仲直りの花





さて。解呪されていないコケシもあるが、冬咲さんの妹さんが熱が出ている事もあるし、周りを見れば解呪されて出てきた非術師もぐったりしている。多分ただの熱だろうけど、早めに処置をした方が良さそう。
五条には妹さんを宿まで送ってもらって、それから何人か応援を呼んでもらって運んでもらおう。その間に自分に残っている少ない呪力で解呪されてないコケシを解いていく…うん、問題ない。
だけど術式を呪力の極限まで使ってしまったからか、意識が朦朧とする。鼻血は止まったけれど未だ目と頭が割れるように痛くて、腕についた氷は呪霊を祓ったからか溶けてはいるけど霜焼けのようにじんじんと痛い。
でも、呪術師だからこんな所で弱音を吐いてる場合じゃない……やる事やらないと。

本当は私も五条と一緒に戻って一旦仕切り直した方が良いんだろうけど、あのコケシのタイムリミットが分からないのと、ボロボロな私が疲れている顔を微塵も見せない彼に迷惑をかけてしまうんじゃないかと思ったら一人になりたかった。
…それに、私がいたら二人の邪魔になりそうだし。

「じゃあ妹さんの事よろしく。私、ここに残って解呪していくね」
「はあ?お前も一旦戻んの」
「でもこっちの方が効率いいでしょ」
「あぁ?!うるせーな、つべこべ言わずに着いて来いっつうの!」

出た、不機嫌五条。うるさいのはアンタの声の方だっての。彼がこうなってしまうと、反抗したらもっと不機嫌になってしまう。

……はあ、戻るかあ。

出来れば歩きたくもないし、女の子を抱えてる恋人の姿を見続けるのが、物凄くムカつく気持ちを抑えられなくて。でも状況が状況だから彼にしか運べないし…だから一緒に居たくないのに。見えない所でやってくれた方がいっそ楽だ。
仕方なく彼の言う通り一緒に宿へ戻ると、早朝の朝から門の入り口を清掃していた若女将の冬咲さんに会った。
私達を見たお姉さんは持っていた箒が手から落ち、妹さんの名前を呼んでこちらへ駆け寄る。

「熱出てるっぽいんだけど、何処に運ぶ?」
「医務室がありますので、そちらに」

妹さんの姿を見て瞳の端から涙を流していたお姉さんは涙を拭うと、平常心を取り戻し私達を医務室まで案内してくれた。






医務室のベッドに寝かせて、お姉さんから氷嚢を受け取って妹さんの頭に置き、脇の下や足の付け根にも冷やしたタオルを置くと、苦しそうな顔が少し和らいだような顔をした。
彼女から呪いは感じられないから後は自力でどうにかするのみ。一応お姉さんに医者を呼んでおいた方がいいかもと言えば、分かりましたと医務室を駆け足で出て行った。

「大丈夫かな……」
「ま、一時的なものだと思うけど、様子見だな」
「そうだね。……じゃ、私は応援呼んで鳥居の所まで行ってくる。五条はそのまま妹さんの事見てて」
「ったく、お前はこっちだって」
「ぅえ、っ?!」

急に腕を引っ張られ、倒れそうになった体を五条が横抱きにしカーテンの向こう側にある隣のベッドへと運ばれた。
医務室へ戻ってきたお姉さんに「なー、このタオル使っていー?」と聞いているのを耳にして体を持ち上げようとするが、重心が上手く取れなくて起き上がれない。

「待って、私、大丈夫だから。まだコケシの解呪残ってるから、」
「さっきからうるせーな。今この状況でやっても何も出来ねぇっつうの、お前呪力カラカラじゃん。」
「でもっ……ぅあ、?!」

早くしなきゃ、と言おうとすると、目元に冷えたタオルが置かれ思わず目をつぶった。目を瞑れば多少は目の痛みが和らいで、強張った身体の力が緩まっていく。

「俺が祓ったのは一級もないただ非術師をコケシにした呪霊。今回の標的はお前がやった特級の方、アイツが非術師凍らして仮死状態で放置した人間をただコケシに封印したのが今回の一件。そりゃあ特級相手に力全部使ったらそーなるわ」
「だって……他に思いつかなくて」
「だとしてもゴリ押しすぎんだろ」

