「ええ――!!鶴丸国永の妹?!!」
『園子ちゃん声が大きい』
鶴丸さんに書いてもらったサインを園子に渡した時、説明をどうすればいいか迷っていたら夜子ちゃんが自ら話してくれた。いずれ園子には露見されるのなら今のうちに話しておいた方が良いって。確かに土壇場で騒ぐより先に事情を説明されていた方が対応が違うものね。
「そ、それで!一緒に住むの?!」
『住む訳ないでしょ。人気急上昇中の俳優なんかと。報道されるのも下手に記事にされるのも嫌だから』
「平穏な暮らしを選んだって訳か」
『目立ちたくないからね。私は木陰で生きる方が性にあってるし』
「えぇ〜勿体ない。あんな美系の兄がいるってのに……ねえねえ!彼に会わせてよ」
『今は九州でドラマの撮影らしくていないけど?あと何処に住んでるのか知らない』
「秘密主義者なのね……ミステリアス」
「可笑しな兄貴だな。妹に住所を教えないなんて」
『いいのいいの。知りたくもないから』
「兄妹仲不仲なの?あんた」
『そうでもないと思うけど、本当に目立ちたくないだけ。必要最低限互いに干渉されたくないって感じかな』
「珍しい兄妹だな」
『色んな兄妹がいるからいいんじゃないかな』
「確かにそれもそうか」
世良さんと笑っている夜子ちゃんだけど。何処か……苦しそう。教室の隅へ視線を投げると私達同様に雑誌を広げて鶴丸さんの記事を読んでいる。黄色声で「かっこいいよね」「超タイプ」とはしゃいでるのが聴こえる度に夜子ちゃんへ視線を戻すと、彼女は一瞬だけ眉を寄せ。園子に声をかけられると普段通りの態度になる。その態度に私は疑問に思っていたことが線となって引かれる。もしかして……夜子ちゃん。
「江戸川」
クラスの男子に声をかけられ、夜子ちゃんはびくっと身体を揺らした。恐る恐るといった様子で顔をあげるけど目線は制服のネクタイで留まっている。
「お前、ノートの提出まだだろ」
『あ、ごめんなさい』
「あいよ」
ノートを引出しから取り出し手渡し、受け取る男子生徒の手が触れるとすぐさまノートから手を離した。夜子ちゃんは時々異性相手にこういう態度を取ることがある。安室さんとのやり取りを見ていると全然違うから気がつくの遅れちゃったけど。同性相手には普通で、園子が手を握ってきても夜子ちゃんは怯える様子もない。そんな違和感にかられて、私は夜子ちゃんを強引にお茶に誘って思わず……喫茶店ポアロへ連行してしまった。
店内に入るなり周囲を警戒している夜子ちゃんは普段通り。カウンターにいた梓さんが「今日は安室さん。午前シフトだからいないよ」と親切心で声をかける。当然夜子ちゃんは晴れやかな表情で梓さんにお礼を言っていた。ああ…タイミングが悪い。一応席は隅の方を選び、互いに対面して座ると梓さんが紅茶を二つ持ってきた。
『梓さん。今日も紅茶が美味しいです』
「ありがとう。夜子ちゃんだけだよ。私の紅茶を頼んでくれるの。あと敵意もない」
『梓さんに敵意なんて向ける訳ないじゃないですか。こんなに可愛いのに』
「後でケーキのサービスしてあげるね」
『ありがとうございます』
梓さんとは仲が良い見たい。手を振って梓さんは仕事に戻る。カップの取っ手に指を引っかけて夜子ちゃんが口をつけて傾ける。瞼を伏せて飲むその仕草は大人っぽい。髪が顔にかかりそれを耳へとかけてティーソーサーに置いてから私を瞳に映した。
『で、何の話?』
「え?」
『だって話があるから連れて来たんでしょ?』
「気づいてたの?」
『うん。それも…安室さん関係なんでしょ』
「あ、それも気づいてたの…、でも何で来てくれたの?」
『蘭ちゃんは私の嫌がる事をするような子じゃないから』
夜子ちゃんは優しげに微笑む。笑うと子供みたいで凄く可愛い夜子ちゃんの無邪気なその笑みに私は意を決して単語を文章にした。
