聖夜の花





仲直りしよう、そう思っていたのに。

十二月二十三日、クリスマスイヴの前日。
未だに五条とは仲直り出来ていない。私も意地になってしまった所もあったし、電話やメールではなく直接会ってから謝ろうと思っていたけれど会う事はなかった。
しかし任務が終わり日も暮れる頃、夜蛾先生に呼ばれて教員室まで行けば久しぶりに見た彼の姿があり、目線を彼に向けるとぱっと視線を外される。
はあ?……なんなの、その態度。

「来たか、お前たち二人には明日から任務に向かってもらう」

夜蛾先生から一枚の任務に関する書類を渡され目を通すと、概要欄に特級呪霊の発見・行方不明者有と書いていた。

「はあ?センセー、こんなバカが居なくてもこれくらい俺一人でやれるけど?」
「なっ……!先生、こんなクズ居なくても私一人で行けます」
「…お前ら、また何か下らない喧嘩でもしたのか」

溜息をつき困った顔をする夜蛾先生は「今回は行方不明者も居る、救助も必要だ。それに雪国での任務の為、出来ればもう一人あたって欲しいのだが生憎人手不足でな…」と付け加える。
確かに人数が多い程、何があった時に伝達しやすいし仲間をカバー出来るけど…べ、別に一人じゃなくても出来なくないし?特級がなんぼのもんじゃい。
それに彼のあの態度だと未だに反省してないだろうし、隠し事する恋人と仲良く出来るわけないじゃん。

「だとしても二泊三日は長すぎでしょ、先生俺らの事ナメてる?」
「お前ら二人が力を合わせれば一日もかからずに終える事が出来るのは理解している。私はただ……いつも任務に文句を言うお前ら二人が、任務入らせろとここ最近積極的に任務に参加してくれているから、クリスマスは二人で出かける為に頼み込もうとやっていたのだと思っていたんだ。だが生憎休みという休みはやれないし、年末も忙しくなる。今回の任務、早めに終われば残りの時間は自由に使ってもらって構わん」

……なるほど。
先生は、私達が共に任務を頑張ればクリスマスに私用での休暇を取りやすくなるだろうと意気込んで任務に行きます!と手を上げていたのだと思っていたらしい。
クリスマスや年末年始にかけて休みなんて与える事が出来ないほど任務は立て込んでいるようで、夜蛾先生がコッソリ私達に休みを与えるために任務期間を伸ばしてくれたようだ。
先生には私と五条が恋人関係である事を直接報告したりはしていないが、風の噂で聞いたのか話題には出さないが認知しているようだ。
なんて良い先生なんだ……と感動しつつも、今の状況で五条と休みなんて最悪オブ最悪である。素直に謝れば済むんだろうけど…反省していない彼に謝る気になれないし、謝ったとて何だか負けた気がする。
私達の状況を見た夜蛾先生は名前を呼び、視線を合わせた。

「二人ともこの間までの事忘れたのか。互いに意地の張り合いをして、どうなった?悟は名前との連携を取れていたらあんな事にならなかったと分かってるだろう」
「……まぁ」
「悟だけの問題ではない、名前も自分自身の気持ちを押し殺して、特になった事はあったか?」
「……いえ」
「仲直りするまで帰ってくるな、それが先生からの任務だ」




えぇ…………どうしよう……。









どうしよう、と思っていても時間は待ってくれない。
次の日、夜蛾先生から言い渡された任務に向かう為、新幹線へ乗り込んだ五条と私は座席に座っても言葉を交わすことは無く、ただ新幹線の走る音と周りの客の声が大きく聞こえる。

―…先生の言う通り、生死を彷徨うかもしれない状況になり呪霊に取り憑かれ、京都へ左遷されたのは意地を張り通した私の自業自得である。
やっぱり、私が折れるしかないのかな……。
硝子の言う通り、終わった恋愛に対して根掘り葉掘りするような言い方で聞いた事に関しては悪かったと思っている。しかし、五条は今後も私に対して大事な話をする時に論点をずらして知らないフリをするのかと思うと、腑に落ちない。

