霖雨に倦む




小学生という姿をしながらも少年はとても賢かった。友人達と共に帰宅後、傘を閉じ郵便受けを確認した際、中には広告などが入っていたがその中に白い封筒が一際目立つ。その封筒に手を伸ばし宛名を読むとコナンは挑戦的な顔をした。

「おもしれえじゃねぇか」

その手紙を後ろポケットに仕舞い込み、階段を駆け上がる。事務所に顔を出すと毛利探偵がテレビを前にして競馬中継を視聴している。蘭の姿は無く、コナンは「ただいま」と声をかけ、返ってくる。それを聞いてからランドセルを置きに3階へ上がり、ランドセルを乱雑に置いて傘を持ち再び階段を駆け下りた。

「ちょっと博士のところに行ってくるね」

一声かけてから、コナンは1階まで下り喫茶店の前を通る。先日の一件で正体を知る事が出来た男。探偵と名乗る安室透の姿は何処にもない。コナンは横目に視線を流しつつ、傘を差し足早に博士の自宅まで加速した。





■□■






博士の所へ着くとコナンは遠慮なく扉を開閉させ傘を立て掛ける。珈琲を注いでいた博士を横目に椅子に腰掛けるとポケットから封筒を取り出し開封する。中には1枚の写真しかなく、覗き込むように博士もコナンの手元にある写真を見るが、驚愕していた。

「この写真の子はっ」
「ああ、夜子さんを探しに探偵事務所にやってきた鶴丸国永が持っていた写真だ」

間違いようもない写真に写る少女は稚さはあれども夜子そのものだ。白銀の髪に紫目。珍しい容姿たる少女は神秘的でもあった。写真の他には何も入っていなく、コナンは写真を眺める。テーブルの上に捨て置かれた封筒を博士が手にする。そこには【江戸川コナン様】と記載されていた。差出人の記載は無い。

「一体誰がこれを……」
「鶴丸国永だろ」

淡々とコナンは述べる。

「確か彼は夜子君の身内だとか」
「正確には共に育った仲なだけで血縁関係はないって言ってたぜ。悪いけど博士。この写真調べてくれねえか?」
「それは構わんが何を調べるんじゃ」
「細工されてるかどうか」
「なんじゃと」
「妙に気になっていたんだ。鶴丸国永の夜子さんに対する態度が」

椅子の上に胡座をかいてコナンは指先を顎に添える。

「なんで妹の様に可愛がってるのに一緒に住もうとしない」
「それは彼女が断ったんじゃなかったのか」
「だが彼女の現状を知ってるなら少しでも助けようとするだろう。陰陽関連もそうだ。彼女の力になれる立場に居ながら何故手を差し出さない。最低限の関わりしかしないあの態度や行動、それにあの人。安室さんの正体に気がついていたんじゃねぇかな」
「組織の仲間じゃと」
「ああ。挑発してるみてぇだった。あの時は可愛がってる妹に近づく男に対する牽制かと思ったが、にしては神経を撫でつける言い方ばかりしていたし、あの目は」

コナンはそこで言葉を切る。全体的に白い鶴丸国永。その顔立ちはこの世のものとは思えない程整いすぎていて、まるで彫刻のような神秘性が漂う男。だが、それは生活感というもの感じさせないという意味合いも兼ねていた。そう、まるで血など通っていない人形の様な男に、コナンは恐ろしさを感じた事を思い出す。

「じゃが、なら何故彼が君宛にこんな写真を態々送り付けるんじゃ」
「さあ、んなの解るかよ。もしかすると……愉しんでいるのかもな」

掠れる言葉の端に、漂う空気が冷えていく。

「まあ、調べてみてくれよ。可能な限り情報が隠されてるかもしれねえしな」
「解った。時間が掛かるかもしれんが出来る限り拾ってみるとするかのォ」

写真を受取博士は、コナンにも珈琲を注ぐために一度カウンターに戻った。

「そういや灰原は?」
「歩美君と一緒に夜子君の見舞いに行ったぞ」
「何だかんだ言ってあいつ夜子さんにベッタリだな」
「ほっとけないと言って世話を焼いておるようじゃが、お姉さんを思い出して一緒に居たいんじゃろ。毎朝一緒に登校しているのを見ていると本当の姉妹みたいで微笑ましいからのォ」
「そっか…あいつ夜子さんと一緒に……」
「それよりも心配なのが彼女の容態じゃ。昴君の話からすればまだ熱は引かないようだと」
「ああ、それに肩の傷口も開いたとか」
「何でも安室君を庇ってと聞いたが」
「組織の仲間でも守りたかったんだろ…あの人そういう所あるから」
「……新一君もすっかり彼女の弟みたいになったのォ」
「うるせぇ。ただほっとけないだけだよ」
「ワシも力になってやりたいがイヤフォンマイクしか作って上げることが出来なくてのォ」

