白雪はうたた寝をする

12月22日、金曜日。
終業式が行われたこの日から学生は冬休みを迎えた。
今年のクリスマス・イブは日曜日ということで、年末年始の休日を貰えない大人も一般的には休みの日であるから人気のスポットやショップなどは人混みが予想された。
私は母の店の手伝いでもして過ごそうと計画を立てていたのでそんな恋愛症候群の人達と違って渋滞に巻き込まれる事はない。
ちなみに鷲深ちゃんは「家で積みゲー(BL)してるわ」と瞳を輝かせていて、えっちゃんは「オレは練習試合」と半分目が死んでいた。御苦労さま、えっちゃん。と各々で過ごすという割とドライであった。
テニス部は普通に休みだと宣告を受けていたので日曜日は。土曜日は練習だけど。日曜日は朝から母の店で只管軍資金を稼ごうと意気込んでいた、本日23日土曜日の練習が終わり帰宅路に着こうとした私は桃城くんと海堂くんに左腕と右腕を拘束され、そのまま校舎内まで連行された。
驚きすぎて脳内停止している私は無言のまま家庭科室までやってきた。
「すんません、先輩。ほんとっはこんな危険な戦場に先輩を連れて行きたかなかったんスけど事情が事情なだけに」
「もう先輩しかオレらを救えないんだ、お願いします先輩」
『……え、ここで何が行われているの?黒魔術的な?それともマッドサイエンス的な?』
深刻な顔をしたふたりは私の質問には答えずに重々しくこの家庭科室の扉を開けた。
そこで目に飛び込んで来たのは………床に倒れた大石くんと河村くん。菊丸くんは不気味な動きをしながら室内を徘徊している。そして鍋から刺激臭を放ちながらもかき混ぜる不二くん。一方反対側では暗黒物質的な色をした液体が試験管に何本も入っており、片手にフラスコ、アルコールランプが青くゆらゆらと揺れていた。その奥に立ちつくす眼鏡(乾くん)。
――――なんだここはっっ?!! 世紀末かッ!!
目を疑うような光景に世界の終焉を見た気がした。
「よく来てくれたな弓波」
そして扉の近くには腕を組んで仁王立ちしている手塚くんがいた。その表情は貫録があった。
『手塚くんなにしてんの』
「お前にしか出来ない。この地獄から救える者は」
『地獄になる前に止めなよ』
「弓波……お前が次の青学の救世主になれ」
『……お先に失礼します』
くるりと身を翻し来た道を戻ろうとしたら腰に桃城くんが貼りつき肩を海堂くんに掴まれて必死な顔で懇願された。涙ながらに。
「女神さまッ……!お願いですメシア!あなたが居なけりゃオレ達がッ!オレたちがっっ!!」
「弓波先輩、助けてください……!」
必死すぎる二年のふたりのそんな姿を見てしまうと、年上のお姉さんとしては「助けてあげたい」気持ちになるが中学三年生思考でいけば「帰る」という選択肢に私の心は盛大に揺れ動いていた。
『それでこのサバトは一体何の儀式だったの?黒●事でも呼び出すの?坊ちゃんの左目寄越せ』
「別に黒魔術の召喚をしている訳ではない」
『じゃあテロでも起こす計画とか?』
「ある意味テロと云えばテロだったが違う」
家庭科室の窓を全て開けて倒れていた重症患者たちは水を飲ませて安静に処置を行い。乾くんと手塚くんを正座させて私は腕を組んで立っていたが、今はあまり顔を合わせるのも比較的避けたい不二くんは言ってないのに正座している。しかもこちらをあの涼しいお顔で見つめてくるではないか。
それを意識してしまうと私は段々と汗を滴らせ、最後には海堂くんの後ろに隠れた。
『手塚くんともあろう監督者がいながらこの様は頂けないと、思いますよ』
「あの…弓波先輩。俺の後ろに隠れて言わんでください」
「乾……僕がしたことの代償ってアレなんだね」
「暫くは継続するから味わってくれ不二」
『それで一体何をするつもりで……あ。そっか』
そこで私は明日がクリスマス・イブの他にも意味があることを思い出した。ファンブックに記載されていた誕生日の文字。12月24日は越前リョーマくんの誕生日だった。
だからお祝い用の食べ物を作っていたのか。家庭科室という場所。そして机の上に乗せられた(呪いの)食べ物たち。越前くんだけを除いたレギュラーメンバーしかいないこの室内。桃城くんと海堂くんが私をここへ連れてきたワケ。その最大の理由……。それらを受諾するには早かった。
『越前くんの誕生日を祝うためにすることは悪いことじゃないと思うけど、これを出されたらトラウマになるからね』
「あれ?先輩、越前の誕生日知ってたんスか?」
『そりゃファンぶ「越前のファンだったのかい?」
乾くんの言葉に私は口を閉じた。ファンブックを所持している私からしたら朝飯前よ。と云いたかったのだが何を口走ろうとしているんだ私は。この世界に一中学生たちの精密なファンブックが存在しているワケないだろ。跡部様じゃあるまいし。咳を設けてから口を再び開けた。
