一歩前進の花





……なんだか、もやもやする。

最近ずっとこうだ、何とも言えない悶々とした気持ちのような吐き出したい気持ちのような…今までに味わった事のないような感情が心の中で渦巻いている。
原因は多分、五条の存在だということ。
彼のことを考えれば考えるほど、頭の中のもやもやと溢れかえっていた。

――五条と会ったのは、二週間前が最後。
季節外れの暑さも通り過ぎて十一月も近い頃、五条は特級術師となり日本を駆け巡っていた。かくいう私も今までよりも頻繁に任務に参加する日々。
私が呪霊に取り憑かれていても問題なく任務に参加しているのは、責任が五条悟にあるということで、何かあれば上層部は五条によって私を処分する命が下る事になっているから安心だし、何かあれば五条に処分が下るので一石二鳥だから深入りしないようになったようだ、と五条が言ってた。
そんな毎日を過ごし、離れ離れで連絡がつくのも一日三回あれば良い方。おはよう、お疲れ様、おやすみ。定型分だけで終わりそうなこのやり取りでは、悶々とする気持ちが晴れることはない。
もっと……もっと色々話したいのに……!!

「もーーっ!!」
「はは、気合い入ってるね」

そんな中、森深くで発生した呪霊討伐の任務にあたった私と夏油は目標の呪霊を見つけて闘っていた。

「笑い事じゃないってば!!」
「笑ってないよ、関心しているんだ。最近名前の呪力すごいよ」
「……そう?」
「あぁ、流石誘惑術師の恋が叶うとレベルが上がるねぇ」
「んな関心する暇あったら手伝ってってぇのっっ!!」

襲いかかってきた呪霊に呪力を練り込んだパワーを拳へ乗せて叩き込めば、呪霊の身体は炸裂して跡形もなく消えた。

「ね、もう君のレベルは今までと違う。私達と同じくらい強くなっているのさ」

評価してくれるのは嬉しいけれど、相変わらず夏油は大きな岩の上でのんびりと座ってこちらを見ている。
地面に落ちた短刀を鞘に直すと、夏油はこちらにやってきて私の頬に手を触れた。

「……なに?」
「汚れてたから」
「あぁごめん、ありがと」
「……名前はさ、結構気を許しすぎてるよね」

前にも言われた事あるな。伏黒さんにも…あ、五条にも言われた。そういえば五条からは夏油に対して気を許しすぎていると言われたっけ。

「私、夏油にそんな気許い?」
「そうだね」
「どういう所がそうなるんだろう……」
「そういう無自覚な所が更にこっちが期待してしまいそうだよ」
「期待??」
「…ま、名前の頭の中は何を考えているか大抵想像つくから気にしなくていいよ」

含みのある笑みを浮かべて私の頭を撫でた夏油は、帰り道の方向に足を進める。何なんだ、期待って…私の考えている事って…?夏油に何かしたっけ…?
彼の後ろをついて行きながらうーん、と悩む声を出せばクスクスと夏油は小声で笑った。
人が真剣に考えてるのに笑うんじゃない!




任務を終えて今日の宿に着くと、なんと大浴場に露天風呂がある宿だと知った。部屋に荷物を置いて着替えの袋を持ち、一目散に温泉へと向かう。
やったやったやったー!久しぶりのお風呂!
最近ビジネスホテル続きでシャワーだけだったし、こうも任務続きだと身体に疲れが溜まってしまう。

服を脱いで身体を洗い、暖かいお風呂に肩まで浸かるとじんわりと身体が緩んでいく。
はぁ……気持ちい、温泉最高。
露天の空は夜も更けて月がくっきりと見え、星々がキラキラと輝いていた。

