手作りにはご用心

文化祭実行委員の集会が開催された。
まだ春だというのに集まって何の話をするのかと言えば、集まるのが好きなだけの集団みたいになっていた。
机を挟んだ隣の子からお菓子が回ってくる。飲食許可が出ている会議なのかゆるやかに進行している議題。歴代の行われてきた文化祭での催しや雰囲気など配られた資料に目を通しながら今年の文化祭にむけての試行錯誤案が展開されていた。
『部活に行ってもいいよ、乾くん』
「一応手塚には遅くなると伝えているから大丈夫」
袋から取り出したチョコを食べながら隣でデータ整理をしている乾くんの止まらない筆をBGMとして聞いていた。
「団結の好きな奴だから」
乾くんは前から回って来たおせんべいを二つ受け取りそのまま後ろへ手渡した。その一つを私にくれるのでそれを受け取った。
長机の上に私はストレートティー、乾くんは抹茶オレを置き。昼休みの時間なのでは?と錯覚が起こるほどまったりと過ごしていた。
「弓波さんは健康に必要だと言われたら何を選択する?」
『………スプラウト』
「プチダイエット中か」
『そのアンケートってもしかして……創作ドリンクを発案的な』
「発案的だ。よくわかったね」
『(原作の知識があるもので)ほ、程ほどに』
「君も中々情報通のようだね。データに書き加えるとしよう」
『え、それって私のデータが存在しているのですか』
「ああ」
『なんで』
「人間のあらゆるデータを欲しているからね。統計学的にも知っていて損はない……あとは君に興味がある」
『……』
「バケツを用意しようか」
『だ、じょぶ』
口元にハンカチを添えて溢れる吐血を押しとどめた。
「女子は気を持たせるような台詞に弱いと書いてあったが、君はその回路を持ち合わせてはいないみたいだね」
『実験のために使用しないでください』
「また吐き出しながら倒れられたら変な噂を貼られてしまうから、遠慮しよう」
『そうしてください』
ペットボトルのキャップを外して一口含む。ああ、血中に悪い。
窓際の椅子に仄かな木漏れ日に照らされる所為かとても心地よい。そこへ窓がノックをされる。乾くんと雑談を中断させそちらへ視線を向ければテニス部員の後輩、桃城くんと越前くんが揃っていた。窓ガラスを開けたくはないが、用があるのかもしれないと思い。鍵を開け窓をスライドさせると桃城くんの第一声が「乾先輩が女の子とイチャついてら」だった。その大きな声に集会に集まっていた人たちが一斉にこちらへ視線を向けてくる。ふたりで両手を上げて首を左右に振って否定した。すると周囲は「なんだ」とすぐにまた話題は今期の文化祭についてに戻る。
「桃城。被害が拡大するから根も葉もない発言は控えてくれ」
「冗談だったのに凄い注目の的でしたね」
「人の色恋沙汰に興味なんて湧かないけどね」
「それで俺に用でもあるのかい?部活には当分顔を出せそうにないが」
「手塚部長に様子見てくるように頼まれたんスよ〜でも見た感じ終わる目処すら立ってないっスね」
「一体なんの会議なわけ?」
「文化祭だよ」
「随分先の話を真剣に会議してますね」
「そうだな。彼はから回るタイプの熱血があるから仕方がない」
「それ迷惑っていうんじゃないっスか」
『越前くん。そんなはっきり言わんあげて』
帽子を被り直しながら越前くんは「ふーん」と興味無さそうに生返事をした。
そこで桃城くんのお腹から腹ペコ怪獣の鳴き声が響き渡った。
「先輩たちがお菓子食べてるから腹へっちまった」
「貰い物だが食べるかい?」
「いいんスか?あざーす乾先輩」
嬉しそうに桃城くんが乾くんからお菓子を受け取り咀嚼していた。
『じゃあ私のもあげるよ。といってもこれは試作品だけど。さっきも配ったんだけどあまっちゃったからよければ味の感想でも聞かせて。割と具体的に』
POP袋に包んだ状態のクッキーを桃城くんと越前くんに手渡す。
「これって弓波先輩の手作りっスか?!」
『半分わ。うちの家カフェを経営してて、飲み物を注文した人にクッキーを添えるキャンペーンをする予定で。その試作品を手伝いで作っただけで。全部作ったわけじゃないから。半分失敗したやつしか持ってきてないし』
「軽くオレたちに残飯処理を頼んだよね」
『はい、食べて。そして味の感想を』
「時々弓波先輩って強引なところあるよな」
「押しが強いんだよ彼女。俺もさっき味の感想をさせられた」
「乾先輩がデータ徴収されたのか。すごいわー弓波先輩軽くリスペクトしちゃう」