…だけど呪具は未だに見つける事は出来ないし、過去とは言え五条家に対して酷い事をしたのに、その家の次期当主と付き合えてる時点で側から見れば名字家の娘は贅沢だと思われるだろう。
それなのに、本命は私なんだし愛人は要らないでしょ?過去に居たなら話しなさい!とあーだこーだ我儘ばかり言っている、となれば私に非があるとしか言いようがない。
由緒正しき呪術師界の御三家である時期当主なのだから、本命がいたとしても、愛人のような身体目的の女が居る事はなんらおかしくないはず。

それに、私は彼の本命になりたかった。
その事は叶ったわけで、愛人ではないのだから何ら私が不満に思う事はないはずなのに、独り占めしたい気持ちは溢れる。
贅沢し過ぎてはならない、我慢しなきゃいけない事だってある。
――…これが私の人生に課せられた罪。



釈然としない気持ちと、自分の存在する意味に思考を巡らせていたら、あっという間に目的の駅に着いて先を行く彼の後ろを追う。駅を出てタクシー乗り場へ向かい、後部座席に二人で乗って五条が目的地へ向かうようにタクシーのおじさんに伝えた。
沈黙とこの空気に耐えられなくなり、私とは反対側の窓を向いている彼の名前を呼ぶと「何」といつもより素っ気なく返事が返ってきた。

「この間はごめん、終わった事に色々聞いたりしちゃって。今後は聞かないようにする。……今回の任務成功させたいし、仲直り…しよ?」

気持ちとは裏腹な部分もあるけれど、硝子の言った通り、終わってる事だから聞く必要はない。それにこれからの任務、喧嘩してモヤモヤした状態で挑むの方が嫌だ。
勇気を出して彼に謝れば、冷静な顔で口を開く。

「……別に怒ってねーし。任務に支障来たすような事するわけねーだろ」
「じゃあ、!」
「つーかそれより傑に告白されたって黙ってた事の方がイラつくんだけど」
「……な、」

な、何故それを知っているのだ。
その事を知っているのは私と夏油だけだから、彼が五条に伝えたとしか答えは見つからない。硝子には言うなと言っていたけど五条には言うなと言ってない、寧ろ私から言おうか?なんて言ってたし、どういう経緯か知らないけれど伝えたのだろう。
告白されたかどうかなんて、夏油の告白は断ったのだから五条に関係あるのかは疑問だけど、リコちゃんの言う通りに「初体験」の事を夏油に聞いてしまい、お願いしようとしてしまった事に関しては私の落ち度だ。
何処まで聞いたんだろう、これは最悪の想定をして全部知ってるって思った方が良さそうだ。

「そんなに傑とヤリたきゃヤレば?」
「ちがっ、」
「お話し中申し訳ないですが着きましたよ〜」

張り詰めた空気に似合わない朗らかな声で話しかけてきたタクシーのおじさんは「五千円ですねー」とメーターを止め、五条がお札を渡して「領収書ちょーだい」と言って受け取り、そのまま降りた。
荷物を受け取り、タクシーのおじさんにお辞儀をして、先を行く五条の服を裾を掴むと一瞬だけ動きを止めた。

「…ごめん、」
「いーから行くぞ」

どういえば彼が納得するのか、許してくれるのか分からなくて咄嗟に謝罪の言葉をかけたが、謝って許されるものではない。
付き合う前、あんなに五条から悪戯の一線で迫られた際、愛のない行為は嫌だと散々言ってたのに、夏油に対して誘うような事を言うなんて怒って当然。
いつもと違って声を荒げずに怒る彼に、どう接すればいいのか分からない。
…いいからってどういう事なのだろうか、もしかして……別れを切り出されたりするのかな。




そんなの……やだ。

自分の落ち度のせいなのに、胸は苦しくて締め付ける一方だった。







雪国といえど到着した時には空が晴れており、周りは雪が溶けてキラキラ光る景色が広がっていた。泊まる宿に着くと丁度女性の女将さんがやってきたが、どちらかといえば若女将っぽい。

「お待ちしておりました、え〜っと、五条様と名字様ですね。学校の方からご連絡承っております。この宿の若女将をしてます雪咲と申します」

お部屋へご案内します、と言われスリッパに履き直して若女将さんの後を二人で追い、お部屋へと続く廊下を歩いていると、後ろを確認した彼女は歩幅を合わせ五条の隣を歩いた。

