輪廻ノ理




目覚めた時には体力、体調共に万全だったが……飲んだ直後の記憶が全くない。薬研の調合品を飲んだのだけは憶えているが甘い味からの突然味変異の味までは忘れてしまった。思い出せそうにない。確か酷いはずだが。頭を抱えながら哀ちゃんのベッドで眠っていたようだ。時間にするに然程惰眠は貪っていないらしい。哀ちゃんは雑誌を読んでいたが私が目覚めると軽い診療を行い不調が治っている事が解ると胸を撫でおろしていた。替わりに包帯が増えているがこれは普段通りだから大したことじゃない。

「あなたのお仲間が上にいるから一緒に行くわよ」

哀ちゃんが手を差し出す。その小さな手に重ねてベッドから下り共に歩き出した。螺旋状の階段を上るとそこにはコナンくんと博士。ソファーに座ってお茶を飲む薬研と窓側に背を預けて立っている兼定を見つけると夢ではないのだと肩に張った力が抜けた。

「顔色はいいみたいだな大将。さっきは死んだヤモリみたいな顔してたから心配した」
『やべぇ顔色じゃないか。それよりあの液体はなんだったの』
「あれは俺っち特性の特効薬だ。大将は霊力の枯渇を起こしていたんだ。霊力の消費量が激しかったから燃料切れを起こしていたんだ。あれは霊力を飛躍的に増幅させるためのものだから、まあ突然増えたもんでおっかなびっくりしたんだろ」
『いや、どっちかっていうと味の暴力により意識を手放したよね」
「細かいことは気にするな」

薬研の艶やかな黒髪がさらりと揺れる度に「仕方ないな」と頬を片方だけ膨らませた。

「相変わらずあんたは薬研に甘いよな」
『どうやってこっちに来れたの?やっぱり向こうで死んでしまったとか……』
「違うから安心しろ。それも含めて順を追って説明するからまあ、座ってくれ」

薬研に促されソファーに腰掛けると両隣にコナンくんと哀ちゃんが座り。哀ちゃんに至っては私の腕を掴んで訝し気に兼定と薬研を注視する。 兼定は喧嘩腰で挑もうとするが薬研の気さくな対応により、事なきを得る。全員に飲み物が行き通ったところで、薬研が説明をしてくれた。

まずはこの時代について。
この時代は確かに私が居た時代より過去の時間軸で間違いがないのだが、これは沢山の過去のうちの一つの時代に過ぎない。厳密にいえば10個あるうちの1個の過去。そしてここから未来は人々の選択によって10個の未来が構成される。私が居た未来はこの過去が辿ったもう一つの未来という位置づけということになる。

だがこの時代には盲点があった。

ここには歴史修正主義者が目をつける歴史がなかった。故に過去へ渡る転移の道がない。道が開通していないのなら通れる筈もないのだが、政府の目を掻い潜り誰かが道を開通してしまった。ところがどっこい。この時代へ来れる道は普段は隠れている。ある条件をクリアしない限りこの時代に辿り着くことが出来ない。

それは―――この時代の自分と同じ魂を別つ者の死。

その死をきっかけに時間はその人物を補うために同じような人物を補修に必要とする。そこに上手く付け込めればこの時代に来るのは難しいことではない。つまり、和泉守兼定や薬研藤四郎がこの時代に来れたのは、彼らと同じ魂を別つ者が死んだことにより、彼らはこの時代に前世の記憶を所持したまま入れ替わることが出来たということになる。
ということは、前世の記憶を所持した刀剣男士は元々この世界の住人ではなく。時間の補修のために補われた存在ということになる。

『じゃあ一期や鶴丸、髭切とか膝丸とかも』

私の言葉に薬研と兼定が反応を示すが、そのことには触れずに薬研は言葉を続ける。

「大将は俺たちとは違う方法らしいが、それは俺っちも聞かされていないからわからねえんだ」

すまない、と薬研は申し訳なさそうに謝るから首を左右に振った。

「ただ補われたんじゃない、と真昼さんが言っていたぜ」
『真昼さんが』
「誰」
「こいつの母親だ」

哀ちゃんの質問に和泉守が代わりに答えた。素っ気ないのは彼があまり人間を好かないからかもしれない。薬研が「話を戻す」と言って軌道を修正する。

次に時間遡行軍について。
先の説明の通り。歴史修正主義者が目をつける歴史がここにはないということは、奴らの兵士である時間遡行軍が出現することはまずあり得ない。だがこの世界では既にその姿を確認している。

