02訓





澄んだ空気が朝の知らせを告げ、小鳥の可愛い鳴き声が聞こえる晴れた空。

「おい名前、マヨネーズねぇのか」
「はいはーい、どうぞ」
「おーサンキュ」
「今日は少し遅いですね。非番ですか土方さん」
「まぁな。今日ぐらいゆっくり朝飯食いてぇしな」
「今日はあたしが作ったお魚定食ですよー。味わって食べて下さいねー」

いつもより遅く食堂に来た土方さんは私が作った魚定食に大量のマヨネーズをかけ、いただきます。と丁寧に挨拶し箸をつける。
屯所で働き始めた当初は、土方さんが料理にマヨネーズを大量のせて食べている光景には驚愕したが、今では日常と化している。毎日見ていると美味しいのではないか?と疑問に思い、気になって一口食べたさせてもらったが、新世界の食べ物のような味がした。あまりの新世界すぎて良さが分からず、やはり良さが分かるのはマヨラーだけなんだろう。
でも、どんな形でさえ、美味しそうに食べてくれるので嬉しかった。

「うめぇな」
「ふふん、私、料理は得意ですから」
「顔はおっちょこちょいな顔してるけどな」
「そうですか?」
「あぁ。ガキっぽいな、まあガキだしな」
「これでも成人してますぅ。あ、良かったら私が最近開発した特製きなこ餡蜜丼試食してみます?」

試作品として作った特製きなこ餡蜜丼を土方さんに見せると、嫌な物でも見たかのように顔を顰めた。

「…なんだこの犬の餌みてえな丼ぶりは。お前料理上手いのに変な味覚持ってんのな」
「大量にマヨネーズ乗っける土方さんに言われたくないですよ!」
「…この甘そうな丼物見ると嫌なヤツ思い出すわ」

とてつもなく歪んだ顔をした土方さんに直してこいと言われ厨房の奥の冷蔵庫に戻す。へぇ、私と同じで甘党な方がいるんだろうか?と少し気になった。
ついでにお茶のおかわりを入れようとやかんを持って土方さんの所まで向かい、お茶を注ぎつつチラッと土方を見れば、ズズズッと最後の一口。土方さんは毎日残さず食べてくれる。ごちそうさま、とまた丁寧に手を合わせると、懐から出した煙草にライターで火をつけて食後の憩い煙草休憩の時間だ。
そういえば、と思い出したように土方は口を開いた。

「総悟とどうだ」
「どうだ、とは?」
「総悟が名前の仕事の邪魔してるって山崎から聞いてな。まあアイツもお前の事を嫌っちゃいねーだろうが、もし言いづらいんだったら俺から叱っておくが」
「沖田さんにも直接邪魔しないで下さいって言ってるんですよ。それなのに水差してくるので、土方さんが言ってくださるのであれば心強いです」
「…ったくアイツは。まあ何かあったら直ぐに言えよ、強めに叱る」
「ありがとうございます」

最初は私に対して反対だった土方さんも、ここに来て一ヶ月だけど真面目に働く姿に関心を持ったと、気軽に話しかけてくれるようになった。
事務経験もあった為、土方さんの雑用も受け持つ事もしばしば。手際の良い仕事スピードで助かると褒められた時は嬉しかった。
土方さんの気遣いに感謝しつつ「食器下げますね」と完食した食器をトレイに乗せて、厨房に帰ろうとした時だった。


どっかーん

食堂の入り口からものすごい音と風圧。そして土方さんは椅子から転げ落ちて尻餅ついていた。モクモクと煙の中から出てきたのは蜂蜜色の髪をした男。

「…沖田さん、食堂を壊すのはやめて下さい」
「おーおー土方さんだけじゃなくて名前まで居やしたか。ちっ、二人一緒に吹っ飛べば良かったのに」
「あぶねーだろーが総悟ォオ!!」
「え?何?飛ばしてほしいって?」
「言ってねぇだろ!…って構えるなァアア!!!」
「死ね土方ァアア!」

二人は大声を出し、走って何処かへ行ってしまった。もう何がやりたいんだかと呆れつつ、土方さんの食べた食器を流し台まで持っていき片付けることに。

最近沖田さんと出会う確率が以前より高くなった。何かしかけるために意図的にあちらが出会おうとしてきているんだろう。仕事をしている身としては鬱陶しくてならない。良い環境だからこそ内心イライラしてきて、沖田さんに以前聞いたことがあった。

「何で邪魔してくるんですか、先に進まないでしょ」
「面白れーからに決まってんだろィ。それにお前、自分の事人に話さねーだろ。それなのに俺がお前に俺の事を教えなきゃならないのは卑怯でさァ」
「別に、面白くないから話さないだけですよ」
「いや…お前何か隠してんだろ?」

鋭い目線を向けられて内心どきっとした。しかし平然を装い別に何も隠してないです。と否定したが、沖田さんの勘が怖い。
バレはしないだろうが、これ以上沖田さんの妨害を止める方法を知る事には、知る代償が必要らしい。沖田さんが私の何を感じ取っているのか分からないが、危ない道は渡りたくはないし理由は聞かない事にした。



△▼





沖田さんと土方さんが暴れて出て行った後、次は近藤さんが元気な顔で食堂に入ってきた。

「おー!名前ちゃんお疲れ様!」
「近藤さん、おはようございます」
「おはよう!ちょっと名前ちゃんに頼み事があってだな」
「何ですか?」
「新しく女中さんを入れたから、指導してくれないか?さあ、来てくれ!」

