月下の奇術師様が宣言した決行日。待ち合わせの場所へ向かうと安室透の恰好をした怪盗キッドが佇んでいた。そしてあの女性がにじり寄り虎視眈々とサバンナの狩りを想定する現場へ今から行かないといけないのかと思うと辟易するが、近づき声を掛ける。
『お待たせしました』
「いいえ。そんなに待っていませんよ」
行きましょうか、と完璧なまでの安室透に思わず拍手を送る。ふたりで歩き出し目的の鈴木大博物館へと足先を揃える。
「彼は隙が無かったのに、都合よく来れなくさせられましたね」
『魔女様のおかげですかね』
隣を歩いても触れて来ない安室さんは貴重だ。なんて普通の人なんだ。というか心が平和だわ。
『でも何故彼に?私の周りなら他の人でも』
「え、あなたの傍で不自然でなく振る舞えるとしたら彼くらいかと。だって彼と恋仲なんですよね」
その言葉を聞き私は彼のネクタイを鷲掴み思いきり引き寄せ耳元で一番低い声を出した。
『もう一遍言ってみぃこの生餓鬼。今ここでバラしたろうか』
「スミマセンでしたッ」
『やだな。そんな怯えた顔して、か弱い女の子にする顔じゃないぞ紳士』
「(あ、怒らせてはいけない人だ)」
掴んだネクタイを放し再び歩き出す。
「それであの名探偵には言ってないんですよね」
『言わなくてもきっと解りますよ。うちの子優秀ですから』
「うわぁ親ばか」
『それよりちゃんと約束は守って頂きますからね』
「それは勿論。約束は守るのが紳士の務めですので」
さっと手を差し出され「わお紳士」と思いながらその手に添え鈴木大博物館へと入館した。
降谷に代わり夜子の動向を尾行していた風見と楽しそうだったのでついてきた髭切は安室に変装しているキッドに動揺を隠せない。確かに降谷は「今日は別件が入ったから彼女の尾行は任せた」と風見に頼んだというのに、何故その頼んだ張本人が彼女の隣に居るのか。風見は急いで確認のために降谷の携帯に連絡を取ろうとするが、髭切はそんな風見の首裏に手刀を「えい」と繰り出し気絶させた。髭切の悪魔の頭脳が囁く。あれは降谷零ではないと。わかっていながらも面白そうなので報告しないでおこうと風見を回収し遠くから観覧することにした。
そんな一連に起きたことなど知らないというのに、降谷は街角で同一人物の女性をふたり目撃することになる。
時間は遡る事今から30分前。降谷は赤井秀一について調べていた。彼の周囲で起こった不可解な謎。死への真相に疑問を持った降谷は人の波を避けながら目的地へと徒歩で向かっている最中に夜子を目撃した。普段は髪を降ろしている彼女がハーフアップにし、やや短めのスカートを穿き、見慣れないヒールをカツンと鳴らして歩いている。バイトの最中はパンツ着用を義務つけている店側からして制服以外のスカートはコロンボ以来であり、降谷は思わず目で追ってしまう。やはり今日はそちらについていくべきだったか。と思いながら貴重な情報源を掴んだ故に意識を赤井へ集中させると、目の前を夜子が通り抜ける。降谷は立ち止まり目頭を抑えた。暫くした後、後ろへ振り替えると夜子の隣には安室透が居て仲睦ましく歩く姿を目撃する。正面へ向き直ると一人で歩いている夜子の後ろ姿が見える。迷うことなく降谷はひとりで歩いている夜子の手首を掴み「こちらへ」と物陰へと誘い込み、第一声。
「何をしているんですか、ベルモット」
「あらよくわかったわね」
「僕が彼女を見間違えるなどあり得ません。彼女はスレンダーなんですよ、あなたのような豊満ではない(何か月監視していると思っているんですか)」
「それ彼女の前で言ったらだめよ」
本音と建て前が逆な事も解っておらず降谷はベルモットを問い詰めると彼女はあっさりと白状した。
「つまり彼女の弱味を握った怪盗キッドが僕になりすましているということですか」
「弱味じゃないんだけど」
「よりにもよって僕になりすますとはいい度胸じゃないか」
「だから弱味じゃなくて情報よ」
「ベルモット。あなたの腕を見込んで依頼します。早急にこの男に変装させてください」
