つぼみはまだ咲かない



彼女が転校してきた初日から彼女は僕に怯えている。
怯えているというのは穏やかな言葉ではないから、例えるなら猫が警戒心を顕わにして毛を逆立てている程度のものだと例えておこうかな。
初対面からそんなに敵視されたのは生まれて初めてだった(女の子で)。
自分で言うのもあれだけど、自分が所持する容姿は誰もが緩めるくらい穏やかな分類だと思われる。けど、自分でも底を知れないからきっと彼女には気がつかない僕のナニかを感じ取って警戒しているのかもしれない。
そう思えば思う程彼女に対する興味は消えることはないのだから、さて困ったものだ。

「弓波さん」
『……な、なんでございましょう』

声が裏返っている。面白い子でしょ?
わかっていながらも彼女の傍に歩み寄り話をつづけた。

「手塚から聞いてるかな?部活のことなんだけど」
『え、あ、なにかな?』
「部室内できみが気になったことを教えて欲しいみたいだよ。最近、きみがいつも綺麗に掃除をしてくれるから負担をかけたくないのかも」

”部活”とワードを出すと途端に態度を改め彼女は僕へと向き直りしっかりと見つめ返す。
真面目で面白くて、ああなんだかとてもかわいいし。からかってしまいたくなる。そういう態度をする方も問題だよって前に裕太に言ったかな。そしたら「からかう方が問題だろ!」って反撃されてしまった。だってかわいいから仕方ないじゃないか……同じ気持ちなのかもしれないな。
彼女を視界に納めながら物思いにふけっていると彼女は僕をそのブル―トパーズの煌く瞳に映し込んで、見透かそうとしている。笑みを深めると彼女は全体的に蒼白色に染めていき。最後には口元を抑えていた。

「どうしたの?顔色悪いけど大丈夫かい?」

きっと更に土気色まで変色してしまうだろう、と予想しながらも彼女の頬に手を伸ばし、親指でさする。
すると、やっぱり彼女は咳をひとつ設けてから口元を抑えた指の隙間から鮮明な赤がちらついた。
それでも硬直状態のまま、僕を邪険に扱うことをせず。文句の一つも言わずに瞳だけは何故か煌いていた。まったくこの子は……素直じゃないのか純粋なのか。リトマス試験紙みたいに色とりどりの彼女の頬を暫く触れていると彼女の後ろから地底の底から這い寄る死神の声が届いた。

「いい加減夜鷹から離れろ不二周助」
「やあ乙藤さん」
「離れろ」
「彼女の頬は柔らかくて触り心地がいいね」
「知ってる。離れろ」

三年間同じクラスで一年の頃から噂が立った所為か、彼女は僕の事を毛嫌いしている。いや、心底嫌いなのかもしれない。乙藤さんの瞳は完全に僕の息の根を止めにかかろうとしているから。
名残惜しそうに手を離し両手を上げて左右に振ると、乙藤さんはその綺麗な怖い顔で睨みつつも弓波さんの頬を両手で挟んでくるりと円を描くようにこねた。

「夜鷹は今日もかわいいわ」
『すっすみぃちゃん。やめてって』
「だってかわいいから。あと消毒」
「人を黴菌扱いなんて酷いな」
「穢れるから話かけないで」

目に更なる殺意の色を注ぎ足した乙藤さんの触らぬ神に祟りなし、の語源どおり僕は弓波さんに別れを告げて背を向けた。
その後タイミング良く表れた江口がどうなったかと言えば、八つ当たりにも似たアクロバティックな見事な乙藤さんのカモシカのような足が彼の腹部に華麗に決まった。その現場を見ていたクラスメイトたちは拍手喝采。
盛り上がりを見せるその見世物を横に席に座れば、前の席に座った英二が呆れた顔をしていた。

「また弓波ちゃんをいじめて〜ほんとっお気に入りだね」
「いじめてるつもりないんだけどな」
「いや、あれは完全にいじめだから。ライトな方!大石に怒られっからね」
「うーん、それじゃあ少し控えようかな……彼女の面白さが半減したら」
「……不二ってああいう子が好みなのかにゃ?」
「どうだろうね?」
「おチビは割と好みっぽいからさ〜先輩としてはそっちの方が見てみたい気がすんだよね〜」
「英二もそう変わらない気がするな」
「オレは第三者。不二は当事者だから。そこの違いはデカイっしょ」
「英二から見て僕はそんなに彼女のこと構い倒してるの?」
「そりゃもう。飼いたての可愛い子猫を甘やかしてる飼い主みたい」
「はははは、たとえが巧いね」

