「どうやら五条夜子に顔が似ている女がいるみたいね」
「ええ…でも容姿は全然違いますけどね」
隠し撮りで撮られた写真をベルモットが受け取る。其処には看護師さんと仲睦ましく話している柔らかな笑みを浮かべた少女が映っていた。
「あら、本当ね。白銀にセミロング、紫目に真白な肌…まるで白雪姫みたい」
「白雪姫って黒髪に赤い唇ではなかったですか」
「あら、全てにおいて白いならオフホワイト。新雪のようにまっさらなって意味で白雪姫でも悪くはないんじゃない」
「ええ、そうですね。あなたにしてはいいネーミングです」
「あら、ありがとう。あたし達が遭遇したあの五条夜子とは相違点が多いけど……確かめないと駄目よ。そういう命が下っているのだから」
「とても慎重ですね。そうまでして丁重にしたい割には計画が杜撰すぎる気もしますが」
「仕方ないのよ。あの子は一度消息を絶ったのだから……それに戻って来たと思ったら全然素質はないし、備わっていた筈のものがないから殺すのは当然」
「じゃあ今回も見つけ次第殺すんですか」
「いいえ、今回は血液を採取して持ち帰るだけよ。それに、五条夜子は死んだの。ジンが殺したのをあたしたちも目の前で観ている。そっくりさんってだけよ」
「でもご執心のようですね、あの方は」
「……調べるだけよ。ほら、早く済ませましょう」
『今日もお見舞いに来てくれてありがとう哀ちゃん』
「いいのよ。あなた暇でしょう」
哀ちゃんが普段通り病室を訪ね、椅子に座り彼女の学校生活の話を聞くのが此処最近の日課になっている。もうすぐ退院らしく。その手続きを有希子さんが進めているようで私はあまり波風立てないように悠々と入院生活を満喫していた。
『今日はお隣の三波さんから紅茶をおそそわけに貰ったの。だからこれでお茶会でもしよう』
「あらいいブランドの奴じゃない。その三波って人、男の人?」
『うん。そうだよ。気さくな人で階段から落ちて骨折したみたいで。紅茶が好きですって言ったらくれたの』
「ふーん……あなた案外たらし気質なんじゃない」
『気質じゃない。昔から罰ゲームの告白に選ばれるくらいのキャスト性だよ?こんな地球上の平凡下の下に惚れる殿方がいたらその人の目は眼球から腐りかけているから早急に手術した方がいい』
「あなた…どんな生活をすればそこまで自分を底辺に見られるのよ」
『慢性的に端整な顔立ち達に囲まれたら{ 自分は人間という形状を保ってるだけに過ぎない }って自覚するものよ』
「ほら、紅茶入れる為にお湯取りに行ってあげるから大人しく待ってなさい」
『はぁーい』
「もう少ししたら江戸川くんも来るから」と哀ちゃんは伝えポットを抱えて病室を後にした。其処へ扉をノックする音がしたのち、看護師が入室した。
『ゆきさん』
「元気そうね夜子ちゃん。こっちは夜勤でくたくたなのに」
『一応病人なんですけど』
看護師のゆきさんが話をしながら準備を進めている。その動きを見つめながら私を首を傾げた。何だろう、このもやもやとする違和感。ゆきさんの手元に注射針とアンプル管が握られにこりと笑まれる。
『え、ちょっと。今日は何する気ですか』
「もう、昨日言ったでしょう。今日は採血するって」
『それは最初のときしたんじゃなかったですか?』
「もう一度するのよ。念入りに検診するように言われているんだから、このビップ患者様」
『ひぇ〜〜注射針って苦手なんですよね、特に採血が。私、貧血持ちなんで気をつけてくださいね』
「はいはい」
右腕の袖を捲くられ血管を探り消毒液が肌を滑る。注射針が血管に静かに刺さり血液がアンプル管に溜まっていくのを見ながら、私はゆきさんを視界に納めた。この違和感。何だろう。この人もしかして――――。
『どうしたんですか、あの後』
「んー?なんのこと」
『ほら、昨日私に溢したじゃないですか。その後が気になって』
「……ああ、彼となら冷戦中よ」
疑問点が線となりその解答が明らかとなる。ああ、やっぱりこの人―――違う。
声をかけようとしたとき、ドアがノックされ返事をすると現れたのは三波さんだった。片手にはケーキ箱が握られている。
