祝いの花





「どうでした?言いました?」
「……リコちゃん、嘘言ったでしょ」

あれから数日、寝ようとしていたら携帯にリコちゃんから電話がかかってきた。
リコちゃんから言われた通り、疑問に思っていた事を夏油へ問いかければ何故か夏油から告白されてしまい、答えられないと言ったのに諦めないと言われてしまった。

「別に嘘ではないですよ。悟様、私に面倒くさい面倒くさい言ってましたから。ま、名前さんに対しては知らないですけど」
「……夏油すごい驚いてて咽てた」
「あははっ、ざまみろですよ」

電話口から帰ってくるリコちゃんは悪い声をしている。夏油……リコちゃんに何やらかしたんだ。

「リコちゃんは何で夏油の事嫌いなの?」
「だってあの人、私に二重線くらい線引いて距離置いてるんですもん。それに私を通して誰かを見てる感じが気持ち悪いんですよ」
「誰か……?」
「だからこっちも反抗してやろうと思って」
「だとしても私を通さないでよ!」
「すみませーん」

軽い声色で謝る彼女には怒りたいけれど、心を開いてくれた事の方が嬉しくて怒りづらい。
それにこんな事が無ければ、夏油は私への想いをずっと胸に秘めてたのかもしれない。そっちの方が良かったのだろうか?でも、答えられない気持ちを放置しておくのも申し訳なく思う。
……もしかして前に気落ちしていたのは私の事を考えて――?……いやいや、無い、無いと言いたい。まさか私の事で悩んでいたのに、どうしたの?大丈夫?って無知で聞いてたとしたら穴があったら入りたいくらいだ。
リコちゃんにこの事も伝えたいけれど、彼女が夏油の事を嫌っている事や自分の呑気さに口が重く閉じる。…これは言わない方がいいのかもしれない。
これ以上は夏油の話をしないでおこうと決め、タイミングよくリコちゃんは話を変えた。

「そういえば明日、悟様の誕生日ですよね」
「よく知ってるね」
「許嫁になる際に悟様のプロフィールを叩き込まれましたから」
「なるほど…」

流石、御三家に嫁ぐとなれば色んな試練が与えられそうだ。

「プレゼント何か渡すんですか?」
「それが去年のやり直ししたいから、それがプレゼントでいいって」
「去年のやり直し?」

十二月になってから五条の誕生日アピールは東京校中に広まり、彼は呪術師、補助監督、挙げ句の果てにはコンビニの店員にまで色んな人からお祝いの言葉をフライングでもらっていた。
そんな中、彼女である私が何もしないなんて論外。
恋人になったわけで二人で誕生日を迎えたいとか言われるかもしれないし、その……恋人っぽい事もお願いされるかもだし?
五条と付き合ってから、恋人の付き合い方や知識を得る機会が多くなり、リコちゃんがどんどん大人の階段を登っている事をこの前知った。私はというと五条から名前を呼んでほしい、キスをしたい、それに答えるだけで精一杯で階段を登るのに一苦労。もう少し早く登れ!って思ってるだろうし、我慢させ続けるのは嫌だ。
そう、ついに私が決心する時が来たのだ……!
そう思い、覚悟を決めて「誕生日プレゼント、何がいい?」と聞くと去年のやり直しがしたいと言い出した。寝坊してケーキを買いに行き損ねたのを随分と根に持っているらしい。
私と五条がケーキを買い出しに行ってる間にパーティ会場を作っておいてくれとこの前灰原と七海に頼んでいたけれど、七海は大層面倒臭そうな顔をしていた。

「ちなみに何時間寝坊してたんですか」
「ニ時間待って、それでも連絡も来なくて一人でケーキ買って帰ったら丁度起きた所だったって言ってたから……移動時間含めたら合計四時間くらい?」
「最低ですね五条悟」

