喧嘩の花





「な〜まだなの?」
「うん、渋滞にはまってるんだって」
「マジー?」
「まじまじ。駅の中居るのもアレだし、ロータリーで待ってよーよ」

千葉へ任務に訪れた五条と私。彼と任務に着くのは久しぶりだ。なんせ特級術師と一級に上がった私でも、任される呪霊のレベルは異なってくる。今日は特級と一級レベルわんさか存在する任務で、冥さんや他の術師も居たけれど帰りは二人っきりになってしまった。
電車を乗り継げば帰れなくはないが、この最強お坊ちゃんは「ンな人混みの中帰りたくね〜」と、駅に着いて突然我儘を言い出すし、三好谷さんが「迎えに行きますね!!」と丁度連絡してくれて待っていたが、徐々に人混みも増えてきたので駅構内からロータリー近くの木陰で待つことに。
ふとロータリーに向かう途中にある百貨店のショーウィンドウに目を向けると、飾られていたキラキラと澄んだような青色をしたクリスタルのネックレスに足を止めた。

「どーした?」
「このネックレス、五条の瞳みたいに綺麗…」

冬にピッタリな白い雪の背景に飾られているネックレスはMerry Xmasとオシャレな文字のPOPと共に飾られていた。……そっかクリスマス近いもんね、プレゼントにはピッタリだろう。
しかし本当に綺麗だなあ。ワンポイントの小さなクリスタルなのに足を止めてしまう程魅了され、吸い込まれるように見つめていると、ぐいっと後ろから五条に肩を掴まれる。そうだ、ロータリーに向かう途中だったっけ。

「あ、ごめん。行こっか」
「つーかここに本物あるからいーだろ…見なくても」
「何それ?……ふふ、」

五条の瞳はずっと見続けていたい程、宝石のように綺麗だ。しかし好意を寄せている反面、恥ずかしくて見つめるなんて出来ないのが正直なところ。
彼の意味の分からない意地に笑いが込み上げるが、俺の目があれば充分だろ?こっちみろよって言いたいんだろう。……可愛いな、このやろう。
それに、アクセサリーの下に置いてあった値段を見て学生の身分として恐ろしくなり、ロータリーの方まで足を進めた。







「あーなげーー」
「ちょっと身体持たれかかんないでよ、重いっっ」
「重くさせてんの♡」

ロータリーに着いて予定時刻から三十分は待っているわけだが、あれから三好谷さんからの連絡はなく、未だに迎えは来ない。
彼のパーソナルスペースがバグった悪戯をしてくるのは相変わらずで、髪の毛をくるくると遊ばれ、頬を引っ張って「雪見だいふく〜」って遊ばれたり。非術師も居る場所だから大声で抵抗しないが、そろそろ弄るのはやめてほしい。

「ん〜あ〜遅ぇ、便所いってくる」
「はいはーい、いってらっしゃい」

けれど他愛もない話をしてどれくらい時間がかかるか分からない迎えを待つ、その時間さえ愛おしくて。もう日も暮れてきたし、なんなら泊まって――……いや、いやいや。何考えてんの私、五条ともっと居たいからってそういうお泊りコース考えちゃうのは不純ってやつですよ。
……でも、五条が我慢しているのなら、答えてあげたい気持ちもある。あーもう、恋人になってもドキドキしている。
しかし五条からすればずっと待っておくのも退屈そうだし、何処か休める所でも探そうかな。
……と思っていたら、一人の女性が私の隣に立ち、ずいっと身体を寄せてきた。

「あんた、悟の何?」
「へ?」
「だーかーら!悟とどういう関係なの?」
「こ、恋人です……」
「へぇ。その紋章、悟と同じ高校?もしかして貴方も良い所の娘?」

私より少し年上のような格好をした綺麗な女性は、制服につけてる胸元の紋章を見つつ不機嫌な顔で話しかける。良い所って…御三家の話をしているんだろうか。
普段知らない人から話しかけられても、呪術界隈であれば私の目を見て名字の女だということを大方理解するのにこの人は違っていた。……てことは非術師?

「あのぉ、貴方こそ五条の知り合いですか?」
「そうだけど?昔学校が一緒だったの。それからたまにホテルで会ってたのに、今年に入って連絡取れなくなってて――……ふぅん、新しいコが出来てたのね」

女は上から品定めするような目線で刺々しい言葉を発してくる。何なの、初対面なのにその対応はなく無い??

