こんな所で髭切と膝丸に遭遇するとは誰が想像できるとな…神のみぞ知るということですか。あいつら神ですけど。
刀剣男士との遭遇率が高くなっているな、これは偏に私が審神者だからなのか。それでも自身に仕えてくれていた子たちには一切会った事はないけど。逢ったらあったで複雑だな……それは所謂死亡ということになる。向こうで死んでしまったからこちらの地にて前世の記憶を所持したまま転生ということになる訳だから……やっぱり複雑だ。
どういう仕組みなのかは見当もつかないが、知る顔に会うのは嫌ではない。寧ろ安心する。机の上にペタリと頬をつけて半分ほど食べたパフェの容器を眺める。
―――考えることが多い
検非違使の件も然りだが…真なる悩みは―――安室透が組織の仲間だったということだ。確か名前はバーボンだったかな。コナンくんから聞かされていたから何となく目星はつけていたけど、それが本当だと解ると私の心は懊悩と悩み苦しんだ。塞ぎ込みたい想いを神様とやらは聞き届けてくれたのか、私は暫く学校を休んでいる。傷口が開いたのもあるが微熱が抜ききれないのが原因だ。彼には何らかの目的があり、私に近づいている事はなんとなく察していたが……ああ、何だろうこの虚無感。虚しい…虚しすぎる……まんざらでもなかったんだろうな。全く浅ましい女心はこの雨の様に流してしまいたい。困惑する面の方が多かったけれど、楽しかったことは変わりなく。移ろいでしまう時間を止める術を知らぬ私は、ただただ時の流れに身を委ね。彼の事実を噛み砕く。それしかやり場がないぞ、この感情。
曇るガラスの表面に指を伸ばして描く。一直線に引かれたその線を眺めながら水滴が皮膚を濡らす。
彼を死なせなくてよかった
死んだら縁起が悪い上に、私が今までしてきた事が報われない。梓さんから受け取ったメールには暫くポアロを休むと書かれていたが、生きていなければそんな風に連絡はこない。怪我はさせてしまったかもしれないが、それでも生きてさえいればそれだけでいい。よくやったぞ私。途中で意識を失ってしまったが、それでもよくがんばったよ私。えらいえらい……そこで私は瞼を閉じた。ゆっくりと唇から息を吐きだし反芻する。
もう関わったら駄目だ
彼が組織の仲間というのもなくはないが、それ以上に私と関われば遅かれ早かれ時間遡行軍との戦闘に巻き込むことになる。仕事で私を探っているのかもしれないが、それでもそんなことのために死んでいい命などこの世の何処にもありはしない。犯罪者だからといってここで彼を切り捨てたら、それこそ私は一体何のために闘っていることになるのか。国民すべてを救うなどと言うつもりはないが、彼は私の知り合いになってしまった以上、見捨てる事は出来ない。偽善者の皮が分厚くなっていくのを黙って見過ごす。所詮嫌われたくない一心での見栄だ、本当に浅ましいだろ人間ってやつは……嫌いになるよ、本当に。
「夜子お姉さんいた」
聞き覚えのある声に重い瞼を持ち上げると、通路の奥から歩美ちゃんと哀ちゃんが此方に向かってきていた。そういえば哀ちゃんからメール貰っていたっけな。向かう場所は同じなのに歩美ちゃん、沖矢さん、一期とみんな個別に連絡をくれたっけ。彼女たちの後ろには一期が笑みを携えやってくる。引率の先生みたいな一期と私に会いに来てくれる子供たち。何だか無償に泣きたくなって涙を溢しながら目の前に到着した歩美ちゃんを抱きしめた。
『かわいいよぉ……うぅ…かわいいよぉ』
「お姉さんどうしたの?どこか痛いの?」
「見っともなく泣かないの。ほらハンカチ」
哀ちゃんに涙を拭かれ私のソファー側に歩美ちゃんと哀ちゃんが座る。対面に一期が腰かけ微笑ましく見られていた。
「お姉さん元気そうでよかった」
「お見舞いに来たらここにいるって連絡貰ったから来てあげたわよ」
『ありがとうふたりとも。あ、注文していいよ。お姉さんが奢るから』
「いいですよ。私が奢ります」
「いいの?ありがとう粟田口刑事」
「いいえ」
メニュー表を一期から受け取り三人で覗き込んだ。
「わたし、コナン君が大好き」
『はわぁ……かわいい』
「夜子お姉さんはコナン君のお姉さんだよね?」
『うん。そうだよ』
「コナン君って年上の人が好きなの?」
『……歩美ちゃん。年齢なんて関係ないわ。好きな気持ちは無限大。お姉さん応援してるから』
「ありがとうお姉さん」
「そんなこと言ったらあなた、肯定することになるわよ」
『え?なにを?』
「あの喫茶店の人の事」
哀ちゃんがソフトクリームをスプーンで掬いパクリと口内に含む。その動作を眺めながらゴフッと後からやってきたブーメランによって口端から血液が流れた。一期にハンカチを渡される。
「大丈夫お姉さん?」
『あ、うん……平気…ちょっとブーメランがね…』
哀ちゃんはしれっとした顔をして口を動かしている。涼しい顔してパフェ食べるなんてかわいいな。じゃなかった憎いね。折角隅へ追いやる作戦が成功したかのように思えたのに、何でそうぶり返そうとするのか…まさかこれもブーメラン?いやいや。やめよう。考えたりしたら来るよ。神様ってやつはそういう人だ……。