そう言って食堂に入ってきたのは、昔の記憶から思い出される顔のライン、目の形、髪、骨格。
…家政婦のような形をした格好。

「今日から新しく女中として働くヅラ子さんだ!」
「ヅラじゃない、かつブフォオオオオォォッッ!!」
「ちょ?!名前ちゃん?!新人さんいきなり顔面蹴って跳ばしちゃダメ!」
「すみません…彼…じゃなくて彼女の顔面に虫止まってたんで」
「虫いた?!てか蹴らなくても良くない?!」
「あぁ、すみません。でもヅラ子さんと仲良く出来る気がします。よろしくお願いしますね」
「本当仲良く出来る?!大丈夫ヅラ子さん?!」
「ヨロジグオネガイシマス…」

心配そうな顔をした近藤さんを見送り、ヅラ子の襟を掴み食堂のカウンター奥へと入る。丁度今日の勤務は朝だけ。昼には時間が開くので新人研修も出来るが…それよりもっと大事な事がある。

「……何しに来たのヅラの兄ちゃん」
「久々会った一言目がそれか、名前」
「バレバレだよその格好、アホなの?」
「アホじゃない桂だ!!」
「ちょ、声大きいから!」

しーっ!と口を紡ぐポーズを向け、当たりを見回すが誰もいない事を確認して一安心する。
兎に角、話は後で。と朝の仕事をヅラの兄ちゃんに手伝ってもらい、終わらせた。
一通り終わらせて縁側で一息つき、ぽかぽかの太陽を浴びながら二人でお茶を啜る。

「…何で潜入して来たの?」
「ここ最近、鬼兵隊が江戸で動いているようで何か真選組に情報が無いか視察に来たまでだ」
「そういえばヅラの兄ちゃん、鬼兵隊と一悶着やりあったらしいね。隊士達が噂してたよ」
「あの時は大変だったんだぞ。しかし…まさかお前も江戸に出てきていたとはな」
「江戸に出てきたのはニ年前。私はよくポスターで兄ちゃんの事見てたけどね」
「来てたなら会いに来てくれてもよかったのに。それに真選組で働くとはやるな」
「もう私は攘夷志士じゃないし。お給料が良いから働いてるだけだよ。…てか攘夷志士にお宅の大将に合わせろなんて言ったら絶対敵対されるじゃん」
「それくらいお前なら倒せるだろうムシャムシャ…」
「アア!!?それ私のおやつゥ!」

丸盆に置いていた饅頭を勝手に手に取り口の中に頬張る兄ちゃん。その饅頭人気で一時間並んだのに…何も言わずに自然に食べやがって。
三個用意していたのでもう一個を手に取ると、兄ちゃんは最後の一個手をかけ口の中に入れた。
私の饅頭なのに…殴っていい?殴っていいかな?と拳に力が入る。
悔しくも饅頭を味わいながら食べて、お茶を呑むと、少し真剣な顔で聞いてきた。

「名前……病気は治ったか?」
「…ううん。江戸に来たのも、こっちの病院でしか対応出来ないって言われたからなの」
「まだ治らないのか」
「少しずつ落ち着いてるよ。でもさあ、こんなの来ると治るものも治んないんだよねえ」
「手紙…?」

懐に入れて置いた手紙をヅラの兄ちゃんに渡す。それをみた兄ちゃんは目を大きく開いた。
白い彼岸花のイラストに、日時が書かれ、ここで待つとだけのシンプルな手紙。仕事場所を変えても、住んでいる場所を変えても、定期的に送られてきた。

「私が吐く花が白い彼岸花だって知ってるのはヅラの兄ちゃんと、アイツだけだから」
「……高杉はお前を仲間に入れるつもりか」
「これを見る限りそういう事なのか、それとも排除したいかのどっちかだと思うよ。ま、行かないけど。私はもう剣は握らないから」
「お前はもう闘わないのか?」
「うん…」
「…分かった、しかし何かあれば協力する。それに銀時も江戸にいる、アイツも頼ればいい」
「へぇ、銀の兄ちゃんも江戸にいるんだ。でも会わないよ、銀の兄ちゃんにも高杉の兄ちゃんにも」
「何故だ、今まで助け合ってきたじゃないか!」
「特に銀の兄ちゃんは私の事嫌いだろうし」

そう呟き、盆を持って立ち上がる。

「皆んなの仲間を、自分の姉だった人間を斬った人間なんて許してくれないでしょ?」
「貴様、まだそんな馬鹿げた事を…!」
「桂アアアアアア!!今度こそお縄につきやがれえ!!!!」

突然の大声で空気が変わった。ヅラの兄ちゃんめがけてバズーカを向けながらこちらに向かってくる沖田さん。チッと舌打ちをして兄ちゃんは立ち上がった。

「また来る。何か進展があれば知らせてくれ」

そう言って私に一枚の紙切れを渡し、物凄い早足で逃げて行った。流石逃げの小太郎。
地図の書いた紙切れを懐にいれ、お盆を運ぼうとすると声をかけられた。

「おーおーこんな所で桂と何やってんでィ、仕事しろ」
「私今日朝番だけなので休んでただけですぅ。
近藤さんから新しく入った女中さんって言うから、あれが桂さんなんて知りませんでしたよ。そういえば追いかけなくていいんですか?」
「あぁ、ザキに頼んでらァ。ついでにしょっぴいてこいってな」
「人使いの荒い事…」


その後、ヅラの兄ちゃんがテレビに出演していたのを休憩中のテレビで見たのは、また別の話だ。