だから歴史修正主義者の定義を根本から見直すことにした。

歴史を変え今とは違う別の未来を築くための破壊活動が目的だが、その歴史は世界の根本を正すという大義の元。だがこれが個人によるものだったとしたら、話は大きく変わってくる。
一個人の一つの過去を修正するために、時間遡行軍を操れる力を備えた者がこの世界に居たとしたら政府の目を盗んで道を開通させたり、時間遡行軍を出現させたりすることに辻褄があってくる。だが、その人物は計り知れない絶大な力を持った魔王かよってくらいのスケールを想像する人物でないかと薬研は語る。何故ならこの時代は―――

霊力が薄い

簡単に言うと信仰精神が無さ過ぎて神様が見放した時代ということになる。
信仰は霊力と結びつくものがあり、霊力を必要としない時代に霊力が存在することはない。だから霊力を使いすぎて枯渇を起こし身体に不調を来したのがいい症例らしい。もっと遅くなっていたら生命が削られていたと死の申告を告知され、私の第二の人生はデットオアデットだなと乾いた笑いが零れ落ちたものさ。
必ずしもゼロではないが大量の輸血が必要になった際のストックがないと思えばわかりやすい。ご飯食べたり寝たりすることによって霊力は少しずつ毎日供給は出来るが。

だから時間遡行軍なるものを生み出せる奴は、初めから霊力の数値が膨大ではないかと推論に至った。

そしてこの時間遡行軍の出現もある条件を満たさない限りは姿を現さない、と薬研は断言する。彼の調べによると、時間遡行軍は人間の記憶、過去を媒体として生み出される。人間が過去への感情をもっとも膨大に増幅させる行為は、復讐。人から外れた大罪への殺人が人を過去へと乖離させる。それにより時間遡行軍は殺人犯が復讐を遂げることにより切り離され個体として出現することが可能になる。

『その見解は間違いなかったんだ』
「時間遡行軍の出現に成功すれば数は増やせる。大将は今まで四体まで相手にしてきたのならもしかすると一人の人間から生み出せるのは四体までかもしれないな」
「人間の肉体になろうがやる事は変わらねえ、あんたの妙ちくりんな腕よりオレの方が斬れる」
「旦那は大将が怪我するのが耐えられないらしい。それは勿論俺もだ。大分綺麗に治療されているようだな。傷が残らないように施術されていた。今回もまた傷は増えたがな」
『何で私の現状を把握してるの。通信遮断を受けてるでしょうに』
「あ、まあ……俺達にコンタクトを取ってくる輩がいてな。大将の事を報告してくれるんだ」
「一方通行だけどな」
『ふぅ―ん』

何故コナンくん達も交えてこの話をしたのかは、薬研や兼定も彼らの幼児化した秘密を知っているらしい。その報告をしてくれる輩から聴いたそうだ。

「その輩って何者なのかしら」
「奴らの仲間、ってことはねえだろうな」
「俺っちも相手までは解らなかったが三日月の旦那は解ってたみたいだぜ」
「ああ、あのじいさん。安心しろの一点張りだったからな」
「誰だね、その三日月さんとやらわ」
『えっと、おじいちゃんです。祖父ではないですけど。長く生きているので彼の言う事は信用できます』
「でだ。俺達は大将の仲間。それを示すために此方の持てる情報を開示した訳だが」
「信用しろっていうならするさ。お兄さんたちの夜子さんに対する態度で警戒なんてとっくに解けてるよ」
「ええ。私も何も感じないから」
「話が早くて助かるぜ名探偵殿」
「今後のお兄さんたちの身の振り方はどうする気なの」
「ああ、俺と和泉守の旦那は大将の補佐に回る」
『人間じゃないの?』

兼定へ視線を向けると目を伏せて兼定は赤い頬を他所に口を開く。

「オレ達は半神半人だ。だから付喪神の力が半分ある。あんたより刀の扱いには長けているしな、オレ等に任せとけ」

薬研が耳打ちをしてくる。その表情はとてもニヤついていた。

「旦那の奴。大将と同じ足場に立ちたいと駄々を捏ねてな。普通に人間としてこちらに来るのはリスクは少ないが半神となるとそのリスクは多大だ。勿論俺もだが、愛されてるな大将」

背中をバシっと叩かれてせき込むが、なんとなしに戸惑いもあった。今までひとりで抱えていた問題を急に半分、いや三等分に切り分けろと言われても気持ちだけが追い付かない。これでいいのか、これでよかったのか。背負わせていいのか……今の私に仕えてくれる義理は何処にもない。使命もない。制約もなければ契約もないのに。ふと、そんな事が浮かんでしまい、曖昧に笑んだ。

