苦味する蜜




今日は彼女。探偵事務所に寄る日だと日数計算をしてケーキ作って持ってきたが、来ないと蘭さんから聞き一気に疲労がやってきた。来ないなら来ないと書いておけ。とも思ったが理由くらい説明すべきだろ。と言及する思いでもあり端末機取り出して連絡してやろうかと指を動かす手前で、蘭さんから例の「スバルさん」という異性の名を聞いて、思わず手にしていた端末機を指圧で画面に罅を入れるところだった……あ、画面から液晶モニターの破片が。脆い端末機だな。買い替えるかと端末機をしまう。
同居だと彼女は言っていたな。日用品となると男手が必要なものだろう。例えば米とか、水、または洗剤などの女性では中々にかさ張る上に重いものだ。そうか、そうなるとそれをそのスバルという男と共に買いに行ったのか……何故俺に頼まないんだ。
車なら俺も持っている。後部座席に荷物くらい詰めるし、ひ弱じゃないから水でも米俵でも持てる上に彼女を安全に助手席に乗せることも可能だ。おまけに疲れたらお茶までエスコートすらこなせるというのに……遠慮をしているのか?いや、彼女ならあり得る。変なところで気を遣うからな、彼女。

………取り合えずそのスバルって男とは一度さしで話をするか


腕を組んだまま毛利探偵に依頼をしに訪れた男、芸名鶴丸国永。本名伊達鶴丸の依頼内容を聞いていた。彼女が好かなそうな男だな。

「親に勘当されてな。妹とは幼い頃より逢ってなく。その親も亡くなったと聴いて妹は行方不明ときたもんだ。何処にいるのかどうしても知りたくて自分なりに探してはいたんだが、あまり立場上公に出来ず、大舞台で派手に振舞うのは少々厄介でね。それでかの有名な毛利探偵に頼みたいと思った次第だ。どうかな。探してくれるかい、俺の妹を」
「探しますっ!探すよね!お父さん!!」
「おい蘭!勝手に返事をするな」
「話聞いてなかったのお父さん?!鶴丸さんが……妹さんをっ、行方不明の妹さんを探したいって……!会わせてあげたいと思うじゃない!普通!!」
「お前…熱に浮かされすぎだぞ」
「ねえねえ、お兄さん。その妹さんの特徴とか憶えてる?」
「ああ。写真とかなら持って来たぜ。ただ……随分と古いものだから参考程度になってしまうがね」

鶴丸さん(苗字が旧友と同じだから呼びたくない)がパスケースを取り出し、一枚の写真を抜き取るとそれをテーブルの上に置いた。

「幼い頃の写真しか持っていなくてすまんが」

毛利先生が写真を手にし、掲げる。コナン君や蘭さんも覗きこむ。コナン君の動きに注視しながら自分もその写真を覗いたとき、鈍器で頭部を殴られる衝撃を味わった。

「――夜子」

思わず口にしたその名前に、コナン君がいち早く反応を示す。彼に疑われることは避けたいがそんなことは今、気にしている余裕もなく。毛利先生からその写真を「失礼」と言って取り眼前で細部まで確認を始める。
白銀の髪色に紫目の瞳は、思い出のあの子とは似ていないが、色白な肌に口角を上げたときの面影や顔の輪郭などあの時の少女そのものだ。俺の手元には少女の写真など特定できる記録などは何も残っていない。残っているのは己の脳髄に刻まれた思い出だけ。だが、その欠片たちがざわめきだす。己の細胞から血流までも叫ぶ。この写真の少女は間違いない。ずっと探している少女だと――――。

「安室さん写真見せて」
「あっ、ああ……ごめんね」

コナン君に声をかけられて普段通りにふるまいつつ彼に写真を手渡す。動揺が隠し切れない。もしもあの写真が、あの写真に写る少女が江戸川夜子だったら……それを彼女が認めたらそれは……それは限りなく、限りなく――――。

「これ、夜子姉ちゃんに似てる」
「本当だわ!夜子ちゃんにそっくり…可愛い」
「あなたの妹さんの名前とかはご存知ですか?」
「ああ。驚くと思うが今、君たちが口々に言っている名前と同じ名前さ」

そういって、伊達鶴丸は美しく微笑んだ。





■□■





「蘭姉ちゃん。夜子姉ちゃんの写真持ってる?」
「ええ。画像でよければ」
「ありがとう。ちゃんと調べればわかるけど、肉眼で見て顔の輪郭とか骨格まで似ているなら本人に間違いないと思うよ」
「ほお……君たちの知り合いは俺が探している妹に近いようだな。紹介してくれないか?」
「いいですよ。今連絡してみますので待っていてください」

蘭さんが電話をかけに席を外し、毛利先生は連絡つき次第でいいだろ。とソファーからずれデスクの椅子へと移動した。彼の対面が空いたそのソファーに座り、瞳に彼を映し出すと彼は愉快そうな笑みを浮かべて待っていた。まるで、聞きたいことがあることを見越して。

「あの。あなたの苗字は伊達ですが妹さんの苗字も伊達なんでしょうか」
「いや、違う。俺は素性を知られるのが嫌いでね。本名と名乗っているのも偽名だ」
「そうなんですか。へぇ―職業病なのか探りたくなってしまう性質で。教えて頂けませんか、あなたの本当の名前を」
「俺に興味があるのかい?だがきみの期待に添えられるかどうか……」
「是非」

