とけこむ雨露




最近……我らが良心の風見さんの手元には綺麗に包まれたお弁当箱が握られている。
警視庁公安部の愉快な人々は風見の変化に目ざとく気がついた。いつも仕事を山のように抱えるため食事が疎かになってしまう風見に対し、降谷から指摘されていることは公安部では知れ渡っていた。何故なら自分たちも言われていたからだ。だけど風見は一番縁遠いくらい食事に無頓着だったのだが、最近そんな風見の片手にはお弁当箱が握られている。中身を見ると栄養化の高そうな質のいいおかずのラインナップに、何故か見ている方が目を輝かせるくらい。とても愛情のこもっているお弁当であるからして、公安部のメンバーは古くなったホワイトボードを使用して風見のあの弁当について調査を開始していた。

「あのお弁当を作っている人は風見さんの親ではないです」
「確かに。あの色とりどりな配列といい包みにしたってあれは…女子だ!」
「しかも考慮してなのか。すべて使い捨ての入れ物を使用してくれていることからとても気が利く女の子だ」
「そこまで考えられるなんて……一体風見さんの……恋人?」
「いや、風見さんの性格からして婚約者なんじゃ」
「もしかすると結婚間地かな奥さんなんじゃないか!」

こそこそとそんな事を話している彼らに上から降りて来た膝丸は「何事だ」と理解していなかった。風見がいつも通り戻ってくると片手には紙袋が握られている。まさしくあれは噂の奥さんからのお弁当!っと食いつくように風見の周囲を囲む。

「今日のお弁当はなんですか」
「中華ですか」
「昨日は洋食でしたよね」
「一昨日は和食でした」

確実に風見のお弁当を狙っているのだった。

「今回はちゃんとお前たちの分もあるから均等に分けるように」

なんて素敵な風見さんの奥様なんだ………

紙袋を手渡し周囲が広げていく中、風見の分はしっかりと分けているのを確認し彼らは。本当に風見さんのことを解っている人なんだな。と風見のデスクにお弁当を置いた。

「膝丸さんも食べましょう」
「あ、いや俺は報告書をだな」
「いいから食べましょう。女の子の手料理ですよ」
「あ、ああ……?」

膝丸が巻き込まれていく中、今日は降谷も出勤したらしく遅れて入って来た。

「なんだ騒々しい」
「あ、降谷さん。すみません。今は休憩中でして」
「まあ腹が減っては能率も下がるから構わないが……いい匂いだな」
「降谷さんも食べますか!」
「これ風見さんへの差し入れなんですよ」
「風見の」

風見は眼鏡を曇らせつつも自身の弁当を差し出す。割りばしを受け取る降谷は「いただきます」と言ってから卵焼きを口にする。風見はずっと降谷の様子を観察していた。

「美味い」
「そ、そうですか」
「醤油を入れているのか。層も分厚いし食べ応えがあるし、割と好きだな。レシピとかは聞いてもいいか」
「えっ、あ、こ、今度聞いてみます」

風見が挙動不審になりながらもなんとか答えたところで、最近風見を弄るのが趣味な髭切も公安部に顔を出しに来た。そして降谷の肩をトントンっと叩き。

「美味しかったんだね、風見のお弁当」
「それがなんだ」
「いや、別に。よかったね風見」

髭切の眩しい笑顔に風見は腹部を抑えた。最近胃痛が激しいのか胃薬を常備している風見。機嫌のいい髭切は「僕も食べたいな」と言って輪の中にすっと入っていく。そんな髭切を横目に降谷は思い出したかのように缶を取り出した。千代紙に彩られた茶缶に風見は胃痛が収まらない。

「どうしたんですか降谷さん。それは」
「ああ。彼女がほうじ茶が好きらしくて。食後によく飲むそうだ。俺も日本茶が好きだと言ったら彼女がくれたもので、お前も飲むか」
「い、いえ…自分が淹れます」
「俺が彼女から貰ったものだ。彼女のものは俺以外触れさせない」

何がしたいんだあんた。と風見は胃が裂けても言えずに飲み込む。

「上司自ら淹れた茶をまさか飲めないとは言わないよな」
「言いませんけど」
「彼女が好む茶が飲めないのか」
「どっちですか」

風見は今世紀最大の難関に立ち向かっていた。そんな公安部を振り回す脅威の女子高生テロリストは、昴にパンツを贈呈していた。

「ありがとうございます。穴が拡がりすぎてどうしようかと思っていました」
『買ってください』





■□■




「へぇ―クリスマスプレゼント用意してるの。律儀ね」
『日頃お世話になってるからそのお礼かな』
「お歳暮か。でもそれってつまり彼の事は入っているの?」
『彼……誰?』
「安室さんのことよ」

学校の帰り道。園子ちゃんと二人で歩きながらバイト先に向かっている最中だった。
急に立ち止まった私に園子ちゃんは「あんたまさか忘れてたんじゃ」と言われるが首を左右に振った。

