刀鍛冶はいませんか?




「準備はいいかい鶴の旦那」
「ああ…いつでもいいぜ」
「じゃあカウントいくぞ。3・2・1・0」

兼定の軽々しいカウントに苦言を呈する鶴丸の一言目の母音は、鶴丸の手首に数珠をはめたと共にかき消され鶴丸の断末魔、に似た悲鳴が響き渡った……阿笠邸。

「ふん……もうちょい霊力を抑えられるか大将」
『込め過ぎたか』
「もう少しだと思うがな」

黒焦げに縛られた椅子と共に床に倒れる鶴丸を他所に、私たちは話し合う。そんな鶴丸の前に立つ哀ちゃん。

「生きてるかしら」
「あ…ああ…麗しいの灰原嬢。きみの慈悲深さには涙が出る」
「もう少し出来そうよ」

哀ちゃんの慈悲に鶴丸は涕した。その様子を遠くから眺める博士は「触らぬ神に祟りなし」と別の作業をしていた。博士の研究室を借りて私と薬研、兼定は鶴丸を実験台として天然石に霊力を込める実験をしている。強すぎず弱すぎず、人体に影響が出ない程度の力を込める調整をここ数週間繰り返し行われている。哀ちゃんにも協力をしてもらっているのは薬研のもう一つ別の研究の手伝いをしてもらっているから、そのついでに此方の協力もしてもらっているだけだ。

「大将。そろそろ休むか?」
『いや、あとひとつだけ試してからにする』
「無理はするなよ」
『限界突破を繰り返し、人は強くなっていくものよ』
「アニメの観すぎだろ。ドリルで穴でも掘るのか」
「ビスコ食べるか。美味いぞ」
「飲み物置いておくわね」

私への対応がおこちゃまなんだが……まあいいか。まだネバーランドへ行けると思ってるからな。

「また枯渇を起こしたら飲めばいいさ。今度はもっと即効性を重視してだな」

あのこの世にはびこるどんな日本語を用いても表現することが敵わない液体を、人体へ再び流せと申す薬師、薬研藤四郎に心拍数が上昇する。

『動悸が止まらない』
「更年期か」
「生命の終着駅の間違いだろ」

兼定に座布団一枚。転がる鶴丸は下からのアングルで此方を見上げてくる。
鶴丸はアルプス山脈で一万干しされてからの帰国後、私に会いに来たのが運の尽きだった。霊力を込める練習を繰り返していたので、薬研が「そろそろ試してみないとな」と身に着けたらどうなるかの調整段階へと移行しようとした時に、鶴丸は訪れた。薬研が鶴丸を捕まえ兼定が椅子に縛り付け、爛々と瞳を輝かせる鶴丸に私が霊力が籠る天然石を落としたのが総てのはじまりだ。
こんなにいい被検体はいない。存分に試作品を試すことが出来ると、皆容赦なく鶴丸で試していた。

「やはり、20番目に試したものがいいんじゃないか?」
「ああ、確かにあれは素材の質も上物だったが、持続性に欠くからな」
「じゃあそれを考慮した36番目の奴はどうだ」
『あれは途中で酸化しちゃったから却下』
「今上げた奴をベースに改良していくしかないわね」

鶴丸は参加事態に乗り気であるから面白味には欠けるが、被検体としては優秀だった。

「役者なのに顔に傷なんぞつけて大丈夫かのぉ」
「心配するな博士。普段通りだ」
「普段から一体どんな事をしたら顔に傷が出来るんじゃ」
「この前は平手だったな」
「先日は足跡だったか」
『そして今日はメリケンサック』
「明日は刃物かしら」
「楽しんでいるなきみ等」

実験楽しいと白衣を着た四人が瞳を煌めかせていた。





■□■






薬研はここの所阿笠邸で寝泊まりをしている。自宅でも薬研の研究室は存在しているのだが、それとは別のものをここで作っている最中だった。ここには優秀な助手がいるため。仕事が捗る。急を要するものであるからして、薬研は目の下に隈が刻まれようとも推していた。