「彼女って言ってるけど、結局アナタもセフレなんでしょ?」
「セフレ……ってなんですか」
「はぁ?あんたまさか処女?」
「……はぁ、」

リコちゃんにもそう言われたからそうなんだろう。所謂、男と裸で接したことがない人のことをそういうんだろうと私は勝手に思ってるけど。そこにリコちゃんが言っていた「初めての痛み」がどう関係してくるのかは、まだ未知の世界で分からない。
…それよりもこの不快な態度をとるのそろそろやめてくんないかな?
非術師のこういう傲慢な所が、本当嫌い。
私の反応を見た彼女はクスッと自信満々な笑みを浮かべながら口を開く。

「ちなみに私は悟の初めての相手なんだから」

…え?

「あれ、先輩じゃん。久しぶり」

聞き慣れた声が聞こえ、停止していた意識を戻すと五条がトイレから帰ってきていた。こちらにやってきた五条の左腕をとる女性は、先ほどとは全く違う、甘ったるい声で五条に話しかける。

「酷ぉい、何で今まで連絡してくれなかったの?ね、また遊ぼーよクリスマス近いじゃん」
「ごーめん、俺もう遊ぶの興味なくて。んじゃね」
「あっ、ちょっと悟!」

そう言って右手で私の手首を握り、女性に絡まれた腕を素早く振り払った彼は先へと進んでいく。ひらひらと背後にいる女性へ左手で後ろを見ずに手を振るので、代わりに私が後ろを振り向くと、彼女の顔は鬼のような形相をしていた。



ロータリーを離れて先の分からない道をどんどん進んで行んでいく。
人混みも減り、先程の女性が見えなくなった所まで歩いた五条は手首を握っていた手を離して私の指に絡め、ゆっくり歩幅を合わせて隣を歩み始める。手から彼の暖かい温もりが伝わるのに、私の心はモヤモヤと曇っていた。

「誰、あの人」
「知り合い」
「……どういう関係なの?」
「知り合いっつたら知り合いだって」

……何その、これ以上入ってくんなっていうような発言。先輩って呼んでたし、あの女性も昔学校が一緒だったって言ってたからそう言えばいいのに、頑なにそれ以上の事は言わない。

「…五条のセフレさんなんでしょ。何で教えてくれないの」
「知ってんなら言わなくていーだろ。つーか元だっつうーの」
「元でも何で言ってくれないの!」
「過去の話なんだしどうでもいいだろ!」

元とか今とか、どうでも良くないから聞いてるんだ。過去の事なら尚更、なんで教えてくれないのか意味が分からない。それに――……

「五条は、あの人のこと、す、好きだったの?」
「……ちげーよ、前も言ったろ」

確かに今まで好きなんて感情を持った事は無かった。と彼は言っていた。月日は経ってもその気持ちに変わりはないようでそれ以上の事は言わない。ならば――

「じゃあ五条のセイ行為の初めては、好きな人じゃないの?」
「は?……何つー話、急に言い出すんだよ」
「は…初めては痛いんでしょ、やっぱり好きな人じゃなくて別の人の方がいいの?」
「男は別に痛かねーよ。つーかその言い方……お前、もしかして別ヤツに頼もうとしてた?」
「ごっ、五条には関係ないでしょ!」
「はあ?!関係なくねーだろ!」
「っ……セフレの事、隠してた五条になんか言わないもん!」

まるで今でも関係が繋がっているかのように打ち明けてくれないのは、隠されている気がして嫌だ。あの女性が言う限り連絡はとっていないのだろうが、他にも居るのかもしれない。
五条が私の事を好きだと信じているけれど、その中で他の女の人とそういった行為を続けているのであればそれは別の話。そんなの嫌に決まっている。
溢れるモヤモヤで彼に言い切れば「ああそーかよ」と怒った顔をして私の手を離した。



……五条のばーか。











「……つーことがあってさ」
「それは悟も悪いでしょ」
「はあ?なんでだよ!」
「しっ!声が大きい。他の人も居るんだから」
「へーへー」

休日の喫茶チェーン店。向かい側でアイスティーを飲む傑は人差し指を口元に立てて指摘する。目の前にあるアイスにサクランボが乗せられたクリームソーダをストローで口に含みながら周りを見れば、人々の目線はこちらをチラチラと見ていた。
うぜー、少し大声出したくらいで見んなっつうの。

あれから一週間、名前とは言い合いをして喧嘩状態のまま。あれほど毎日やりとりしていた連絡も一切無く、イライラを発散したくて呪霊をフルボッコする為に任務に入らせろと申し出たので高専に帰る機会も少なく、会う事はない。
つーか俺は悪いことはしていない。寧ろ、名前の態度が気に食わなくて謝る事を待っていた。