いつも悟様と呼んでるのに敬称無くなってるよ…。
しかもその寝坊の理由が桃鉄のやり過ぎと言えばもっと暴言が降ってきそうなので、五条の為を思って口を閉じる。

「名前さんもよく待てますね」
「何かのっぴきならない理由が出来たのかなーって思ってたからさ」
「私なら兄様でも待たないです。それに誕生日も皆んなでパーティなんて……恋人になったのなら二人でお祝いしたくないですか?」
「特級術師となって大忙しだし、誕生日くらいワガママ叶えさせてあげたいじゃん」
「あの人は年中ワガママですよ」

確かにそれはそうなんだけど。
学生なのに全国を飛び回り呪霊を祓って、特級となり世界を背負っているようなものだ。そんな彼の近くにいる同じように強い力を持つ夏油や、反転術式を持つ者同士の硝子の存在は彼にとって大切な存在であることは間違いないし、後輩達に関してもそう。大切な仲間と一緒に祝いたいと言ってるんだし、誕生日くらいは叶えれる事は叶えてあげたい。









誕生日当日。
前日、任務が入ってしまった五条に早朝お誕生日メールを遅れば「絶対早く終わらせて行くから」と返信が来た。一度目あれば二度も三度も変わらない。
彼が来なくても前と同じようにケーキを買って、高専で落ち合えれば一件落着である。
はらはらと粉雪が舞う外を眺めながら電車に揺られつつ去年の今日訪れたケーキ屋で行くと、店の前で白い息を吐きながら待つ、彼の姿があった。

「お、来た」
「着いてたんだ、ごめん遅くなって」
「時間丁度だろ。俺も少し前に来ただけだし、去年のお前に比べりゃ大した事ねーっつうの」

去年プレゼントしたマフラーを首元に巻いた彼は私の手を取り、指を絡ませて繋ぐ手は少し冷たい。かくいう私は先程まで電車に乗ってぽかぽかの手のひらは、温もりを彼に渡すようにじんわりと滲んでいく。

「……お誕生日おめでと」
「何、恥ずかしがってんの?」
「う、うるさい!」
「へーへー。ありがとな」

改まって言うのはやっぱり恥ずかしくて、意地になりつつも伝えると揶揄いながら受け止めてくれた。
合流出来た事だし、ケーキを買って帰ろうと洋菓子屋へ入ろうとするが、繋がれた手は反対方向へと進んで行く。

「ちょ、ちょっと何処行くの!」
「ケーキは予約して後で取りにくるって言ってる。腹減ったし一先ず腹ごしらえしよーぜ」

そういうのは先に言わんかい!
ズカズカと相変わらず自由奔放な彼に連れられ駅前のファミレスに入り、ソファ席に座ってメニュー表を眺める。……二人っきりでご飯も久しぶりだな。
しかし本当に誕生日プレゼント無くて良かったんだろうか、欲しいと言われても全然考えてないから探す所からなんだけど。
確かに物には呪いも宿りやすいしプレゼントするのはあまり良くないとも聞く。それに御三家の五条なら手に入らない物はないだろう。

「…本当に誕生日プレゼントいらない?」
「いらねーって。……あ、やっぱりいる」
「え、何か欲しい物でもある?」
「今日一日、俺と一緒にいる時は名前で呼ぶこと。もし五条、っつたら罰ゲームな」

……嫌な予感がする。ちなみに名前で呼ぶのはキスをしてから呼んでない。どうしても意識してしまうし、周りに誰かいる時に言うのが恥ずかしい。まあ夏油の隣で行ったのが初めてだったんだけど。

「罰ゲームって…痛くないやつにしてよ」
「痛くない痛くない、寧ろ気持ちいやつ」
「何、温泉にでも連れてってくれるの?」
「相変わらずの能天気バカだな」

やれやれと言いながら手を広げつつ、顔は馬鹿にしたように煽った表情をしている。悪かったな、馬鹿で!
「じゃあ何よ」と罰ゲームの中身を聞くと、彼は唇に指を添えてにっと笑った。