真っ暗になった視界の中で聞こえる彼の声は、少し心配そうな声をしていた。

「……目、大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ、これくらい。それより他の人達の方が心配」
「さっき旅館の人たちに見つかったって事情は話したから大丈夫だろ。コケシに封印されてる非術師も二、三日は見た感じ大丈夫だから安心しろって。それよりお前の、」
「でもっ!……でも五条が見た方が良いよ。何かあったらいけないし、タイムリミットもまだ大丈夫だったとしても早めに残りの解呪もしなきゃ。少し休憩したら私も行くから……お願い」

今の私では、力不足。
先程の様子だとぐったりしていた人も居たし、妹さんと同じように拒絶反応が身体に異変がある人がいるかもしれない。反転術式は自身が対象でしか使えないかもしれないけれど、呪術師最強の男が入れば非術師達も少しは落ち着くだろう。

「ゎーった……」

そう呟くように答えた彼の声は、遠ざかる足音と共に消え去っていった。
……これでいい、これがあるべき姿。

ーー弱者生存、弱きを助け、強きを挫く。
呪術は、非術師を守るためにあるーー…

非術師から暴言を言われ、反論し返した時によく夏油から怒られて何回も呪文のように聞いた言葉。
未だに私はこれが理解出来ない。
非術師を守って良い事があっただろうか。傷だらけになって嫌な思いをして、恋人が心配してくれたのに、万が一非術師に何かあれば非を問われるのは私達であり、彼を送り出すしか出来ない。
もっとそばにいて欲しかったのに、もう一回、仲直りしようと思っていたのに。
それも許されない?これって非術師からしてみればワガママなんだろうか。
……そんなこの世界が、私はまだ嫌いだ。







「――……そ、分かったありがと硝子」

声がふと聞こえ、徐々に意識が戻っていく。何だかさっきまで冷たくて痛かった左手が温かい。
……あれ、いつの間にか寝てた。
あれほど割れるように痛かった頭痛も目の痛みも、少し和らいでいたから目元にあったタオルを取ると、ボヤけた視界に大好きな彼の姿があった。

「お、起きた。……目、どう」
「ん……少し、マシ」
「硝子にも一応電話したけど、休めば大丈夫だろって」
「ありがとう……あ、他の人達は……?!」
「大丈夫。冬咲の妹みたいに熱出てるやついたけど問題ねぇよ。んで、一区切り終わって様子見に来たらお前ぐっすり寝てるし、急に手掴まれて留まるしか無くなったワケ」

左手を見ればぎゅっと五条の手を無意識で握っていた。いつから握っていたんだろう、ずっと起こさずに待ってくれていたのだろうか。

「ご、ごめん」
「謝んなっての。……謝るのは俺の方だし」
「……え?」

彼の手を離した手を、逆に強く握られ、何か思い詰めるようの表情をしてじっと見つめていた。
謝る事って、私五条に何かされたっけ……?

「五条……?」

名前を呼ぶのと同時に医務室のドアが開く音がし、足音が聞こえて来たと思えば、丸椅子に座っていた五条の首元に手が周り熱を出して眠っていたはずの妹さんが勢いよく抱きついてきた。

「五条さぁん!まだ座ってるつもりですかあー?夕飯出来たしほっぽいて……あ、」
「げ、元気になって良かったです……」
「…ありがと、助けてくれて」

私の様子を見た彼女は五条を背後から抱きしめた手を離し、背中に回してもじもじしていた。
そんな彼女に対して上部だけの言葉で気を使えば、少し不貞腐れながらも感謝の言葉が返ってくる。

そんな感謝なんていらないから、彼に今後一切触れないで欲しい。
なんて感謝されたのに、嫌味しか頭に浮かばなくて、モヤモヤしている自分にもモヤモヤしてきた。なんだ、今までこんな事思わなかったのに…欲深くなってしまったなぁ…。
…ていうか夕飯?

「い、今何時?」
「夕方、六時回ったとこ」

うそ?!ぐっすり寝過ぎちゃった……?!
元々のプランでは早朝に任務を終えて昼前に起きるはずだったのに、早朝の任務が終えた後も五条は非術師のケアに回っていたはず。

「ごめん私だけ寝て五条休んでないよね?!」
「仮眠とったし問題ねーよ。それよりも起きれるなら飯食いに行こうぜ、そっちの方が回復すんだろ」

彼に背中を支えてもらって起き上がれば、椅子から立ち上がった彼は私の頭を優しく撫でてくれた。





二人が歩く後ろを歩いて食事の間へと向かえば、テーブルに豪華な海鮮料理と、小さなショートケーキがある。

……そういえば今日、クリスマスかぁ。
クリスマスイヴもクリスマスも全然そんな感じしなかったし、寧ろクリスマスだと思うと心が苦しくなっていく。いつもと変わらない、ただの日常であったほうが気が楽だ。

