ここだけの話





「悟を呼んで来てくれないか。任務の話があってだな」

夕暮れ時の放課後。
補習テストを無事終え、職員室に居る夜蛾先生の所へ解答用紙を提出した私は、先生からおつかいを頼まれた。
だだっ広い敷地に囲まれた高専の何処にいるのか分からないのに、呼んで来いなんて夜蛾先生も難題な事を言うなあ。
なんて思いながらも、夜蛾先生の頼みを断るのが怖かったのと、あとはちょっとだけ五条に会いたかったっていう理由で、一言返事で受け入れた私は校内を探し回った。
ちなみに此処の学校に転入して一ヶ月経ち、硝子と夏油の連絡先は教えてもらったけど、五条にはまだ教えてもらっていない。なので連絡のしようが無いのだ。
まあ私が意地にならずに聞けばいいんだろうけど。彼が教えてくれる可能性が低いので、ノーと言う返事が帰ってくるんじゃないかと傷つきたくなくて聞けていないだけである。

そんな彼を見つけるまで探すこと約十五分。
高専の入り口にある鳥居の前で、石畳みにちょこんと座っている一匹の真っ白な猫と戯れ合いの最中の姿を見た私は、物陰に隠れながら彼の姿を見つめた。

……五条の事を好きと言う気持ちだけは、ずっとしまっておこうと決めている。それが私の運命だから。
だからこの気持ちがバレないように、かっこいいとか、可愛いとか、凄いとか、彼に対して言わずに反抗心を向き出して気持ちを抑えていた。
だけど……これは、これは……!

「ニャァ〜」
「ふはっ。にゃーに、撫でてもらいたいわけ?」
「ニャッ」
「にゃー?」
「ニャン!」


か……かかか可愛いすぎるでしょ?!?!

無邪気な笑顔で猫語を話す彼は、真っ白な猫の頭や顎の下を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らして気持ち良さそうに猫は目を細めた。
その姿がとても愛おしくて、ずっと見ていたくて、悶絶した気持ちが声になって溢れ出そうな口元を手で抑える。
なんならこの瞬間を写真に収めて額縁に挟みたいくらいの気持ちが高まるが、深呼吸して抑えた。

待て待て、早く声をかけて夜蛾先生からの伝言を伝えなきゃ……とは分かっているが、彼の元へ行くのを足が躊躇う。

どストライクな顔を見つめるだけで恥ずかしくて、物陰に隠れて見つめるのが精一杯で近づくなんて無理ぃ!しかも猫みたいににゃんにゃんって言ってるなんて……ううう、好き。

しかし猫は立ち上がると、柔らかな笑顔をする彼に見惚れて立ち尽くす私のもとへ、軽快なステップでこちらへやって来た。

「え、ちょ…っ!」
「ニャァオ」

驚いた私の声に構わず、自由奔放な猫は私の足首の近くで身体をスリスリ纏わりつき、甘い鳴き声をする。
あわわわ……呪霊と戯れた事はあっても、猫と戯れた事無いからどうしたらいいんだコレ?!てか、猫がこっちに来たら五条にバレちゃうかもじゃん…!

その考えは的中し、鳴き声に吸い寄せられたようにこちらに来た五条に見つかった私は、バチっと目が合い、咄嗟に目を逸らした。

「ああ?そんな所で何してんのお前」
「あっ!えっ、と……に、任務!夜蛾先生に任務の話があるから五条呼んでこいって言われて呼びに来てあげたの!」
「ハァ任務かよ、めんどくせ。お前変わりに行って来てくんない?」
「何言って、」
「ああーそっかそっか。名前チャンはまだ弱弱っちぃ〜から任務にもつかせてもらえないんだっけ?」
「はあ?!」

相変わらず人を挑発にするのが得意な彼は、大きな身体を曲げ、顔をこちらに近づけると自信満々の顔で嘲笑う。
んんんん!!!むかつく!!!
なんで毎度毎度こういう言い方してくるんだ、この男は!!!

「べ、別にぃ?今まで術式なんて意識して使った事無かっただけで、慣れればヨヨイノヨイッ!だもんっ」
「ハッ、相変わらず勢いだけの馬鹿だな」
「は…はあああ?!」
「ニャァ〜」

彼の言葉に乗せられ、言い返そうと声を荒げる私の声を遮るように下から鳴き声が聞こえて正気に戻る。
…そ、そうだ、何反抗しようとしてるんだ私は。こんな事したって、彼の私に対する印象は悪くなるばかりなのだから、サラッと流せばいいのに。

「あーあ。猫も引いてんじゃん、ヒスな女はこえ〜なぁ?ほら、こっち来いよ」

相変わらずの暴言を吐きつつ、五条は再度猫の前でしゃがみ、私の足首に纏わりつく猫の身体を持ち上げて自身に向ける。だが彼の元からするりと抜け出し、再び私の元へ戻ってきて足元に纏わりついてきた。
どうしたんだろ、何か私についてるのかな?
疑問に思って私もしゃがみこんで猫と目を合わせれば、スカイブルーの瞳と目が合う。

