04訓





埃が煙のまう屯所内の屋敷とは少し離れた場所にある薄暗い蔵。
蔵の中には、あまり使われていない古い書物が沢山積み込まれている。半年に一回は掃除しているらしく、今回は私が担当することになった。

「コホッコホッ」

全く人が入らない上に、埃も溜まりに溜まって咳を一つ二つ。窓を開ければ眩しい光と新鮮な空気。空気を入れ替えて、掃除のしやすい環境を作る。
晴れている日はとても気持ちがいい。
ふと横に目線を映せば太陽の光に反射している缶ケースが棚の上に一つ目に止まった。ウルトラ○ンのキャラクターシールが貼っているその缶ケースを、なんとなく気になって開けてみた。

「お」

そこに入っていたのは、お宝だった。









朝一から始まった掃除はいつの間にか、少し日も傾きかけ、汚れという汚れを取り除いた。
真選組の女中は平均年齢が五十代の高年齢でもあり、高い所の掃除は体力的に難しいらしく、片付けもあまりされていなかった。梯子を持ってきて上の方まで整理整頓をしていたら、思ってたより少々時間がかかってしまったなあ。

「あ、こんどーさーん!蔵の掃除終わりましたよー!」
「おー!ありがとう名前ちゃん!」

蔵の近くの縁側で刀の手入れをしていた局長の近藤さんに声をかけ、蔵で見つけたお宝の入っていた缶ケースを持って、近藤さんの横に座った。

「近藤さん、これ!」
「ん?なんだこれは?」
「これ…近藤さん達の写真じゃないですか?」

缶ケースをパカッと開けば、古びた写真が数枚入っていた。写真に写っている人の顔から面影のあるのは近藤さん、土方さん、そして沖田さん。

「おー本当だ。懐かしいなぁ」
「みんな若いですねぇ。あ、この頃は今よりゴリラっぽくないですねぇ近藤さん」
「今俺の事ゴリラって言った?ゴリラって言ったよね?」
「やっぱり髪を切ると印象変わるもんなんですね〜」
「オィィィシカトかよォ?!」

長髪の土方さんも、なんだか今は昔より少し柔らかくなった印象もあるが、やっぱり鬼っぽい。
でもたまにおっちょこちょいな所もあるしなぁ。この頃も、そういう可愛い所があったんだろうか。
沖田さんは小ちゃくてめちゃくちゃ可愛い。でもちょっと捻くれている表情をした写真もあるから、きっと昔から性格は変わらないんだろう。それでも、身体の形はとても成長している。
ペラペラと、写真を一枚ずつめくっていると、ふと一枚の写真に引き込まれた。

「この女の人…綺麗…」

それは柔らかな表情をして三人と一緒に写ってる女の人の写真。蜂蜜色の髪が沖田さんと似ている。

「あぁ、これはミツバ殿といって総悟の姉上だ」
「やっぱり。でも沖田さんと違ってとても優しそう」
「あぁ、とても優しい人だよ。今は武州にいるんだが、元気にしているだろうか…」

そう言って少し悲しそうな顔をする近藤さん。
何か不安な事でもあるんだろうか。
写真の中のミツバさんは美しく、幸せそうな顔をしているが、どこか少し切ない表情をしているように見える。この時、みんなはどんな生活を送っていたんだろうか。

「そういえば武州には帰ったりするんですか?沖田さんのお姉さん、会ってみたいなあ」

「その事なんですがね、今度江戸に来るみたいでさァ」

声のする方を振り向けば、沖田さんがこちらに歩いてきた。相変わらず気怠そう……。

「おお、総悟!それは本当か!」
「ヘイ、最近良い縁談があったらしくてですねィ、その婿さんが江戸の商売人らしいんでさァ。来る時は真選組にも寄ると言ってたんで、近藤さんも顔見せてやってください」
「もちろんだ!…そうか、縁談かあ。ついにミツバさんも嫁ぐのかあ。いいなあ、俺もお妙さんと…」
「あ、そういえばさっき屯所の前歩いてましたぜ、姐さん」
「何!?ちょっくら行ってくる!!」

