五条家にはかかわるな。
唯一の家族であった祖父は五条家に関してその一点張りで、何処の五条さんかも知らない私はその事に関して全く興味が無く、それ以上の情報を聞いたことがなかった。
だから彼と出会って大きな問題があった事が明るみになったけれど、名字家と五条家の歴史がいつから始まったかなんて知らないし、今思えば何故そんな事を言うのか問いただすべきだった。
ちなみに私に名字家の過去を教えてくれた夜蛾先生も、いつ頃の話なのかまでは知らないらしく、水神に聞いても洞窟に封印され月日が何回上ったかなんて知らないと言っていた。そりゃそうか。
ただ水神曰く、自身が恋した五条家の人間も六眼の無下限術式の使い手だったらしい。ならば一番理解しているのは五条家だろうが、呪具は返せと言う傍ら協力的ではない。次期当主であろう五条なら教えてくれるだろうけど、何故そんな事を聞くのかと聞かれたら、勝手に縛りを結んだ事に関してボロが出てしまいそうだ。
何故突然そんな事を気になり出したかというと、呪具に関してとある問題が見つかったからである。
絶賛呪具を探索中の私は、関西の任務終わりはいつも海辺へ寄って盗まれた呪具を探していた。現地の人に昔から伝わる神社や信仰のような物はないか尋ねた所「ここは昔、海やないからなあ」と言われてしまったのだ。う、海じゃない……?
どうやら大昔、災害によって川が大きくなり海へと繋がったらしい。他にも時代よって海だった所が地上へと変化したり、現代に進むにつれて少しずつ変化しているようだ。
隠されている場所の可能性として海や川辺だとは思っていたけど、もし呪具のあった場所が土地へと変わっていたら……見つける事も、取り戻す事も不可能かもしれない。それに五条家に近いから関西にあるだろうと思っていたけれど、もしかしたら関西ではなく違う場所にある可能性だってある。何か、手がかりはないのかな。
弱音を吐いてばかりではダメだ、とにかく小さな事だけでも探さないと。と思ってやってきたのが高専の図書室。ここには昔からの呪霊に関する書物が多く存在するらしい。もしかしたら昔の呪術界について書いてある本があるかもしれないし、そこから場所を探りだせるかも。
司書さんの居ない高専の図書室は、静まり返った空間が広がっていた。小さな足音さえ響いてしまうような空間に、足を踏み入れて本の海を泳ぐ。
「えーっと……呪術に関する……地形」
見出しに文学・社会、芸術、科学、工業と見ていく先に、歴史・地理の項目を見つけた。だが本棚に詰められた背表紙を見ても、地形と呪術にまつわる本が見つからない。
「あっれぇ……?無いはず、無いよね」
仮にもここは呪術高専で呪術の大元となる場所だ。任務に向かう際、特徴的な呪霊が出現する可能性があると補助監督の方から忠告された時には、過去に起きた類似の事案を資料で貰うし、高専で管理されている呪術の書記があるはず。だから地形の調査も行ってるはずなのに――
「何してるんですか」
「わ?!」
突然声をかけられて、大きな声が出てしまい咄嗟に口元を手で塞ぐ。振り返るとそこには仏頂面の七海が立っていた。
「なんだぁ、七海か……」
「なんだとはなんですか。久しぶりに此処であなたを見かけたので、また進路に迷ってるのかと思いましたが……どうやら違うようですね」
東京へ戻ってきて、五条の言いなりになりたくなくて見つけた別の道。一般社会へ少し興味を持ち、非術師の仕事や求人を調べていたのだけど、五条と付き合う事になって後ろめたさが隠しきれなく調べるのをやめた。勿論、自分の中で候補を消してるわけじゃないけれど、私も彼のそばにいたい。それに術師を辞める気も今はない。
