森のさざめき




車が停車し、よろよろと車から降りた。死ぬかと思った……いや。何回かに別けて記憶が飛んでるから死んだのか?
左胸を叩きながら警察官が入れ違いに出入りする森の中へと歩き出す。

「大丈夫ですか」
『え、ええ…まあ、生きてるって感じ』

あれでも安全運転だったのは解る。申し訳無さそうな顔をするロイヤルに罪はない。車内でも説明したが、私の友人(子供たち)が死体を遺棄している現場を目撃してしまい、その犯人に追われていると連絡が掛かった。それを伝えたら幼い弟達が居た一期にとっては他人事とは思えなかったのだろう…その兄味に私は文句はない。寧ろ素晴らしいと拍手を贈る程だ……だから私の安い乗り物酔いなど気にするな。嘔吐感を我慢しながらスマホを耳にあて連絡を試みているが繋がらない。圏外?

「どうです?繋がりましたか?」
『全く、これ圏外かな。なんかこの辺一体も人数分よりも多く気配を感じるし…どうなってんの』
「あ、それは」

一期は何かを言いかけたが、私はコナンくんの携帯へと試みる。だがこれも繋がらない。次の宛である博士の携帯へ電話をかけると漸く繋がった。

《 夜子君。どうしたんじゃ 》
『哀ちゃんから連絡もらって今冬名山に来てるんだけど。繋がらなくて』
《 君の方にも連絡を。わしも何度かかけているんじゃが繋がらないんじゃ。お、コナン君が代わってくれと言っているから替わるの 》

コナン君が凄い声で博士に呼びかけ「電話貸せ」と言っているのをこちらも拾えた。

《 夜子姉ちゃん。灰原から連絡がきたの? 》
『うん。随分前になるけど犯人に追われていると連絡が入って』
《 今、冬名山に来てるって言ったよね。僕らの方に来れる? 》
『人混みが見えるから行けるけど、ちょっと独自の方法で探せるかもしれないから、一期をそっちによこすよ』
《 え、一期さんを? 》
『優柔だから大丈夫』
《 わかった。あのさ写真でもわかる?……犯人って 》

何処かに移動しながらコナンくんは小さな声で尋ねた。隣に世良ちゃんが居るのかと悟り短く返事をする。

《 今から5分後に写メを転送するから 》
『わかった。それじゃあ5分後に』

一度通話を切り、話を隣で聞いていた一期はこの後の行動を理解はしていたが、とても不安そうな顔をしていた。

「あの、夜子さん。大丈夫ですか?顔色が青白いようですが」
『え、そうなの?あんまり体調悪いとか自分で感じないんだけど』

コホっと咳をしつつも首を傾げる。一期は「ですが」と煮え切らない呼びかけをしてくるが、今は一刻を争う。一期の肩をトントンっと叩き歯を覗かせて笑った。

『頼りにしてるからね』

一期に背を向け森の中へと走り出す。さっきまで嘔吐感と戦っていたから青白いのはその影響だろ。森の中の空気でも吸っていればマイナスイオン効果で時期に良くなるだろ。
調度5分経過したのか、スマホが通知を告げる。取り出しメールを確認すると、人物たちの写真と名前が添付されていた。如何やら容疑者候補は四人のようだ。上から順に【米住速道】【宇佐木跳三】【岩隈猛也】【鶯丸友成】……おっと。

一旦瞳を閉じ額を指先で抑える。錯覚か気の迷い。焦っているから幻覚が見えたんだきっとそうに違いない……!カッと瞼を開け指を動かし素早いタップ入力で犯人を名指ししたメールを送信。

あとは任せた、小さな探偵くん。

再び哀ちゃんへかけるがやっぱり繋がらない。それにどんどん気配が多くなって若干気持ち悪くなってきた。なにこれ。捜索隊が派遣されているから?それにしても寒気までしてきたんだけど…あ、これマジで体調悪くなってるのかな?雨に中りすぎたとか……。

乾いた笑いを響かせながら木に手をつき、乱れた呼吸を整える。どうする。独自の方法なんてないって。ただ殺人事件が起こって、容疑者がいるなら、ここにも時間遡行軍が表れると思って。人のいない方へ行けば、私を狙って現れる奴らから関係のない人たちを巻き込まずに済むと安易に考えたからなんだけど。

―――哀ちゃん。歩美ちゃん。光彦くん。元太くん。

端末機を祈るように握りしめると、突然コール音が響きだした。驚くのもつかの間に、画面から歩美ちゃんの声が聴こえ出す。

《 夜子お姉さん 》

飛びつく勢いで耳に充て皆の名前を呼びかけた。すると反応するように声が聴こえる。

《 助けてお姉さん! 》
《 山小屋に逃げたまでは良かったんですか閉じ込められてしまって 》
《 扉にくさりと錠かかって出られねえんだよ! 》
《 しかも私たちを黒焦げにしたいみたいよ 》
『まさか……!』

急いで上空へ視線を向けるが、煙が幾つも上がっていて何処に山小屋があって、それが燃えているのか特定ができない。

くそっ!何でこんなに煙が上がってるんだ。ここ山で森なんだけど?!

