同居人の見解




ノイズが走りその機材は意味を失う。イヤフォンを外し眉を潜める。
いつから気がついていたんだあのスバルって男。ハンドルに手を置き助手席の扉が開き女性が乗り込む。香水が毎回違うが同一人物の女性が。

「どうしたのよ、呼び付けて」
「いえ、そろそろ僕にも教えて頂けないかと思いまして。江戸川夜子を監視する意図を」

窓辺に肘をつきベルモットはサングラスを少しずらす。

「あら、あなたも知ってるでしょ。彼女が五条夜子と容姿が似ているから念には念をで観察しているだけだと」
「血」
「……」
「五条夜子には無く、江戸川夜子にあるもの。そのあるものこそがあの方が欲するものであるからこそ、彼女を監視しているのでしょう。でもどうして彼女を引きこまないんです?その方が早いんじゃないですか」
「無理よ。彼女は確かに我々が欲するものを所持しているけれど、それを利用するにはまだ足りないの。舞踏会へシンデレラを招待するには時が短い。だからまだ硝子の靴はあなたが所持してなさい」
「おや…それでは僕は魔法使いなんですか」
「あら不服?王子様をやりたいのなら彼女を落とすことね、ロミオさん。あなたにしては随分と手こずってるようじゃない」
「そうですね…彼女は、今までにいない方なので」
「あの子の事は任せるわ」

ベルモットは息を吐きだし、車から降りて何処かへ消えてしまう。
これではっきりした。五条夜子と江戸川夜子は同一人物ではない。本人も断言していたから間違いがない。それにあの男……五条鶴丸。芸名は鶴丸国永。顔が似ていないから兄妹とは思っていなかったが、奴から情報を得ようとするのも無駄骨だろう。本物の五条鶴丸ではないからな。それにあの発言まるで全てを見透かしているかのようだ。まさかあいつこそが……いや、断定はまだしない方がいい。撹乱するだけだ。
それにしても、江戸川夜子。君は五条夜子ではないとわかっても、組織は君を手放す気はないようだ。だがいくら探っても彼女の経歴は白紙も同然。5歳までの記録と空白の11、2年間。何故今頃のこのこと姿を現し、わざわざ処刑台に自らを差し出したのか。今と成っては調べようがない。
素直な彼女だがうっかり口を滑らせるような事もしないあの、鋭さ。本番での度胸。ただの女子高生ではないようだ。あの少年と同様に―――。

車を路肩へ横付けし自販機の前に立つと携帯を耳に充てたまま風見が声をかける。

「早急に調べましたがあの写真は加工されていました。髪も目も黒です」
「人物の修正箇所は」
「いえ。被写体事態には何処にも修正された所はありません」
「そうか……。それでもう一つの件だが」
「そちらの件は、彼の経歴に可笑しな点はひとつもありませんでした。詳細はこちらに」

資料ファイルを受け取り目を通す。それを読み終えると再び風見へ返した。確かに粟田口一期の経歴は何処にも不審点はない。真っ当な人間の道筋だ。

「追加でひとつ。五条鶴丸について調べてくれ」
「わかりました。五条夜子についてはもういいのですか?」
「ああ。彼女のことはもういい。此れ以上探った処で無駄だ。塵ひとつ出てこないさ」
「わかりました」

取り出し口から缶を取り出すと、風見は姿を消す。プルタブを開け、ふっと息を吐きだした。

「やはり君はもうこの世にはいないのかな」

雲が浮かぶ夜空のむこうを目を細めながら眺めた。





■□■






『昴さん。お風呂いいですよ』

髪を纏めてタオルを肩にかけ、太腿がみえる短いパンツの寝巻姿。胸は無いが女子高生と言う若さが眩しい。一望してから麦茶を飲む彼女に『ん?』と視線に気づかれるが「じゃあ行ってきます」と残してリビングの扉を閉めた。脱衣所へ向かい服を脱ぐ際、ポケットに入れっぱなしだった盗聴器を取り出す。既に破壊済みだが出所を調べたところで辿れないようになっているだろう。だが、誰が仕掛けたかくらいなら彼女の話を思い出せば誰かは容易に辿りつけた。