「昔の事なんてどーだっていいだろ、なのに何であんなに模索してくんの?」
「そりゃ好きな人がどんな恋愛をしたか気になるからだろう。元カノに出会ったのなら尚更だ。それに悟だって聞かれたことに対して隠さずに言えば、名前の態度も違ったはずだよ」
「何から何まで話すなんて面倒だろ。別に好きだったワケじゃねーから話すことなんて無いっつうの。第一、今は連絡とってねーし。つーか連絡先消してる」
「いつ消したんだい?」
「あー?忘れた、つうか傑もキショい事聞くなよ」
「キショい事してきた人に言われたくないね」
「お前だってそういう事したことあるだろ」
「論点を変えないでくれるかな?」

あの女の連絡先を消したのはいつだったか、面倒になっていつの間にか消していた。去年のクリスマスの時期に付き合ってた女の連絡先を消すのを忘れていた事があって、その時ついでに色々消したから多分その時だろうけど。
あの先輩とは中学の頃に話しかけられ、興味本位で女と身体を重ね、溜まった欲を吐き出すだけの関係があったのは事実。家の連中から非術師は止めろと言われ、それからは見合いに来た女を身体だけの目的で受け入れていた。見合いの女は古びた寺の後継にもなれない所詮窓程度の女だったりで、どうにかして金を毟り取りたい連中しか来なかったし、避妊は厳重にやってたからアッチも飽きて関係が途絶える事は多かった。
そんな俺にとって大層どうでもいい事を、名前は根掘り葉掘りするように聞いてきた。女ってああいう所あんだよな、逐一聞いてくるのクソめんどくセーんだっつうの。

「でも悟も名前に過去に付き合っていた男がいるって聞いたら気になるだろ?」
「誰だよソイツ」
「ほら気になる。ちなみに例え話だよ」

……気にならないと思ってたのに、結構気になる。確かに名前のことを今まで恋愛初心者だと馬鹿にしてきた。しかし、アイツだって強制的にだが乙山家のヤツと許嫁のような関係になったわけで、もしかしたらキスやら何やらしてしまってるのかもしれない……いや、あの嫌われ具合からして無いだろ。分かってるけど、すげーモヤモヤしてきた。
無いとは分かってる、アイツが俺に聞いてきた事は、まだ未経験の証拠だ。

「……つうかアイツ変な事言い出したんだよ、初体験は好きな人としてないのか、他の人に頼んだ方がいいのか?って」
「あぁ、言ったんだ」
「あ?もしかして」
「違う違う、名前に悪知恵したのは君の元許嫁の子さ」

……あんのクソ乙山リコか。
丁度名前と喧嘩する前、京都でアイツに会った時に腹が少し膨らんでいて太った?って聞いたら「妊娠です!!」って嗚咽つきながら反論したと思えば「悟様、ちゃんと名前さんの事大事にしないと!取られちゃいますよーっ!」と言っていたが、この事だったのか。
つうか、名前も俺じゃなくて何で傑に言うんだよ。

「私は名前から相談はされただけだよ。乙山の子から初めては私に頼んだ方がいいんじゃないかって言われたからってね」
「はあ?何で傑なんだよ。つーかンな事聞くとか、傑に好意あるって言ってるもんじゃんか」
「それは違うよ、私は振られてしまったから」
「フラ……あ?」
「私も名前の事が好きだからね」

カラン、と傑が頼んだアイスティーの氷が溶ける音が弾く。
……は?好き?

「傑、お前、俺に何言ってんのか分かってる?」
「ああ分かってるよ。悟の気持ちも、名前の気持ちも、君達二人が結ばれた事にも、否定する気持ちはないさ」

返答次第では胸ぐらを掴もうかと思ったが、落ち着いた表情で淡々と述べる。
名前の術式が呪霊を操るという点で似ていたり、馬鹿で物知らずの名前に対して指導する兄のように接し、距離が近かった傑。
だからずっと名前も傑の事が好きだし、傑も名前の事が好きだと思っていた。なのに自分の中で否定出来ない彼女へ向けた好意の気持ちを、負けたくなくて振り回し恋人になったのは俺だ。今まで名前の事に対して、傑の言葉で何度挑発されたか分からない。
なのに傑は一歩引いた所から、ずっと見守っていた。

「けど、もしこのまま喧嘩を続けるなら私も本気で名前の事、攫っちゃうよ?」
「……攫うは古ィだろ」
「あははっ、じゃあ奪っちゃおうかな」
「おい傑、」
「気にしなくても名前は悟の事しか考えてないよ。最後は悟を選ぶ」
「んなの、何でわかるんだよ」
「彼女の考えてる事は何となく理解出来るからさ。それに何故名前がそんな事を聞いてきたのか考えてみな、悟は愛されてるよ」