しかし七海はよく私の隠したい事に気づく。さっきもそうだけど、彼の観察眼は秀でているのかもしれない。それでも無視しておけば良いのに、七海はいつも面倒くさそうな顔をしながら一歩心の中へ歩み寄ってくるのだ。
「ちょっと任務で調べたい事があっただけだよ」
「五条さんは一緒じゃないんですか」
「五条?なんで?」
「貴方達、ずっと一緒じゃないですか」
そんな事はない。確かに彼は猫みたいに寄ってきてべったりくっついて離れない一方、高専に居るはずなのに連絡が一切返って来ない時だってある。それにこれから先の未来だって。
「ずっと一緒なら……良いんだけどね」
「、名字さん」
「それより!今度の任務で、昔の地理と呪術に関する本が読みたくてさ〜そういう本って何処にあるか知ってる?」
「任務の資料であれば補助監督に頼めばいい……貴方、また何か抱えているでしょう。」
「七海には関係ない。絶対、五条にも言わないで」
私の問題に、これ以上関係ない人を巻き込みたくはない。気持ちを眼差しに込めて訴えると、七海は目を開き、次に大きくため息を吐いた。
「呪術の本はここにはありません、本は奥にある扉の別室です。ただ部屋に術がかかってますので持ち出すにはルールがあります。何かあってはならないので教えますが、忘れないように」
「さっすが七海ぃ〜!ありがとっ」
七海だって面倒事に巻き込まれるのは勘弁してください。と、五条と私が喧嘩する度言ってくるし、これ以上深くは聞かない。そういう所が、私にとって気が楽だ。
「呪術に関する内容は基本、情報開示のため持ち出しが禁じられています。なので、借りる時に専用のノートに記載しないといけません」
「ほうほう」
両脇に本棚が並ぶ先に、古びた重そうな扉がある。その扉を開けると、同じように本棚が並べられているが、本の劣化が著しい。上から吊るされている電球は年期のある灯りで少し薄暗い。壁にかけられているノートを取った七海はページを捲って説明を続けた。
「ここに自身の名前、そして本のタイトルを書きます。基本、返却は三日が期限です。守らなければ何かしら罰が下る……借りるため縛りを結んでいると思ってください」
「ふむ、なるほど」
「というか……何故今まで知らなかったのですか。普通、入学式の日に伝えられるはずでしょう」
「だって私、転入してきたし……入学式なんてあるのここ?」
制服がアレンジできる事さえ知らされていなかったしな。多分夜蛾先生が五条に私に諸々の説明を頼んだは良いものの、問題である彼が私に言い忘れたか、面倒で言っていないだけのどちらかだろう。
「では、貸し出しの出来ない本がある事も知らないのですね」
「知らなくてすみませんね!」
「このお礼は、缶コーヒーでお願いします」
「ええー?七海がおねだりするなんて可愛い所もあんじゃん、このこの〜」
「そういうノリをやめてくださいと言っているんです」
「そんな照れなくたっていいでしょ〜」
「何やってんの、お前ら」
案内をする為に先に進む七海に続きながら、まさか仏頂面の彼からそんな事を言われるとは思わず、肘で体を小突く私達の会話の中に、とある声が加わる。声のする方を向くと、本棚の間に踏み台として置いてあったのだろう三段の脚立に足をかけ、本を読んでいた五条と目が合った。げ。
「……居たんですか」
「ちょーっと調べ物があってな。お前らのイチャイチャする声がうるさくて集中出来ねーんだけど?」
「誤解しないでください。貴方が名字さんへの校内案内を怠ったせいで私が案内しているんです」
「誤解なんかしてねーよ」
「そうですか。ではここから先の説明は五条さんがお願いします。私はこれで」
「えっ、あ?!ちょっ、ありがとね七海!」
缶コーヒーちゃんと奢ってあげるから……!!そう言おうとしたかったのに、時すでに遅し。重い扉が閉まる音がして、肩を強い力で掴まれた。
「名前ちゃーん?浮気はよくねーよな」