五条の隣には妹さん、向かい側にお姉さんが座り、お姉さんの隣に私が座って何故か姉妹と一緒に食事を摂る事になったのだが「ちょっと五条さんの隣は私の席なんだから!!」や「よかったらこれも食べてください♡」と五条へアピールする冬咲姉妹に対して無を通して食事に手をつける。
五条はというと満更でもないように「このケーキ美味しいからもっと頂戴」と言って二人からケーキを貰っていた。
…何なの、そんなにチヤホヤされて嬉しい?調子乗りすぎじゃない?
自分勝手な気持ちだと思っていても、彼にも、彼女らにもモヤモヤが溢れていく。
居心地は悪いし食欲もそんなに湧かず、私のケーキも彼にあげれば、目を点にしたような顔をして見てくる。

「どーした、まだ体調悪ぃの?」
「ううん、寝起きで食欲無いだけ。ご馳走様、美味しかったです」

もう、笑顔を作る力もない。
手を合わせてその場を後にし、疲れた身体を休めるために部屋についていた露天風呂に浸かって、空を眺める。
……今頃、彼は姉妹に囲まれて好き好きアピールされて幸せな時間を過ごしているだろう。上手く気持ちも伝えれない私とは違って、愛らしくて可愛いくて素直。そういう子達と一緒にいた方が楽しいし、私は不要だろう。

気持ちも、言葉も、上手く伝えられなくて、彼を傷つけてしまう私のような人間は、別れを告げられても当然だ。
これから振られるかもしれないけど、クリスマスプレゼントだけはせっかく買ったし渡したい。別れるのに貰うなんて出来なければ、捨ててもらっても構わない。最後くらいただの自己満足くらい付き合ってほしい。
そして、ごめんともう一度謝って、最後に少しでも好きだという素直な気持ちを伝えて終わろう。…私にはやっぱり、片想いがお似合いだ。
今の状況では五条と中途半端な喧嘩をしている状況だし、夜蛾先生に言われた通り仲直りしないと帰れない。それに今後の任務に支障を来たしてもいけないし、これ以上の連泊は避けておかないと。


お風呂から上がり着物に着替えて身を整え、プレゼントを持って隣の彼の部屋へ行こうと廊下に出ると、丁度五条の姿……とお姉さんの姿があった。
五条は彼女と何か話をしているようで、お姉さんの頬は少し赤らめている。部屋を指差してドアノブを持つ彼女の姿に、これからの事が安易に想像出来た。
……大胆なアピールする妹さんより、お淑やかに支えるお姉さんの方が好みだったのかな。
これから一夜を共に過ごすんだろう。そこに彼の気持ちがあるのかは分からないけれど、今まで無くても身体の関係はあったわけだし、この人ともそういう関係になるのは他易いようだ。

逃げたい。何も知らなかったふりをして、また朝になっておはようと言って、喧嘩もしていないいつもの関係に。付き合わないでいいから、片想いの関係でいいから。
なのに何故だろう、溢れる欲が溢れ出して、いつの間にか彼のもう片方の腕に触れていた。

「やだ、」
「え?」
「……いっちゃやだ、五条は、私の、だから、」

無意識に溢れ出した涙、自己中心的な発言に最低な女だなと自分ながら思うけれど止められない。
彼の腕をぎゅうと掴むと、細身ながらも筋肉質な感触が伝わってきた。

……どうしよう、絶対不機嫌になる、怒られる――振られちゃう。
クリスマスプレゼントやっと渡せると思ったのに、穏便に済まそうと思っていたのに、これじゃ計画が台無しだ。
けれど、このままあの子が五条の部屋に入っていくのを見逃せなくて。彼に許嫁が出来た時のように他の女の子と笑って、抱きしめあって、キスをするんじゃないかとおもったら身体が勝手に動いていた。
我慢していたものがぽろぽろと涙になって落ちていき、どうしようもなく心が苦しくなっていく中、クスクスと彼女の笑い声が聞こえる。
多分、もう彼女とは親密な関係なのかも。不様な私に対して笑いが止まらないのだろう。それでも、彼への好きな気持ちが止められない。