「安室さんの初恋の人は、夜子ちゃんなの」
「え!うそ、そうなの?」
ケーキを持ってきてくれた梓さんが驚いた声を上げる中、夜子ちゃんの顔を恐る恐る視界に納めてみると固まっていた。唇が薄ら開いていてそこから隙間風みたいな音が聴こえる。
『蘭ちゃん……その嘘だけは寒い』
「本当よ!だって昨日観たでしょ?鶴丸さんが持ってた写真。あれ夜子ちゃんだって自分でも認めたじゃない」
『そりゃあれは私だけど(あの鶴丸が所持していたものなら)』
「え、なに。どういうこと」
梓さんがいつの間にか空いている椅子に腰かけ会話に参加してしまったけど、構わずに進めた。寧ろ視聴者いた方が云い逃れは出来ないだろうし。
「安室さんが一度だけ会った女の子に似てるって言ってたの。一度しか会っていないからもう一度会いたいって」
『初恋だって安室さん認めたの?』
「あ、ううん。違うって否定されちゃったけど」
『じゃあ蘭ちゃんの憶測じゃない。その初恋って奴は』
「でも!でも……想ってなきゃ。好意がなきゃあんな顔しないよ。あんな……優しそうな顔。会いたいって顔しないよ」
机を叩き身を乗り出して夜子ちゃんに迫るけど、彼女は笑うのをやめて真剣な眼差しになった。
『蘭ちゃん。違うよそれ。安室さんの初恋がその写真の子だったとしても。似ているだけで、その相手は私じゃない。それは断言できる』
「どうして?」
『だって、会ったことないもの。あんな褐色肌の人』
「……え」
『あれは目立つと思うな。顔も整ってるから幼少期はきっと可愛い顔をしていたと思うし。なら忘れる訳ないよ、私が。イケメンキラーですから』
「あ…そ、そうだね」
「でも初恋の子が夜子ちゃんと似ているなら毎日熱烈のアプローチも納得するけどね」
『あ……胃が痛くなって来た』
梓さんが笑って席を立ち。再び仕事に戻る。結局、納得させられちゃったな。何だか誰かさんに似ている所為で構いたくなってしまう。このもどかしい二人が、誰かさんと似ていて……。カップを両手で持ち少し温くなった紅茶に口をつけると、店内に二人組の女子高生がやってきて。雑誌を広げている。その雑誌には確か、鶴丸さんが掲載されていた……。
「鶴丸ってかっこいいけど女優とかアイドルとかと噂が絶えないよね」
「本当だったらどうしよう」
「清廉潔白がいいよ」
「ほんとだよ。国宝級の美男」
ふと、夜子ちゃんを見ると淋しそうな、悲しそうな……よく知る感情を宿す表情をしていた。あ……もしかして。
「ねえ夜子ちゃん」
『うん?今度は何かね蘭探偵』
「夜子ちゃんの初恋って誰だった?」
にやにやと笑っていた夜子ちゃんは急に面食らったような顔をして、次第に目を細め身を正した。はぐらかすのかと思ったけどそうではないみたい。ケーキにフォークを通し口元に生クリーム運び咀嚼する。こくり、と喉へと通し終えると普段通り笑みを浮かべた。
『鶴丸』
「え」
『鶴丸国永だよ。私の初恋の人』
紅茶のカップへ手を伸ばし冷めた紅茶を啜る。
「え…でも彼は」
『そう禁断の恋。解らない訳じゃなかったんだけど、でもあの頃は叶えちゃうんじゃないかって夢見てたから……まあ、はっきりフラれたんだけどね。しかもこっぴどく』
「何があったの」
『聴きたい?割と過激だけど。セルでいえばDかな。あとこれを聴き終えたら色紙をぶっ壊したくなると思う』
心底嫌悪を現しているその表情に息を呑む。一体どうなったのか知りたい。ちょいちょいと手を招かれて耳を寄せると小声で教えてくれたその言葉の羅列に、あまりの言の葉の暴力に顔から湯気が出て真っ赤になり大声で叫んでしまった。
「最低ッ――!!そんな人なんて思わなかった!!」
『それでその最低な光景を見せられて、恋心がきっぱり醒めたって訳』
そんなの誰だって醒めるわ。恋していた自分を殴りたくなるくらい!