綺麗な夜空を眺めつつも、頭の中は先程の事でもやもやとしている。
やっぱり……五条から夏油に対して気を許しすぎていると言われた事もあるし、夏油に対しての接し方を少し改めた方がいいのだろうか。
最近は遠くを見つめるような少し気落ちしている顔をしなくなったけれど、あの日は夏油の顔が凄く思い詰めるような顔をしていて、それで何か悩んでるのかなと思い、助けたくて思わず抱きしめてしまった。
突然抱きしめてしまったのは、いけなかったって事だよね……。
うーん、仲間として抱きしめるのは悪い事なのだろうか。例えば、五条が硝子と抱きしめ合っていたら――……何も無いだろうけど、確かに少し不安になるかも。
それに、夏油も突然抱きしめられて嫌だったかもしれないし今後からはもう少し考えて接しよう。

頭の中のモヤモヤを消すべく自問自答しながらようやく解決策が見え、長風呂しすぎもよくないのでお風呂を出る事に。
浴衣に着替えて大浴場を出ると、ロビーの方から夏油の声が聞こえてきた。気になってロビーへ行くと同じ浴衣姿の夏油が携帯で誰かと話しをしている。
邪魔してはいけないし、エレベーターで部屋へと戻ろうとした所でこちらに気づいた夏油は、私に向かって手でこちらに招くので近づいた。

「電話中?」
「ううん、終わったよ」
「そうなんだ。えっと、何か用?」
「名前は悟の何処が一番好きなんだい?」
「な、ななな何急に!」
「いいじゃないか、悟と両思いになったんだし教えてよ」

突然何を聞き出すんだ…!
ほらほら横に座って。と言われた通りに右隣のソファに腰掛けて彼を見ればニヤニヤしている。弄ってくるのは確定なんだろうけど、夏油にはこの恋が叶うまで色々応援してくれたし、五条も居ないし、少し話してもいいかな。
 
「…五条には秘密だよ?」
「ここに居ないから大丈夫だよ」
「そうだな…一番最初は一目惚れだったから、顔かな…ってめちゃくちゃミーハーだよね?」
「美形だからね悟は。よく声もかけられるし」
「だって呪霊に殺されそうになった所に現れたのは、王子様が助けに来てくれたのかなーって思ったもん!」
「確かにあの時は悟が最初に異変に気付いたからねぇ」

あれは絶対に忘れる事は無いだろう。
白馬の王子様……では無いけれど、窓ガラスを割って颯爽と現れ呪霊を祓う彼を見て、王子様が現れたと思った。
…しかし声をかけられるってことは、そうやって恋に落ちた女の人は他にも沢山いるんだろうな。

「やっぱり五条モテるんだ……」
「まあその後の対応が悪くて大体深入りしてくる人は居ないよ」
「そうそれ!口は悪いし性格も中々悪いし…。私の場合、家系同士の問題事もあったからさ、仕方ないんだけど。でも五条って何やかんや優しいじゃん?大丈夫だよって安心させてくれるし、困ってたら助けてくれるし、やっぱり諦められなくて。それにすごくかっこいいし、この前だって……あ、いや、違う、あの、喋りすぎた……」

好きアピールが止まらなくなりそうな所で、この前の五条が私にキスマークを落とした事を思い出し、自分でストッパーをかける。いけないいけない、何を言おうとしてたんだ。あ、あれは彼の気の迷いで、多分疲れてたからあんな事しただけ……!
でも、過剰に触れてくる事に今まで色んなモヤモヤが溢れ返っていたのに、それが無くなって、もっとして欲しいなんて思ってる自分がいて少しモヤモヤしている。


「ふふ、止まらない愛だね」
「うるさいっ、本人の前だと恥ずかしいもんっ」
「そういうのは本人に言わないと。…ね、悟」
「へ……?!?」

左手に持っている携帯をヒラヒラと見せつけ、その画面には通話中の文字と通話相手であろう五条悟の名前が表示されている。
そういえば夏油……電話してた…!通話終わったって言ってたのにこの野郎、清々しい顔で嵌めたな…!!