「やだ、っ、いかない、で、」
「……お前、何勘違いしてんの?」
「……え、?」
「お部屋の蛍光灯が消えてるから取り替えてくれって言われただけですよ」
「そういや洗面台も切れてたわ。荷物持って今日はコイツの部屋泊まるから、そしたら作業しやすいだろ?後で時間ある時変えときな」
「かしこまりました」
「……へ、」

お辞儀をした彼女は服についてる無線のピンマイクに向かって「蛍光灯切れちゃったから脚立の準備お願い」と言いながら廊下を戻っていく姿を見て、思わず気の抜けた声と共に涙が引っ込んだ。

あ、ああ…大変な事してしまった。しかも物凄い勘違い、恥ずかしい恥ずかしいめちゃくちゃ恥ずかしい………!!!!
い、いいい一旦、部屋に戻って頭を整理してからもう一回五条に話をしよう、そうしよう…。見られてしまったかもしれないけど、こんな涙の出た顔では会えない。

部屋へと戻ろうとするが手を掴まれて一緒に彼の部屋に入ると、彼は自身のバックを肩にかけ、そのまま手を引いて私の部屋へと入る。
明かりをつけたまま出てきたので、そのまま部屋の中へ入った彼は、一枚敷かれた布団の上に私を座らせると、正面に彼も座って私の頬に触れ、落ちる涙を優しく拭った。

「なぁに泣いてんの泣き虫」
「な……泣いてない」
「嘘つけ、お前も意地張んの一旦やめろ。…言ってみ、名前の本当の気持ち。怒んねーから」

優しい声でわたしの頭を撫でる彼に、張り詰めた気が緩んで、また、ぽろぽろと涙が溢れていく。

「っ……嫌いに、ならないで、別れたくない」
「誰が別れるっつたよ、話進めんなっての」

止まらない涙に拭くのをやめた五条は胡座をかいて座って「おいで」と手を広げる。
どうしてもこの溢れ出す気持ちが抑え切れず、跨るように彼の膝の上に乗っかりぎゅっと抱きしめ、彼が着ている着物の肩の部分に顔を押し付けるとじんわりと染みが出来ていく。
溢れ出る涙に呼吸が浅くなる私に五条は頭を優しく撫でてくれて、呼吸のリズムがゆっくり落ち着いていく。

「……正直さ、傑に話聞いた時は… 名前にも傑にも、すげームカついた」

彼がぽつりぽつりと話し始めたので、肩に埋めていた顔を上げ、抱きしめ合いながらも対面するように顔を合わせる。

「……でも傑は告白したって言った後も俺の背中を押してくれるし、お前もバカだし天然かまして聞かれた事そのまま聞いたんだろうなってのは想像ついたし…それに告白されて即断ったって聞いて…んなの、嫌いになれるわけないだろ」

大事な親友と、大事な恋人を。
不貞腐れた顔をしながらもそう言ってくれた五条の顔がどんどんぼやけて、涙が溢れていく。

「ごめん、ごめんね」

そんな苦しい思いをさせてしまって。
弱々しくなってしまう声で彼に伝えれば、クスッと笑って涙の伝った頬を優しく抓る。

「しかもお前の犠牲癖も治ってねーじゃん。頼れっつたのに、正論かましやがって。そういう所、傑に似てきたよな」

非術師嫌いも克服したか?なんて言いながら、抓っていた手で涙を拭ってくれた五条に向かって笑った。

「治ってないよ……なんで嫌な思いしなきゃなんないのって、あの姉妹にも思ったし。連絡先交換してるのも、五条に触れてるのも、楽しそうにしてるのも、すごく……むかむかして、イヤ、だった…」

胸元の服をぎゅっと握りしめて、心の底に押し込んでいた正直に気持ちを、少しずつ少しずつ溢していく。

「セフレさんに会った時も、何で教えてくれないんだろうって、なんで私が五条のハジメテじゃないんだろうって、もやもやした。」
「……うん、」
「でも、私が本命なら愛人が居てもいいって、我慢しようとしたけどっ……やっぱり独り占めしたくて…」

だめ、かな?
俯いていた顔を上げて彼の顔を見上げて問い掛ければ、真っ黒なサングラスの先の瞳は見えず、無表情なのにも関わらず私の顔を肩に寄せられた。

「良いに決まってんだろ。俺には名前しか要らない」

その言葉だけで、胸がぎゅっと苦しくなる。
今まで苦しくなるのは辛い痛みばかりだったけれど、嬉しくてもこんなに苦しくなるなんて。

「……愛人さんの連絡先、残してないの?」
「残してない、いつ消したか覚えて無いけど学年に上がる前には消してたはず。……悪かった、言わなくて」
「ううん、いいの。私も、責めるような言い方しちゃってたし」

