言えばお前が嫌いなエロい事だよ」

え、ええええろいこと……?!?!
確かにキス、そして過激なボディタッチのぺってぃんぐの続きとなると、そういうえ……えっちな事になってしまうのか。
確かに恋人になればそういう事をしても許されるだろう。しかし……五条とキスをするって考えるだけで顔が熱くなってしょうがない。
五条は話を聞いて固まっていた私の頬に、触れるか触れないかの所で手を止めた。

「…今まで身勝手にキスとかしてしまったのは悪かった。お前に怖い想いさせちまったし、これからは名前が良いっていうまで何もしねーよ」

……ちゃんと私のこと、考えてくれてたんだ。

「ま、やった事に後悔はしてねーけどな」
「なんでよ」

そこは反省しろ、と頭にチョップする。
なんなんだ、やった事が悪いとは思ってるのに後悔してないって謎謎じゃん。

「あれはお前が傑とか七海の事ばっか褒めるからだろ」
「?なんで夏油と七海の事褒めてたらキスするの…」
「っ……いーだろ別に」

少しムスッとする彼の表情に対して、何を考えているのか全く想像出来ない。
しかし夏油や七海褒めるたびにキスをされてたら困る…わけじゃない私が、心のどこかにいる。
今日もそう、手を繋いだり、触れてくれないかなと期待している自分がいた。今まで過剰に触れてくる五条に対してやめてと拒絶してきたし、五条も私の事を思ってタイミングを考えるって言ってくれたのに。今更になってキスしたい、触って欲しい、なんて言うのは、はしたない気がしてなんとも本音をいう事が出来ない。
五条に別にキスもCも、したいと言ってしまえば軽い女だと思われてしまうだろうか。
恋人って難しいな……少しずつ進展ってどうやるんだろう。

「それよりも先にやる事あんだろ」
「やる事って……?」
「俺のこと、いつまで名字で呼ぶわけ?」

意地悪そうに問いかける五条に対して、戸惑ってえっと、と言葉が詰まる。いつまでって、そんなの意識した事なかったし、名前を呼べば?って言われたら中々口から出てこない。

「五条……悟…?」
「いやなんでフルネームなんだよ」
「じゃあ、、さ、さささとるくん……?」
「今更君付けなわけ?」
「だって……!その……!」
「いいよ、ゆっくりで」

焦る私を見て微笑む彼は、優しく頭を撫でてそう言ってくれた。
今は手を自分から繋ぐだけで精一杯。素直に言葉を伝えるのも難しい。そんな私のために、これから先の未来を進むために歩幅を合わせてくれる。

「焦んなくていい、少しずつ進んでいこーぜ」
「うん…ありがとう」

少しずつ、少しずつ歩んでいこう。