「宗教系の高校の方なんですね、もしかしてこの村の伝承についての課題ですか?」
「ま、そんなとこ。オネーサン何か知らない?」
「知るも何も……私の妹も消えてしまったので」

そう、今回の任務――この村に伝わる子消しという伝承。この村には冬になると村の若者が一人また一人と消えていく不思議な現象が言い伝えられていた。
最初は深夜に若者が街へと出かける不良行為を抑止するためのウソの伝承だったのだか、それは昭和時代の中頃から現実と化す。それ以来、毎年一人、二人程度だったのに今年の行方不明者は六人目、このペースだと例年より大幅に消えてしまった事になる。
消えた証拠に村にある鳥居の近くに消えた人の数だけコケシが並べられているとか。怪奇現象には呪霊が関わってくるに間違いないし、行方不明者にもし生存している人間がいれば、救出しなければならない。

「警察の方には話をしても、家出でしょうと取り合ってもらえなくて……」
「ウチは警察じゃないから、んな事気にしなくていいって。妹が消えるまでの事、分かる範囲で教えて」
「分かりました。では先に荷物を置いていただいて、先程玄関口の横にあった大広間でお話ししましょう。どうぞ、こちらが五条様、あちらが名字様のお部屋です」

若女将の雪咲さんは花の紋章がある隣の部屋を手で示し、私に伝える。
……そうだよね、お部屋は別々だもんね。
鍵を受け取ってお部屋へと入ると、一人部屋としては少し寂しく感じる程とても広々としていた。別に五条となら同じ部屋でも問題無かったけど…今は別々で良かったのかもしれない。


それよりもさっきから気になっていた事が一つ。
あの若女将さん、五条への距離が近いし、目線は五条へ向けられるばかりで私と目線が合う事はほぼ無い。
気のせいかな…この前の一件があって過敏に感じているのかも……?
なんて思いつつも荷物を置き、夜蛾先生から貰った書類を鞄の中から取り出して大広間まで向かえば、肩が密着し合うほどの距離でソファに座っている二人の姿があり、思わず物陰に隠れた。
二人の様子を伺っていると、若女将さんは小さな紙切れに電話番号であろう数字を書いて、少し顔を赤らめながら五条に渡すと、彼は笑顔を見せつつその紙を見ながら携帯を操作している。
連絡先交換してるよね……これ。

やっぱり……黒じゃない?

まあまだこの前の五条の元カノだかセフレだか知らないけど、あそこまでアピールされるよりはマシなのかもしれない。
けれど、もし彼が身体目的の相手を求めているのであれば、これから二人がどういう関係になるのか想像するだけで気持ち悪くなりそうだ。
って、五条にフラれるかもしれないのに、何考えてんだか私……。
片思いの時も、両思いになってもこのウジウジさは変わらない。言ってしまえば解決するんだろうけれど、別れるのは嫌だし、我慢して済むのであればまだマシだと思ってしまう自分も居て。
目を背ける覚悟も、振られる覚悟も無いからか、ぎゅっ、ぎゅっと締め付けるように胸が痛んだ。





「――っておい、聞いてんの?」
「えっ……あ、ごめん」
「ったく……任務成功させたいって言ってたのはお前だろーが。ま、居なくてもこれくらい俺一人でどうって事ないけど」
「行く!私も…もう足手纏いにはならないから」
「じゃあ話ちゃんと聞いとけよ」

若女将さんが五条に粗方話をしたようで、タイミングを見計らって二人の前に現れた時には「また何か思い出したらお声がけしますね」と五条の肩を優しく触れて、若女将さんは去っていった。
てっきり三人で話を進めると思っていたから二人きりになるのに少し気まずかった。
しかし彼は喧嘩なんて無かったように任務の話を纏めてくれていたのに私は上の空状態……ああもう!しっかりしなきゃ。
一先ずこの任務を無事に遂行して五条と関係がどうなろうとも、夜蛾先生に言われた通りに仲直りをして高専へ帰る。

そうーー…私がこの世に生きてやらなければならない事は、呪具を返すことだけなのだから。





時は過ぎ草木も眠る頃、制服に着替えて呪具を入れたポーチを腰からつける。部屋についている露天風呂のある外へ出ると、一気に冬の冷たさが身体を纏っていく。物音を立てないように屋根へと登ると、瓦屋根に座っている五条の姿があった。