近藤さんは沖田さんの知らせを聞いて、物凄い勢いで走って行った。そういえば近藤さんには好きな人……真選組隊士達が姐さんと呼ばれている存在が居ると、聞いた事がある。近藤さんの好きな人ってどんな人なんだろう。想像がつかないなあ。
近藤さんが座っていた場所に、次は沖田さんがよっこらせ、と腰掛け座った。沖田さんは私が見つけた写真を懐かしそうに見る。

「やっぱり姉上は別嬪さんだなァ」
「本当…こんなドSな弟が思えないくらい」
「テメェに言われたくねェでさぁ。どーせガキん頃からおっちょこちょいで暴れん坊のガキだったんだろ?」
「よくお見通しで…」

隊士の方からはお淑やかとよく言われるが、そんな事ない。
昔は太陽の眩しい青空の下で駆け回って遊んでいた。学び舎で年上のお兄ちゃん達とやんちゃな事をして遊んでいたし、あの頃は平和だったなあ。

…って、いけないいけない。懐かしい記憶が蘇るが、昔の事なんか思い出したらまた病が出てしまうかも。真選組に昔の事がバレるよりはマシだが迷惑はかけたくない。
私は思い出さないように、話を戻した。

「しかししっかり姉がいれば、下がそういう人間になるのかもしれないですね」
「お前も姉さんいたのか」
「はい。…もう居ないですけどね。沖田さんのお姉さんに負けず劣らずの美人な姉なんですよ?何だかこの柔らかい表情見ると、思い出しちゃって。…会ってみたいなあ」
「…名前は写真とか持ってねぇのかィ?姉さんの写真とか」
「そういえば持ってないですね」
「一枚も?」
「えぇ。家が貧乏だし撮る機会も無かったですし。一度、友人から誘われて姉と一緒に撮った事ありますけど、無くなっちゃいました。だからこの頭の中に残る思い出が、私のアルバムですね」
「…ふーん。じゃあ撮る?」
「へ?」

肩をがしっと掴まれて沖田さんの肩が触れる。顔も近い、沖田さんのイチョウの葉みたいな色をした髪の毛が私の頬に触れるくらい。距離感が近すぎて少し焦り、ふと斜め上を見上げれば沖田さんは片手にケータイを持ち、はいちーずと呑気な声の後にカシャっという機械音がなった。え?と驚いていたら、また2度3度カシャという音が鳴る。

「どこ見てんのでィ、カメラなんだから目線合わせろィ」
「いやだって、急にやったらそうなりますよ!」
「ほら、お前のケータイにも送ってやらァ。貸せ」
「携帯ですか?別にいいですよってあ!」
「つべこべ言わずに貸せってんでィ…っと、ホラ」

住み込みなら、と言われて真選組から貸出された携帯。中には女中長と局長と副長の連絡先しか入っていないシンプルな携帯だ。壁紙は初期設定で設定されていた花の写真のまま。
沖田さんは私の携帯を奪い取り、慣れた手つきでピッピッと操作音が聞こえる。私の手元に返された時にはいつもの花の写真だった壁紙がさっき撮った爽やかな可愛い顔した沖田さんと、少し驚いたような表情をした私の写真になっていた。

「テメェの面、固っ苦しい笑顔か無表情な顔しかしねぇから、こういう顔は意外だな。もっと色んな表情すればいいのにねェ」
「別になくても生きていけますから」
「なら、俺がその顔めちゃくちゃにしてやろーか?ついでにお前の隠してる事全部出せるようにしてやらァ」

そう言って、顔を近づけてきた。
次は何をするつもりなのか、と険しい顔をしたら、おでこがコツンと。目と鼻には沖田さんの顔が。
ズキッ。意味の分からない胸の痛みから、顔が熱くなるのか分かる。離れればいいものの、何故か目を瞑ってしまった。

「…ぷっ。顔、真っ赤だぜィ」

目を薄く開くと、近かった顔が離れていて、笑いを堪えている沖田さんが携帯を構えていた。


カシャ。

あ。

「こんっの…!!消しなさい!」
「やーだねィ」


やっぱり沖田さんは意地悪だ。