「あったわよ。随分と山奥にあるけど」
「でかした。姐さん。で、場所はわかるか」
「ええ、あなたの端末機に送ればいいかしら」
「頼む」

灰原が薬研の端末機に詳細なデータを送信すると、薬研は直ぐに確認をする。その姿を横目にもうひとつの窓を開き解析を進める。

「流石は姐さんだな。これで拵えられる」
「そう。役に立てたのなら光栄だわ。それからあなたに頼まれた解析だけどデータが一つ足りないから直ぐには作れそうにないわよ」
「どんなデータが足りないかわかるか」
「相手の情報」

薬研は灰原の言葉に額を抑える。解りきっていた事だったようだ。薬研の表情が曇る。

「すまねえな、姐さん。そのデータを抜きにして途中まで作っておいてくれねえか?俺っちは別件の方を進めたい」
「構わないけど……あなた少し休んだら?あまり無理をすると」
「無理くらいするさ」

薬研の美しい紫眼の瞳がゆらりと万華鏡のように波紋する。薬研が誰を想って言っているのか解った灰原は瞳を閉じて表情をやわらげた。この場にいるふたりの報酬はすべてたったひとりの弱虫な少女へ送られるものだから。
薬研は冷めた茶を一気に飲み干すと資料が詰まった鞄を肩にかけ、阿笠邸を後にした。





■□■






電車を乗り継ぎ人が減っていく道のりの中、人里離れた山奥へと足を向ける。山道が途中から途絶え獣道を進んでいくと石畳の階段が上空へと続くように連なる。その階段を登っていく。照りつける太陽が額から汗を溢させる。漸く登りきると立派な鳥居と聳え建つ神聖な空気を纏う社が出迎えた。息をつき、汗をぬぐうと社の奥からぴょんっと飛び跳ねる少年が薬研の目の前に現れた。花魁が履いていた下駄がカンカンと床を鳴らし音をたてる。薬研は突然現れた紅い瞳の少年を驚くこともなく見つめて、唇を動かした。

「久しいな、今剣」
「ぼくもおどろきましたよ。薬研。まさかこんなところであなたにあえるなんて」

互いに握手を交わすと今剣は薬研を境内の奥。宿舎へと案内した。カラカラと玄関を開け薬研が一歩中へ踏み出すと柱に額をぶつけた岩融が出迎える。

「よお薬研。元気そうだな」
「岩融も来ていたのか」
「お前が来ることは石切丸殿が読んでいたからな。さあ上がれ」
「遠慮なく」

靴を脱ぎ岩融の後をついていく。薬研の後ろには今剣がつき三人は長い廊下の一番奥の部屋へと向かった。障子を豪快に開ける岩融の後ろから顔を覗かせた薬研は、中で祈祷をしている石切丸を見つける。彼は薬研の姿を目視すると「やあ」と人のよさそうな笑みを浮かべた。座布団が用意されている、一枚に薬研が腰掛けると石切丸を中央に左に岩融、右に今剣が座り。薬研の目の前には湯気立つ煎茶が用意された。

「元気そうだね薬研」
「つい最近まで向こうであんたらの顔を見ていたから俺はあまり久しいとは言い難いが」
「我らからすれば俺たち以外の刀剣男士に会うのは久しいのだ」
「きのうからわくわくしておりました」
「そいつはぁ光栄だな。まさか三条派の連中が刀鍛冶をしていたとは誰も予想しなさんな」

薬研がそう口にすると同じ刀派の生まれである彼は「確かに」と口を揃えて笑った。

「だがここには残りの二人がいないな」
「三日月殿に関しては消息がわからぬが」
「きつねのほうはうぐいすとともにおります。まったくしんしであるのにやしろをほうちしすぎです」
「まあまあ今剣。彼もサボっている訳ではないのだから多めに見てあげて」