「お待たせ」
「お前の部屋、露天風呂ついてんのかよ」
「うん、……五条の部屋ついてないの?」
「俺の部屋は内部屋の檜。やけに庭が広いと思ったけどそういうことね」

彼の口から白い吐息が空へと昇り、立ち上がって背伸びをする。
互いに仮眠をとって集合した一言目が温泉の話かい。ただ昼間とは違って怒っている感じではないから良かったけれど、呑気な話をしている場合ではない。
――…昼間に雪咲のお姉さんが言ってた言い伝えの内容として、人が居なくなるのは決まって冬の夜。だから昔と違って若者は怖がり冬の夜は外に出ることは無く、家の中でじっとしているらしい。時には度胸試しとして外に出る若者いるが、そういう人は決まって行方不明になっている。
妹さんは外に忘れ物をしてしまってすぐに戻ると言って出てしまい、その際にそのまま帰って来なくなってしまった、との事。
どういった術式をもった呪霊かもよく分からない、ならば呪霊に会って確かめるのみ。




旅館の玄関からこんな深夜に出て行くと完全に怪しまれるので、こっそり屋根を伝い外へ出て昼間に若女将さんから教えて貰ったコケシが並べられている鳥居の前までやってきた。
そこに広がるのは数え切れない数のコケシ。表情はさまざまで、年期の入ったものから新品のようにお供えされたコケシがある。
けど、この新しめのコケシからは異様な呪力の波動を感じるな…もしかしてこれって、

「五条、これって結界術じゃない?」
「結界術式の派生みてーなもんだな。呪霊によってコケシに封印されてる。ここらのコケシには反応あるけど、アッチにあるそれ以外はもうただのコケシだ」

多分、人間をコケシに封じ込める結界術を持っている呪霊なのだろう。見た感じ、前に夜蛾先生が説明してくれた領域展開の内容に近く、こちらから呪力を込めれば解けなくはない感じだ。
だが封じ込める呪力の反応がある分に関しては元に戻せるけれど、五条の言う呪力の反応がない分に関しては助ける事は出来ない……封じ込められた非術師は死んでる状況だという事だろう。時が経ち、封印されたまま亡くなったに違いない。
ならば呪霊の呪力の反応がある分だけでも救出しなければならないが、今ここで呪霊の術式を呪力で解いて非術師を解放しても、呪霊が現れれば二次被害の可能性が出てくる。
――……大きく反応があるのが数体、薄くではあるが反応しているのも十数体ある。
まずは呪霊を祓うのが先、それからでも遅くはない。コケシが置いてある鳥居を潜れば、中には禍々しい空気が漂い私達を呼んでいる。

「そういえばお前呪霊は?最近見かけねーけど」
「呪霊……水神のこと?」
「わしならおるぞ」
「あ?そんなちっさかったっけ」

何処からと水神は現れて姿を見せるが、今までより姿形が小さくなっていて不機嫌な顔を見せる。ここ最近気配が薄くなっているのは分かっていたけれど、水神自身調子が悪そうだ。呪霊にも体調が悪いとかあるんだな。

「言うておくがこの件、わしは力を貸すことは出来ぬ。雪国となれば氷使いの呪霊もおるじゃろ、水は凍ってしまっては相性が悪い」
「ンだよ、使えねー」
「わしに頼らず二人でどうにかしろ。まあ、このまま悪化してくれた方がわしは有り難いがの」

ケヒッと気味の悪い笑い声をあげ、水神は消えていった。何なの、仲良くしろとか悪化した方が良いとかどっちなんだか。
呪霊が結界術に似た術式を持つ呪霊だとは分かったけど、もし水神の言う通り凍らせてコケシにするとなると、凍らせる技と結界の技がある呪霊……結構強そうだな…。
だめだめ、弱気になっていてはこの先やっていけない。五条は水神の力でどうにか私が援護する形にしたかったんだろうが、水神無しでもやれるって証明してやる。