どういう事か理解は出来ないが、今まで俺と名前の関係を側から見てきたからこそ、分かるのかもしれない。

「そのプレゼント、渡すんでしょ?クリスマスまでには仲直りしなよ」

テーブルの横に置いた紙袋に目線をやる傑は、そう言ってやれやれ、と困った顔をしながら笑った。
名前と喧嘩した日、百貨店のショーウインドーをじぃっと見つめていた名前が「五条の瞳みたいに綺麗」と頬を赤らめつつ言っていた、渡したいって思った物。
しかし喜んでくれるのか分からず、傑に相談したらついて来てくれて俺の背中を後押ししてくれた。

「……ゎーってる」













「……って事があってさ、」
「それは名前も悪い」
「そう……って、ええ?!」

まさか親友の硝子から否定されるとは思ってなかった。同じようにウン、ありえないから別れた方がいいって、本当にクズだなと言ってくるもんだと思ってたのに。

五条と言い合いの喧嘩をして一週間、あれから気まずくて連絡をとっていないし、会う事も無かった。
謝れば良いんだろうけど、このまま五条に丸め込まれてモヤモヤが解決しないのは嫌だ。そんなモヤモヤを取っ払うために先生に任務沢山入らせてください!と頼み込み、丁度一日休みが空いて硝子とお出かけする事に。休憩がてら入った喫茶店で、向かい側に座る硝子は話を進めた。

「終わってる昔の恋愛を根掘り葉掘り聞くのはタブー。それに見れば分かるでしょ?今のアイツの眼中には名前しか居ないんだから」
「でも……もしかしたらまだ関係続いてる人居たりして…」
「無い無い、いたらぶんなぐる」

甘いものを好まない硝子が珍しくチョコケーキを頬張りながらブラックコーヒーを飲んで答える。如何にも大人の女性……って感じだなあ、私の親友は。
ちょっと飲ませて、って言って一口飲んだけど苦味しか感じなかった。大人はこの飲み物のどこに魅力を感じているのだろうか。

「アイツが元々ああいう男だって事は分かってたワケだし、名前もそれは理解した上で付き合ってんでしょ?」
「……うん」

今まで五条が付き合ってきた女性に対してどういう接し方をしてきていたのは聞いていた。それに対して理解は出来なかったけれど、五条は私に対して嫌な事はしてこないし、触れる時でさえ良いか聞いてくれる…優しすぎるくらいに。
けれど自分が本命だったとして、他の人とそういう体の関係が今も続いているのであればそれは嫌……って、これはワガママなのかなあ。

「嫉妬でしょ?」
「え」
「違うの?」
「ちが……わない」

一番のモヤモヤは多分、それだ。五条のハジメテの人だと聞いて、何で私がハジメテじゃないんだと思ったし、私の知らない五条を他の女性が知っているのが嫌でモヤモヤしていた。それをどう言えばいいのか分からなくて、根掘り葉掘り聞くような言い方をしてしまい喧嘩に発展したのは私の落ち度。
私の言葉を聞いて硝子は優しく微笑む。

「偉い、名前もちゃんと気持ちに正直になれるようになったじゃん」
「でも……どうしたらいいか分かんないよ」
「ちゃんと自分の気持ち伝えて。好きだから不安になる事だってあるでしょ?私だって無いわけじゃ無いし、こういうのは女の特権なの。そういう時は五条の事が好きで好きでしょうがないって、言ってやんな」
「……ありがと、硝子」

そういえば五条があまりにも自身の話をしてくれないから、ムキになって私の気持ちを伝える事を忘れていた。
ちゃんと気持ちを伝えてたら、喧嘩なんてせずに済んだのかな……。

「それにしても乙山ちゃんも夏油を名指しなんて何考えてんだか」
「……分かんないけど、リコちゃんあんまり夏油の事が好きじゃないって言ってた」
「夏油って隠してるけど名前の事結構好きだからさ、食べられちゃわないように気をつけなよ?ま、アイツのことだから手出すまではしないだろけど」

その言葉に、食べていたチョコ味のアイスクリームが喉につっかえる。
……え、ええ?硝子気づいて……え?
夏油からは硝子には秘密、と言われたのは告白の事だと思っているので言ってなかったけど、バレてますよ?もしかして私が鈍感でみんな知ってた?

「そ、そう……?」
「私が名前の事一番好きだから、名前に寄せられてる好意は一番理解してる」
「私も硝子が一番好きぃ……」
「はは、五条に怒られるじゃんかー」

手をにぎにぎし合って、クスッと笑い合って。
本音で相談出来る親友ができて、本当に良かった。

「そのプレゼント、大好きなアイツにあげるんでしょ?ちゃんとクリスマスまでに仲直りしなよ」
「うん……ありがと」


隣の席に置いた、彼に渡したいと思ったクリスマスプレゼントに対して硝子は声をかけてくれた。
大切な親友が背中を押してくれたし、素直に謝って仲直りしなきゃ。