眠り姫は毛布を要求する




「遅い」
『ッ』

兼定にまた吹っ飛ばされた。床を滑っては四肢をだらりとさせる。これで何回目になるのか数えるのも面倒だ。

「基礎は出来てんだ。実戦経験もあるからそれなりに動けているが……お前のその戦い方はあってねえ。オレの真似はするな」
『やっぱバレた』
「だいたい天然理心流はお前に向いてない。真似するなら山姥切辺りが妥当だろう。あいつのは無駄な動きがないし、長い歳月を共に過ごしている分馴染みやすいだろうしな」

兼定の的確な指摘に成程と思わせられる。山姥切の型をイメージしながら再び立ち上がり兼定へと突っ込む。今度は長く打ち合えたのか吹き飛ばされることはなかったが叩き落とされた。

『あたたたっ…』
「直ぐに使いこなしてんじゃねえよ」
『何か言った?』
「なんでもねえ(オレの真似して、オレの名を遣って癖に腹立つ)」

山姥切の動きは繊細だが確かに余計な大振りはない。確実に相手を仕留めている。護法もするようにしながら私は補佐に回らなければならないなら、派手な大立ち回りをするよりかは最小限の動きで最大限を叩く方が戦法としてはいい判断だ。すると調度よく借りていた部屋の時間が来たようで、退出の放送が入る。兼定と室内を出て「また明日だな」と竹刀を二本持ってくれる。男女の更衣室に別れシャワーを浴びるといつも思うが、あれだけ飛ばされて叩かれているのに傷がひとつもない。やっぱり兼定の実力は極めている人間を凌駕しているってことなのかな。刀が刀を扱うならば納得の境地か。思い知らされる実力差。今までは単に運がよかっただけだということを突き付けられるが落ち込むことはなかった。死への恐怖も緩和している。兼定や薬研、コナンくんに哀ちゃん達が傍に居ると実感できるからかな……もっと強くなる。拳を掲げて「オー」と気合をこめるが目の中にシャンプーの泡が入り慌てた。

更衣室から出ると兼定は柱に寄りかかり端末機を確認している。その姿はまさしく人目をひく美の象徴。黒のジャケットにTシャツ。長い髪は一本に結いあげられ黒のスキニパンツが彼の体型の良さをアピールしていた。そして何より……周囲の女性が兼定に声をかけようとにじり寄っている。あの中心に今から行かなきゃいけないのかと思うと「行きたくねえ」と思った。だが、私が近寄る前に兼定が気がつき大股でこちらへ来るなり「行くぞ」と声をかけてくれるので、有難いことだと頷き、共に外へと出る。すっかり外は闇の中。ネオンの光が豪華絢爛だ。身震いをさせてマフラーに顔を埋めて手袋をしっかりと装着する。兼定もまたマフラーを巻きなおし手はポケットの中へしまわれていた。

「品物は順調なのか」
『もちのろん。あとは繋げてっふぁぁ〜〜』

大きな欠伸を設けて眠さが際立つと、兼定は肩を震わせ私の手を取る。

「歩きながら寝そうだなあんたは」
『いやいや〜そんな歩きながら眠れたら無敵じゃん』

コクリ、コクリと舟を漕ぐ度兼定と繋ぐ手は強く握りしめられる。今、この場に、隣に和泉守兼定がいる。それはなんて――――。

『ありがとう兼定』

半濁していく意識の中で兼定はあの気を緩め馬鹿にしたような顔をなのに、とても優しい声でこう返してくれた、気がした。

「礼なんていらねえよ、夜子」
『いま、なまえでよんだ?』
「呼んでねえ。寝ろ」
『ねれるわけないでしょーがー』
「いいから。おぶってやるから」
『にゃにいってんよ。こんにゃらとこさでねむるわけなかとよ』
「へいへい。ほらねんねしろ」

兼定の首に腕を回して背中におぶさる。温かく逞しい背中に息を吸い込み眠りに落ちた。

「はあ……重え」





■□■






「暇だね」
『ですね……』

学校が早くに終わった今日。ふわっと欠伸を噛みつつ梓さんとふたりでカウンターでまったりと珈琲を淹れていた。私は食器棚に食器をしまっているが危うく落としそうになり反射神経で割らずに済ませる。あぶねぇ……何をしても寝る。珈琲の香りを嗅いでも眠りに落ちる。球技大会なんて寝ながらバスケしてたし。おかげで側頭部にボールが飛んできた。堅かったなバスケボール。再び欠伸を噛み殺しつつお皿を拭く。

「今日のまかないどうしようか。何が食べたい?」
『ふとん』
「布団!」
『あとまくらもいいな』
「枕!」

梓さんが何故か繰り返す。どうしたんだろう、伝言ゲーム?首を傾げていると梓さんに顔を覗かれる。

「少し眠る?忙しくないからバックヤードで寝てても大丈夫よ」
『いけません。働かざる者食うべからずです』
「そんな武家みたいなこと。その状態でフライパンふれるの?」
『できます。燃えなきゃ安い』
「寝てきなさい」

梓さんに背中を押されてバックヤードに押し込まれた。ふわぁ〜〜っと欠伸を設けて眠い目を擦る。皆への贈り物はなんとか用意出来たからあとはラッピングするだけ。兼定との稽古は明日だから……ここのところ寝てない気がする……ざっと二時間睡眠かな。でも学校で寝てるから、あ。今日は球技大会だったか。でも試合中寝てたから、うわぁでも眠ぃ。パイプ椅子に腰かけ机の上に腕を置き、背もたれに体重を預ける。

