秘めた花





「学長……本当ですか?」
「真だ」


突然京都校に呼び出され、楽巌寺学長と対面した私は何かの処分が下されるのかとビクビクしていた。
…が、学長から渡されたのは一枚の学生証。
そこには今まで三と書いていた数字が、一へと変わっていた。それすなわち一級術師の証拠である。
交流会後、五条が「お前、もう一級並みの強さあるよ、自信持っていい。ま、上の連中が未だに名字家をよく思ってはないから階級が上がるかは分かんないけどね。ホント、腐った感性してるよ」とボヤいていた事があって少し諦めていた。別に階級が認められなくたって、強さは変わらない。だから頭からすっかり抜けていたんだけど―……手に証が残るというのは嬉しいものだ。

「あ、ありがとうございます!」
「黒閃を認知してしまったら上げぬにも上げなければならぬ」
「こくせん……?」
「……それよりも茶をついでくれぬか、久しぶりに主の美味しいお茶が飲みたい」
「ぜひぜひ!お茶淹れますね!」

学長室の棚にある急須でポットのお湯を入れてお茶を注ぐ。夏休みはこうやって授業と宿題が終われば、小一時間学長室で楽巌寺学長にお茶を出して呪術に関する話やたわいも無い話を少し。
呪霊に取り憑かれて五条家からはさらに忌み嫌われ、上層部も何か問題を起こすのではないかと私を恐れている。そんな私を潔癖マニュアル人間である学長が私を良しとしているわけが無いと思いつつも、酷い仕打ちや言葉を受ける事はなかった。確かに耳を傾けていると呪詛師の処遇や違反した者へ罰を下す内容は容赦なかったけど……私も呪詛師と同じような違反するような事を起こせばそれなりの罰が下だろう。何ともマニュアル人間らしいと言えばそうか。







「おめでとうございます。これから任務のレベルも上がりますね」
「まあ今でも十分上がってるけどね。……それに水神がいるからってのもあるんだろうし、素直に喜べないんだよなぁ」
「でも貴方自身も成長してる証拠よ」

帰り際に校内でリコちゃんと歌姫さんに会い、休憩所でお茶をすることになった。ついでに先程貰った学生証を報告すると、二人ともお祝いの言葉をかけてくれた。
一級術師として認められた私自身、水神のおかげて階級が上がったのは否めないし、関わってから術式の幅も広がって闘い方も少しずつ変化してきている。たまにちょっかいを入れたりしてくるけれど、縛りのせいか人間を墜れようとしたり危害を加えたりする気配は全くない。早く水神のためにも呪具の場所を見つけなければならないが、あれから何ヶ所か海を回ったけれど目星はつかず、途方に暮れた状態。
等級はあがれど、まだまだやる事尽くしだとため息をつくが、向かい側に座っていたリコちゃんは嬉しそうな顔でこちらをみる。

「そういえば私もご報告があるんです」
「なになに?」
「十三郎さんと婚姻が正式に決まりまして……あと、十三郎さんとの新しい命を授かりました」
「えっ……新しい命ってまさか…」

お腹をさするリコちゃん、そしてその隣でため息をつく歌姫さんは心配そうな顔をしている。

「赤ちゃん?!おおお……おめでとう……!」
「ふふ。本当は安定期に入ってご報告しようと思ってたんですけどね、丁度会えたし伝えておこうと思いまして」
「……まだニヶ月目だから安静にしておかなきゃいけないのに、この子ったら任務漬けで動き回ってるのよ。無理矢理にでも休暇申請届けを出そうと連れて来たの」
「歌姫先輩ったら大袈裟過ぎですよ〜」
「今はまだつわりが大きく出てないから良いかもだけど、もうすぐ来るわよ!すぐ!!子供のためにも安静にしておきなさい!!」

つわりはね!!舐めてかかったらいけないわよ!!と歌姫さんはリコちゃんの肩を持って言い聞かせるように言うと「分かってますよぅ」と口を窄め、面倒臭そうな顔をする。
術師だから一般の人よりも動けるのかもしれないけれど、こういう時は安静にするのが一番だろう。しかし年下の私達からするとこういった知識は皆無なので、サポートする歌姫さんの存在は大きい。