「安室透か」

シャワーを浴びながら彼の顔を思い出す。組織に居た頃とそしてつい最近。傷だらけの彼女を運んで来た時に邂逅した。外面のいい男の事だから探るついでに届けに来たのだろう。気を失っているのか今朝見た綺麗な格好からは見違えるくらい貧相な姿になっていた。
怪我を負っているということはきっとあの時、彼女に最期の別れの挨拶かのように告げた後追いかけた。その時に何かと対峙した結果なんだろう。背負ったケースなど見たことがない点からしてそれで撃退したというのか。しかしストーカーに襲われたならもう少し違う外傷が出来るはず。なのに彼女は切傷が多い。しかもナイフなどの小型ではなく。刀……鉈などの形状のもので斬りつけられている。だが、論点はそこではない。この男……彼女がこの状態になっている間は何処で何をしていた。彼女が消えた直後急いで後を追っていたはず。追いつけない距離でもないはずだ。ということは……彼女が対峙ていた間、傷つくのを黙って見ていたというのか。
眠る表情を見ると、泥や砂の他に泣いた跡が残っていた。彼女は普通の女の子だ。己で身を護る術など知らない……預かっている身の上、それに彼女は何処かあいつに似ている。肝心な事は何も言わない、一人で背負いこむあいつに……。それの所為か少々鶏冠にはきた。
だが、あの男。彼女を手放す際にほんの少し寂しげな表情をしていた。感情がある。彼女に対して少なからず情があるのか相変わらず突っかかって来られたが、元の姿よりは平静だった。

「ふっ…まさかな」

情報を得るために娘にお得意の外面で近づいたが、返り討ちに合い彼女に情を持つなどない。あの男に限ってそれはないだろう……多分。
風呂場から上がりタオルを手に取るとふわりと鼻孔をくすぐる甘い香りに、彼女が洗濯したものだと解った。最近この香りに夢中なのか俺の洗濯物までこの香りで統一されている。まあ、なんでもいいか。タオルを籠に入れ服を着てから脱衣所を出る。この前上半身裸のままリビングに戻ったら彼女に『服着て下さい』と普通の対応をされたので、沖矢昴の状態で同じ格好で眼前に出たら顔を真っ赤にして『ふ、ふくきてくだしゃいっ!』と指の隙間から見られた時は流石に腹が立ったのが記憶に新しい。偶にそれで彼女の反応を楽しむが今日はそういう時間ではないのでな。

リビングに戻ると音で予測していたのか、いつも使用するグラスに氷とバーボンが注がれソファーの前に位置するテーブルに用意されていた。彼女は台所でチョコレートを刻んでいる。

『用意してありますよ』
「ああ、すまない」

彼女は元々世話好きなのか、頼んでいないのにこうやって行動を予測して用意してくれる事が多い。家事もそれなりに得意なのかシャツにアイロンまでかけて貰ったときは感動した。女子高生にしてはよく出来たお嬢さんだ。妹と同い年だったな。

ソファーに座りグラスを傾けると、作り終えたのか寝る前のホットチョコレートが入ったマグを両手で持ちながら、隣のソファーに腰掛けられる。沖矢昴のときはあまりそういう事をしないのだが、元の姿に戻ると彼女はそういう行動をとる。男慣れというか、男と一緒に暮らしたことのある言動に不思議な気分になる。

「今日は君にご執心の彼はどうだったんだ?」
『うっ…それ聴いてどうするんですか』
「君の鬱憤が溜まっていると思ってな」
『いつも通り清々しい笑顔で肩を掴まれましたよ』