「……浮気なワケないでしょ。毎回毎回そうやって疑うのやめてくんない?」
「可愛い〜〜って言ってたじゃん」
「そりゃ後輩は可愛いでしょ」
「つーかお前、俺以外の男に対して気が緩いんだよ。俺が硝子に対して触れてたら嫌だろ」
「別に……だって恋愛感情無いんでしょ?」
今まで硝子と五条が近かった事……肩組んだり小突いたりなんて日常茶飯事じゃん。そりゃあ抱きしめあってたり、恋愛感情がもし五条にあるなら複雑だけど。それに七海だって、観察眼は凄いけど私に対して興味はない。恋愛感情がある?なんて聞いたら一週間は口を聞いてくれなさそうだ。
しかし私の答えを聞いて納得しないのか、ムッとした顔をした五条は、私の手を引っ張って引き寄せる。脚立に座った彼と目線が合うと、自然と顔が近づいて、唇が触れた。そっと離れると、目が合い瞳の奥の青がいっぱいに広がる。さっきと違うのは、心臓がドキドキしていること。
「ま、お前のその反応で分かるからいいけど」
「……ばか」
多分、顔にも出ているんだろう。彼とキスをすると、毎度耳まで熱くなる。悔しくて悪態をついたけれど、彼の意地悪そうな顔で満足している様が、私はどうにも嫌いになれない。
「んーで、何探してんの。ちなみに持ち出し禁止の分はこっから先全部な」
親指で指差すのは七海が行ってた場所より前。適当に言ってるなコイツ……。まあ持ち出す予定は今のところないし大丈夫だろう。
それよりも彼の質問に、今ここで本当の事を言ってしまえばまた問題になってしまう。ここは話を逸らさないと。
「……そういう五条こそ、何読んでるの?」
「んー?領域に関する資料。俺の領域に関しては大体ウチの書庫にあんだけど、他にも資料ねーかなと思って」
「領域って……領域展開のこと?」
「そ。そういえば無下限のオート化を今やってんだけどさ、あとちょっとで掴めそうなんだよね〜。明日朝練する時にちょっと付き合ってよ」
無下限のオート化……?何を言ってるのかさっぱり分からないけど、一年前から格段に強さのレベルが上がっている。私が追いつけないくらいに、どんどん夢中で走っている姿が悔しくなる。私だって、呪具も大切だけど、強くなる事を諦めてたまるか。
「いいよ。私も組み手お願いしたいし」
「そういやお前も黒閃使えるようになったんだし、連発出来るようにすれば?」
「そういえば、そのこくせん……って何?」
「はあ?お前知らずにやってたのかよ。んじゃあそれも明日やるかぁ」
前にも楽巌寺学長が同じ事言ってた気がするんだよなあ。気付かぬうちに習得しているらしいソレを気付いてない私に対し、困ったような顔をする。どうもすみませんね無知で!どんどん彼は特級術師らしくなっていく。
ただ彼と付き合ってから――ううん、私が彼に追いつこうとしてから、こうやって一緒に進んでいこうと思ってくれている彼の優しさは変わらない。
変わらないと言えば、いい加減な所もそうだ。
文句を言えないような遅刻は度々するし、大事な事を言い忘れている事もよくある。でも大遅刻したのは一年生の頃、彼が誕生日に大寝坊した時くらいだ。
昨日朝練に付き合ってと彼から言いわれ、夕方には再度メールで六時に玄関集合な!と送ってきたにも関わらず、約束の時間から三十分が過ぎようとしている。私の直感では多分、これは一時間経っても来ないだろう。しかし前回の大遅刻と違って同じ敷地内にいる。ここは直接起こしに行ってあげるかあ。
男子寮には禁則、女子は入ってはいけないのだけど、ルールなんて無いかのように彼の部屋に泊まった回数は両手で数えきれない。彼の部屋の前まで行き無意識にドアノブを捻ると、いとも簡単に開いた。え、何で鍵してないの。
部屋の中に入ると、大きなベッドに大きな身体が横たわっている。なんだ、鍵かけ忘れて寝てるだけ?