「歌姫さん、凄く頼りになりますね」
「お世話になった先輩がね、とても大変そうだったから心配なのよ…リコ自身若いのに…」
「私には時間がないから、早く十三郎さんとの証を残しておきたいんです」

彼女は天与呪縛のせいで呪力を寿命で強さを倍増させることが出来る。初めて彼女に出会った時には、もって二十年と言っていた。これからも術師として活動するのであれば、その分どんどん寿命は縮んでいくだろう。
愛し合って出来た子供は宝物のような存在だとリコちゃんは優しくお腹を撫でる。

「でも、この子の為にも一旦術師は辞めようと思っていたので。……出来るだけ、少しでも子供と幸せな時間を過ごそうと思ってます」
「そっか……」
「ところで名前さんはどうです?悟様とは」
「へっ?」
「そうよ、嫌な事とかされてない?」

突然話題が切り替わり、二人はテーブルに手をついてこちらへ顔をずいと出し興味津々に聞いて来た。何なら歌姫さんは何か悪い事をされてる前提である。

「とくに何もないです…」
「アンタの何もないは何かあるのよ」
「例えばキスとか、しました?」
「こ……この前、した」

あ、そういう話か。と思いつつも嘘はつけずに言葉を漏らすと、リコちゃんはキャーっと女子のような顔をして盛り上がっている中、歌姫さんは焦った顔をする。

「もしかして無理矢理されたの?!」
「ち、ちがぃます……」

私もキスがしたかったから。
なんて、恥ずかしくて言えるわけもなく。顔を手で覆って目を伏せて答えると、向かい側で「無理矢理じゃないらしいですよっやだ〜!」とはしゃいでいるリコちゃんの声が聞こえる。
リコちゃんが五条の許嫁だった時に、彼からキスをされた事を伝えれば、あぁそうですか。と興味なさそうにしていたからあまりこういう話には興味がないと思っていたのに。
これは気を許してくれたって事でいいのかな……?

「ちなみにせ、性行為はしてないわよね……?」
「歌姫先輩、それ聞くのは野暮ですよっ」
「セイ行為ってなんですか…?」
「アンタ、マジで言ってるの……??」
「えっ……はい……」
「ちなみに赤ちゃんってどうやって出来るか知ってます?」
「あぁ、えっとー…なんか保健の授業で……鳥が運んでくるって……」
「アンタ授業ちゃんと聞いてないわね?!コウノドリが運んでくるなんて今時古いわよ!!」

げ、バレた。
保健のテストが赤点だったから色々硝子に教えてもらおうとしていたのだが、私の回答が珍回答らしく聞いて笑いが止まらないしそのままで良いよと言われ、テストは相変わらず赤点ギリギリである。

「歌姫さん、これはまだ手出されてないですよ、悟様よく持ちますね」
「確かに。アイツならすぐに手出すと思ってたから……少し安心したわ」
「えっ、ちょっと何の話ですかっ」

二人で話を進めようとしているのを間に入る。
え、もしかして私の方が空気読めない事言ってる?手を出すってセイ行為って何!せい?セイ?say?!そんなの聞いた事も無い…多分、私が授業をちゃんと聞いていたら理解出来た内容なんだろう。

「別に手を出されてないのなら良いのよ」
「歌姫さん、でも言っておいた方が良いんじゃないですか…?」
「まあ……そうね…」

重たい面持ちで考え込む歌姫さんは意を決したようにこちらをみるので、意を決して聞くことに。

「アイツ…昔っから顔だけは良くて、女が絶えなかったのよ。その…性行為…身体目的で相手してたから」
「身体目的……」
「ようするにエッチしたいだけって事ですよ」

そういえば五条に彼女が居たという話をした時に身体目的で会っていたと言っていたし、事実なのだろう。まさか周知の事実だったとは知らなかった。

「だから名前にそういう行為を無理矢理させてないか不安でね…」
「それって胸を揉むのも含まれます……?」
「無理矢理揉まれたの?!?!」
「あっ……いえ、無理矢理じゃない……です」

どんどん墓穴を掘っていってる気分だ。身体目的って、以前五条と見たDVDの映画で出て来た裸で触れあっているシーンのような事なのだろう。ギリギリ胸を揉まれたのも含まれるのか疑問に思って素直に聞いてしまった……私のバカ。
恥ずかしくて火が出そうなのに、リコちゃんと歌姫さんは何事も無いように話を進める。