「お姉さんは安室お兄さんとはどうなの?」
二度目の吐血が私の喉を赤く染めた。ハンカチが血に染まるの様を眺めつつ歩美ちゃんの純粋な瞳に目から血まで流れる。かわいいのとくるしいのが板挟みで血中無くなる程吐きだしたい。いや、現に吐きだしている。はああ……と深く息を吐きだしてから氷が溶けだしているアイスティーに手を伸ばしストローをくるりと回す。
『そうきたか天使』
「お姉さん?」
『なんでもないよ。えっと安室さんだったかな?別に何もないよ。お、おとも……店員とお客さんの関係は良好だよ』
「遠くなってない?」
『それくらいなの』
「連絡先の交換をしている時点では言い逃れが難しいかと」
『一期は誰の味方なの』
「お姉さん!」
『はい!』
「お姉さんはもっと素直にならなきゃだめだよ」
『え…割と素直だと思うんだけど』
「お兄さんと一緒のお姉さん楽しそうなのに、お口でいつも反対の言葉を使ってるんだもん。お兄さんだって悲しくなるよ。歩美だったら、もしコナン君にそんなこと言われたら…さびしいもん」
歩美ちゃんの言葉に私は自分が目の前の少女より子供だと認識させられた。思わず佇まいを直し正座をする勢いで歩美ちゃんに対し『ごめんなさい』と謝罪をした。そんな私の手を歩美ちゃんは握り首を左右に振った。
「お兄さんに連絡してみようよ」
『え…でもなんて』
「なんでもいいの!ほらはやくはやく」
歩美ちゃんに急かされてスマホを取り出す。メール画面を開き右往左往していると歩美ちゃんの視線が痛い。助け舟を出しても哀ちゃんは歩美ちゃんの味方だし、一期は引率の先生を決め込むしで。蟀谷に人差し指をあて唸りつつ文字にしていった。
生きてますか
……アホか。思わずデリートボタンを連打。えっと…書くこと…かくこと……てかなんで私が彼に連絡を取らないといけないのか意味がわからない。理由もないし、なんで?え、なんでこうなったの?ああ、意味がわからない!っと破綻させる思考のまま、絞り出し、絞り出し、残り滓を集めて生み出された言の葉は。
怪我してないですか?
えい、っと送信ボタンを押して送信完了画面を歩美ちゃんに見せると笑顔で「うんうん」と頷かれる。その様子に一期と哀ちゃんに笑われてしまうが、数分もしないうちに返答が返って来て片目で文面を覗くと「今夜電話します」とだけ書かれていて思わずスマホの画面をブラックアウトさせて机の上に突っ伏した。
『あ…あぁ……あぁああ……』
「お姉さんどうしたの?」
「そっとしておきなさい。慣れないことをして疲れただけだから」
「時機に回復しますから。それより歩美ちゃんこの前事情聴取を取りに来たことは憶えていますか?」
「事情聴取?えっと…あ。もしかしてあの知らない男の人が殺された現場を目撃した奴かな」
「そうです。先輩刑事からその後他に何か思い出したことはあるか聞いてくれと頼まれていまして」
「高木刑事が?えっとそうだな……特には。あの時暗かったし…あ。でも調度粟田口刑事くらいの背丈の人が傍に居たのは憶えているよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「ねえ、何の話」
「ほら夜子お姉さんの知り合いの人が変死体で発見された事件の事。そのとき、わたし現場の近くにいたの」
歩美ちゃんの言葉に私は机から身を起こした。
『三波さんを殺害した犯人を目撃したの?』
「多分だけど…でもあの時暗かったからほとんど見えてなくて。お月さまの明かりで犯人がキラって光る刃物を持っていたことはわかったよ。長いの」
『それって打刀くらいの…ってわからないよね。んとそうだな…時代劇とかで侍が持つようなのかな』
「あ、そうそう!そんな感じだったよ。でも歩美が見た時宙に浮いてて、隣に粟田口刑事くらいの背丈の人がいたってことだけしか見てないの」
歩美ちゃんが指し示すその先には、一期が困った顔をして微笑んでいる。哀ちゃんはすぐさま私へ視線を送ってくる。哀ちゃんには話したからわかるのだろう。あの三波さんを殺害したのは人間ではない。時間遡行軍若しくは検非違使となる。その隣にいた一期くらいの背丈の人が視認出来たとなるとその人はきっと統率者。となると統率者は人間ということになる。
『一期くらいとなると男性かな』
「ええ。シルエットで彼くらいとなれば女性であれくらいの骨格はないから」
『へぇ……男性、ね』
やっと見えて来た気がした。時間遡行軍を操る統率者。人間が識別できるということは人間で間違いない。時間遡行軍が視認でき操れるとなると限られてくる。その人物は私以上の霊力を保持する者。この時代にそれほどの実力者がいるとなれば……対策は講じられる。数は少ないけどそれでも最悪な事態になる前には色々とやれることはありそうだ。
「興味本位で聞いてもいいかしら」
「なにか?」
「あなたはその日何処で何をしていたの」
哀ちゃんの質疑に対し一期は表情を変えずに唇を動かす。
「その日は先輩刑事と共に聞き込みをしていました。途中から二手に分かれたので証人はいませんが」
「そう」
何故だろう。私は口内に溜まった唾をうまく呑み込むことが出来ずにいた。