「お前から俺にチュー」
「ちゅーって……五条の頭それしか無いの?本っ当に変態馬鹿だね」
「はい五条って言ったー。つうかあんなエロい顔してたお前に言われたくねぇつうの」
「んな……っ!てか待って、今からスタート!」
「はいはい、スタート」

言い出しっぺなのに、あ、やるんだ。と少し驚いた顔をしていた。やらない選択肢も用意してるのかと言った後で後悔したが、せっかくの誕生日だし彼のワガママには今日は付き合ってあげるか…。
まあ……キスも嫌じゃ無い……確かにリコちゃんが言ってたように五条とこの前したキスは蕩けるように上手だった。
あぁ、でもやっぱりモヤモヤするなあ。今まで五条の方が恋愛の積んできた経験は大きいし、色んな人とキスしてきた事実は変えれないのに何でこんな気持ちになるんだろう。

メニュー表を眺めた五条は決まったようでこちらにメニュー表を向ける。んー何がいいかな、五条とは好みの食べ物似てるし同じのを食べるのもなあ。

「ご……さ、悟は何にする?」
「はい罰ゲーム」
「はあ?!五条まで言ってないし!」
「はいまた言った、しゃーねぇなペナルティ1にしといてやるよ」
「〜っっ……!」

くそっっ……揚げ足取りするなんて、このクズ野郎め。どうにかして名前を呼ばないような会話をしなきゃ。
食事中は極力名前を呼ぶのを避けつつ結局同じパスタを食べ、お会計の際に彼が一万円札を出したまま外に出るので、おつりを貰って彼の後を追いかける。

「さ……悟っ!ほらお釣り」
「ん…あぁ、」
「私の分も返すよ」
「別にいーって」
「……ありがと」

振り向いた彼の表情は少し驚いていた。いや驚きたいのはこっちだ、お釣りを貰わずに店を出るなんて、この金持ち坊ちゃんめ。ここは有り難くご馳走になろう。



ケーキを買って電車に揺られ、粉雪の舞う雪道を二人で歩いて高専へと戻る。
外の冷たい気温はケーキの冷蔵庫としては丁度良いだろう。しかし逆に私の頬は熱くて、ずっと離さないように繋いでくれる手と、背の高い彼の肩にたまに頭が触れてドキドキして。名前を呼ぶ事に少し戸惑いつつも、五条自身は何とも思っていないようで、他愛もない会話を話しながら高専へと戻った。


「この俺、五条悟の誕生日パーティ会場何処よ」
「言い方……硝子からのメールには談話室に来てって書いてたから談話室のはずだけど」

高専の広い校内を探し回るのは一苦労である。帰り際に[準備できたよ、談話室に連れてきな]と硝子から連絡が来ており、それを聞いた五条は談話室へ続く扉のドアを開けた。

「「「「ハッピーバースデー!」」」」

ドアの向こう側には硝子、夏油、七海と灰原の姿。重なる声はお祝いの言葉、その後にクラッカーが弾け五条めがけて装飾が飛ぶ。
ちょっと驚いたのか、彼の方がビクッと上がったのが後ろから見て面白かった。

「五条さんおめでとうございます!はい、本日の主役!」

何処で買ってきたのやら「本日の主役」と書かれた襷を持った灰原は五条へと渡し「おっ気がきくじゃん」と肩からかけ、嬉しそうにしている。
部屋の中央にある大きなテーブルにはたこ焼き器とコーラ、スナック菓子が広げられており、部屋のテレビには桃鉄のゲーム画面が映っていた。