「電話、変わる?ほら」
「えっ、あっ、」
「ここ二週間、声聞いてないんだろ?」

夏油から携帯を渡され、ゆっくりと携帯を耳元に当てる。……どうしよう、久々すぎて何を話せば良いのか分からずごくり、と唾を飲み込み、もしもしと声をかけた。

「……そういうのは直接言えって」

久しぶりに聴いた大好きな声は、側にいなくても私の鼓動を早ませる。

「だって、恥ずかしくて…」
「悟が名前は全然自分の事褒めてくれないし連絡も全然してこないから、不安になって私に連絡してきたんだよ」
「おい!ちょっと傑だまってろ!」

私達の会話を聞かずとも理解しているのか、夏油は私達の会話に入る。夏油が喋っている声が聞こえたのか五条は慌てたように荒く声を上げた。

「別に、電話してきても良かったのに……」
「深夜だったりするとお前寝てんだろ。お前よく無茶するし、電話かけたら寝不足なるだろうしやめといたんだよ。つーか名前だってかければいーだろ」
「私も…五条、特級の呪霊ばっかりだし疲れてるかもしれないと思って……」

まさか五条が私に気を遣ってくれてたなんて。いつもはあっちへこっちへ引っ張るよう我儘王子の横暴さだったのに…優しい。恋人になって、少しずつだけど変わってきている気がする。

「…俺はお前の声が聞けるのが一番疲れ取れる」

さらにそんな事言われたら、ドキドキが止まらなくなるじゃんか。どう反応したらいいのか分からず黙っている私を隣でクスクス笑う夏油は「悟、今名前の顔真っ赤だよ」と言うので「言うな!」と私も声を荒げてしまった。

「私も……五条の声、聞きたかった」

ずっとずっと頭の中は暇さえあれば五条の事でいっぱいで。
少しずつ成長していこう、って言ってくれた時からずっとずっと頭の中で彼の名前を呼ぶ練習をしていた。私のことを理解して一緒に歩もうとしてくれているんだから、同じように進まなきゃ。
…それに、彼に対して欲を求めてるのが止められない自分もいる。

「さ……さとる…に、会いたい…」

思い切って出た言葉は、想像していたよりも弱々しく、彼にちゃんと届くかどうが不安が募る中、電話越しの向こう側で何かが崩れるような音がした。

「……ぃってぇ、」
「え、だ、大丈夫?」

彼の中々聞けない苦痛の声に驚く。五条が痛みを表す発するなんて中々無いのに、何があったんだろ?

「五条?」
「……名前、明日休み?」
「任務だけど…でも高専戻るよ」
「じゃあ明日、直接聞かせて」
「えっ、何を?」
「おま…っ電話越しじゃなくて直接言えっつってんの!このバカ!!あと、他の男に対して名前で呼ぶなよ!!ばーーかっっ!!」
「ちょっ?!……えぇ、切られた」

何なんだ、急に馬鹿とか言われる筋合いなく無い?ってか五条、私のこと馬鹿馬鹿言い過ぎ!!
……嵐が去ったかのようにふぅ、と息をついて携帯を夏油へ渡すと、何か考えてるような表情を浮かべていた。

「どうかした?」
「…名前で呼ぶようになったんだね」
「えっと、まだ練習中……?」
「疑問系?……いいじゃないか、私の事も名前で呼んでよ」


――あと、他の男に対して名前で呼ぶなよ!!


予言したかのように、夏油の問いに先程の声が頭をよぎる。
五条が言った事を守らなかったら、私は彼氏を傷つける事になるんだろう。…それは嫌だ。
それに夏油も多分、私を揶揄って言っているはず。

「だめ、名前で呼ぶのは…か、彼氏だけなの」
「……彼氏だけの、特権?」
「うん…」

五条が私に対して優しくしてくれるように、私も彼が嫌がってる事はしたくない。それに今まで言われてきた夏油に対して気を許しすぎている点も直していかないと。
そう思っていたのに、夏油は椅子に添えて居た私の手を上から覆い、ぎゅっと握る。顔を上げれば、もう片方の手で、お風呂上がりで下ろしていた髪の毛を束で掴んではキスをするように口付けた。
突然の行動に驚いて彼の目をみると、心の奥底を見つめるような―何かを欲しているように一点をこちらに向けていた。