何処の誰だとか、連絡の有無とか、追い詰めて責めたような言い方をしてしまっていたのは事実。五条の言葉を信じて聞かなければ穏便に終わっていたはずだ。

「その意地張るのやめろ。良いから、お前に隠し事とかしたくねーから」
「じゃあ、姉妹の連絡先……消して欲しい」

こんな我儘をいうのは流石に引くだろうか。どうしようもなく独り占めしたい気持ちが抑え切れない。彼の瞳に私以外の女性が写るのも、楽しく笑うのも、彼と連絡を交換している事も、私の知らない所で仲良くなっていくことも、全部嫌だ。

「や、やっぱ今の無し」
「もー消してる」
「え?」
「元々姉の方は任務の為に交換してたし、不要になったから消した。妹はお前が寝てる間に教えてもいいけど彼女が居るから電話は取らないっつたら諦めたよ」

そ、そうだったのか。それなのにあの後も五条にべっとりな妹さんはすごい……。
五条は別に携帯見て確認してもいーけど?と言ったけど断ると、少し不機嫌な声を漏らす。
なんだよ、ちゃんと信じてるから別にいいって意味で言ったのに。
彼の反応に少し疑問に思っていると、ぽつりぽつりと言葉を漏らしていく。

「俺が言い寄られてても、それを当たり前に受け入れてて腹立ってさ……でも、今思えばずっと嫉妬してくれてたんだな」
「……そうだよ、ばあか」
「お前にどーにか嫉妬してほしいなって思って冬咲姉妹も放置してたけど、まさかここまで甘えられると……恥ずい」

嬉しくてやばい。
そう言う彼の顔は未だに抱きしめられていて見えないけれど、代わりに彼に触れている身体を通して、私ではない心音がどんどん速くなっていく。
…ドキドキしてくれてる、それが嬉しい。

「これから溜め込むなよ、お前らしいけどさ」
「五条、少し離して?」
「あ?なんで」

そう言いつつも腕が緩んで再度彼の顔を見れば、頬が赤い。嬉しくて両手を添えて優しくキスをすると大きく開いた綺麗な瞳が目に入る。

「……好き」
「おま……さぁ、そういう事されたらしたくなるだろ」
「何を?」
「エロい事……我慢してるっつうのに、」
「……いいよ、しても」

いつもなら恥ずかしくて、先の分からない行為が怖くて彼に反論ばかりしていたけど、いざ同意の言葉を口をすると、それはそれで胸がドキドキと高鳴る。
夏油の時とは違う、好きな人に対して自分からこういう事言うのって、凄く、凄く、緊張する。

「わ、私のはじめて、貰って」
「……いいのかよ」
「私の知らない五条を他の人が知ってるのがすごく嫌、五条の事もっと知りたい」
「あぁ〜……もうお前、ほんとバカ……」

ぐいっとまた抱きしめられて次は私の肩に彼の顔が疼くまる。と同時に声にならない声を出してため息をつく彼は、小さく呟く。

「つーか……んな事なると思ってねーしゴム持ってきてねーっつうの……」

お前となら別に無くても良いけど……いやでもダメだろ……とかなんとか言い出した。え、何故突然ゴムの話に……?

「何?ヘアゴムいるの?」
「ヘアゴムじゃねーよ」
「あ、五条から貰った金運の上がるゴムの方?財布に入れてるけど……」
「……あんの?」
「うん。お守りなんだから入れておかないとご利益なく無い?」

私の言葉にブフッ、と肘に手を当てながら笑いを堪える五条にムッとなる。お守り大事にして何が悪い、貧乏で悪かったな…!