「マジ?!桃鉄やんの?!」
「あぁ部屋から持ってきた、寮母さんからもテレビ使っていいって許可もらえたからね」
「さっすが〜!やるじゃん傑」

夏油もゲーム機持ってたんだっけ。肩を組みながら二人は仲良く四人がけのロングソファに座り、五条の横に私が、向かい側に硝子が座って五条と夏油の向かい側に後輩達が座る。
後輩達がジュースを紙コップについで配る中、向かい側の硝子はどこからか一升瓶を出してきて自前らしい透明のグラスに注いだ。

「硝子それ……」
「パーティなんだし飲んでいいでしょ」
「見つかったらヤバいって!」
「大丈夫大丈夫、夜蛾セン任務中だし」

寮母さんに見つかるのは大丈夫なのか……?堂々としすぎて違和感がない。
コップを全員で持ち「んじゃ〜俺の誕生日祝って乾杯〜!」なんて自分で進行し始める五条の合図によって乾杯の音頭をとる。
テーブルの真ん中に置いてあるたこ焼き器は二十個焼けるくらいのもので、たこ焼き粉を溶かした生地を硝子が流し込こみ、その後に奥に置いてある具材を夏油が入れていく。タコ、ウインナー、チーズ、キムチ、コーン。
たこ焼きはお店で買ったタコの入ったたこ焼きしか食べた事なかったけれど、確かにウインナーやチーズも美味しそうだ。
慣れた手つきでたこ焼きをぐるぐると回転させながら作っていく夏油の手際の良さに驚きつつ、やってみたくて「やらせて!」と夏油からピックを貸してもらいクルッと回せば、綺麗な丸の形をしたたこ焼きが出来た。

「流石名前だね、料理の達人みたいだ」
「まぁね〜……」

そ、ういえば、夏油とはあの告白の時からロクに会話をしてなかった。おはようやお疲れ様はすれ違いに言ったとしても、話すと告白の事が頭を過ぎるので避けていた所もある。しかし五条の誕生日会も積極的に準備してくれていたっぽいし、こうやって普段通りに話が出来るのは夏油の本音を表に出さない気遣いのおかげなんだろう。実際、私達の会話を聞いても五条は「俺もやる〜」って何も気にせず私の持ってたピックを勝手に取るし、灰原は「夏油さんのも綺麗に出来てますよ!」と後輩としてフォローを入れている。


みんなでたこ焼きをぐるぐる回しつつ、最近あった任務の話をし、アツアツのたこ焼きが出来上がれば皆んなでふーふーと冷まして、はふはふと踠きながら食べる。自分でいつも作る料理より何百倍も美味しくて、ぱくぱくと食べていたら隣に座ってる五条から頬をふに、と抓られて「おま食べ過ぎ」と笑いながら言われた。

呪術師になったからこそ出会えた恋人、親友、友達、後輩だけれど呪術なんて無くて非術師のようにただの高校生活をこの皆んなで送ってみたかったなぁと少し思う。今でさえこんなに楽しいのに、この世に蔓延る呪霊のことを考えずに生きていけるなんてどれほど幸せなんだろうか。




「そろそろゲームしようぜ、」
「いいね、チーム戦にしようよ」

たこ焼きもケーキもたらふく食べて満足していると、五条は桃鉄をスタートさせる。

「ぜってー傑に負けねー」
「じゃあ私は灰原と組もうかな」
「んじゃあ俺は七海〜」
「嫌です」
「あぁ?!」

まさか振られるとは思わず五条は声を荒げる。その隙に硝子が「じゃあ私が七海いただき〜」と隣に座ってる七海の肩を組む。……って事は、私と五条?五条を見れば「ゼッテー勝つぞ」と肩を寄せられた。

「なあ負けたら罰ゲームしよーぜ」
「いいね、罰ゲーム。負けたチームでたこ焼きロシアンルーレットでもやってみる?」
「いーじゃんやろやろ」
「えっ、ちょ、硝子まで?!」

五条の罰ゲームワードで夏油が乗り、それに酒に酔い始めた硝子まで乗る。硝子は見せつけるように辛子とワサビのチューブを差し出した。どこから出してきたんだ……ロシアンルーレットは怖い。
灰原はいいですね!とワクワクに満ちているようだが、七海は面倒くさそうな顔をしている。正直私も乗り気ではないけど、負けなければいいだけの話…ここは五条と頑張って力を合わせてやるしかない!