「げ、とう…?」
「悟じゃなくて、私にすればいいのに」
「……へ、」

……いつもと少し違う、揶揄ってるような雰囲気ではない。この前の何かを思い詰めて居た時の表情に似ている。そういえば、あの時、何かを私に聞いてきたはずなのに思い出せない。何だ、何を忘れてるんだ。
思い出せなくて、頭の中がぐるぐるしていたら夏油は手を離していつもの表情へ戻った。

「冗談だよ。さ、私も温泉にでも浸かってこようかな」
「夏油…何か悩んでる?」
「……何も?強いて言えば、君のお人好しさだよ」

そう言って私の髪をぐしゃぐしゃに撫でて男湯の方へ向かっていった。
……お人好し?気を許しすぎてるの次はお人好しって、私が?今まで人と碌に関わってこなかったし、関わるのでさえ嫌だったっていうのに。

……意味わかんない。





二週間ぶりに戻った高専は、私にとっての実家のような気持ちにさせた。……戻れる場所が安心する場所があるっていいな。

最後の任務を終え、一先ずシャワーを浴びて疲れを取り、ラフな格好に着替えて報告書を一気に書き上げた。
集中して終わらせると一時間程で終わったのでそのまま報告書の束を夜蛾先生に渡すために職員室へと足を進める。
……やっと終わった、明日から一週間は一先ず任務も入っていないし、学生らしく勉強漬けになりそうだ。ああ〜やだなぁ、勉強…。

それよりも緊張で反吐が吐きそうな気分なのに、肝心な原因の五条の姿が見えない。
確か朝に今日一日休み、ってメールが来てたのに、昼過ぎからメールしても連絡が返ってこない。夕陽も落ちそうな空を眺めつつ、この会いたいけど会いづらい気持ちがモヤモヤする。
昨日五条が言ってた事って、会ってから名前を呼べって事だよね…?
確かにあれは、彼が目の前に居なくて電話越しだったから言えたけど、目の前に居るってなると緊張する。たかが名前を呼ぶだけなのになぁ、なんでこんなに緊張するんだろう。
……いつかは、自然に名前を呼べるように、そんな関係になれたらいいな。

「名字さん」
「あれ、七海じゃんおひさ」

教室から職員室へ繋がる渡り廊下を歩いていたら、スポーツウェアに身を包んだ七海がこちらへと走ってきた。七海とも一週間前に一回、任務が同じになったけれどそれ以来会って居ない。
久しぶりに会った彼の顔はたいそう疲れた顔をしていた。

「今訓練中?」
「名字さん代わってください…もうあの人の相手は嫌です」
「ど、どういうこと?」
「おーい逃げんなよ七海ィ」
「ぇっ?!」

廊下の柱に手をついて疲れた顔をしていた彼の隣に、一瞬で五条が現れ、思わず驚いて声が出た。えっ、なんっ、いつの間にそんな事出来るようになってんだ!!
私の声に反応した五条は七海の肩に腕をまわしつつ、こちらを向いていつもと変わらない表情を向ける。

「名前じゃん、帰ってたんだ」
「さっき……って、全然メールの連絡無いから探してたの」
「あー…携帯、部屋におきっぱだわ」
「五条さん離してください」
「いーじゃん、何照れてんの?」
「照れてません、暑苦しいだけです」

灰原は夏油を好んでいるけれど、五条は結構七海の事を好んでいるように接している。後輩に構って欲しいのかな……?しかし何をしてたらこんな疲れた顔にさせるのやら。

「二人で何してたの?」
「鬼ごっこ。瞬間移動の練習してた」
「もういいでしょう…十分修得されてます」
「えー?でもまだ長距離はムズイんだけど」
「短距離から中距離まで幅が広がったじゃないですか。それに明日の準備もあるので私はそろそろ」
「まそーだな、名前も帰ってきたし」

