空腹アンサンブル

マネージャーとは厄介だ。何せ仕事に制限がない。何処からどこまでを仕事としてやればいいのか定めがないのだ。何処まで面倒を見ればいいのだろうか。
「ドリンクください」
『はい、海堂くん』
ボトル事手渡すと彼は頭を軽く下げてまた走り込みに出かけた。ラリーの打ち合いをしている大石くんと菊丸くんはそろそろ休憩に入るころだろう。籠の中に備えているタオルを二枚取り出してカップに注いだドリンクと共に持ち出しコートに入る。
「休憩するか英二」
「もち!あ〜疲れたにゃ〜お!弓波ちゃん、タオルあんがと」
「ドリンクもありがとう。調度休憩しようとしていたんだ。よくわかったね」
『いえいえ。ボール貰うよ』
「んじゃこれお願い」
「はい。いつもありがとう」
ボールを受け取ると奥のコートにいる不二くんと手塚くんがボールを探しているため彼らに向かってポケットに入っているボールを2、3球取り出して投げた。
『これ使って!』
「すまないな」
「ありがとう」
空いたポケットに受け取ったボールをしまい、フェンスに立てかけておいたブラシでコート整備にいそしんだ。
「先輩働きづめっスね〜」
『飲み物なら机の上に作ってあるからセルフで』
「タオル欲しいんだけど」
『籠の一番上からどうぞ。あともうすぐ整備終わるから』
桃城くんと越前くんがグラウンド周回から戻って来た。彼らもコートで打ち合いをするだろうと整備を終わらせるために手早く動いていると「ぐぅ〜」と鳴き声が聞こえた。
思わず越前くんとふたりで桃城くんのお腹を見つめた。
「ふたりとも反応早いな」
「何鳴らしてんスか桃先輩」
『みんなよく鳴るなって思って。やっぱり燃費悪いの?』
「悪いもなにも。オレら成長期っスから!お腹が減るのは仕方がねえってもんですよ〜あ―意識したら余計腹減った」
「まだまだだね」
澄ました顔をして越前くんがラケットを片手にコートへ入ろうとした瞬間、かわいらしい音が鳴り響いた。思わず桃城くんとふたりで振り返った。それは勿論、帽子を深く被り直した越前くんの方へ。
「お前もじゃねえか」
『かわいい…』
「うぐ…てか、先輩はかわいいって言うな」
ラケットで指されてしまうがかわいいものは可愛いのだから致し方がない。
にしても、中学生のお腹減り事情は深刻だな。部活中にこれで大半の子たちのお腹が鳴っていることを既に聞いている私としては腕を組むほどだ。
そういえば私も部活は運動部だったからお腹減らしてたな。家に帰って爆食べしてた。あの頃は太るということは気にしなくてもすべて消費してしまうくらいの燃費だったからね。羨ましい……って今がそうじゃないか。
上着の内ポケットからチョコを取り出してふたりの掌にコロンと転がした。
『内緒ね』
「先輩のポケットは一体何個あんスか」
「さっきボール出てなかった?」
『いいから。証拠隠滅して部活、部活』
「「ウィッス」」
軽々と口の中に入れてしまったふたり。これで足りるとは思っていないけど応急処置としてはいいだろう。さて少し考えないとな。差し入れというやつを。
『手塚くん、大石くん』
「どうした弓波」
「なにかあったの?」
部長と副部長のふたりを呼び出した帰宅路。そのまま実家のカフェまで連れて来て飲み物と軽食を出して相談としゃれこんだ。
『差し入れってしたら駄目かな?』
「ん?差し入れって食べ物とかの?」
大石くんが珈琲を「美味しい」と褒めながらクッキーをつまみつつ首を傾げた。
『最近、燃費の悪い子が増加してて…正直お腹の音が気になる』
「あ、ああ。それで差し入れか。別に構わないんじゃないかな、ねえ。手塚」
「ああ。それを行うことは禁止していないから構わないが…少し働き過ぎじゃないか?」
『……迷惑だった?』