桃鉄三年で何回戦かやろうという事になり、1ゲーム目は七海と硝子が最下位に。ロシアンルーレット上で作ったたこ焼きを選び口に入れれば、七海は大量の辛子、硝子はフリスクが入っていたらしく二人とも水で飲み込む。「誰だ、フリスク入れたやつ」と硝子が半ギレで言ってたのを「俺〜」と五条が揶揄いながら笑っていた。

その次は夏油と灰原。二人もロシアンルーレットの中から選ぶと、夏油はゴーヤ、灰原のはグミが入っていたらしく二人とも苦しそうな顔をしながら噛み締めつつ「僕が入れたのにまさか当たるなんて…」と灰原は泣きそうな顔をして笑っていた。グミ入れるなんて灰原も結構やるな、当たらなくて本当によかった。



……と、なれば標的がこちらに来るのは一目瞭然である。

「ちょっとどこ行ってんの!絶対それ遠回りだって!」
「うるせーな、これで五マス以上出れば有利になんだよ」
「五以上出るか分かんないじゃん?!」
「分からないじゃなくて出すんだっつうの!」

二つのチームから迫られつつもなんとか二位と三位を行き来する展開を繰り広げているのに五条は大きな博打をし出した。さっきまでのゲームは一位争いしてたくらいだから全然よかったけど、ギリギリの展開で一か八かはやめろ!
そう言いつつ次は私がボタンを押して進める番で、出ろ!!と願ってコントローラーのボタンを押せばサイコロの数字はニ。罰ゲームが決まった。

「もおーー!だから言ったじゃん!」
「バカには難しかったかもな〜」
「はあ?」
「こらこら、二人とも喧嘩しないんだよ」
「やり〜ぃ。はい、罰ゲーム」

いつものように煽る五条の言葉に乗せられそうになったが、仲介に入った夏油の言葉で落ち着けと深呼吸する。目の前には完全に酔っているが素面の硝子がニヤニヤ笑いながら二つのロシアンルーレットたこ焼きを置いた。どちらも罰ゲームであれば、目の前に置かれてるのを食べるしかない。
大きな口をあけて一口で入れると、噛んだ瞬間に鼻に痛みが走る。

……っこれは、WASABI!!!!
ワサビは苦手では無いけれど、通常の倍入っていて涙目になり、身体を踠くと周りから笑いの声が聞こえる。くそっ……みんなバカにしやがって……って私もさっきまでバカにしてたからおあいこなんだけど。
正直吐き出したいけど食べ物を粗末にすることだけは出来ない……!ごくんっと飲み込んでコーラを飲めば、少し辛さが和らいだ。

「ぷぷ、涙目なってやんの」
「う、うるさいっ。そーいう五条も早く食べなよ」
「あーん、」
「……は、はぁ?!」

こちらを向いて口をあけて待っている五条と、突然のことで羞恥心いっぱいの私を四人は見つめる。

「ふふ、してやんなよ名前」
「いいな!僕も彼女出来たらしてほしい!」

いつもは乗らない硝子と輝かしい瞳をする灰原に背中を押され、しょうがないなあ!と言いつつロシアンルールレットたこ焼きをお箸でつまんで五条の口に入れる。
さて、どんな顔が見れるかな……。ニヤニヤが隠せず彼の表情をじぃっと見つめるが、特に変化はない。……ん?