「へぇ名前さん処女なんですね。悟様、私が処女だって知った時メンドクセーって言ってたのに」
「はあ?!アンタもしかしてヤッたの?!」
「ヤッてないですよ、キスだけです。……ま、でも確かにキスは上手かったですよ、ね?」

私に向かって答えを求めるリコちゃんに、物凄いモヤモヤした気持ちが湧いてくる。そうだ、彼とキスをしたのは、私だけじゃない。……前にも五条の部屋に向かう時に同じようなモヤモヤが心をぐるぐると渦巻いた。恋人になれたのに、なんでこんなにモヤモヤしちゃうんだろう。
一人唸っていると、歌姫さんはリコちゃんの頭にチョップする。

「アンタは変なところで煽るんじゃない!」
「煽ってないですよ。悟様、名前さんが自分に懐かないーってずっとイライラされてたから、こういう顔を見せればとても喜んでくれそうだなぁって思っただけです」
「そうだとしてもそういう事は言わないの。……意外と性格悪いわよね、アンタ」
「じゃないと呪術師なんてやっていけませんよ」

確かに呪術界隈は他人の損得なんて顧みない人ばかりだ。けれどリコちゃんは私のためを思って言ってくれているんだろう。
こんなモヤモヤを彼は喜んでくれるんだろうかという疑問はあるけれど、もしかしたら私は五条に対してずっと我慢をさせているのかもしれない。

「私、五条が少しずつで良いって言ってくれたから甘えてたのかも。五条はずっとsay行為したかったのかな……」
「いいのよそれで。こういうのは二人の気持ちが重なり合ってするものなんだから。焦らなくていいわ」
「でも五条がもし我慢出来なくなったら…他に目移りしないですかね…」

こういう不安は時たまにやってくる。いつまで五条が私の事を好きでいてくれるのか分からない。ただでさえ五条家の人達から認められない関係だというのに、もしかしたらもっと五条が好みの良い人が現れてしまうんじゃないかという不安もある。今は好きだと言ってくれるし、私が嫌な事はしないけれど、彼だって我慢しているものが積もり積もれば私の事を嫌いになるだろう。
どんどんモヤモヤが膨れ上がる中、リコちゃんと歌姫さんは私の言葉に呆気に取られた顔をしつつも、笑って答えてくれた。

「無い無い。無いわよ、それは。アイツ名前のことゾッコンだからね」
「ですです。彼自身気づいて無いのかもしれませんが、名前さん愛凄いですよ。だから色々事を先に進めようとしてないか不安だったんです。それに身体目的で出会ってた関係、今年に入ってからはしてないですから」

ド本命ですよ、とリコちゃんは付け加える。
そういえば五条と遊園地に行った時にそんな話してたな……確かあの時、面白いヤツがいるからって…五条は後からそれが私だと言い、更には他の女の人たちとは違う感情だと言ってくれてた。
もしかして五条も、自覚する前から好きで居てくれたって事なんだろうか。そうだったら嬉しいな。
嬉しくて顔が綻ぶと、それを見た歌姫さんは「ま、何あったらいつでも連絡して頂戴、アイツブン殴りに行くから」と拳を固くして気合いを込めていた。…歌姫さんの五条嫌いは頼りになりそうだ。



帰りの時間も迫り、今から出ないと帰りの新幹線に間に合わない。挨拶をして休憩所から出ようとすると、リコちゃんは扉を出ようとする私の所までやってきて、耳打ちしてきた。

「ちなみにぃー…性行為の初めては痛いですから、本命とは別の人が良いですよ」
「えっ……そうなの?」
「悟様、痛がってるのとか面倒臭そうだし。そうだ、あの……夏油とかいう人にでも頼んでみると良いですよ」
「なんで夏油?」
「私あの人嫌いなので」
「それなのに夏油に頼んだ方がいいの?」
「そうですね」
「…リコちゃん、それもしかして性格悪いやつ?」
「さあ、どうでしょう?」

