「汗かいたでしょ。あなたもシャワー浴びてきていいよ」
『ありがとうございます』
タオルを借りて脱衣所へ向かう前に、はたと気がつき蘭ちゃんの元へ行く。
『ごめん蘭ちゃん。髪解いて貰えるかな?』
「いいよ。今日は綺麗に纏めてあるね。アレンジがかわいい」
『うん、今朝。海外へドラマ撮影のために行く直前に鶴丸が家に寄って。試してみたいからって髪の毛いじられちゃって』
「もしかして次のドラマの役、美容師とか」
『そんな事言ってた気がする』
「へぇ〜〜鶴丸さん器用ね」
「なんか解くの勿体ないね」
『まあ…ちょっと気に入ってたけど。シャワー浴びたいので一思いにやってくれ』
「武士か」
蘭ちゃんに綺麗に解いて貰い、今度こそ脱衣所へ向かう。途中で「一緒に入ります?」とかふざけたこと言ってきたカフェオレがいたけど無視して脱衣所の扉を閉めた。鍵もかけて。どうせ侵入する気もないくせに。シャワーから上がり髪を乾かしていたら、蘭ちゃんが「髪纏めようか」と提案してくれたので、お言葉に甘えようと椅子に座った時。部屋の二階から物が落ちる鈍い音が家中に響き渡った。口々に「石栗くんの部屋からじゃない?」と大学生たちがささめき。総出で石栗さんに宛がわれた部屋へと向かったが鍵が掛かっていた。合鍵はないと桃園さんが言うと安室さんが「開けましょうか」と進言しピッキング紛いなことをした。完全に犯罪者じゃない。その技術。それを褒めちぎることは流石に出来ない。純粋な技術だとしても、それは普通に犯罪行為がなせるほどの芸当術。一期も刑事故なのか険しい顔をして安室さんを見ていた。鍵が開き扉を開けようとした所で何かがドアをつかえた。扉の隙間からコナンくんが見え彼はこう叫ぶ。
「開けるな!」
その言葉を引き金に、周囲の空気が変わった。これは時間遡行軍が出現する兆候。一期に目配せをし彼は私に鍵を渡した。コナンくんの行く先々で事件が起こることは、この時代に来てから体験してきたこと。そして彼が事件に携わると必ず時間遡行軍も出現していることから、今回もそうじゃないかと予想し、車のトランクに弓を入れて持ってきていた。まだ刀を遣って動き回るのは身体的にキツいから、群馬の一件で弓も効果的だったことを思い出し弓を購入した。
周囲の視線が事件現場に集中し、刑事である一期が現場検証を行う中。こっそりと外へ出て駐車場まで行き一期の車のトランクを鍵で開けて中から布にくるまっている弓を取り出し、再び鍵をかけ腕に抱えて戻ろうとしたが、一期の車の中に彼の端末機を見つける。ないと困るだろうと思い車内を開けて手にしようと伸ばした時メールが届き通知画面が表示された。
< きみの復讐を忘れるな >
物騒な文字列に喉がつっかえる。端末機を手に取るが当然ロック画面が施されているから開けることは出来ない。復讐って一体……。
「夜子さん」
弾かれるように振り返ると一期が駆けて来たのか少しだけ息が上がっていた。
「静岡県警がもうすぐ到着するようなので」
『そ、そうなんだ』
「一応現場保存だけしましたから後は県警に任せようかと」
『ご苦労さま』
「持ってくるの大変だと思ったので来ましたが、何かありました?」
『ううん。大丈夫』
「そうですか。あと私の端末機知りませんか?どうやら車に忘れたみたいで」
『それならここに。持って行こうと思って』
「ありがとうございます」
一期に端末機を返すと彼は送られてきたメールに気づき私へ問いかける。あくまで穏やかな声で。
「中身みましたか?」
『見てないよ』
「そうですか…皆さんリビングに集まっているので我々も行きましょう」
『そうだ、ね』
一期が弓を持ち先導する。その後ろを黙ってついていくが、一抹の不安は晴れることはなかった。