カッカッした頭の中で、疑問が生じる。あれ、でもじゃあなんで……なんでそんな悲しそうな顔をするの?
『まあ、それからは恋なんてしないってなっちゃって。兄とも疎遠になったんだけど……ここで再会するなんてね』
明るく笑っている夜子ちゃんの姿にチクリと胸が痛んだ。もしも…もしもまだ根深く心臓に張っていたら。それは……それはとても―――。
「まだ好きなの?」
『……どうだろう』
彼女は普段とはうって変わったその大人の表情に、わたしは息を呑んだ。
『自分では吹っ切れたと思うんだけど、ふとした瞬間にどうしても思い浮かぶのがあいつなんだよ。でもだからと言ってあいつとどうにかなりたいとは思ってないっていうか。正直他の女性と関係を持っても何とも思わないんだけど。ただ少しだけ昔の自分を思い出して自分が可哀想だなとか思うくらいかな。だから好きかと聞かれたら家族として好きかな』
「辛くない?」
『ん――そうだな。今あいつにしたいことは……羊になるまで殴りたい、かな』
「……え?」
『いたいけな少女時代をあいつによって潰されたかと思うと腹が立って、家を出てやったのさ。中学の頃。独立したら恋なんて忘れたわ。ふっ…でもね期待させるような事ばっかり言うような男に過度な期待しちゃダメ絶対に!顔に絆されていいように言う事聴いていたら一生女の幸せは来ないから。蘭ちゃん、いいこと?新一くんだって男なんだから期待のしすぎには気をつけるのよ!いいわね!』
「あ、はい…」
『それから甘い言葉を吐きだすような男は、本気じゃないから。それでうっかり惚れたら最後無一文になる。心も財布もノーゲーム。だからその甘言は耳を通さない。いいですね、梓さん!』
「はい…」
『やたらとスキンシップが多かったり、優しい言葉なんて誰にでもかけられるのよ顔の良い男は。だから絶対に……ぜっったいに……ッ恋なんかするか!!くそくらえ――チクショウ!!!』
熱の籠った拳を突き上げ机の上に足をかけ、叫ぶ彼女の雄たけびに。梓さんは後半秘かに笑っているし、店内にいる女子高生たちも何故か便乗して「そうだ!そうだ!」と合いの手が入っている。
た…たくましい……
もしかすると本当にそこまでもう想いは薄れていて、少しだけ残った欠片に触発されたのかもしれない。それを今、ふるい落とせているのならいいことだと思う。
突然降りだす雨に店内がささめ気合う中、目線を横へずらし、店の窓を見ると見覚えのある男性の後姿が映り込む。
あの後ろ姿って―――!
夜子ちゃんを梓さんに任せて店内を飛び出し、ある背中を追いかけて名を呼ぶと。彼は立ち止った。振り返らずにいるその背中に。
「本気なんですよね」
「……」
「本気じゃないって言うならわたし……許しませんから」
一度も振り返らずに、返答も返さずに彼はそのまま歩きだしてしまう。雨にかき消される滴を拭い霧の中へと消える彼の背中を見つめた。
ポアロに戻って来るとさっきよりも盛り上がっていた。
『男がなんぼのもんじゃッ!!!』
「そうだ!そうだ!女優がなんだ!」
「私だって次の恋するぞ!」
「あ、蘭ちゃん。おかえりなさい」
「あの、どうしたんですか、これ」
「女子高生の叫びが共感を呼んだ、って感じかな」
梓さんがにこやかに笑う。ついで夜子ちゃんを映せば確かに彼女は晴れやかな表情をしていた。とても清々しい晴れ間の空みたいな、顔を。
『でもイケメンは好きだから目の保養として見る』
「あ、それは変わらないんだ」