「ごじょー?朝だよ、起きて」
「起きてる……っつーか」
「え、何どうしたの」
「あたま、いてぇ」
「っ、ちょっと?!」
部屋に入ってベッドに近づき、唸り声をあげながら呟く言葉に異常を感じ、起き上がる彼の顔を見ると、鼻から静かに真っ赤な血が流れ落ちる。彼は指先を鼻に近づかせ触れると、血に塗れた指を見て目を見開いた。
「鼻血じゃん」
「そんな呑気にしてる場合じゃないでしょ!?体調悪いならそう言ってよ!と、とりあえず横になって」
近くに置いてあったティッシュボックスから一枚、二枚と取り出して再び横になった彼の鼻に入れるとナハハ、と笑う。
「何がおかしいのよ、体調悪いのなら連絡くらいしてよね」
「わりぃわりぃ。昨日、夜にコソ練しててさ。反転の要領ミスって頭いてーし、やっとの事で部屋まで戻ったら気絶してた」
だから鍵が開いていたのか……しかも夜まで練習していたなんて、彼の向上心は計り知れない。別に風邪ではないだろうけど一応、と彼の額に手を添えると肌の体温とは思えない熱さが伝わってきた。
「ちょっと凄い熱……これ反転とかじゃなくて普通に風邪引いてるって」
「ああ?ンなワケねーだろ、つーなこれくらいヘーキヘーキ」
「平気じゃないでしょ。ちょっと待ってて、色々持ってくるから。絶対!そこから!動かないで!」
「ンだよ大袈裟な」
大袈裟なワケないでしょ?!あの五条が熱だなんて。出会ってまだ三年目だけど、彼のパワーは計り知れない。確かにちょっとダルそうにしている事はたまにあるけれど、それでもあらゆる事に興味津々で元気な所は私に負けず劣らずだ。
一先ず医務室に体温計をとりに行くと丁度保健医さんが居たので、お熱が出た人用のセットを貰い、再度彼の部屋へと戻る。さっきと変わらず横になっていた彼は、すぅすぅと心地良さそうな寝息を立てて目をつぶっていた。
こうやって五条の寝顔見るの、あの正月の時以来かも。中々お目にかかれない彼の寝顔は、いつものおバカをしている姿が想像出来ないくらい、天使みたいだ。でも苦しそうな顔を見ると、彼が血を流して倒れていた姿が脳裏によぎる。……もう、あんな場面は見たくない。
前髪の毛を端に寄せつつ熱さまシートを額に貼ると、目頭を寄せて反応を示した。
「んあ……名前?」
「気分はどう?はい、体温計測って」
「んん〜?なんともねーよ。つうか朝練ドタキャンしちまって悪かったな」
「そんな事気にするんだったら異変があった時すぐ連絡してよ。私は……五条が苦しむ所、もう見たくない」
本音をぽつり、ぽつりと溢すと、大きな手のひらが私の頭をわしわしと撫でる。優しく微笑む顔は私を安心させるかのようだ。心配してんだよ、ばか。
音が鳴り、体温計を外した五条はメモリを見て笑い出した。
「え、何笑ってるの?」
「じゃじゃーんっ39度!ウケる」
「は、はあああ?!なんでそんなテンション高いのよ!」
「すげえ、こんな熱出たのガキの頃以来だわ」
「ガキって、今も子供でしょ」
「ちっげーよ、ちいせー時。昔はさー風邪引きがちで女のカッコさせられてたんだよね」
「……待って、どういうこと?」
お、女の格好をしていた?確かに前にも私のスカートを無断で履いたりしていたけど、前科があったなんて……。小さい頃から女装癖があった事に若干引き気味の私に対し、彼は弁解の言葉を述べる。
「ンな目で見るなっつうの。知らねーの?男の方がちいせー時は風邪引きやすくて、女の格好をさせる魔除けみたいな風習があんだよ。あの時は女物無理矢理着せられて面倒くさかったわ、ばあやはノリノリだし」
「……へぇ」
なるほど……そういう風習があるのは初めて知った。確かに現在高校生である五条や夏油の体力は、女の子と比べ物にならないくらいパワーが凄い。女物を着るなんて、今は夏油もいるし調子に乗って色々おふざけしてるんだろうけど、小さい頃の彼なら抵抗しそうだな。それにしても、ちっちゃい五条の女物の着物姿……か。ちょっと見てみたいかも……。
「お前、見てみたいって思ってんだろ」
「は、はあ?!そんな事思ってないし!」
「いいのか?気になるなら写真見せてやるけど」
「ま、まあ、見てやらなくてもないけど?」
「ククッ、素直じゃねーやつ」
「っ、それよりお薬飲んでちゃんと寝ること!!食べたいものあれば作るけど、何がいい?」
「んー、からあげ食いてぇかも」
「食欲がある事は良い事だけど、それは熱が下がったあとね。じゃあ……とりあえずお粥作ってくる。出来たら起こすから」
「おー、さんきゅーな」
「今回は特別サービスしてあげる」
なんて。逆にこれくらいさせてよね。
貴方の彼女なんだから。