大きく息を吸って心の中でよし!と気合をいれ、石畳の先に続く階段の上に意識を向ければ禍々しい呪力の気配は大きくなっていく。

「帳、下ろすね」
「さっさと終わらせるぞ」

コケシのある鳥居より先の一帯を帳で覆い、山へ続く階段を登る。山の方は雪が降っていたのか、階段の所々に雪の結晶が塊で集まっていて踏み込めば水のように溶けていく。
五十段近くある階段を登り切った先にあったのは、元々神社だったのだろうか崩壊した境内のような建物がある。人気も無く寂れてしまったその情景の奥からは黒い靄が立ち込めていた。

「お出ましか」

五条の言葉に呪具を取り出して構える。
靄の中から出てきたのは能面の顔をして身体がひょろひょろと長い化物みたいな呪霊。体長は三メートルを有に超えるだろう。
こちらに目線を合わせた呪霊は小さな口を裂けるように大きく口角を上げて笑みを浮かべる。……一つ一つの動きは遅い、術式がどう発動するかにもよるけれど思ったよりも攻撃はしやすいのかもしれない。

「来ねーならこっちから行くぞ」

じっとこちらを見ていた呪霊に手を掲げて印を結ぼうとした五条を見て、呪霊は何処から出してきたのか小さなコケシを手に持つと、靄がかかりその中から人間が現れた。
多分、あれが囚われていた非術師。
呪霊は人間を握りしめて自身の前に持ち、その手の中で拘束されている非術師は意識がないようでぐったりしている。
――…もしかしてコケシに化した術式を解いて、人質だと言わせたかった…?

呪霊は階級問わずに人間に対して色んな個性を持っているが、今回は外道みたいな知性を持っているみたいだ。
五条の術式じゃいくら彼が特級術師だとしても術式の範囲が広すぎて人間に当たってしまう可能性はある。ならば私が相手をした方が効率は良い。彼の肩に手を触れて静止を合図し、素早く走りって呪霊の目の前で印を結んだ。

「ちょっと止まって置いて、ねっ!」

術式で呪霊を止め、その隙に宙へ飛んで呪具の短刀を人間を握りしめていた手の腕ごと大きく振り翳して切り裂くと、拘束されていた非術師は宙を舞い、綺麗に五条が横抱きにしてキャッチした。
一先ず呪霊を止めれたし、呪霊の動きは遅いから私一人でも大丈夫そうだ。ただ何か隠し持っている力がまだあるとなると危険だけど、隙を与えなければいける。
相手の出方をみつつ間合いを取ろうとした時、後ろからきゃー!と黄色い声が聞こえて思わず振り向けば、五条の腕の中ではしゃぐ人質の姿が。

「えっええっ、何これ!?王子様?!やば、イケメン!」
「お前その顔――…冬咲の妹か」
「お姉ちゃんの事知ってるの?!何で?!ってか連絡先教えてくれませんか!?」

場に似合わない空気に一同止まる。呪霊まで驚いてるじゃん、ある意味凄い。五条も彼女の反応に驚いていたが、小さく笑った。

「この状況でそんなの言えるなんて中々のイカれ具合だな。生きて帰ったら教えてやっから死ぬなよ、おい名前!」
「……何」
「こいつ連れて逃げろ、アイツの相手は俺がする」

人質いなくなったらやり易い事この上無しだわ、と戦闘モードスイッチが入っている五条は、冬咲さんの妹さんを下ろしてこちらに背中を押す。
確かにお姉さんと瓜二つのような顔をしてるけど、こっちは顔に出やすい性格のようで対応がイケメンから女に変わった事で不機嫌な顔を示した。

ていうか連絡先……交換するの?
どうみても好意があるの見え見えなのに、彼女がいる前で言う?

別れる気満々だから、私を捨てたらあっちへこっちへ行く用意でもしてるんだろうか。しかも見せつけるように、お前が居なくても女は寄ってくるんだぜ、って?……そんなの、私だって分かってる。
彼が付き合ってくれているのも、奇跡。


ただ、今はそんな事考えている場合じゃない。

彼女が不機嫌なように私だって気に食わないけれど、非術師を助けないといけないのが呪術師である定義のもと、彼女の手を取って階段を下る。
おぼつく足で歩く彼女に多少のイライラが募るが、五条みたいに力持ちじゃないし、抱えた所で五条が隙を与えるわけがないけど、もし呪霊が現れたら身動きが取れない。
…一先ず帳の外まで出してしまえば安全っ…