越前くんが無言でクッキーを横で食べている中、桃城くんも漸く口に含んだ。
「お!これ美味い」
『どれだろう。ジャムの?』
「そうそう。それそれ!あ、でもこのジンジャーも捨てがたい……意外に料理上手いっスね先輩」
『ディスられたことは根に持っておくとしてなるほど。ジャムは人気だな。越前くんは?好みなのあった?』
「ん…コレ。この二色の」
『市松のかな?スタンダードか、確かに王道は選択肢としてありだね』
「ちなみにそのジャムとアイスボックスは弓波さんが作ったものだよ」
『え、なんで知ってるの?もしかしてストーカー』
「統計学から導きだされた結果だと言ってほしい」
「やっぱ先輩料理上手じゃないっスか」
「これは?」
『あ、それは……巷で噂のホットケーキミックスの粉で作ったクッキー……擬き?』
「え、でもコレ普通に美味いっスよ。外はカリっとしてて中はふんわりの新触感みたいだぜ」
「残飯処理じゃん」
『ごめんなさい』
文句を言いつつも越前くんは綺麗に食べきっていた。
「桃と越前なにやってるの?戻りが遅いから手塚が青筋立ててたよ」
「不二先輩、それリアルに怖いですね」
「本当のことだよ」
「また外周でも走らされそう」
「あ、弓波さん。さっき教室で乙藤さんが君の帰りが遅いから江口くんで遊んでいたのを見かけたんだけど。連絡とかは大丈夫?」
『えっちゃんが贄なら大丈夫』
「江口は君の中でどの階級に属しているのか気になるな」
「えっちゃんってあの、図書室に居た軽そうな男?……へぇ、友達なんだ」
「江口先輩って手塚部長と毎年頭脳戦している人だよな?それに乙藤先輩と言えば俺たちの学園内でマドンナって言われる美人な人だし……弓波先輩ってどんな人脈があるんスか」
『ごく一般的で平凡で何の取り柄もない、ただの空気人間だよ』
「偶に自分を卑下するのやめてください。返答に困るっス」
爽やかな笑みを浮かべて言ったのだが、桃城くんの真面目な声質に思わず謝った。
「あれ?越前たちクッキー食べてたの?」
「この人からもらった」
「僕、貰ってないけど」
「何故不二先輩は貰えるという発言をしてるんスか」
手を差し出されて首を傾げてくる不二くん。このあげなければならない空気にゴクリと唾を呑み込んだ。「不二は苦手と」後ろで乾くんがデータ更新にいそしんでいる。
まだ余りはあるし問題はない。お菓子をあげる、普通のことだ。これは普通、これは普通。リアル女子なら普通の行為……と念仏を唱えてから不二くんに手渡した。
「あげるまでに言い聞かせてませんでした?」
「ありがとう。手作りクッキーかな?感想は必要?」
『味覚の許容範囲海原なので参考になりません(ありがとう。お願いしようかな)』
「先輩、本音と建て前逆になってる」
「貰ったお礼に僕からも」
取り出されたのは緑色の液体。野菜ジュースなのか?一応受け取り「飲んでみて」と期待の眼差しで勧められるので一口含んだ瞬間、世界は暗転した。
「弓波先輩?!」
「ちょ、待ってよコレ。もしかして……」
「ん?乾の野菜汁だよ?おススメ」
「なんてもんを一般人の人に与えてるんスかこの爽やかイケメンはっ!!」
「桃先輩そんなこと言ってる場合じゃない!早く先輩を医務室に運ばないと」
「野菜汁で失神したケースは初めてだな。貴重なサンプルをありがとう弓波さん」
「乾先輩は何を感謝しているんですか!!」
「まあまあ、落ち着けふたりとも。ここは飲ませた本人に運ばせてみよう」
「なんスかその実験口調は」
「とんでもないこと考えてないですよね」
「別にいいけど。じゃあ少し彼女を借りるね」
不二は窓から室内に入り口から緑色の液体を溢したまま床に倒れている弓波の膝裏と背中に腕を回して抱き上げ、颯爽と室内を後にした。
そんな姿を目撃した周囲はのちにこう噂を広めたのだった。
「王子様がお姫様を助けに来た感動的なワンシーン」と、だがお姫様を気絶させたのが王子様であるから全てを知っている者からすれば「お姫様可哀想」としか思えなかった。
「弓波さん。コレ美味しいからどうぞ」
『え……あ、あの(何で最近食べ物くれるんだろう)』
不二から食べ物をもらうようになり、困り果てていた弓波。それを乙藤が目撃したときは鬼の形相でこう叫んだ。
「嫌がらせか!」
【泡沫となりて啓蟄】から【外灯のない部屋】以降の乾、不二、桃、リョーマくんでした。割と乾くんとは良好な関係を築いている夢主なんだぜ、という証拠VRです。そしてカフェの宣伝をしときます