肩ということは…彼はそのとき、彼女に盗聴器をしかけたのか。恐らく目的は―――。

『あとはちょっと様子がおかしかったですね。目を逸らされました……いつもは私が逸らすまで耐久テストかの如く見てくるのに』
「……熱烈だな彼は」

顔が良いのは知っている。彼に声をかけられた女性は大半頬を染めて歓喜していたが……こんなに嫌そうな顔をする女性はいなかったな。物珍しい。彼女の場合は「何故自分のような奴に声をかけてくるんだ、怪しい男だ」と思っているのだろう。君のように警戒心が高い女性でも何度もアプローチされていれば騙されるんだが。そのそろそろ自白剤のようにいいなりになる頃合いだというのに、彼女は「やっぱ眼球に重い病気があるんじゃないか。よし眼科に連れて行こう」……本当に面白い娘だ。自分に好意があるとは微塵も思っていない。自分に自信がないのを通り越して一層の事清々しい彼女は、こんな子供っぽい飲み物を飲んでテレビを視聴している。

『やっぱり調子が悪かったんでしょうかね』
「そうだな…色々と調子が悪かったんだろう」

そしてこのお人よしである。黒過ぎる世界にいすぎると彼女の様な天然記念物を天使と間違えることもある。うっかりしていると落ちるのだが、あれは無自覚だろうな。

「五条鶴丸のことだが」
『はい。組織については何も話してませんよ。彼は五条鶴丸ではありますが、全くの無関係ですから』
「そうか。本当の兄妹ではないんだったな」
『一緒に過ごしては来ましたが、血は繋がってません』

五条鶴丸の名を口にすると彼女は何処か嬉しそうだ。恋い慕う乙女のように、だが少し違うのは過去形というところだろう……ん?胃がムカムカしてきたので首を傾げた。すると彼女が『あ』と何かを思い出したのか俺を見るなり口を動かし始める。

『そういえば鶴丸が変な事を言ってました』
「変なこと?」
『はい。組織について何も話していないのに、あいつ“確かにきみや俺が五条の人間だと知れたら、殺されてしまうかもしれないからな”って言ってた……報道では五条夫妻は自殺。五条夜子は行方不明なのになんでそんな事言ったのかな』

彼女は核に迫っていた。それは此方も同じ事。もしかすると……あちら側の人間かもしれん。だが憶測の現状で彼女に伝える事は憚れた。洞察力に長け、それなりに読解力のある彼女の事だ。いずれ気がつくだろう。己で。その辿りついた答えに自らが決着をつけるべきだ。だが念には念を入れて調べた方がいいな。その五条鶴丸という男を。

長袖の隙間から包帯が見えた。足の傷は治っているが腕に新しく作ったのか。彼女は俺やあの坊やにも内緒で夜な夜な出掛けては傷を作って帰ってくる。有希子さんに説教を受けていたが、彼女には信念を感じる。誰に何を言われようとも成し遂げようとする意志が伝わり、有希子さんも諦めたくらいだ。だが、毎回怪我をして帰ってくる娘を心配になるのは一緒に暮らす保護者からしてはこのままでいい訳がない。
すると、肩に重みがのり首を巡らせると彼女が寄りかかって寝入っていた。此処の所夜中になれば出掛けていたから寝不足が祟ったのだろう。両手に握られているカップを取り上げテーブルに置く。

「寝顔は子供なんだがな」

というより…色気のあるどんな女よりも――――そろりと手を伸ばし指先が肌を滑ると鼻をつまんで起こした。

「ベッドで眠れ」

呼吸困難になったのか目をカッと目を見開いて驚いた眼差しで見つめられる。喉を震わせ手を放してやると深呼吸を繰り返しカップを片手に立ちあがり洗い物を済ませていた。

『明日の朝食はカレーでもいいですか?』
「別に構わないが、昼食はいらない」
『了解です。じゃあお弁当は私だけでいいとして…夕食はまだカレーが残っているから…カレーうどんにしましょうか』
「……任せる」
『じゃあお先に失礼します。おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」

炊飯器にセットして彼女はリビングの扉から去って行った。他人と暮らすなど動きづらいと思ったが、彼女はあまり干渉しようとしてこない上に、色々と生活の補佐をしてくれている。別に彼女には何もかも知られているため、こそこそと動く必要はないが……鼻が鳴った。

「君が気になる訳がわかるな……バーボン」




Thank you:ank希望を含めました