絶世の美女の言葉を遮り写真を眼前に差し出す降谷に余裕などない。いや、余裕ではない。彼は夜子のことになると欠点を増やす。差し出された写真を手にしベルモットは目を見開かせるが「いいわ」と二つ返事を承諾した。この時降谷は気がつくべきだった。ベルモットの変化に。それが出来ない程彼は夜子のことになると欠点を増やすのだった。
鈴木大博物館の前で園子ちゃん、蘭ちゃん、コナンくん、薬研が既に来ていた。彼女らの傍まで行くと薬研の腕を捕まえる園子ちゃんがいた。
「夜子姉ちゃん!」
コナンくんが小学生らしく駆け寄り私の足を掴んでは後ろに隠れる。それもそのはず私の目の前には鬼神が如く疑いの眼で蘭ちゃんがコナンくんを見下ろしていた。それをキッドとふたりで両手を上げて降参する。
『蘭ちゃん怖いよ』
「落ち着いてください蘭さん」
「コナン君?ふたりの邪魔しちゃだめよ。いいからこっちへいらっしゃい」
「やぁだ。ボク夜子姉ちゃんと一緒にいる」
……控え目に言って可愛い。にやける顔を抑えるために両手で口元を隠すが可愛すぎてどうしよう。取り合えず魂が抜けそうだから誰か助けて。足めっちゃ掴まれてる。小さいお手てに。かわいくない?ねえ、かわいくない??むっちゃかわいいんだけど。どうしよう。ねえ、どうしよう!
―――とりあえず落ち着け
キッドと意思の疎通が出来ていた。
「まあまあ、蘭さん。コナンくんもお姉さんの傍に居たいんですよ。僕は構いませんので」
「いや、わたしが構うので。ふぅ―んそんなに夜子ちゃんの傍がいいのねしんっこ、コナン君。よーくわかったわ。じゃあわたしも夜子ちゃんの傍に居るまでよ。だって友達だものねぇ夜子ちゃん」
『え、あ、うん……』
左の腕に腕を絡ませられ蘭ちゃんが私に張り付くとコナン君は「げぇ」と更に青ざめた。こりゃ完全に黒だわ。右側に居るキッドも困っている。これから彼は盗まないといけないのに、大変だな。私の周囲が盛り上がっていると鈴木次郎吉さんと中森警部がやってきて。
「やあ君が園子が言っていた変装を瞬時に見抜く観察眼を持つ娘か」
『初めまして。園子ちゃんの友人の江戸川夜子と申します。お招き頂きましてありがとうございます』
「いや、君には期待しているぞ。今回こそは負けぬ」
燃えてるな……
「君がそうなのか。うちの娘と同い年だと聞くが…本当に見抜けるのか?ただのキッド見たさにほらを吹いているんじゃないのか」
「おいおい刑事さん。俺っちの大将を疑うなんざどういう気なんだ。折角休みを削って大将はあんた等の頼みを聞きに出向いたってのに」
『薬研…落ち着いて』
滅多に怒らない薬研なのだが、勘に障ったのか珍しく突っかかっていた。薬研の腕をホールドしている園子ちゃんも「そうだそうだ!」と野次を飛ばす。やめてくれ。私は目立ちたくないんだ。後ろを見てごらん……ギャラリーがわんさかおるよ。テレビ中継もされそうだよ。早く中に入りたいな。右にはキッド、左には蘭ちゃん、足元にはコナンくん。私は身動きすら封鎖されていた。
「僕の恋人を疑うのは勝手ですが、こんな所で立ち往生しないで中へ入りませんか。見抜く見抜かない以前に民間人に協力要請を頼んだのはあなたの上司でしょう。中森警部」
右手を繋ぎ彼にエスコートされる。うおぉ……紳士だわ。ゆっくりとカーペットの上を歩きながら私たちは漸く館内へと入ることが出来た。私の要望でお客は既に外へと追い出されているようで、警備をする警官とゲストの私たちと、館長の次郎吉おじさまのみ。
『おじさまは?』
「怪盗は専門外とか言って来なかったのよね。でもコナン君が居れば十分よ、ねえコナン君」
「ぼ、ボク子供だからわかんない」
「いつまで続くかしら」
『ら、蘭ちゃん。天使のようなきみは何処へ行ったの』
「大変そうですね、コナン君」
コナンくんにキッドが声をかけ、心の中でほくそ笑んでいる事だろう。やれやれ負けず嫌いはこれだから。園子ちゃんに呼ばれた蘭ちゃんは半ば強引に園子ちゃんに連れていかれる。その隙にコナンくんは私に目配せを送り私は隣にいるキッドに耳打ちをした。