「いやいや!それは違うよ!手塚が言いたいのは多分、負担が多くなるんじゃないかなって。弓波さんきっと全員分作ってくるつもりでしょ?金銭面も厳しいだろうし」
「すまない。言葉が足りなかったな。そこまでしなくても今のままで助かっている」
『頑張ってる人を応援するのに助力を惜しまないのは自然な行動だからそんなにお礼を言わないでおくれよ。一応これでも半ば強制参加的な部分であったけれども、私も部活のひとりな訳だし。出来る限りのことはしたいなと思って。まあ、経費は今のところ募金みたいに集めようかと。作ってほしい人はって奴だけど。その許可を欲しくてね』
「弓波さん……」
「お前の負担にならない範囲でなら許可しよう。それから、ありがとう弓波」
『手塚くん……お礼ならこの店の宣伝でいいよ』
笑顔でそう言うと手塚くんの眼鏡に若干亀裂が走った。隣の大石くんはカップを傾けながら「しっかりしてるな弓波さん」と感心されていた。
『という経緯で家庭科室を借りて簡単なものを作りました。腹ペコ怪獣たちよお食べ』
そういうと目の前に広がるおにぎりとサンドウィッチに次々と手が伸びる。
桃城くんなんて頬袋を膨らませてガッツいている。うん、食いしん坊万歳。そんな様子を見ながらお茶の用意をする。
「先輩、これ何入ってますか」
『梅干しだよ。となりはからあげとそのとなりは卵焼き、おかかやツナマヨ、高菜もあるから好きなのとって』
「どれもうまいっス」
「唐揚げってどんなものかと思ったけど結構イケるね」
『海堂くん、河村くん。お茶もどうぞ』
「ありがとう」
「わざわざすんません」
「あ。弓波センパイ〜オレにも茶くれ」
『はいはい』
「おい桃城。食いすぎだろ」
「ああ?早いもん勝ちだろうが」
「ちょっと喧嘩はやめなよふたりとも」
食べ物でも勃発するのか君ら。河村くんがいるから大丈夫だろうと任せているとおにぎりを片手に隣にやってきた越前くん。
「いつ作ったわけ、こんなに」
『乾くんに任せてこっそり抜けた時間とかで』
「だよね。じゃなきゃこんな炊き立てごはんじゃない」
『おいしい?』
「ん、まあまあ」
口端についたごはん粒を親指でとりそれを口に含む越前くんにお茶を手渡す。
「先輩、気が利きすぎ」
『少しはお腹落ち着くでしょ』
「弓波さんの手料理だって英二から聞いたんだけど」
『不二くんにはスペシャルで用意しておいたよ』
ラップに包んでおいた真っ赤なサンドイッチ各種たちに不二くんは目を輝かせていた。
どうせ彼には殺人的な香辛料がお似合いだ。腕によりをかけてもこの人「おいしい」って食べるだろう。砂糖と塩間違えたおにぎりでも。しょうゆとソース間違えたコロッケでもな。それがなんか虚しいから、ハバネロ、ジョロギア、青唐辛子……等ありとあらゆる激辛香辛料を合わせて作り上げたサンドイッチにしてみた。なんかもう小学生の自由研究みたいになって後半楽しかった。
「先輩……アレどうやって作ったの」
『ガスマスクを乾くんから借りて』
「……そこまでして作ったの」
『喜ぶかと思って』
「効果は抜群のようだな」
後ろから乾くんがやってきて言葉をひとつ落とした。三人の眼差しが冷ややかに送られる中、不二くんはそれはそれは周囲に花でも咲かせるかの如く喜んでいらっしゃった。
手を握られ輝かしいイケメンの放つオーラに包まれる。ああ……白薔薇が咲き乱れてる気がする。
「弓波さん。僕のためにありがとう。きみは料理上手だね」
『あ、ありがとう……』
複雑な気持ちでその言葉を受け取った。
この日を境に青学男子テニス部の放課後にはマネージャーの差し入れが日課となった。
中学生のころ食べても食べてもお腹減ってたな、というのを思い出してこんなのあったらいいね。という気持ちで導入してみた。こうやって皆と仲良くしていました。調度中間かな?【Aが抜けたストレート】から時が少し経った頃の話。