「夜子ちゃん。ケーキいるかい?僕の所に見舞いでケーキを買ってくれた奴が居たんだけど、甘いの苦手だから良ければ貰ってくれると助かるなって。この前話した時、ケーキ好きだって言ってたから」
『三波さん。いいんですか?ありがとうございます』
三波さんが近くまでやってくるとゆきさんに気がつき、軽く会釈をする。もうケーキを食べていいので咎められることはないが、少しどきっとはするだろうな。箱をベッドサイドに置いたとき、三波さんは首を傾げた。
「あれ?この前のぬいぐるみってどうしたの?」
『ああ。あれは私のではないので看護師さんに落し物として届けたんです』
「そうだったのかい?」
『可愛かったんで頬ずりとかしちゃったんですけど、やっぱり持ち主の所に返した方がいいかなって。物は大切にしないと』
「夜子ちゃんは優しいんだね」
『たいしたことじゃないですよ(付喪神従えていたんで)』
三波さんと談笑していると、ゆきさんが「またあとでね」と採血を終えて室内を退室し。哀ちゃんとコナンくんがお湯を取りに戻ってきた。哀ちゃんが三波さんを追いだす形で三波さんと別れ、哀ちゃんが腰に手を当て「まったくこの子は」と言われてしまった。
カップの用意とケーキの用意を、コナンくんと哀ちゃんと三人で準備を進める中コナンくんは何処か思案顔になっている。
『どうしたのコナンくん?』
「あ、ああ。あの看護師なんで採血キットなんて持ってたのかなってよ」
『ああ、ゆきさん?念入りに検診するためだって言ってたけど』
「検診?んなの頼んだ憶えねえぞ。それに昨日で診察は終わってる筈だが……」
『でもその診察のときに告げられたよ?採血するからって』
「そうか…ならいいが」
「あら、このケーキって今雑誌で特集組まれてる人気の所じゃない」
『そうなの?おぉ〜美味しそうだね』
箱の中を覗きケーキを選んでいる中、私はやはりゆきさんの事が気になった。
「……気を付けた方がいいのはあの三波って奴かもね」
「はあ?んで」
「なんかやたらと彼女の病室に訪れてるのよ。私が来ると直ぐに帰るんだけど。さっきあなたも視たでしょ。ナースステーションで彼が彼女の部屋にあったあのぬいぐるみは自分のだって言ってたの。あれを男が所持する訳ないでしょ。確実に夜子の物だと解って回収しようとしてるのよ……典型的なストーカー気質ね」
「考えすぎじゃねえか……って言いたいところだが。この人の性格を踏まえるとやばいかもな。明日は昴さんに迎えに来て貰うか」
「私は彼も信用してないけど」
「昴さんが迎えに来れば諦めるだろ。あの手のタイプは妄想型だからな」
コナンくんと哀ちゃんが隣で何やらこのお姉様を莫迦にするような言葉を投げていた気がするが、今は聴かなかったことにしておこう。スリッパに足を通し立ち上がる。点滴スタンドを片手に歩きだす。
『ちょっとお手洗いに行ってくるね』
「私もついて行くわ」
『大丈夫だよ。トイレすぐそこだから。それに一応警戒心あるからね』
びしっと人差し指をさしてふたりに手を振り退出。えっと一先ずナースステーションに行ってゆきさんの所在を確認しようかな。だが、受付に行ってもゆきさんは今日、午前出勤だけだった事を告げられしっくりきた。腑に落ちたわ。さて病室に戻るか、と黍しを返したとき。ゆきさんの声が聴こえた。死角になっているランドリー室の近くで。
「俺の気持ちに答えてくれる気になったんだね、ゆきさん」
「放して下さい!」
迫られていた。ゆきさん可愛い人だから狙っている男多そうだもんな。そう云えばいつも一人になると迫ってくる患者がいるってぼやいていたけど、もしかしてあの人かな。
『ゆきさ―ん!落とし物見つけましたよ!昨日から無い無いって泣きそうになりながら探していた婚約指輪が見つかりました!ってあれ?この方はどちら様ですか?』
大声で声をかけ周囲の目が集中し始める。ここが死角にならなくなった処で男性患者はゆきさんから離れ、血相を変えて逃げた。その背中を見つめながらゆきさんに近づく。