『 ちょっと協力して 』
「 なにを? 」
『 あなたなら変声機なくても工藤新一の声が出せるでしょ 』
「 なんで俺が敵に塩を送るような真似を 」
『 バラしてもいい? 』
「 やらせていただきます 」
コナンくんから代替え機を借りそれをキッドへ手渡す。コナンくんは蘭ちゃんの視界から移動せず。私はノーワイヤレスイヤフォンを耳に装着させ髪で隠し蘭ちゃんとの会話の流れに上手い回答をキッドに伝えるという仕組み。そしてキッドは蘭ちゃんに電話をかける。何せ安室さんに化けているのが怪盗キッドだと教える訳にはいかないから。私とキッドは少し距離を開けて窓際へと行く。コール音が続くが漸く蘭ちゃんが出た。
{ 新一。電話なんてしても無駄よ。だってあなたは今わたしの目と鼻の先にって…え。なんでコナン君電話に出てないの?! }
「はあ?お前寝ぼけてんのか?オレは今事件を解ている最中で、東京都内にいねえぞ」
{ うそ…そんなはずは }
「ったく。折り返しかけたってのに、急ぎの要件だったんじゃねえのかよ」
{ ごめんなさい!わたし勘違いしてたみたいで }
「まあ、何事もないなら別にいいさ。久しぶりに声が聴けてよかったよ。じゃあまたな」
{ 新一…うん。またね }
通話を終わらせるとイヤフォンを外し親指を立てる。
『お疲れ様です安室さん』
「人使いが荒いお嬢さんですね」
『それにしてもどうやったら変声機なしで声を変えられるんです?女の人の声も出せてましたよね』
尋ねると唇に人差し指が当たる。
「それはトップシークレット。いくらあなたが魅力的な女性であっても教えることは出来ません」
『うっ……』
顔がよく紳士的な安室さんにそんな優しい声で言われると流石の私も照れる。頬に微熱が灯り手で煽ぐ。
「あなたって素直ですよね」
『やめてくれ…慣れてないだけだから』
「そういうのが男心を擽ってからかわれてしまうんですよ」
先程まで工藤新一の声だったのにもう安室さんの声に切り替わっていて凄いと褒めたいのだが、少女漫画みたいに口説かれているみたいで心臓が落ち着かない。うわぁ〜〜もしや普通に口説かれていたらあっさり落ちているんじゃないか私。と有り得ないくらい顔が熱くなってしまった。両手で顔を覆っていると聞き覚えのある声が聴こえた。
「あまり彼女に近づかないで頂けますか安室さん」
『一期……』
手を離し顔を上げた瞬間思わず「ん?」と首を傾げた。一期は刑事部の強硬犯係で一課に所属している。だからいくら刑事でも二課が担当している案件に彼が刑事として関わる事はまずあり得ないのだが、それ以前の問題であった。だって彼は本物の一期じゃないからだ。指をさして『あ』と言いかける前に一期は私にウィンクを飛ばしてくる。いや、誰だおまえ!ただの王子様じゃねえか。
私の反応でキッドも気がついたのか、肩に置かれた手を払い私を背に匿う。
「あれ一期さん奇遇ですね。こんなところでお会いできるなんて。確かあなたは一課ではなかったですか?」
「確かにそうですが。今日は非番ですし、同じ警察官なら課を越えて捜査の協力をするのは自然な事かと。それに、あなたのような人から大切な彼女を守るのも務めですので」
凄い饒舌な人だな…一体中の人は誰なんだ。探るような視線を注ぐが目が合うと微笑まれる。うぐっ!一期のそのロイヤル王子様の顔で微笑むなんてただの王子じゃないか!素敵すぎて腰抜かしそう。キッドの背にしがみつき猶更隠れる。
「(おいおい。こいつ誰なんだ…てかすげぇ人でも殺しそうな勢いなんだが)」
「(俺の顔で照れる彼女もいいにはいいが、それ俺じゃない。しかも粟田口一期の顔で腰抜かしそうにしている彼女も気に食わない、中身は俺だが。とどのつまり……俺にしがみつけばいいだろ)」
何故か知らないが寒気がした。
「うわぁ〜楽しそうな展開だね風見って気絶してるんだった」