「住む場所は心配するな。旦那と二人でマンションを借りたが作りたいときは此処へ来てもいいかい、博士」
「別に構わんが、薬研君は薬の調合が得意と聞いたが哀君とは仲良く出来そうじゃの」
「そうね。話が分かる人が来てくれるのは歓迎よ」
「俺っちもこんな別嬪さんと話せて光栄だ。まあ発明もするから工具とか貸してくれると有難い」
「おお、君も発明をするのか!」
「ああ。部品を集めたら直ぐにでも取り掛かりたくてな。借りるときは連絡する」
『へぇ―二人暮らしか……食関連は大丈夫なの。薬研の料理は…ほら独創的じゃん』
「壊滅的だろ、お前はどこまでも薬研には甘いな。大丈夫だ。散々向こうで国広と之定にしごかれたからある程度は作れるぜ」
『さすが兼定。堀川くんがいないと何も出来ないと勘違いされるだけあるわ』
「どういう意味だよ。国広が世話好きなだけでオレはひとりでもそこそこやっていけんだ」
『そっか、堀川くんと歌仙が……』
「元気にしてる。あんたが居なくて寂しがってたもんだ」
『それはうれしいね』
「寧ろあんたに仇為す野郎の首を獲ってこいって言ってたぜ」
『なんで』
「そりゃあんたとあの野郎の濃厚な接吻場面を映像越しに観てたからな……あ」
『……それ詳しく説明してくれる?和泉守兼定』
「い、いや…あれだあれ!報告してくる奴らが映像で渡してくれるからよ……それでだな」
『……ちょっと死んでくる』
「待て待てッ!主早まるな!!」
『あんなシーンを身内に観られたこの心境がお前にわかるかッ!!』
「んなもんわかるか!オレはお前を護るために来たのに勝手に死なれたら困るんだよ!」

一階の窓を開けたところで死ねないのに、兼定は必死になって腰を掴んでくる。周囲は気がついて笑っているのだが、私も耐え切れず吹き出してしまう。そんな空気に兼定は「紛らわしいことすんな」と頭をつつかれた。

「ってことだ。こっちの事情も大体は把握してる。だから大将がその組織に狙われているなら、俺達も黙ってるわけにはいかないからな」
「そいつらがどんな奴か知らないが、利用させて溜まるかよ」

どうやら組織についても協定を結ぶそうだ。沖矢昴さんに関しては秘密にしたいとコナンくんに言われ、私は何も言わなかったが一緒に暮らしている彼を紹介しない訳にはいかないから紹介するために、博士の家に彼を呼びつけた。

『こちらが私の保護者で一緒に暮らしている沖矢昴さん。得意な料理は煮込み料理の大学院生さん』
「はじめまして。今晩はホワイトシチューです」
『やったぁ――!』
「餌に釣られて喜んでんじゃねえ主!おまっ……おまえはっ!嫁入り前の娘が独身男と同じ家で暮らすとか危機管理能力は何処に置いてきやがった!今すぐとってこい!!」
『ちょ、落ち着けよ兼定。昴さんに失礼だろ。この顔で女に困ってそうに見えるか』
「見えないがオレの方がカッコいい」
『確かに』
「悪いな、昴さん。大将も旦那も悪気はねえんだ」
「いえ、確かに彼の方が美的センスはありますから」
『大丈夫だよ兼定。心配しないで』
「主」
『私は恋などに落ちない』
「信用していいのか」
『任せておけ』
「……ちょっと待て。それはオレも論外じゃねえか」
『ん?なんのこと?兼定に関係あること?』
「うるせぇ…寸胴女が」
『ンだとこの長髪小学生脳内が』

互いに胸倉を掴み合い罵るしり合う私達を余所に薬研が、コナンくん達と会話を進める。

「手帳は読んで、本を見つけたのなら。一緒に入っていた端末機はあったか?」
「ああ。あったが…」
「いいのかしら、あれ。ほっておいて」
「痴話喧嘩は犬も食べ飽きるからな」
「それを言うなら犬も食わないじゃねえか」
「細かい事は気にするな。それでその端末機を持ってきてくれないか」
「では私が取りに行きます」
「ああ、頼むぜ兄さん」

昴さんが勝手に私の部屋に入るという流れになっていたのを聞きつけた私は、急いで彼の背中を追った。

『ちょっ!乙女の部屋を勝手に散策に行かせないで!』
「薬研!お前なにしてくれてんだ!」
「まあまあ、落ち着けよ旦那。10分じゃちちくりあうことも出来ねえから」

コナンくんと哀ちゃんは悟ったと思う。薬研の美少年顔なのに中身が【おっさん】であることを。こいつも残念な美少年だということに。