階段を降りて帳の外まで続く石畳みを走る最中、背後から異様な気配を察して振り返ると、妹さんの背後に白い顔をした影が見えて咄嗟に彼女の手を引っ張って前へ背中を押し、呪霊に短剣を振りかざす。

「ちょっと押さないでよ!……貴方それ…っ」
「っ!……はやく、逃げて!」

短剣を振り翳した瞬間、凍るような呪力が刀を握った左手に纏い、肘のあたりまで氷で覆われ呪力でカバーしたけれど溶けない氷が痛い。
髪が長くて肌が白く、ぱっと見だと人間に見えるが、紫紅をした口から吹雪の吐息を吐く者の正体は紛れもなく呪霊だ。
氷、冬、雪――……雪女の類だろうか。この呪霊も今回の件に関わっているに違いないだろう、纏っている雰囲気的にさっきの呪霊より強い。……本気でやらないと死んでしまう。


別にいいや。死んで勝てば一件落着なんだし、五条も私の事を好きじゃ無くなって別の女の子達と新しい恋愛をするんだから私はいらない。

…そう今までなら思ってたのに、何故だろう、死んでも勝って、五条に私の事諦めて欲しくない自分がいる。
死んだら言えないし意味ないのに、変なの。
でも負けたくない。水神の力無しでも、私はやれる。

後ろをチラッと振り向くと、妹さんは転けたまま、呪霊の姿を見てガタガタと震えて立つ事ができない状況だ。でも、ここは通さない。
呪霊の手から吹雪くような冷たさが放たれ、簡易領域を発動し当たらないように中和させる。
出力最大限で術式を発動し、呪霊と目を合わせゆっくりと歩幅を近づき、触れた。

「動かないで。貴方の意識も、目も、私のもの」
「が、が、アガカカ、ガ、」
「そう、良い子だね。痛くない、解放してあげる」

貴方の苦しみも、痛みも。
相手の呪いの反動を受け止めるように、目から頭にかけて神経が過敏に反応し、目が充血したように痛い。術式を破られそうになる程の力にさらに呪力を放てば、鼻からツーッと血のようなものが垂れ、唇の隙間から口の中へ入り鉄の味がした。

ちゃんと祓って、呪霊を助ける……それが私らしい祓い方だ。

「安らかに眠って」

呪霊を抱きしめると、身体中に凍えるような冷たさが這い、それと同時に呪霊の背中へ呪力を込めた短刀を刺すと、キラキラと空へ消えていった。






「終わったか」
「…うん、」

階段から降りてくる足音がし、声を聞いてどっと身体中に重しが乗っかったように身体が重くなって膝が折れる直前、彼の腕によって支えられた。
が、それと同時に、ドサッと倒れるような音がして音の方を見れば雪咲さんの妹が倒れていた。足を踏ん張って彼の腕からするりと抜け近寄ると、彼女の頬が赤く、頬に触れると寒い空気とは全く違う身体の熱が伝わる。
……さっきの雪の呪霊の呪力に当てられたのかもしれない。

「五条、妹さんのことお願い」
「でもお前、」
「大丈夫立てる、何も問題ないから」

鼻から垂れていた血を制服の袖で拭って彼に笑顔を見せれば、サングラスの隙間からじっとりした目でこちらを見る。
怪我人が居るのに私まで煩わせてしまっては負担がかかるし、心配かけてはいけない。
大きな溜息を吐いた五条は、彼女を横抱きにして帳の外へとでていくので、私もそれを追うように一歩ずつ足をゆっくりと歩いた。



呪霊を祓ったからか、帳を解除すると今年行方不明になっていた人達にかけられた結界が解けたようで鳥居の前に姿を表す。
ざっと見た感じ、身体には異変がないようだ。
……良かった、元に戻って。
呪霊は祓ったけれど、やる事はまだ残っている。呪霊も一体だけかと思えば二体いるし、中々ハードな任務だったな。
…でも、この任務を終えた時が一番生きている感覚を実感してるかも。


真っ暗だった空が、薄明かりが空の遠くから見えてくる。また一歩、成長した感覚を感じながら冬の早朝を迎えた。