「ありがとう。見つけてくれたんだね」
『ああ、あれ嘘ですよ。だってゆきさん結婚してるので』
そう伝えた時、ゆきさんは眉を潜めた。
『此処を進むと裏口に出られますよ』
「え」
『今日のゆきさんのシフトは午前出勤。もう夕方なのにいつまでも此処にいたら不審がられますから』
「……不審者なのに見逃すっていうの」
『だってあなた優しかったから』
「……はあ?」
『採血の時も痛くなかったし。あんな絡んで来た男を実力行使でどうにでも出来るのにそうしなかったから、根は優しい人なのかなって。それに私をどうこうしたいなら採血の時どうにでも出来ただろうし』
思った事を述べただけなのだが、お姉さんは暫く停止していた。うん?何か失礼な事を言ってしまったかな。顎に指先を添えて考え込むが……特に失態はしてないな。うん。と頷くとお姉さんは本来のお姉さんの笑みなのか微笑んでいた。
「馬鹿な子ね」
それを言い終えるとお姉さんは裏口から姿を消した。何だか罵倒されてしまったよ。でもあの人……体型からするにかなりスタイル良さそうだった。胸も豊満だな、あれは。そう思っていると後ろからコナンくんに声をかけられ振り返る。どうやら迎えに来てくれたみたい。
「なにやってんのお姉ちゃん」
『あはは、ごめんごめん』
「さっき看護師さんと話してたけどどうかしたの?」
『看護師さんが落とし物をしたから届けただけだよ』
「ふーん……ねえ、香水をしている看護師さん知らないよね?」
『香水?わからないな』
スタンドを片手にコナンくんと並んで歩く。コナンくんは私の返答に考え込んでいたが、私はコナンくんの考え込んでいる横顔を見つめながら、弟の居る感覚を味わった。
「明日は昴さんが迎えに来るから。引っ越し業者はもう来て荷物は部屋に運んであるし、母さんが新しい家具とか用意してたからそれ遣ってくれ。女の子が出来て嬉しいのかスゲー少女趣味全開だけど勘弁な」
『天蓋ベッドとか?』
「……ああ、ダブルベッドだがな」
私の脳天に雷が落ちた。
「明後日から高校に通う日程だから、その流れで蘭に紹介しておっちゃんのいる探偵事務所にも来てくれ。多分、蘭の奴が案内してくれっから。帰りは俺が送るから安心しろ……って聞いてねえか。まあ、明日も説明してやっから覚悟決めとけよ」
停車していた車に乗り込むと、変装マスクを解き長いブロンドを靡かせ息を吐く。
「どうしたんです。ミスでも犯してしまったんですか、あなたともあろう者が」
「ミスはしてないわ。ちゃんと彼女の血液は採取したから……ただあの子」
言葉を途切れさせ彼女は入手した血液をクーラーボックスに、入れ厳重に保管した。車が走行を始めると窓越しから彼女は病室の窓を見上げた。窓が空いている一室のカーテンが靡く。そこから窺えたのは楽しそうに笑む少女の姿だった。
「二度目だわ」
「はい?」
「何でも無いから運転に集中でもしてなさい」
携帯を取り出しメールを打つ。彼女の画面には報告文面と共に標的の名前を“白雪姫”と評し。
連絡を終えると機嫌がよさそうに彼女は、窓辺に反射する夕日を穏やかな表情で眺めた。
そんな彼女の様子を窺っていた運転手の男は、後部座席に置かれたクーラーボックスに眼を向ける。脳裏にちらつく、彼の思い出に彼は眼を細めて頭を振った。
「聖女の血、天秤の傾きはどうでしょうかね」
「あなたああいう女が好みなの?」
「いえ、まあ……どうでしょうか。でもどちらかという素直な女性は好きですよ」
「そっちの方で捕まらないで頂戴ね」
彼女は冷たく言い放ち、エンジンをかけ走行する運転席の彼は「いやですね」と鼻で笑い飛ばした。
「彼女の血を回収されましたが、いいのですか」
《 構わないさ。好きにさせてやれ 》
「あなたがそうおっしゃるなら私は何も」
《 引き続き探らせといてくれ。俺は少し手が放せない。着くまではきみに任せるぜ 》
「それが仕事なら仰せのままに」
走り去る白のRX7を横目に通話を終了させ懐にしまう男が、病院の前に立つと窓を見上げた。あの窓を………。