「え、普通にウマいんだけど」
「ええ?」

もしかしてノーマルたこ焼き一個残ってた?でも罰ゲームの具材は一人一つずつにしたから、そんな事ないはずだけど……と思っていたら、突然彼の身体がこちらに倒れてきて押し倒された。
えっ、えっ?!何、どうしたの?
胸元にある彼の顔を見れば、少し赤い。

「ご、五条大丈夫?」
「あ、もしかしたら私が入れたやつかも」

そう言って硝子が手にもっていたのは小さな瓶のような形をしたチョコレートだった。

「ウィスキーボンボン?」
「え、何それ?」
「洋酒入りのチョコレートですよ。こんなに弱いんですが五条さん」

夏油と七海は五条の酔い具合を見つめる。ちょいちょい、見つめるだけじゃなくてこの押し倒されてる状況助けてよっ!
五条の全体重が身体にのっかってて重たい、食べたたこ焼き出てきそうだ。その様子を見た夏油は五条の倒れていた上半身を持ち上げ、顔をペチペチと叩く。

「悟、大丈夫かい?」
「ん、ん〜〜」
「意識なさそうだね。このままお開きにして送っていくよ」
「そうだね」
「名前、反対側持ってくれるかい?後はすまないが後片付け頼むよ」
「了解です!!」

残りの三人に片付けを任せ、五条の両肩を私と夏油で担いで部屋まで行く。身長が低いため殆ど夏油に任せっぱなしで、彼は慣れたように五条のポケットから鍵を出してドアを開けベッドに寝かせた。

「じゃ、私は皆んなと片付けしてくるから」
「えっ私も行くよ」
「大丈夫。悟の事頼むよ」

そう言う夏油の優しさに、また胸が痛くなる。好きと言ってくれたのに、五条じゃなくて私を選べばいいのにと言ってたのに。これじゃそんな横入りする所か、気を遣ってるだけじゃないか。気持ちに答えられないのに、こんな事思うのも失礼なのかもしれないけど…でも、

「……何で、そんな優しくするの?」

夏油とどうやって関わればいいんだろうって少しモヤモヤしていたというのに、何事も無かったかのように元に戻っているのもモヤモヤが募っていく。
しかし彼は私の耳元で「手、出してもいいのかい?」とボソッと呟くので間合いをとった。

「だ、だめ、」
「ふふっ。じゃあ悟の事よろしく」

……やっぱり、夏油の事はよく分からない。







悟のこと、よろしく。

とは言われたものの、彼はスヤスヤと寝息を立てており別に何もする事はない。しかしここまで下戸だったとは、もう洋酒菓子でダメなら飲むのもダメじゃん。多分、私よりも弱いのだろう。
お水、持ってきた方がいいかな?とふと視線を向ければ小さな冷蔵庫があったので開けると丁度水のペットボトルが入っていた。何でもあるなこの部屋は。

再度彼の顔をぺちぺちと叩くと、意識が戻ったようで身体を起こす。

「五条、水飲む?」
「ん、うん」

水を口に含んで飲み込んだ五条は、ぼーっとした顔で私を見てまた横になり目を閉じた。
結局、恋人らしいことできなかったけど良かったんだろうか?
……いや、期待しているのは私の方。彼の誕生日なのに、彼と一緒にいちゃいちゃしたいなんて心の何処かでワガママな気持ちが膨れ上がっている。確かにリコちゃんの言う通り、二人きりで一日中いたかった気持ちもある。
多分夏油も気を使って私達二人の時間をくれたんだろうけど、しかし寝ている人を無理矢理起こしたくも無いし、ワガママを言うつもりもない。でも少しだけ、恋人としてのプレゼントとして甘えてもいいかな。
寝ている彼の髪を優しく撫でて顔に手を添え、頬に唇を落とす。

「……おめでとう、悟」

唇同士のキスをするのは、まだ私には難しい。聞こてえはいないだろうがこれでいいんだ。
……よし、頑張った私。
このままそっと寝かせておこうと思って立ち上がろうとしたが、腕を引っ張られて立ち上がる事はできなかった。