いくら食欲があるとはいえ、胃に負担がかかるものはやめておこう。お粥を持って彼の部屋へ戻ると、先程鼻にいれたティッシュは無く、ベッドで横になりながらテレビをみていた。
「鼻血止まった?」
「ん」
「というか、なんで起きてるの」
「俺、そんな眠れねーの」
そういえば前にもショートスリーパーだって言ってたっけ。だとしても出来るだけ寝なければ体調が良くなることもない。テーブルに置いたお粥の鍋蓋を開けると白い湯気が立ち上り、彼はベッドの中から這い出てきた。
「卵粥じゃん!うまそー」
「元気はあるっぽいし食べれるかなと思って」
「なぁ〜〜…………食べさせて」
「はあ?」
「病人に食べさせるのかよ。いーじゃん……今日くらい」
ベッドから出て食欲もあるっていうのに、なんで自分で食べれないんだ、まったくもう。恋人になってからたまにある甘えた彼のお願いに、渋々付き合ってあげる所、私も大概なんだけど。
レンゲですくって口元まで持っていけば、大きな口を開いて美味しそうに咀嚼を繰り返す。……良かった、口に合って。
しかし、彼自身まさか体調を崩してしまう程だとは思っていなかったらしく、突然不満な声を漏らす。
「あーくそ、お前にも領域見せてやりたかったのに」
「別に今日じゃなくていつでも見せれるでしょ。ていうか何、もう領域会得したの……?」
「いんや、マグレで昨日出来たんだよなあ。ちょっとだけ」
「マグレで出来るもんじゃないでしょ」
「だとしても何か掴めたんだよ。後はコツを掴めばモノに出来そうなんだよなー」
キラキラ光る彼の瞳に、終わりの見えない欲望が見えた。熱をだして、身体が傷だらけになっても強くなろうとする彼の顔には楽しそうな表情が浮かぶ。……思えばあの時も、何かを満たしたくてたまらない顔をしていた。彼の中で、呪術というものは人生で切っても切り離せないものなのだろう。だから彼が呪術界から居なくなる事はない。
「ごちそーさん。美味かったわ」
「お粗末さま。気分が悪かったりは?」
「ぜーんぜん、しいていえば眠れねー事かな。身体動かしてーけど、ダルい。やっぱ反転使うか」
「馬鹿、こんな事で反転使わないで。出力バグってこんな事なってるのに……というか熱にも反転術式って対応してるの?」
「出来なくはねーだろな。やったこと無いけど」
硝子は、発熱に反転術式は使わない。発熱は自己治癒の範囲だから、それよりも損傷している人の方に使うと言っていた。反転術式だって呪力を使うんだ、何度でも使えるわけでないしなあ。
だから反転が使えるとしても、彼には自己治癒で治す休む時間が必要なのだ。術式頼りな彼が術式の理解を深めて強くなる時間も大事だけど、突き進んでるだけじゃ身体は持たない。任務だって私よりずっと厳しいものを詰められているのに……何か、出来ることはないのかな。
彼の力になりたい。そう思いながらも無気力な自分の存在がちっぽけに感じる私に、寄り添った彼はタイミングを見計らったように声をかけた。
「んじゃあ……名前も一緒に寝てよ。お前と一緒だと比較的眠りやすい」
「そうなの?」
「……なんでウソつかねーといけねーんだよ」
彼が目線を合わせず、さっきから甘える言葉をくれるのは、最大限のアピールなのかもしれない。熱が出た時って甘えたくなるし、もしそうであれば中々お目にかかれないシチュエーションだ。
洗い物は後ででいいや、今は彼が心地よく眠れることが大事。風邪も疲れからだろうし、一緒に寝ても問題ないだろう。
一緒に横になると彼は私の身体を包み込むように抱きしめ、触れる体温はいつもより熱を灯していて、じんわりと伝わる。その熱に触れながも、彼が私の肌を揉み出す。……ん?
「ねえ……触り方が、なんか、いやらしい」
「なぁに名前ちゃん、イヤラシイ事したくなった?」
「こんな時にするわけないでしょ!?」
「あー……この触り心地たまんないんだよなあ」
「ちょっと、それ太ってるって貶してんの?」
「ンな事一言も言ってねーだろ。逆に褒めてんだよ」
そう言いつつ、髪の毛をすく彼のゴツゴツした指の感覚が心地よくて、私の方が先に意識が遠のいてしまいそうだ。そういえば、私も五条と一緒に寝る時はすぐに夢の中へ入ってしまう。これこそ好きという気持ちが通じ合って安心している証拠なのかもしれない。
「案外……お前に心配されるのも悪くねーかも」
抱きしめて呟く彼の言葉に、心の中が満たされる。どんどん進んで、いつか彼が見えなくなってしまうんじゃないかって思う。だから、それでも心配する私を側にいさせてくれるのが嬉しい。
私という存在が、彼の中で大きな存在でありますように。なんてわがまま思っちゃうのは、欲張りすぎだろうか。