「五条の目……似てる」
「なーんか最近ここら辺に懐いてる猫らしくってよ。知らぬ間にサトルって命名付けられてた」

五条は携帯を操作し一通のメールの画面を見せてきた。そこには送り主に夏油の名前、そして硝子が猫と一緒に写ってる写真が添付されていて「サトル居たよ笑」というメッセージが添えられている。

「名前が一緒でも全然違うじゃん」
「あー?何がだよ」
「愛嬌とか…?五条には憎たらしさしかない」
「ああ?可愛いさも同じレベルだろ、つーか俺の方がもっと可愛いっつうの」
「それ自分で言う…?」

確かに可愛いし、カッコいい……って、言わないけど!
ただ私が言っているのは、私への接し方の話だったんだけどな。
五条は私に貶しはするが、イジメのような事はしてこない。しかし同級生二人とは違った明らかに対等では無く下に見た接し方をしてくる。
それが片想いをしていると、尚更辛く感じてしまうのだ。
言葉で自信満々気に言う五条とは別に、サトルと名付けられた猫はクルクルと私の周りを回って可愛さをアピールしてるように見える。
石畳みに膝をついて猫の背中を撫でると気持ち良さそうに目を細め、突然太ももに乗っかり顔目掛けて飛びついてきた。

「うわ、っ!?びっくりした……」
「ニャウ〜!」

驚いてお尻に手を回し抱き抱えると、頬をすりすり寄せてくる。ううあ、猫可愛い…。

「つーかなんでそんなに名前にべっとりなんだよ…もしかしてお前術式使ってる?」
「使うわけないでしょ!」
「ウソウソ、この俺が見抜けねーわけねーだろ」
「それなら最初から言わないでよ!」
「ニャッ」
「うひゃ?!」

鳴き声と共に、ざらざらした感触が輪郭に触れる。まるで五条ではなく、自分を構えと言わんばかりの行動である。ぺろぺろと舐め続けられ、顔を引き離して地面に降ろせば、勢いよくまた顔面にダイブしてくるので抱き抱えた。
可愛いけど、な、なんなんだこの猫……!

「ん、やだ、も、ぎぶっ、五条やめて!」
「いやソイツの名前五条じゃなくてサトルだから」
「サ、サ……さ、さっさとアンタは夜蛾先生の所行ってよ!!私が怒られるじゃん!!」
「へーへー」

そう言って五条は猫の首元を引っ張って引き離し抱き抱えると、地面に下ろして猫の背中を落ち着かすように撫でた。
も……もしかして、私を助けてくれた?

「サトルって名前ついてんなら、俺に懐けって。バカに触れてたらバカになるからやめとけ?」
「ン〜」

……前言撤回。
コイツは私の事など何も思っちゃいない。相変わらず人を小馬鹿にする発言にため息を吐いた。
別にいいもん、それで。叶いもしない片想いなんだから、期待するような事を言われた方が辛くなる。
だが猫を地面に下ろして大きく背伸びした五条は、大きな手のひらを私の頭に乗せ髪をくしゃくしゃに撫で回す。

「わっ?!……ちょっと」
「お前も猫と戯れる暇あったら、その馬鹿な頭どーにかしろよー」
「余計なお世話!!」

大声で反論すれば彼はいつもの意地悪な顔をしてケラケラ笑い、教員室の方へ歩いて行った。
……もう、触れたら馬鹿になるって言ったの五条なのに。なんで触ってくんの。

「ナ〜」
「よしよし…撫でてあげるから飛びつきはやめてよ?」

寂しそうに鳴く彼と同じ名前をつけられた猫の頭を優しく撫でると、先程よりも大人しく、私を受け入れてくれた。
甘えてる表情が可愛くて、こんなにも愛情表現してくれる……本当五条とは大違いだなあ。

もしこの恋が叶うのであれば、猫みたいに寄り添って、愛を囁いて、触れて欲しい……なーんて夢を語ってもしょうがない。
澄んでいて、吸い込まれそうな海と空を想像するような、彼と同じ色の瞳をじっと見つめた。

「さ……悟」
「ニャ〜」

いつか呼んでみたかった彼の名前。名前が一緒だからって、彼を呼びたい欲望で猫に呼びかける自分が酷く醜い。
でも、この気持ちを今後ずっと抱えていくと思うと胸が時々苦しくて、今まで恋というものをしたことが無かったから、この苦しさの対処法が分からない。
恋する相手があの五条家。また名字家が何か仕出かすのではと、呪術界から追放を考えている上の連中や私を厄介に思う人が居る限り、自分に敷かれたレールは変わらないし、この気持ちを吐き出す場所なんて無いのだ。
硝子は「アイツは別に名前の家の事、気にしてないじゃん。だから告白しても問題ないでしょ。ま、五条の性格って小学生並だし意識して貰うには言うしかないと思うけどー?」って言っていたけど……言えるわけ、ないじゃん。

「……す、き」

叶わない気持ちを声に出すが、ただ胸の痛みがさらに強くなるだけ。
猫は鳴くことなく、そんな私のそばに寄り添って伝わってくる温もりが心にじんわり染みた。