縁切りの花







「ていうか何で俺とお前なの」
「…それはこっちのセリフなんですけど」
「まあ、二人とも。仲良くいきましょ?」

高専から神奈川の田舎まで車を走らせ、着いたのはとあるネットで有名な恋愛スポットだった所らしい。
現地に着いたが、車の中でも険悪だった五条と名前の空気は最高潮に達していた。何とか場を和ませようと補助監督の三好谷が間に入りフォローを入れ、名前は気を取り直し、五条の事を気にせず本題に入る事に。

「えーっと、ここが呪いの場所なんですか?」
「ええ。最近、ここを訪れた人が次々に亡くなってます。昔は恋愛成就のおまじないスポットだったらしいんですが、今は縁切りスポットとして有名らしいです」
「縁切りスポット?」
「想い人が別の方と恋愛を成就し、自分と結ばれなかった嫉妬心から別れさ、その別れた想い人と付き合う為に、本人はその人と縁を結ぶ事が出来ると噂されている…そんな場所らしいです」
「…反吐がでますね」
「結局此処に想い人の縁を切りに来た方が亡くなってるので、噂止まりですけどね。知る人ぞ知るようなサイトでしか公表されてない場所なので、呪いを見た者は居らず、等級が分からなくて。それで、お二人に来てもらってる訳です」
「んな雑魚でも特級でも俺だけで十分なんだけど」

五条は未だに不満なようで愚痴を溢す。
五条は現時点で一級の強さ。一人で任務もこなす事もあれば、特級並みの相手になれば夏油と一緒に行動する事が多い。なので三級程度しか倒せない名前と組まれた事に納得がいかないようだ。

「夜蛾先生からは二級程度であれば名前ちゃんに、それ以上であれば五条君がと指示はいただいてます」
「え、二級?!三級倒すのにやっとなのに?」
「その時は五条君にサポートをお願いしたいと」
「なるほどね、ハンデ付きの任務か。いーぜ、やってやるよ」
「また!私の事!ハンデ呼ばわりするんじゃない!」

名前は五条に強く言うが、五条は「ハンデ見てーなモンだろ」と鼻で笑う。
しかし先程とは打って変わってやる気満々の五条と、少し不安ながらも弱いと貶す五条に見返してやりたい名前は、気合いを入れた。
三好谷も二人を見て頷き「帳を下ろしますね」と呪文を唱えると、先程まで明るかった空が、徐々に暗くなっていく。

「…問題の場所は、この先を少し歩いた小さな祠のある場所になってます。その祠が、問題の場所です」
「了解です。ありがとうございます、三好谷さん」
「ああ、あと一つ」
「なんですか?」
「これもあくまで噂ですけど、その呪霊の攻撃に触れると、その人の縁が途絶えてしまうらしく…気をつけてくださいね」

ご無事を祈ってます。と三好谷は帳が下りる前にお辞儀をした。
完全に帳が下りて、三好谷の姿が見えなくなったのを確認し、仕事モードに切り替えて二人は先を進む。
目的地に向かう為、山奥の細い砂利道を歩く二人の足音だけが響き渡った。



「……人の幸せを願えないなんて、やっぱ非術師って嫌い」

名前はポツリと本音を零した。
非術師全員が人の幸せを願えない訳ではない。しかし、名前が今まで生きてきた人生の中で、出会った非術師の印象はあまりにも傲慢で貪欲、なのに結果、恥をかき後悔をする。…それでも非術師に笑顔が増えれば呪霊も少なくなるだろうとは思っている。…けれど、どうしても切り替えが出来なかった。

「へー、名前もそんな事思うワケ?傑みたいな考えしてるのかと思ってたけど。まあ初日の任務でガキに怒ってたしな」
「…別に非術師全員が、とは思ってないよ。それに夏油は優しすぎるよ。この前も同じような事言ったら怒られちゃったもん」

五条より夏油と行動する事が多い名前は、呪術界の何たるかを教わる事が多い。
以前、呪霊を祓う為に山一個変な形になってしまい、非術師に非難な目を向けられた名前は苛々が頂点に達し「けど原因となった呪霊を生み出したのはアンタ達じゃないか、クソパンピーが」と睨みつけると、夏油の拳骨が降ってきた。
その後小一時間、高専に帰るまでの車の中で説教を食らい、もう夏油と一緒の時には愚痴を溢すまいと決めたのだった。
その話を聞いた五条は「傑の正義感強えーしな」とくすりと笑った。

「今回のもさ、好きな人が想い人と幸せになってるのに、それを邪魔しようなんて強欲すぎるよ」
「んじゃあお前は、好きなヤツが別の女と結ばれたとしても諦めんの?」
「そりゃあ…諦めるよ。でも私の中の好きが終わるまで、想ってる。想うのは自由じゃん?…その人が幸せになるまで、想ってるよ」
「まるで誰とも結ばれねーみたいな言い方すんのな」
「そりゃあこの目のせいで、誰が本当に私の事好きになってくれるのか分かんないし」
「でもその術って名前より強いヤツには効かねーだろ?だったら強いヤツと結ばれれば良いんじゃね?」
「そ、う、だけど、」
「…何?」

それは五条も選択肢に入ると言う事なんだけれど。と、名前の心の中で思ったけれど、そのまま心の中に封じ込めた。五条がそんな事言うなんて、自分に可能性があるみたいに浮かれてしまうじゃんか。
…別に。と言いつつも名前は少し顔を赤くしたが、浮かれるな。この件、私の祖先の過去に少し似ている。…自分だってこの非術師達と一緒なんじゃないか?と、内なる心が問いかけて、名前の中で不快感が溢れた。
私は違う。…こんな呪い、これから先、産ませない。と強く決心し、名前は一歩足を踏み入れたが、顔が強張り呪いの気配が一層強まる。
…なんだ、この渦巻く気持ち悪さは。
険しい顔をして先に進むと、小さな祠が見えてきた。