七海は五条の腕から逃れ、一息つくと「お疲れ様でした」と律儀に挨拶をしてそそくさ寮へ戻っていった。
……相当、大変な鬼ごっこだったんだろうな。
てかもしかして次は私と鬼ごっこするの?任務帰りでそんな特訓嫌なんだけど。

「わ、私は鬼ごっこしないよ…?」
「しねーよ。今日は終わり、それ夜蛾センに持って行くやつ?」
「うん」
「じゃあシャワー浴びてくっから俺の部屋行ってて、鍵開けとくから」
「え、五条の部屋?」

私の問いに、五条は顔を歪ませると私の頬を鷲掴みして、頬をふにふにと揉む。

「…そろそろその天然もどーにかしろよ」

また何か地雷を踏んでしまったらしい。



五条の部屋に入るのは正月ぶりで、あの時あった炬燵は無くなっていて代わりに高級そうなローテーブルが置いてある。
…そういえば夏油に用事があって男子寮まで来た時に、隣の五条の部屋からリコちゃんが出てきたのを見た事もあったな。
二人はこの部屋で、何をして、どんな会話をしていたんだろう。抱きしめ合ったりキスをした事なんて過ぎた事だと変わっていても、二人の間に恋愛感情がなかったとしても、この嫉妬はいつまでも無くならない……何でだろう。

部屋に居ろと言われても、どこに座れば良いか分からず部屋の入り口に佇んでいたらドアが開いて背中に当たる。後ろを向けば、お風呂上がりで髪からタオルを被せ、雫が滴り落ちる五条の姿があった。

「何、お前ずっとそこに立ってたの?」
「いや、あの、どうしたら良いか分かんなくて」
「そこ、ベッドの所座って」

言われた通りにベッドに腰掛けると、良い感じに身体がベッドへと包み込まれる。正月の時に疲れて眠ってて全然気づかなかったけど、めちゃめちゃ良いベッドだなこれ……!
そんなベッドに腰掛ける私の前に五条は座ってドライヤーを渡してきた。

「お願い♡」
「乾かせって事?……もーしょうがないな…」

前に彼の髪を乾かした事あったけれど、とても柔らかくて男の人の髪の毛ってこんなにサラサラなんだと思った事もあった。あの時はそれよりも、星漿体の出来事でいっぱいいっぱいだったんだけど。

髪を乾かしてドライヤーを片付けた五条は、私と同じようにベッドに腰掛けこちらを向いて座る。少し上を見上げれば、サングラスの隙間から彼の目がちらちらと見えて、じぃっと見つめる。それに気付いたのか、少し固まった彼は徐々頭が下がって私の肩にコツンと乗せた。

「……見過ぎ」
「ご…ごめん」

恥ずかしくて吃って謝ると、顔を上げ私の顔を見てはクスッと笑う。
サングラスを取ってサイドボードに置いた五条は、ベッドに添えていた私の手を上から重ねるように触れて、

「……名前、呼んでよ」
「さ、さとる……」
「うん、」

もう片方の頬に触れる手は壊れ物を扱うように優しくて、私が名前を呼べば優しい微笑みで頷く。ああ、言いたかった事が溢れかえってくる。

「悟に、会いたかった」
「俺も、」

ドキドキと高鳴る胸の鼓動が止まらない。名前を呼ぶだけで、ぎゅっぎゅっと胸が苦しくて、愛おしくてたまらない。「もっかい呼んで」と催促されて止まらないドキドキが更に襲う。名前を呼ぶだけでこんなにも好きな気持ちが止まらない。さとるっ、悟、悟――……何度も何度も呼びたかった彼の名前を呼ぶ。

「悟、すき」
「キスしていい?」
「へっ、」
「嫌ならしない」
「いや、じゃない……っん、」

答えを出すのを待ってたと言わんばかりに、彼の唇はすぐに触れた。柔らかい感触に、溢れかえる感情。一度だけかと思えば、次はちゅっ、とリップ音を鳴らして触れてきた唇に、身体がビクッと反応する。
その後も唇同士を触れては離してを繰り返しているだけなのに、とても胸が高鳴り腕を掴まれそのまま身体はベッドへと押し倒された。

「んっ、ごじょう、あのっ……」
「……あー…無理」
「えっ……」
「胸触らして」
「むね……?」

そう言って私の胸元に手を添える。尋ねると同時に触るんじゃない!このっ……!!