ねむいねむいねむいねむいねむいねむいねむいねむいねむいねむい……

ゲシュタルト崩壊旋風が巻き起こる。睡魔に抗う術など人類があと何百年後経過しても見つからないだろう。いや、千年後でもなかったわ。ああ〜〜〜ねむいよぉぉぉぉ。
首をコクリと下げて、ぷつりと切れた糸と共に深い眠りへと飛びだった。





■□■






「買い出し行ってきました」
「おかえりなさい安室さん」

戻ると梓さんがまかない食を作り終えた後だった。店内を見渡すと梓さんがくすりと笑う。その様子に頬を人差し指で掻いた。

「夜子ちゃんならバックヤードですよ」
「そうですか」
「最近寝不足みたいで今は暇だから仮眠に行かせました。ので、良ければこれでも持って行って食べてください」

梓さんはトレーに二人分のパスタと飲み物を乗せ、俺に手渡す。戸惑いつつもトレーを手にすると梓さんは「変な気は起こさないでくださいね」と釘をさしてきた。なら一緒にという雰囲気をつくらないで欲しい。バックヤードの扉を一応ノックしてから入室すると、彼女は椅子に座ったまま微動だにしていなかった。あ、これは寝ているな。と勘づく。後ろ足で扉を閉め、中央のテーブルにトレーを乗せ彼女の隣の椅子を引き座ってから顔を覗き見る。やはり、彼女はすやすやと寝息をたてて眠っていた。目の下には隈の跡がくっきりと残っている。最近の彼女は確かに睡眠不足だ。それを悟られないように本人は明るく行動をしていたようだが、筒抜けなのは多分……。テーブルの上に肘を起き掌に頬を乗せ彼女を見つめる。泥のように眠っている彼女は音を立てても起きる気配がない。そっと手を伸ばし指の腹で顔にかかる髪を耳にかけても彼女は起きない。眠る横顔がはっきりと瞳に反射すると、あ、これはまずかったと後悔した。はっきり見えてしまうとどうにも魔が差しそうになる。自制するが、こういう時にいつも思い返してしまう。今までに蓄積していった事柄を。

ああ……そういえば髭切の奴。此処に来るなとあれ程言っても来ては彼女にベタベタとさわっていたな…はぁ…。

彼女の周囲にまた増えた。

見目の好い男が、腹が煮えたつ。面食いのこのお嬢さんが他の男に目移りしない訳がない。それにあの男。彼女の幼馴染と紹介された和泉守兼定と言う男。同級生らしいが、彼女が残したあの木刀の持ち手の部分に記された文字と同じ漢字、同じ名前が刻まれていた。和泉守兼定。彼が現れてから彼女と和解出来た。それはその男が関連しているのではと思うと、彼女にとって彼はそれだけ心を許していて尚且つ信頼している人物ということになる。

それがどうにも引っかかりをみせ、彼を前にすると安室の仮面が崩れそうになる。こんなに感情が剥き出しになるとは、頭が痛い話だ。心を乱されるたったひとりの小娘如きに……それがどうにもこうにも。

頬に触れやわく撫でても彼女は起きない。まるで見向きもされていないみたいで無性に噛り付きたくなる。でもそれと同時に、きみの泣きたくなるくらいの優しさに心が震える。俺が組織の仲間であると彼女は知っていながらも、それでも一個人として扱い、見てくれるその……無自覚なくらいの温かみに、どうしようもなく甘やかして溶けさせてしまいたくなる。

「つくづく虐めがいのあるお嬢さんだ」

腰を浮かせ頬に手を添え健やかな寝息をたてるその柔らかい唇に触れる。表面を撫でるだけの幼稚な触れ合い。そっと離れ椅子に座りなおすと顎に指を添え「ふむ」と幾分か気は晴れた。冷えないように上着をかけてやると突然バックヤードの扉が開閉する。

「夜子ちゃん。和泉守くんが迎えに来るって」
『ん…ぃずみ?かみぃ?』

向くりと起きだした彼女。寝ぼけた目で梓さんを視界に捉えてから、流れるように此方を収める。

「おはようございます夜子さん」
『……あれ?なんでここにカフェオレが。私頼みましたっけ?』
「寝ぼけてるね。ご飯食べて待ってて。あと30分後には来るらしいから」
『ぅん』

欠伸をしながら再び俺を見つめてくる。大分寝ぼけているな額同士をこつりとぶつけて甘い声で囁いてみる。

「夜子さん。起きてますか」
『……』

ゆらっと密接した額が離れ仰け反る彼女が次に顔を見せた時は、顎に彼女の額がヒットしたときだった。

『パーソナルスペースぅ……』
「起きたみたいでよかったです」

額痛かろうに、それでも鋭く睨むその瞳の奥には羞恥心が見え隠れしていた。照れている証拠だ。喉を震わせると彼女はパスタに目が行き椅子から立ち上がると向かい側に移動してから食べ始める。お腹は空いているみたいだ。だが途中途中で眠りに誘われているのを見ると何だか、食べながら眠る子供を想像した。

「何をそんなに寝不足なんです」
『それは』
「それは?」
『ひみつ、です』

フォークをかぷりと齧りながら彼女はそう言った。

「秘密ですか。気になりますね。でも秘密ですか」

何かすべてがどうでもよくなった。これからあのキャン吠えする子犬君が来ようともどうでもいい。あの彼女と自分は特別な関係なんだと自己主張する子犬のことは本当にどうでもいいな。

「あなた達の求める安室さんは。紳士的で卒なくこなす方ですか?それともお花飛ばして12歳下の子の舌足らずにご満悦している方ですか?」

梓さんが安室目当てに来ている女子高生に対して、そう尋ねていた。