壁に寄りかかり事件の行く末を見守る中、濃度が濃くなっていくのが分かる。はあ、と上がる息を整えながら上昇してきた体温に、拳を握る。すると桃園さんが私に凍らせたペットボトルを手渡してくれた。
「よかったら使って」
『ありがとう、ございます。あ、でもこれスポーツドリンクがはいって』
「いいのよ。それは別の奴だから、辛かったら横になっていいからね。度を行き過ぎると還って来れなくなっちゃうから」
彼女が誰を思って言ったのか何となく想像がつく。彼女から時間遡行軍の影が見えたからもあるが、その物悲しい表情は大切な何かを奪われた証拠だったから。今回の犯人は彼女だ。扉が開閉され死体が発見されたとき、一瞥した人の中で彼女が犯人であると気づいた。けれど、彼女が犯人である証拠や犯行に使用したトリックなどはわからない。コナンくんは何か掴んだようだけど安室さんがいる所為でおじさまをつかって推理は不可能と踏み、周囲にヒントを出して犯人まで辿り着くように誘導する方法に切り替えたようだ。
推理が進み彼女が犯人であることをおじさまが唱えると、私はトイレと言って席を外し壁に手を置いて弓を片手に移動した。玄関を出て部屋の窓の前まで行き弓を構える。そろそろ来る……。犯人の自供と共に嘆き声が聴こえた直後時間遡行軍が顔を出す。今回は一体だけのようだ。一期が扉を閉め、私の姿を隠し此方へ斬り込みに駆けてくると思った。だけど一直線に向かってきていたその弾丸のような速さは忽然と進路を変更させた。
え、どこに行くつもり……、何もない壁の方目掛けて突っ込んでいく太刀の先にはあの薄い金色が視界の端に映り込む。心臓を掴まれる気分が体中を巡り駆け抜け弦を撓らせ太刀を捉えるが進路方向の視界にもう一体、槍が出現し切先を此方へ向け顔面目掛けて突かれる。避けている暇がないため首を僅かにずらし頬を掠めるが槍目掛けて矢を放つ。肩付近を貫き怯む槍を背後に駆けだし、ポケットに入れっぱなしのテニスボールを取り出し振り被って投げた。
太刀相手にではなく、安室さんへ。
ボールを避ける為にしゃがむ彼の頭上を太刀が横へ薙ぎ、壁に刃が斬りこまれる。壁が破損され安室さんの近くに瓦礫が落ちる。それを避け太刀から距離が置かれるが、太刀は第二波へ攻撃に転じ頭上高々に白刃が振り下ろされる。地面に膝をつき弓を構え矢を放つが胴を貫いたというのに太刀は此方を見向きもせずに、一直線に安室さんへ再び構える。
『私の方へ!』
叫ぶように声を出すと安室さんは真っ直ぐ私の方へ駆けてくる。彼の背後には太刀がついてきているが私は構わず弦を弾き狙いを定める。後ろから槍が来ている事はわかっているが、奴は私にしか興味がないことは把握しているから、今はあの太刀を何とかする。
心の中でタイミングを計り弦を弾いた。矢が太刀の脳髄を射抜くと私は槍の突きを待ち構えた。腹部辺りでも狙われるだろうか、目を閉じて歯を食いしばった時に身体を勢いよく引っ張られ地面に叩きつけられた。そして耳に届いたのは肉を裂くあの音に私の視界は臙脂に染まる。
え……
呼吸の仕方を忘れた魚のように地面に転がる。急いで起き上がり後ろへ振り返ると彼の腕は斬り裂かれ血が溢れていた。地面にしたたり落ちるその量に視界がぶれる。焦点が合わない視界のまま槍の気配に気がつき、利き手に握られる弓を手に構え放ち、三本の矢が槍を翻弄させる中。肩に弓をかけ、彼の手を掴み立たせると森の中へ駆けだした。上着のポケットの中に用意しておいたペンを取り出しキャップを口で開け木々から葉を数枚もぎ取り、自分の名を書く。それを至る所に散らせてから隠れるには最適な穴を見つけてそこへ彼を押し込み身を潜めた。