「え、えっち!あほ!」
「おっ前さぁ、この後に及んでそんな事言われたってどーでもいいんだよ。好きだから、触りたい、ダメなの?」

真剣な目で問う彼の手は依然と私の胸に添うように置いて、徐々に掴むように指の間を広げる。まだ触っていないと言わんばかりに身体と零コンマの隙間をあけ、そのまま私の言葉を待つ姿はまるでエサを我慢できない犬みたいで、カッコイイセリフも台無しだが何だか少し可愛く感じる。

「……いいよ、」
「直でも?」
「ばっ……それはまだダメ!」
「へぇ。まだ、ね」
「ちっ、ちがっ……ふ、っ」

勢いよく否定した言葉は再度彼の口付けによって止められるように塞がれ、手は下から掬うように胸を持ち上げゆっくり優しく揉まれる。下着の性質上、パッドが入っていないからか、揉むと直に感触が伝わる。
胸なんか揉んで、何が良いのか分からない。それに胸に何の魅了があるのか全く理解出来なかった。
それなのに何故だか触れられて身体がどんどん疼いて、もっと欲しいと欲張ってしまいそうだ。

「名前、好き、」

唇が離れて、耳元で愛の言葉を囁かれて、またキスをする。夢に見たような幸せに嬉しい気持ちと、どんどん触れられる欲に溺れていきそうになる。キスってこんなにも身体中が感じる程心地よく感じるんだ、触れられるって身体がゾクゾクして、愛しいと感じるんだ。
でも、これ以上されると、自分が自分で無くなりそうになる。唇を離し距離をとった彼の顔は少し赤くなりつつも私に向かって悪い顔をする。

「……ハッ、今まで散々名前から変態とかえっちって言われたけどさ、一番名前がエロいよ」
「んっ……はぁっ……」
「な、やっぱり直でも、」

服に手をかけた彼の腕をとって、頭上にある彼の目を見つめる。

「っ…五条は……私の嫌なこと、しないもんね」
「……お前さぁ、それは殺し文句だろ…」

参りました。というように上に居た五条は、私の隣に寝転んで、声にならない声を出している。
今までの彼だったら強引でも進めていただろう。それに私だって想いが通じ合ってた頃よりは嫌じゃない、このまま少しだけ進んでも良いかなって思ってる。でも彼に流されてしまうのも、と思って意地悪してみた。
でも、私にだって今日はずっと一緒にいたいってわがままが私の中にもあるんだよなあ…。

「直はダメだけど代わりに…今日一緒に寝ちゃダメ?」
「はあ?矛盾した事言うなっつうの」
「一緒に寝るだけじゃん」
「お前、年頃の高校生舐めてんの?耐えれるワケねーだろ」

隣で横になってた五条は肘をついてこちらに体を向けて、私の頬をつまんで天井へと伸ばす。耐えれないというのは手を出してしまいそうっていう事なのかな…?約束を守ろうとしてくれてるのは嬉しいし、それに……。

「なんか五条に初めて勝った気分…」
「この天然バカ……あー腹減ったし、何か食べようぜ」
「いいね、久しぶりに作るよ」
「んじゃー唐揚げ」
「ふふ、いいよ」

初めての初恋、初めての両思い、初めての彼氏。
分からない事だらけだから、触れ合うのも少しずつ進んでいきたいし、それよりももっとずっと一緒に居たいし、楽しむ時間を過ごしていきたい。
なんて、少しでも五条も思ってくれてたらいいな。