透かした顔をして男はにこやかに笑むと指先でこっちへ来いと、耳を貸せと動かすので耳を傾けると小声で身の毛がよだった。

「五条鶴丸」
「へぇ―そうなんですか。じゃああなたの妹さんは」
「どうやらきみの脳細胞を満腹にさせる事に成功したようだ」

足を組み指を絡ませ男は不敵な笑みを浮かべた。そう云えば情報によると五条家は四人家族。五条夜子には歳が10以上離れた兄が居ると。彼の外見を見るなり該当するな。だが顔が似ていない上に瞳の色が違う。まだ不明慮な点が多すぎるな。

「それであなたはその妹を探してどうしたいんです」
「どうしたい、とは?」
「例えば、聞きだしたい何かがあるとか」
「何だかそれを聞くとまるで何処かのスパイ映画みたいじゃないか。俺は普通の俳優だぜ。妹が行方不明と聞いたら無事かどうか確認して会いたいと思うのが普通の感情だと思うが…違うのかきみは」
「いいえ。会いたいと思うでしょうね。それが本当に妹に対する感情であれば、ですが」
「きみは面白い奴だな。俺がその妹に恋心を抱いていると?」
「違うんですか?」
「違うさ。そんな軽称で俗物的な枠にあてはめないで欲しいな。俺が妹に対して抱く感情はこの世でもっとも至極で案外短絡的なものかもしれないぜ」

腹を探っているつもりが、逆に探られている気がする。こいつ一体……。

「今度は俺から質問していいかい?」
「なんでしょう」
「俺の写真を見たときのきみの感情を教えて欲しいな」
「そうですね……とても愛らしい妹さんだなと」
「なんだ。つまらんなきみは。欲情くらいすればいいものを」

探られている、んだよな……肩に張った力が抜け落ちる程の脱落感を覚える。

「妹は可愛いんだ。とても可愛くて……誰の目にも留まらない部屋に閉じ込めて飼殺したくなるくらい可愛いんだ」
「警察呼びましょうか」
「冗談が通じないな」

あけらかんと言われると一層の事すがすがしい。隣で聞いているコナン君も呆れた顔をして笑っている。

「そうだな。成長すれば今頃あちらのお嬢さんくらいか、若しくは20代後半くらいだろうな」
「随分と年齢の幅が大きいですね」
「あまり年齢の差異に目を留めたことがないからな。そんなものは些末なことだ。三十路間近な男が女子高生のスカートを追いかけようとも俺はその男を応援するぜ」
「それは犯罪予備軍者ではないですか」

そういい終えるとコナンくんと鶴丸さんの視線が痛いほど集まっていた。そして蘭さんの視線も。あれ電話終わったんですか。

「蘭姉ちゃんどうだった?」
「うん。繋がったよ。丁度買い物終えたところだから真っすぐ事務所に向かってくれてるみたい」
「ありがとうなお嬢さん。良ければ友達の分のサインも書こうか」
「え!?いいんですか!!」

蘭さんは目の色を変えて急いで色紙を自宅まで取りに駆け上がり、数分後戻ってきた。足を組み流れるように達筆な字でサインをする伊達鶴丸。今からここへ訪れる夜子さんを見てどう反応するか。その反応によっては本当に彼女が……彼女こそが、あの子ということに。いや、だが。念には念をあの写真が合成かもしれない。上手くあの写真を手に入れられれば。

「そういえば安室さん。その写真の子に見覚えがあるんですか?もしかして夜子ちゃんとの馴れ初めとか」
「あ、いえいえ。違いますよ。ただこの写真に写っている子なんですが……僕が一度だけ。幼い頃にたった一度だけ逢ったことのある女の子に似ていたので、つい」
「もしかしてその子が初恋だったとか」

蘭さんの言葉に、セピア色に残っていた脳髄が色彩にあふれ出した。

「初恋、ですか」
「はい。だってあの時の安室さん。懐かしそうに柔らかく笑ってましたから」
「僕が、ですか」
「はい」

笑っていたか。懐かしいのは間違いないが……そうか。笑っていたか。自然と口角が上がる。あの頃の事は時々薄れてしまって思い出すのも一苦労なんだが、それでもふとしたきっかけで鮮明にフラッシュバックする。あの頃の思い出。宝箱にしまう宝石のような、そんな思い出たちに目を細める。

「違いますよ」

否定すると蘭さんは肩を落として項垂れた。じとっと視線を下から感じて視線を落とすとコナン君に見つめられていた。君も探るのが好きだな。

「じゃあ逢いたいとかは思っているんですか?」
「そうですね。逢いたいとは思っていますよ。あれ一度きりでしたので」
「じゃあ鶴丸さんと同じですね」
「え?」
「探してるんですよね、思い出の子を」

思わず鶴丸さんと目が合う。だが互いに「お前と一緒にするな」という感情が共通したのか不敵に笑みを浮かべた。

「彼と一緒にしたら失礼ですよ」
「そうだぜ、お嬢さん。初恋と妹は別物だ」
「そうですよね、別物ですよね」
「ああ、妹はストロベリーだが。初恋はレモンだからな」
「相容れませんね」
「ああ、そうだな」


――――お前と一緒にするな、シスコン野郎


(認めてんじゃねえか初恋だって)