咳込む音が聞こえ、焦燥する気持ちがあるが。落ち着けと木の幹を拳で叩く。木の葉が舞い落ちながら深呼吸をして普段通りの声で彼に囁く。

『大丈夫。お姉さんが必ず見つけるから、哀ちゃんの言う事を聞いて。絶対見つけるから、信じて』

子供たちが頷く声が聴こえる。通話はこのまま切らずにと伝え、私は瞳を閉じて集中した。
今まで繋がらなかったのに繋がったって事は、私の念が周波数になって相手に届いたってことになる。霊力の使い方を応用すればこんなことも出来るのか、知らなかった。だけどそれなら、この繋がっている糸の先を追えれば……必ずそこにいる。

細い糸が視え、その糸が伸びる方へ走り出す。余計な念まで感じているがそれらを無視して只管走っていると唐突に横から強い殺気を感じ、目を開けて避けた。
私が今まで居た場所には地面に亀裂が走るほどの、強い威力が発散された痕が残っている。急いでいるって時に現れやがって全く――少しは空気読めっ。
歯を食いしばり前方に佇む三体の時間遡行軍を目視した。打刀、槍、薙刀の三種類が同時に攻撃を仕掛けてくる。森の中という立地条件のいい場所だったため、障害物として避けられるがいつまでも逃げている訳にはいかない。人の声が聴こえるってことは捜索隊が近くにいるってことだ。人間に危害を加えようと考えもするだろう。今は私という引力に惹きつけられているからこの場に留まっているが……てか、丸腰ッ!

ああ――っ!あの鶴野郎!!急いで準備した所為で木刀もペンも持ってない!!

髪をかきむしりながらも槍の一献をギリギリで避けて頬が切れる。よろけた背後には打刀による上段からの攻撃に左へ転がるが、木々さえも薙ぎ倒す薙刀の横薙ぎに体勢低くして避けた。何か武器になるもの。武器……武器……、と周囲を隈なく探していると一匹の白い狐が私の方へ跳んでくるなりフードを銜えられ後方へ引っ張られた。

『ぐえっ』

首が締まっているんですけど。とある程度敵から距離を置いた木々の隙間で解放される。白い狐は毛並みが整った少し大きめの狐で、こんな人里近くに降りてくるものか?と首を傾げている中、お構いなしにすりすりと身体を擦り付けてくる。撫でて欲しいのかな、と頭を撫でてやると気持ちのよさそうな顔をしていた。

『ちょっとかわいい』

動物セラピーにより一時的に和みを得て、今後の対策を考える。小屋が燃やされている現状。時間をかける訳にはいかない。短時間で奴らを倒すいい方法とは……。足を組み腕を組み、唸っていると頬にすりっと狐の口が寄せられる。構ってくれって言っているのか?今はちょっと待て、と手で制したとき感触に違和感を覚えた。

あれ……ふわふわしてない。さっきはふわふわしてたのに……弓?

手元に注目すると私の手に握られていたのは弓道で使用する弓だった。矢はない。弦が張った弓ひとつ。周囲を見渡しても先ほどの白くて綺麗なきつねがいない。再び弓へ視線を落とす。

ま、まさか…弓に化けてとか……はっそんなアホなことないか。ないない

左手を左右に振って弓を手に、立ち上がる。確か矢がなくても打てた気がしたな。所説あるが前に読んだ本に気を込めて放てば破魔の矢になるとか……今はそれに賭けるしかないか。どのみち倒せなければ私が死ぬだけだ。手汗が噴き出て手元が震える。何度経験しても恐怖というのはそう簡単に消えることはないようだ。弱虫だな……まったく。

近づいてくる音が聞こえる。弦を摘まみ弾く。上りやすそうな木に足を引っかけて枝の上に立つ。太い枝のおかげで足元は安定しているようだ。息を吸い込み口で吐きだす。ゆっくりと弓を構え弦を弾く。照準を定め槍目掛けて放つ。空気を裂くものが木の葉を射抜き、真っすぐと槍の脳髄へを貫き、消滅を確認した。続けざまに打刀にも同様に矢を放ち、心臓を射抜き消滅。最後にと薙刀を探すが、流石に居場所が突き止められたか薙いだ木々のひとつに足場を崩され、宙へ跳躍するが、着地点に薙刀が待ち構えている。不安定な状態のまま弓を弾き、薙刀の矛先が左肩付近を突いた瞬間、放った。薙刀の腹部の額に刺さり、その後消滅を確認。肩を射抜いた薙刀も消えれば肉を裂かれ焼かれる痛みに眉をしかめ、右手で抑えた。弓はその途中で地面に放ってしまったが、もうその姿は何処にもなく。そのことに気を取られている暇もなかったため、私は途切れそうになるその糸を頼りに走り出した。