「もっかい、」
「え?」
「ペナルティ2だって。二人きりの時は名前を呼ぶ、さっき五条って呼んだろ」
「なっ……意識あったの?!」

まさか起きてたなんて、意識があったなんて。バレないようにとこっそりしたのにバレており顔がぐーーんっと熱くなっていく。
ゆっくり起きた五条は「洋酒菓子でやられてたまるかよ」と意地になっているのか、未だに頬は赤い。

「次はちゃんとここにして、」

唇に指を当てて、ニンマリと笑みを浮かべる。さっきまでお酒でフラフラなってたのに、なんでこんな時だけ生き生きしてるんだ。
しかし私は理解している…こうなった五条を否定したとしても、何処までも追っかけてやれと要求してくる。
……ただ唇同士をくっつけるだけだ、難易度は自分が上げているだけ。恥ずかしくて「目、瞑って」と言えば素直に彼は目を閉じる。深呼吸して肩に手を置き、ゆっくりと唇に触れた。柔らかい感触が、唇から全神経が集まったかのように敏感に感じ、心臓がドキドキと鼓動を早めていく。角度を変えて重ねる唇は突然ぺろっと舐められ、ぎゅっと口を閉ざした。何、さっきの。

「名前、口あけて」

唇が離れて、そう呟く五条の言う通りに口を少し開けるとねっとりと滑らかな舌が入ってきて、私の舌と絡め合う。
どうにかして逃げようとするのに、彼の舌がそれを許さない。舌を絡められ、上顎を擦って下唇を唇で摘まれる。息の仕方が分からなくて彼の胸元のシャツをぎゅっと握りしめ、彼から逃げるように息をするので精一杯。付き合う前にも舌を絡めたキスをされた事はあったけど、あの時よりも凄く気持ちよくて変になりそうな程、快楽な時間がながれていく。
知らない感触、知らない未知の世界。
彼の誕生日だから、少しはそういう展開になるとは心の何処かで思っていた。だけど、いざ体を交じり合う関係へと変わっていくのかと思うと、心の準備は整っていない。私達、今から裸になるのか……待て、待て待て、今日は……っ!

「し、下着っ勝負じゃないっ!!」
「……は?」

唇が離れた瞬間に、そう宣言して彼の顔を静止させる。そうだ、多分こういう時のために勝負下着はあるのだ。それなのに今日は適当に選んだ色も覚えていない下着、そんな格好を見せられるわけない。
私の言葉に彼は沈黙し、突然笑い出した。

「もしかしてエッチな事すると思った?意外と名前も大胆だよな。ま、周りの奴らに最近色知恵ばっか教わってるからか」
「え、エッチな事し、してるじゃん!」
「ベロチュー如きでンな言われたら先が思いやられるっつうの。あー……酒入ってなかったら絶対勃つんだけどなあ…クソ」
「立つって何が?」
「お前には早いってぇの。……ま、そんな焦んなくたっていい。前にも言ったろ、お前のペースでやるから」
「だからって急にびっくりする事しないでよ」
「誕生日プレゼントくらい貰ってもいいだろ?」

そう言って笑顔を見せる彼はとてもかっこよくて、言い訳も出てこなくて惚れた弱味だなあと実感した。

「つうかンな事しなくても、一緒に誕生日ケーキ買いに行って、お前とこうやって二人で居る時間も…さいこー……」

ふらふらと身体を揺らした五条はそのまま私の方へと倒れ込んだ。
その言葉からすると身体が限界になるまで、私と居たいと思ってくれたんだろうか。……めちゃくちゃ好きじゃん、私のこと。
頬が熱い、こんなに人に好きな気持ちを溢れる程貰った事がなくて、胸がぎゅうぎゅうと押し潰れるんじゃないかと思う程、痛い。

「ばーか……大好きだよ」

生まれてきてくれて、私を見つけてくれて、好きになってくれて、ありがとう。