『さ、桜乃ちゃんから訊いたの。ファンクラブ会長の、友達の朋ちゃんと一緒に』
「だから知ってたんスね!俺はてっきり」
「そんなワケねえだろ。くだらねえこと言ってんじゃねえよ」
「んだと!海堂!」
「やんのか!」
睨み合いの喧騒を始める中、手塚くんに詳細を訊いていた。
『じゃあ教室内は借りられて、飾り付けも済んでいるけど。問題は食べ物だけか』
「ああ」
『それじゃあケーキは仕入れ先の店長さんに頼んで手配するとして。祝いの席の食べ物は私が作る。簡単なものしか作れないからそこは目を瞑ってね』
「すまない弓波」
『いいよ。誕生日が世紀末になるよりは。でも買い出しは頼むことになるけど、不二くんと乾くんを除いたメンバーで今から書くこのリストの物を買いに行ってもらいたい。買ったものは家庭科室の冷蔵庫に保管。明日の朝9時に集合して準備をすれば問題ないかな?』
「ああ、それでいい。お前の指示に従おう」
『それじゃ今日はここを片付けて解散ということで』
「随分と大変だったんスね」
「大変ってもんじゃねえよ。弓波先輩が居なけりゃこんなうまいもんにもありつけなかったっしよ!越前もお礼しに行けよ」
「わかってるっスよ」
桃先輩にこの誕生会についての全容を聴かされた。割と大変だったのか茶碗蒸しを食べながら弓波先輩を見れば疲労困憊が顔に出ていた。机の上に並べられた料理の数々はその品数を数えるだけでギブアップしそう。しかもどれもまあまあ美味いから。大変だったんだろうな、くらいには思っている。手塚部長と話している弓波先輩に声をかければ部長はその場から外れ、彼女は振り返った。
『誕生日おめでとう』
「どうも。先輩はおつかれさま」
『ありがとう。あ、そうだ。茶碗蒸し食べた?作ってみたんだけど』
「さっき。まあまあだったよ」
『そう』
先輩はオレにもう一つの茶碗蒸しを手渡した。生意気なことしか口走っていないのに先輩は嫌な顔をひとつもしていない。柔らかそうな瞳でオレを見て来るから、身長がもう少し高ければ先輩の顔見えないのにって余所を向いた。
『私からのクリスマスプレゼントはこの料理で、誕生日プレゼントは茶碗蒸しってことで。いっぱい食べておくれ』
「用意出来なかったんでしょ」
『ごめん』
「別に、いいよ。オレが教えてないだけだし」
『誕生日会なんて初めてだけど。楽しいもんだね。こうやってはしゃぐのは』
「……したことないの?」
『家族ではあるけど。あんまり…私の生まれた日って夏休みの終わりだから。皆宿題に追われてるしね』
「そっか。オレも今まではないよ、こういうの」
『楽しい?』
「まあまあかな」
『そっか』
オレンジジュースを片手に先輩は笑う。あんまり笑顔って見たことない。今も笑顔ってよりは大人みたいに澄ました笑いだ。でもこの人って年上なのに年上っぽくない雰囲気を出しながらもちゃんと年上に見える。年齢の差を思い知らされる。2年というのは差が大きいのだと告げられているみたいだ。オレを一度も年下扱いしたことないのにね。同じ目線で彼女を横目に、彼女の隣で過ごした。
「ありがと……色々と」
『どういたしまして……おめでとう越前くん』
カップを互いに傾けてカンと響くガラス音。乾杯をしてからオレたちはオレンジ色の液体を流し込んだ。
「あ、越前。ちょっといい?」
「なんスか不二先輩」
弓波先輩は大石先輩と菊丸先輩と談笑している最中、不二先輩がオレに声をかけた。片手には一枚の写真を手に。
「これあげるよ。結構上手く撮れたから。僕からの誕生日プレゼントってことで」
「さっき写真立てもらったっスよ……っ!こ、これいつの間に撮ったんスか」
「おや?嬉しくないの?彼女とのツーショットなのに」
不二先輩は相変わらずの笑みを浮かべたままオレをからかっている。手の中にあるその写真には弓波先輩とオレが写っていた。しかも、彼女が笑顔を浮かべている写真で。隣に居るオレの顔も不抜けたみたいに笑っているから、恥ずかしいやらで澄ましたフリしてその写真を受け取った。
「敵に塩送る形で余裕っスね」
「ん?やだな。かわいい後輩のお祝いの席なんだから今日だけは譲っただけの話だよ」
「……それ。からかうためだけの言葉なんだよね」
挑発の言葉を不二先輩は不敵に微笑んでまた輪の中へ入って行ってしまった。
「にゃろ……」
自分の気持ちはまだわからない。名も知らぬこの感情を認める事もできない。知らないのだから。知ろうとしていないだけかもしれないけど、まだ名をつけなくてもいいと思ってる。
―――――まだ、だけどね
おめでとうリョーマくん。何とか書けたかな?割と長くなりそうだったのでカットしてしまった部分はありますが本編よりは甘めに書けた気がします。ここのリョーマくんは糖度高めでヒロインに割と最初から気があります。なんとか今日のうちに書きあげられたことよかったです。リョーマくん可愛すぎ。おそまつさまでした。