…これか。
祠の外見にはお札のような物が沢山へばりついており、所々に五寸釘に刺さった藁人形が張りついている。
殺気を感じ呪具を取り出して構えると、祠の扉が開き何かが飛び出てきた。その何か___呪霊は、五条めがけて飛び出たが、無限によって攻撃は届かない。

「当たんねえよ」

五条は腕に呪力を貯め、呪霊に放つと物凄い勢いで吹っ飛んだ。一級の五条では余裕がある力の差だ。しかし素早さが早く、これでは呪霊が襲ってくるのを待つ耐久戦へとなる。
名前は術式を唱える為に呪霊と目を合わせた。呪霊は動きを術式によって止められ、身動きが取れなくなる。しかし名前よりも少し上手なのか、少し動きが止められていない。ぐっと力が入る。

「五条!」
「わーってるよ!」

名前が動きを止めている間、五条は呪力を呪霊に向けて攻撃を与える。呪霊に攻撃する隙はない。しかし姫の術式の効果が限界になり、術が外れて動き出しても、五条は呪霊を追う。
名前も呪具を取り出して呪霊めがけて攻撃を放つ。打撃戦を繰り返す内に、どんどん呪霊の動きは遅くなり、あと残り一撃で終わるだろうと五条が呪霊に近寄った時、名前が五条を止めた。

「…五条お願い、最後、私にやらせて」
「はあ?良い所取りかよ」
「違う。何人たりとも、運命に背き生まれた呪いが、許せないの。私の意思を持って祓いたい…だからお願い」

名前の目は真剣だ。呪具に力が篭もるのが、五条にも分かった。「ヘマすんなよ」と五条が一歩下がる。と同時に名前は呪霊に狙いを定め、呪いを込めた。
しかし呪霊は最後の足掻きで名前に攻撃を放つ。その攻撃が名前の腕に当たるが、逃げなかった。それでいい。呪霊にはもう逃げ場が無くなった…これで終わりだ。
大きく素早く呪具を振りかざして、呪霊の息の根を止めるように祓う。その瞬間、ピンと張った呪いの気配は嘘のように消えていた。



名前は、戦いが終わってその場にへたり込んだ。
五条がサポートして先に打撃を加えていたとしても、二級もしくは準一級の呪霊を倒したのだ。放心状態になり、そういえばとふと思い出す。

「私の縁、切られちゃった…」
「は?」
「私が、運命の人と出会う縁、切っちゃった…っう…ぅああああ〜〜」
「はっ?!ちょ、」

名前は大声で泣きだし、五条はそれに戸惑いを隠せなかった。
今まで喧嘩をしたり、取っ組み合いをしたり、たまに稽古をしている姿を見た事があったが、挫折しそうな中でも名前が大粒の涙をながして大声で泣く事はなかった。



呪力を出し切り、泣き疲れた名前は、車の中でいつの間にか眠っていた。最初は窓の方を向いて眠っていたが、いつの間にか五条の肩に頭を乗せて、すうすうと寝息を立てていた。ルームミラー越しに二人をみた三好谷は、可愛いですね。と微笑する。

「別に…つーかそんなに嫌だったのかコイツ。なのに自分から立ち向かって、意味わかんねー」
「名前ちゃん、今回の事例に似た祖先の事についてずっと悩んでましたし、相当この呪霊に対して気持ちが強かったんでしょうね」
「…生涯独り身でも良いっつてたのに」
「ずっと強がってましだけど、相思相愛出来る相手に出会えないと思うと辛かったのでしょうね。名前ちゃんも、女の子ですから」

結局攻撃を与えてしまい、縁が切られてしまったのは残念だけど…と次はしょんぼりする三好谷に向けて、五条は大丈夫だよ。と声をかけた。

「多分、ソレ迷信だから。本当に噂」
「そうなんですか?」
「あの呪霊からそんな力見えなかったし」
「よかった…名前ちゃんにも起きたら報告してあげなきゃですね」
「…というかパンピーが呪霊に攻撃されて生きて戻った人居ないのに、そんな噂流れるのおかしくない?…もしかして三好谷さん、名前の事試した?」
「ふふふ、五条君に嘘はつけませんね。別に私は頼まれただけですよ」
「…誰に?」
「それは機密情報です」
「うわー、悪い女」
「これも仕事ですから。…それに、私は名前ちゃんの事、応援してるんですよ?これは愛の鞭です」
「ハッ、三好谷さん結構性格悪いんだね。…つーかコイツも勝手に人の肩を枕代わりにしやがって」
「ふふ、そっとしてあげましょう」

五条は自分の肩を枕にして眠る名前の横を覗き込むと、いつもの不機嫌な顔からは想像がつかないような気の緩んだ顔を見て少しドキッとする。
しかし、そろそろ起きてほしいと手を少し動かすと、名前の手に触れた。
ちょん、とふれた手が、五条の小指をぎゅっと握る。ちょっと、と言いたくなった声も、名前の「うぅん…」と少し甘えて唸る声を聞いて、どこかへいってしまった。

まあ、高専に着くまではこのままにしてやるか。と五条は窓の方を見つめ、車の中は静かになった。
ルームミラー越しに名前と五条の姿を見た三好谷は二人の様子を見て微笑み、帰路を走る。
高専に着くのにはまだまだ時間がかかりそうだ。