ふふふ、と何かを企んでいるかのような顔をするリコちゃんは「お幸せに〜」と言って手を振って見送りしてくれた。
……あれは絶対に、何か企んでいる顔だ。






そうは言われても、私は好きな人以外の人とはそういう愛を確かめ合うような肌を交じり合わせる行為というのをしたくないという気持ちは、ずっと前から変わりない。
それは祖先の出来事があったからでもあるし、五条に付き合う前触れられた事は、何を考えてるのか怖くて不安だった。好きだとか、愛だとかという感情が無いと思うとつらくて悲しくて、孤独で怖いような寂しいような気持ち。
しかし世間一般的に初めてのセイ行為が好きな人以外っていうのは当たり前なのだろうか。こういう事に関しての常識がよく分からない。あの後、リコちゃんにメールして[ちなみにリコちゃんのはじめては誰だったの?]と聞けば[兄さまですよ。兄さまは面倒臭いなんて思わないですし優しくしてくれますから^_^]と惚気エピソードを語られた。
……十分十三郎さんも私に対しては面倒臭いという顔を何度も向けられたけどなあ。恋人だからこそ、そういうのは面倒とは思わず、寧ろ嬉しいんだろうと思う。それに対して五条は私に対して面倒臭いと…言う、めちゃめちゃ言う。でも面倒だっていいながらも助けてくれる。
ならば問題ないのではないか?それとも…リコちゃんの言う通りに夏油に頼むべきなのだろうか。


「ぼーっとしてどうしたんだい?早く食べないと伸びちゃうよ」

隣で蕎麦を食べてる夏油に声にはっと意識を戻す。
今日向かった任務は無事に終わったものの、行方不明だった子供に怪我をさせたとかナントカ子供の母親から言われ、自業自得ですよと言い返せばビンタが飛んできて「この化け物!この子に触らないで!」と助けたのに罵声を浴びせられた。そんな事言われても怪我を負ったのは私達が来る前に呪霊によってつけられたものだ。
あーはいはい、そうですか。なら助けませんけど?と反論したかったけど隣に夏油が居たのでぐっと堪えた。もうあの長時間説教は勘弁だ。
それが功をなしたのか、夏油は丁度お腹すいたし食べて帰ろうかと夕飯を奢ると言い出しお言葉に甘えることに。
近くにあった麺屋さんで夕飯を食べる事になり、夏油はざるそば、私はあったかいうどんを注文して食べつつ、頭はこの前の事でモヤモヤ自問自答中である。
結っていた髪が解けていたらしく「名前、髪の毛ついちゃうよ」と言いながら耳に髪をかけてくれた。夏油はいつも気がきくよなあ……。

「頬、大丈夫かい?腫れてない?」
「あ、全然大丈夫だよ」
「そうか…良かった」

安堵した様子だけど、私の頭はそれどころじゃない。

「…夏油あのさ、こんな事聞くの間違ってるのかもしんないんだけどさ…」
「んー?」
「私の…セイ行為?の初めて、貰ってほしいって言ったらどうする……?」
「?!ッグッ、ゴホッ!!」
「えっ、ちょっと大丈夫?!」

丁度蕎麦を食べながら聞いていた夏油は、私の問いかけに対して咽せる。喉に詰まったのか、胸をドンドンと叩きつつ水を飲んで一息ついた彼は「…一先ず食べ終わってから話そう」と少し呆れたような声で言う。……やっば、やっぱり聞くのはマズかったかな……。申し訳なく思いつつも、一先ず食事を済ます事にした。

店から出て、隣にあった喫煙スペースにある青色の古びたベンチに腰をかける。田舎だからか人気がなく、周りに人は居ない。近くにあった自販機で買っただろう缶コーヒーを夏油は私に渡してきたので「ありがとう」と声をかけると、彼は隣に座ってポケットからタバコ出して火をつけた。夏油が吸うなんて、久々見るな。


「で、誰に言われたの。硝子…はこんな事言わせないし、悟はありえない」
「五条の許嫁だったリコちゃんに…初めては痛いから、本命とは別の人に…夏油とかに頼んでみるといいって」
「あの乙山家の子か……」