『忘れてないよ。忘れる方がどれだけいいか』
「あらなあに。この恋愛マスターである鈴木園子様にいってごらんなさい」
『いや…渡すものは決めたんだけど……意味を勘違いされそうで』
「それって渡す物によっちゃ意味合いが込められてるものを渡す気ってこと?」

頷くと肘でくいくい突かれる。

「なによ。それってもしかしてアクセ系ってことなの」
『本当は形に残らないものにしようと思ったけど…辞めた方がいいと全力で断られて』
「誰に」
『ストレス社会で闘うお兄さん』
「誰それイケメンなの」

園子ちゃんの重要視すべき点はそこなのか。首を左右に振ると「ならどうでもいいわ」と興味が失ったようだ。

「でもわたしも物がいいと思うよ。彼、絶対喜ぶから……まあ、何を渡しても結論喜ぶ図しか浮かばないけど」
『へえ』

ポアロの前までやってくると店先の掃除をしていた安室さんと目が合う。そして微笑まれる。うっ……と思わず目を逸らすのはここ最近の一連の流れである。

「お疲れ様です夜子さん」
『おつかれさまです安室さん。あのもしかして、そのもしかしなくとも…待ってました?』
「いえ。店先の掃除をしていただけですよ」
『そう、ですか』
「調度ど終わったので入りましょうか。夜子さんも着替えないと。園子さんもどうぞ」
「お邪魔しまーす!」

店に入ると梓さんに出迎えられる。私は園子ちゃんを席に案内してからバックヤードへ入り上着をハンガーにかけ、ロッカーにしまう。エプロンを制服の上から着て髪を一纏めに結び、身なりを整える。チェックが完了し店内へ戻ると梓さんがカウンターで珈琲を淹れていた。側まで行き、食器棚からカップを取り出し並べる。そのカップに珈琲を注ぎトレーに移していくとそのトレーを、安室さんの手が阻む。

「夜子さんは食器を洗ってください。こちらは僕が運びますから」
『え、あのでも』

言いかけるといつの間にか足下にクラフープの小さな輪っかがあった。え、いつの間に。

『昨日もカウンターから出てな』

言いかけて止めたのは安室さんが捨てられた子犬のような目で見つめてくるからである。思わず喉に言葉を詰まらせ、おまけに呼吸まで止めた。なんか、心なしか耳まで見える。垂れてる。なんかしょぼんとしている感じが伝わる。

『くっ……!』

奥歯を噛み締め首を縦に振った。ここで断って反論したら私が悪者じゃないか。しかも快諾したときの安室さんの表情は、全国の乙女が骨抜きになるんじゃないかと思うほど慈しみに溢れていた。アカン……私はその表情を見て青褪めた。今日こそ私の命日なんじゃないかな。店内の客たちが恋の憂いの息を吐き出した。あの数だけ脳内で殺されてるのかと思えば思うほど青褪める。あ、胃酸が駆け抜けてきて口内に苦味が拡がった。

「あの梓さん」
「なに?園子ちゃん」
「あれなんですか」
「ああ、あれは恒例行事かな」
「恒例ってつまり、毎日やってんの?!」
「なんか安室さん。トラウマになったみたいで。休日の時は夜子ちゃんの自宅前で待ちぶせて一緒に出勤するんだけど平日は時間になったら店先で掃除しながら待つようになっちゃって」
「うわぁ…愛護。ってか飼い主が安室さんなの?!犬じゃなくて」
「どっちかっていうと夜子ちゃんは猫ね」
「へ、へぇーあ、そうなんですか……夜子ちょろすぎません?」
「わかるわ」
『それ本人の目の前でする話じゃないよね』

ずっとふたりの会話を横で聞いていた。すると注文が入り、調度洗い物を終えたので行こうと一歩踏み出す前に、梓さんに止められた。

「私が行ってくるから夜子ちゃんはお皿にケーキを盛り付けておいてくれる?」
『え、あ、はい』

梓さんがカウンターから出ていく姿を園子ちゃんと見送りながら、準備をすすめる。園子ちゃんは暫く店内を見渡したあと再び身体を戻し珈琲をすする。

「相変わらず学生が多いわね。特に女子」
『ん?いつもこんなもんだよ』
「リンチとかイジメとかに合ってない?大丈夫なの?」
『今のところは視線で殺害されるくらいで特に人体へはないかな。ほとんどホールに立たせて貰えないから。あ、でも薬研とか膝丸とかが遊びに来てくれる時は接客をするかな』
「(それってつまり店側と客側が協定を結び彼女を守ってるっこと)あんたの事はわたしも愛してるから」
『唐突な告白だな』

肩をトントン叩かれて園子ちゃんが清々しく笑うから私もつられて笑うが、なんもわからん。

「いやーあんたが無事そうで安心したわ」
『え、うん。ありがとう』
「いいって……で。今日は誰が来てくれるの?薬研君?それとも膝丸さん?大本命の一期さんだったりして!」
『そっちが目当てか……昨日は髭切が来てたけど、薬研は忙しそうだったし』
「ってことは、今日は木曜日だったわね」