「それちょーだい」
「またお守りくれるなら……」
「ん、これから何個でもあげるから」
「何個もは要らないけど……、ん、?」

元々五条が持っていたし、またくれるのであれば嬉しいし、でも沢山お守りあったらそれはそれで良いのか謎だなあ…なんて思う私をよそに彼は私の身体をしっかりと座らせるように下に押し付け、何かがお尻の当たりにぐりぐりと当たって変な感覚が神経を走らせる。

「な、ちょっと五条、なんかお尻、」
「本当にするけど、いい?」
「…うん、いいよ」

今はもう、貴方でいっぱいに満たされたい。
サングラスをとった彼の瞳の世界に吸い込まれるように、落っこちていった。



* * *




目を開けると、窓の隙間から月の光が顔を覗かせていた。重い瞼を開けて優しく髪を撫でる感触に目線を正面に向ければ、彼が優しく微笑んだこちらを見た。

「おはよ」
「……いまなんじ?」
「まだ五時。身体痛いか?」
「ちょ、ちょっとだけ…」

そう。数時間前の記憶を思い出して言葉が詰まる。初めて、彼と身体を交えた。
最初は変な感覚で、徐々に気持ち良くなってって、でもリコちゃんの言った通り痛くて。終わった後に股の間から血が出てきた時には驚いた。
そんな初めてを終えた私は、五条と一つの布団で二人抱きしめあって眠っていた。

行為が終わった後にブラジャーの行方が分からなくなりキャミソールだけ着て眠ったのだが、彼は上半身裸で眠っていたのか胸元にある彼の胸板はとてもしっかりしていて、優しく触れると、私の髪を優しく触れていた手が止まり腕を掴まれる。

「タンマ、もうゴムねーから煽んな」
「煽ってないし……しかも何ちゅーもん渡してたのよ」
「保健も性教育まともに授業聞いてねー名前ちゃんにはいい経験になったろ?」
「うるさい!ばかばか」

聞いてないわけじゃない、分からなさすぎて思考が止まって気づけば授業が終わっているだけだもん。
でもまさか五条から貰ったゴムの正体が、五条の…アレにつけるものだったなんて。やっぱり硝子にちゃんと保健の知識教えてもらお……。
喉が渇いて身体を起こすと、首元に違和感があり、手で触れると首に何かが付いてるのが分かった。
それを手で触れて目線の先へと写すと、綺麗なクリスタルが。

……こ、これって、

「クリスマスプレゼント」
「え……うそ、これ高かったでしょ?!」

そうだ、五条と喧嘩する前に見たあのネックレス。五条の瞳みたいに綺麗で見惚れていたけれど、その下に置いてあった値段を見て恐ろしくなったのを覚えている。こ、こんな高価なもの……!!

「呪具も返してないのに、こんな高価な物まで…」
「呪具と一緒にすんじゃねーよ。これは俺が名前に渡したかったからプレゼントしたんだっつうの。値段気にするなら一生死ぬまでつけとけよ」
「ふふ……うん、一生つける」

肌身離さず、ずっと持ってるよ。
ありがとう、と彼に伝えれば「お礼にキスちょーだい」とこちらに顔を寄せるので待って、と声をかければ不貞腐れた顔をする。その間にバッグの横に置いてた紙袋を取って渡すと、きょとんとした顔をする。

「……私からも、クリスマスプレゼント」
「マジ?」
「うん……。五条がくれたのより高価な物じゃないけど、」

それでも一級術師になって、学生としてはそれなりの給料を貰えるようになったので、少し大人びた買い物をしたつもりだ。

「お、サングラスだ」

いつも彼が身につける物にしたいと思って、硝子とサングラスの置いてあるお店を巡り巡って決めた一つ。いつもは丸メガネだけれど、ちょっと大人びたリムレス型のサングラス。
これからずっとつけれるのであれば、大人になった五条がどんな姿か分からないけれど、きっと似合うと思って買ったもの。
ワクワクした顔を見せる五条はさっそくサングラスをかけて「どう?」と感想を聞いてきた。

「……かっこいい、」
「だろ?」
「そういう自信満々な所はムカつく」
「あぁ?!このやろっ」
「むっ、いひゃい!」
「ブース」
「なっ!」
「うそ、すげー可愛い」
「!」

互いに悪態をつきつつ、彼の言葉に驚いて言葉が出なくなった私に再度キスを落とす。
……どうも何も、私にとっては貴方は出会った時から私だけの王子様なのだから。

「なあ、このままさーまだ喧嘩してる程でもう一泊しねー?」
「だめ、帰ったらやらなきゃいけない任務いっぱい待ってるんだから」
「あーはいはい、流石イイコちゃんだわな〜」
「…でも、終わったらさ、いっぱい甘えたい……だめ?」
「!すぐ帰ろ」

こんなにも気持ちが通じ合えば、他に怖いものなんて何も無い。