息を溢し合う。注いだカップをコナンに手渡すと玄関の呼び鈴が鳴る。博士が出るとそこから現れたのは沖矢昴だった。傘を立て掛け「お邪魔します」と入室する彼に、コナンはやや驚きながらも招く。

「どうしたの、昴さん?」
「ええ、実は夜子さんのお見舞いに入らした小さなお客様をもてなしたのですが、彼女がパフェで有名な店に居る事を知ると“送って”と頼まれてしまいまして。今、調度彼女たちを送って来た帰りなんです」
「ご、御苦労さま……」

調度コナンの携帯に通知が入る。相手は夜子で歩美と哀の三人でパフェを食べている画像が送られてきた。コナンは今朝彼女に伝えて貰った事を思い出す。ソファーに腰掛けると昴はコナンの思案顔につけたす。

「今日は元々君に用があったんですよ……折角仕入れた情報を坊やに開示しないと思ってな」

襟元を寛げチョーカーの電源を切ると沖矢昴の声から本来の、赤井秀一の声へと戻り片目を開けてコナンを見つめる。コナンは片手に持ったマグをテーブルの上に置き姿勢を正す。博士は赤井にもカップを差出し、コナンの隣に腰掛けてから赤井の口火は切られた。

「それで一期さんに頼んだんだね」
「ああ。調度彼が訊ねて来てくれたんでね。最も彼も注視するに値する人物だが…現状そこまで気を配る事はしなくても大丈夫だろう。彼女に危害を加える素振りは見せていないからな」

取っ手に指をからめ、カップを手にすると口元まで持っていき軽く傾ける。ふぅっと一息ついてから再び舌を転がした。

「五条家について色々と探りを入れた所。五条夜子の両親と祖母の名前が判明した」
「それっ本当なの?!」
「ああ。だが写真までは入手出来なくてな…おまけに祖父は巧妙に隠されていて解読不可能だった」

赤井は懐から取り出した紙を取り出し、机の上に広げた。走り書きで記されている。





‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

父、五条陽葵(ひなた)
母、五条夕子
祖母、五条朝子

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐





コナンはメモ紙を見つめながら思案する。

「祖母五条朝子は、夕子の母親で。陽葵は婿養子」
「元々五条という苗字は母方の姓だったんだね」
「ああ、だが朝子は祖父、相手方の苗字を名乗っているため、元々の姓は不二」

濡れないように加工していた袋を取り出し、赤井はそれも机の上に置く。袋から中身を取り出すとそれは一冊の本だった。表紙を開くと著者名に【不二朝子】と印字されていた。コナンはその本を手に取りページをめくっていく。書かれている内容は歴史に関する文献だった。歴史学を専攻とする教授のようだ。小難しい言葉が並んでいるかと思ったが意外に読みやすい内容で記されていたためコナンは既視感を起こすがそれは直ぐに消えてしまう。その様子を正面から眺めていた赤井は、視線が合うと表情を和らげた。

「でも五条鶴丸さんのことは何処にも書いてないね」
「ああ…彼はフェイク。五条鶴丸などこの世の何処にも存在はしていない」
「じゃああの人何でそんな嘘を夜子姉ちゃんの前でしたんだ」
「誰かさんの反応を見たかったのかもしれんな」

鼻を鳴らす赤井は特定の人物を思い描いていた。

「この事は彼女にも伝えるつもりだ。だが…もう少し後で、だがな」
「赤井さん何を企んでいるの」
「特には。ただ今の彼女には聞かせられる内容ではないと判断したまでだ」
「何気に赤井さんって夜子姉ちゃんの事考えてるよね」
「そう見えるなら、そうなんだろう」

無自覚かよ、とコナンは呆れた顔をするが赤井は目元を和らげた。

「まだ情報があるが…これは彼女が帰ってくるのを待つとしましょう」

赤井はチョーカーの電源を入れ首元を直す。そうすると沖矢へと戻る。

「そう云えば自宅に彼女が作ったスイートポテトが余っていましたね。それを取っ手来て少しお茶にしましょうか」
「おお、夜子君は料理が上手いからのォ」
「ええ、彼女のお菓子は絶品ですよ。コナン君もいかがですか?」
「ぁ…貰おうかな」

沖矢は立ち上がり一度、工藤邸に戻っていく背中をコナンは見つめながら息を吐きだした。



(完全にハマってるな赤井さん)