頷くと園子ちゃんはスマホを取り出し何かを確認していた。一体何を確認しているのやらと注文が入った分だけ珈琲を注いでいたら、その扉が呼び鈴と共に開閉され外から兼定が胴着姿で立っていた。
水を止めてタオルで水気を取ってから兼定に近寄ると園子ちゃんが「ほれ来た来た」とニヤついた顔をしている。

『兼定。部活は?』
「外周だ。今日は誰も来てないのか」

兼定の切れ長の美しい目元が鋭くなる。その視線の先には私を恨みがましく睨む女子たちが居るのだがその子らは竦み上がっている。綺麗な顔だちをしている兼定に睨まれたら恐いよね。『やめんか』と頭をポカリと叩く。

「ンだよ…今日は遅いのか」
『閉店までだから』
「じゃあ迎えに行く」
『薬研のご飯は?』
「あいつ今日はじいさんの所に泊まるとか抜かしてたぜ。何でも開発中らしい」
『忙しそうだね薬研。じゃあ兼定ひとりなんだ』
「ああ……お、お前さえよければ、そ、傍にいてやっても「お会計お願いします」

レジへ急ぎ精算をする。お客が少し列化したため暫く兼定を放置してしまった間に、安室さんがカウンターに戻ってきて、兼定と対面する。すると店内の視線は兼定と安室さんへ向けられることになる。どの世界も美男子には目がいくよな。目薬だもんな。わかる。
漸くさばき終え兼定に振り返るとまだふたりは互いに向かい合っていた。言葉を交わすことなく。なにやってんだろう……声を掛けづらいがかけに行くしか選択肢は残されて居らんかった。

『あ、ごめん。兼定、それで?』
「なんでもねえ。とにかく迎えに行くからひとりで帰るんじゃねえぞ」
「彼女のことならご心配なく。僕が送りますのでいつも通り」
「ああ?オレが送るって言ってんだろ」
「僕が送るので結構です」
「お前に結構とか言われる筋合いねえな」
「僕もきみの手を煩わせるつもりはないです」

最近気づいたが安室さんと兼定が鉢合うと十中八九こうなるという結論が出ていた。髭切のときとは違って何だか子犬が人間にきゃんきゃん咆えている図に見える。安室さんはこれでも初対面の人に敵意を向ける事はしないのだが、兼定との初対面のときは何故か最初から片手にビーフジャーキーを携えておちょくっている対応をしていた。遊ばれてるな兼定。兼定に至っては敵意剥き出しで噛みつく勢いだし……何がそんなに互いが気にいらないのか。顔がいいから絵になるな。ちなみに髭切の時は只管笑顔という名のブリザード対決をしている。

「賑やかね、安室さんが入ってからJKが増え。夜子ちゃんが入ってからは女性の支持率が増えて大繁盛。ボーナスおりるかな」
「美男子の居る確率高いですからねポアロ」

普段は物腰柔らかな店員安室透に加え、客にはOLハンターな源髭切と膝丸。JKからキャリアウーマンまでを魅了する粟田口一期。学生の憧れの的和泉守兼定。そして老若男女全ての年齢を網羅する粟田口薬研によってポアロは近年稀にみる大繁盛っぷりで大盛況であった。マスターも私が美男子の知り合いが多いと解った上で採用したのかな。それなら辻褄合うわ。ときどき若手俳優の鶴丸国永くるもんな。おまけにあいつサイン書いて写真まで撮って飾られてやがるし……客寄せパンダという魅力があったか私に。とんだ盲点だったぜ。ひっそりと息をついてキャンキャン咆える兼定の背中を押す。

『ほら戻った戻った』
「ちょっおまっオレはまだあいつに話が!」
『真面目に部活しろ』

外へと追い出すと兼定が唇をわなわな震わせながらも最終的にはフンっと鼻を鳴らし、走り去る。長く艷やかな兼定の黒髪が靡くたびに彼が同じ地点に居るのだと安心する。私はひとりじゃない。そして……兼定は半分人間として生きている。違う形になれども彼は正真正銘の私に仕える刀剣男士。それがこんなにも心強いとは、思いもよらなかった。いや、きっと潜在的にはあったのかもしれない。噛み砕き飲み干すまでに私は理解出来たのだ此処へ来て。なら、なんだか捨てたものではないな。空へ背伸びをして息をゆっくりと吐き出した。

「和泉守君ってもしかして」
「もしかしなくても筒抜けですよ。転校初日からもうすっごい出てるので。嫉妬する子なんてひとりもいないのが平和なもんよ」
「夜子ちゃんがシフト入りしてる時はいつも訪れるからそうじゃないかと思ってたけど。青春だね」
「安室さんは気が気じゃないって感じでしょうけど」
「いいんじゃないかな。安室さんは焦った方が」
「(梓さんって安室さんには塩対応よね。いや、単にあの子に優しいだけか)」

店に戻ると梓さんと園子ちゃんが温かく出迎える。

「さて。もうひと頑張りしましょうか」
『了解です』
「あ、わたしはおかわりね」

安室さんは接客応対に勤しんでいる。私も仕事をせねば……軍資金のために。でもやっぱり今日はカウンターから出させて貰えなかった。