仲睦ましい彼らの話に耳を傾けつつ薬研は鞄から資料を取り出し、石切丸の方へ提示した。

「俺っちが送ったものは届いたか」
「ええ、昨日受け取りました」
「どうしてここへ来たのかもお見通しだよな」
「ええ解っているよ。そして我々の見解もまた」

岩融が突如薙刀を薬研の座る位置へと薙ぎ刺す。読んでいた薬研は避けるが今剣が迫り衣服を目の前に翳し、両断されると今剣の足を掴み畳へ叩き落とした。距離を互いにとり臨戦態勢となる。

「薬研……何故刀を抜かないんだい」
「俺っちは己のために此処へ訪れた訳じゃない。ましてや使いで来た訳でもない。全ては俺っちの独断で、大将のために此処へ来た。ならば刀を抜く意味はない」
「獲物を持たぬ者を殺すのは些か道理に反するが」
「それがあなたのえらんだみちならばつきあいますよ」

腰を落とし身構える薬研。岩融と今剣は同時に踏み込み薬研へと白刃を振り下ろす、その寸前で薬研の前髪を一本だけ切れた。そう寸止めだ。目を見張り、息をつめる薬研を他所に石切丸が「うん合格かな」と告げる。刃を向けた岩融が豪快に笑い、今剣はにこにこと無邪気に笑顔を浮かべる。その様子に薬研は肩に入った力を抜かした。

「君はいい主に仕えているみたいだね」
「ああ。俺っちにとって最高の主だ」
「薬研からおくられたすいしょうよりももっとじょうしつのよいものをしようしてげんざいさくせいちゅうです」
「ここの洞窟は鉱山の跡地でな。魔を祓うには最適なものが転がっている」
「厄災を自ら祓い立ち向かう君の主の姿勢は既に見させて貰っていたし、最初から協力する気だったんだが、岩融がどうしても身体を動かしたいと言ってね」
「久しぶりに手合わせが出来ると思ってな。血が騒ぐというものよ」
「はりきりすぎですよ。岩融がそんなのだからいまだにおよめさんがこないのです」
「それを言ったら石切丸殿はどうするんだ」
「私を巻き込まないで。聖職者はいいんだよ」
「よくありません。ぼくはそろそろおかあさんがほしいです」

今剣に言われダメージを受けている岩融と石切丸。彼らもまた人である。ただ人よりも纏う気が神に近しいだけで。薬研は漸く用意された湯飲みに手を伸ばし、一口頂いた。

「直ぐにとは難しいが出来るだけ急ぐと約束しよう」
「有難い、頼む」
「できあがりましたらぼくがとどけにいきます。薬研のあるじさまにあってみたいので」
「ふむ。早速の嫁候補か」
「岩融の旦那は控えてくれ。これ以上大将の周囲に男が増えれば旦那たちが発狂するからな」
「おやおや。もう既にいい人がいるようだね。もし式を挙げるなら歓迎するよ」
「いやいい。大将は教会でウェディングと決めている、俺が」

薬研の言葉に周囲が笑いに包まれた。
そんな和やかな空気を放つ宿舎の外、森の奥では白い狐が人型となり。小狐丸が姿を現す。

「無事に接触が出来たようですね」

見届けている小狐丸の表情は穏やかだ。木の枝に腰をかけている鶯丸はそんな小狐丸を見下ろしながらくすりと微笑む。

「まさかお前が薬研たちに態とでえたを残し辿り着かせる行動をとるとは思わなかった」
「主様にこれ以上怪我をされるのは私とて大反対ですし、それに良い機会です。主様の霊力がどこまで高められるか……楽しみが増えました」
「お前もまた神使の端くれということか」
「それに、鶯が主様と今は関わらないと私に主様との接触を禁止にしたので間接的にも関わりたく!ああ、この小狐が主様の手足となってあなた様の補佐をしたのです。主様に頭を撫でられ褒められたいです」
「……さて。そろそろ帰るか。次なる動きに備えればならん」
「次はどのように」
「まあ、相手の出方次第だな」