だらんと首を垂れて再度ため息をつく夏油の顔は大層疲れたような顔をしている。

「それで?とりあえず聞いてみようとしたんだ」
「う、うん」
「でも君は、好きな感情がないと嫌だって言って無かった?」
「そうなんだけど、リコちゃんが五条は面倒くさがるって言ってて……私、こういう経験なくて何が常識なのか分からないから正解が分かんなくて」
「悟に直接聞けば良いじゃないか」
「五条に聞くのは……また怒るんじゃないかって思ったから」

夏油に初めてをお願いした方がいいのかな?って言えばはあ?!と大声を出して馬鹿!!って言いそうだし。
……あれ、でも、それなら尚更五条がどう思ってるのか聞けるチャンスだったはず。それに頼む前と頼んでしまった後では彼の反応も変わってくるはずだ。……もしかして私、五条のせいにしてる?

「悟が怒るって分かってるなら何で聞いたんだい。本当に私にして欲しいの?」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
「いいよ、私は。相手になっても」
「こういう事、わ、分かんなくて…好きじゃなきゃ嫌だって自分でも分かってたのに。聞いてみただけ、変な事聞いてごめんね」
 
そうだ、今まで五条は絶対に文句を言いながらも私の事を思って優しく接してくれた。一度きりの初めてなら、それこそ五条がどんなに面倒臭そうにしたとしても、彼にお願いしたい気持ちは変わらない。
なのに五条が怒るからなんて人のせいにして…興味本位で聞いてしまった自分に罪悪感が湧くし、五条にも夏油にも申し訳ない気持ちで溢れかえる。
夏油に「ごめん、」と小さく伝えると、彼は口を開いた。

「……好きだよ」
「え……?」
「私は名前の事、好きだよ。それじゃいけないのかい?」
「そんな、また冗談、」
「冗談じゃないよ。君の気持ちが悟に向いていたから一歩引いていただけさ、好きな子には幸せになって欲しいからね。…なのに君は本当にお人好しすぎて、困っちゃうよ」

思考が回らない。今まで夏油から好意を寄せるような事をいわれても冗談だと思っていたのに、本心だったっていうのか。
こちらを向いた夏油は、私の下ろした髪をまた耳にかけて笑顔を見せるが、何を考えているのか全く分からない。

「私が、常識的に言えば初めては恋人同士以外でするんだよって言ったら、乙山の子に言われた通りなんだって君は信じるだろ?」
「……それはっ」
「でも君は絶対に最後は悟を選ぶ。……悪い子だね名前は、期待させてさ」

……本当にお人好しだよ。

顔を近づかせ、耳元で囁くその言葉に思わず目を瞑った。
本当に?私がやってきたことは、夏油にとって期待させる事ばかりだったというのか。
ククッ、と笑う声が聞こえて目を開けると、彼が吸っていたタバコの煙を顔にかけられ、目に沁みる。

「ぅあ、っ!ちょっと!!」
「ふふっ、本当に馬鹿だね名前は」
「何が!」
「意味は知らないだろうと思って。この事、硝子には秘密だよ」
「え、五条じゃなくて……?」
「そこは言うか言わないかは名前次第さ。私が打ち明けても良いけど」
「私、夏油の気持ちには答えられないよ……」
「ふはっ、即答か。いいよ、でも諦めないから」
「えっ」
「想うくらい、いいだろ?」

……それこそ、イエスといえばお人好しになってしまう気がするんだけど。
しかし私も今まで片想いをしてきた経験上、勘違いだったけれど五条に振られても想い続けていた。叶っても叶わなくても、私がよくて夏油はダメだとは言えない。黙る私に夏油はクスッと笑う。

「そうやって否定しないのも名前らしいよ。拒否したくなったら、してもいいさ」

タバコを灰皿に押し付けて火を消した夏油は「そろそろ帰ろうか」と立ち上がる。
……分からない、私にそんな諦めたくないくらいの魅力ある??

「も、もしかして私勝手に術式を発動して、」
「してないよ。名前に負ける気しないし」
「……じゃあ私の何処がそんなにいいの?」
「私の気持ちを一番理解できるのは名前だからかな」
「わ、分かんないよ」

夏油が私の何処が良いのか分からなかったのに、好意を寄せられていた事を知らなかったのに。今、彼が何を考えているのか分からないのに、なんでそんな事が言えるんだろう。
困っている私を見て、秘密と言った彼は悲しそうに笑っていた。