僕の反応をつまらなそうに「ちぇ」と不貞腐れていたが、それでも英二の興味を長引かせるにはまだ足りないものだったようで、彼はすぐに別の話題へと移ろいだ。



■ ■ ■




昼休み。鞄の中から取り出した本を片手に教室を後にした。
図書室で借りた本の返却日が今日までだったことを思い出して図書室へと足取りを向けた。
途中で江口が手塚と話している姿を見かける。
生徒会長の手塚と会計の江口の周囲には女子生徒が見守っている。江口も顔立ちの良い男のため女子生徒から人気は高い方だった。外見は真面目だけど口調は軽めだから、少し派手な女子生徒も気軽に声をかけられるそんな不思議な存在の男だ。それが何で弓波さんの友人としていられるのか、僕の中ではそちらの方が摩訶不思議だ。

「手塚。話変わるけど。夜鷹って部活でどんな感じ?」
「弓波か?どんな感じとは?」
「あーいやーその、さ。楽しくやってんのかね〜的な?まあ色々だよ。体調とかさ。あんでしょーよ」
「ああ、そのことか。弓波はよく動いてくれている。部のためにと考え行動してくれているからこちらも頼りにしているし、不当な扱いはしていないつもりだ」
「そっ、そっか。まあ手塚の管轄内だからそこまで心配してねえけどさ……どっちかっていうとその纏わり系とかね」
「乾と不二、越前とは仲が良いな。乾とは委員も一緒だから部活内でもよく相談しているところを見かける。越前も予想外に懐いているしな。それに不二とは同じクラスだからよく一緒にいるところ見かけるが、さして心配することはないだろう……ん?どうした江口。何故泣いている」
「な、泣いてねえーよ!お前が不安なこと言うからッ」
「俺の所為か?!」
「お前の所為じゃねーよ!不二の所為だから!!あんにゃろー!やっぱり狙いやがって」
「狙う?」
「純情な感情も三分の一も理解できない手塚クンは黙ってなさいよ」
「……すまない」

江口が途中からお嬢様みたいな口調で手塚を責めているところは面白かったけど、彼はそうか。なるほど。
合点がいき、静かにその場を後にした。ここで僕が入ったらこの本はいつまでも返せないだろうしね。



■ ■ ■




図書室に漸く辿り着けた。やや建てつけが悪い図書室の扉を引きながら静かに閉めた。
昼休みに図書室を使用している生徒は比較的少ない。数える程度しかいない室内を横切りカウンターに返却手続きを済ませる。
そして振り返り本棚へ視線を向けた。何か借りていこうかな。
ジャンルは問わず目についた本を借りようと棚を練り歩いていると角の机に誰かが昼寝をしているのを見かけた。
図書室で寝ている人も割といるから変ではないが、それが女の子でひとり、しかも何故か子猫の黒猫が傍で女の子の肩を揺すっているものだから周囲もやや好奇な目で女の子を見つめていた。
なんとなく傍へ寄ると黒猫は僕を視界に捉えるなりさっと空いている窓から外へと逃げてしまう。

「おや残念」

そう呟くと少女が少し身じろいだ。髪で顔が隠れていたが見覚えのある顔立ちにそっと指先を伸ばして髪を丁寧に払いのける。そうすれば何故僕が近寄ったのか納得がいった。

「弓波さん」

きみだったのか。道理で惹かれる訳だ。
すやすやと気持ちの良さそうな寝息をたてて眠っている彼女のあどけない表情を見つめていると、つい笑ってしまいたくなる。なんとか気持ちを抑えて隣の椅子を引き腰を落ち着かせた。
そうすると好奇の視線は瞬く間に失われた。先程から男の視線が多かったから、それもそうだろう。
肘をたてて彼女の寝顔を見つめる。ふと、彼女の腕に隠れて見えなかったがノートが見える。筆箱に教科書、それに参考書まで。ああ、彼女はここで勉強をしていたのか、それも復習をしていたようだ。
見える範囲のノートには問題を解いていた後が記載されている。赤ペンでも書かれているから「ふっ」とつい声をあげてしまった。
でも彼女は起きない。余程疲れているのかな……目の下に薄っすらと残る隈は色濃くなっている。
確か彼女の自宅は自営業を営んでいて、家に帰宅したら手伝いをしていると聞いたことがある。部活に勉強。転校生というハンデがある中で追いつくための勉強も惜しまず、尚且つ部活で補佐として忙しなく動き回る彼女の働きぶりを思い浮かべれば疲労が溜まっているのは一目瞭然だった。

「無理に誘っちゃったかな」

少しだけ後悔している。断らないことは乾に聴かなくてもわかっていた。
なんとなくだけど、彼女はきっと誘われたら断れない。そんな性質の持ち主だと思ったから。
でも、努力が出来る子は休むことを知らない。心配でもあるから興味が失せないんだよ、割合としては少ないかもしれないけれど。

ふと、参考書の下に隠れている本を見つけ音を立てないように引っ張り出すと。その本のタイトルに目を見開きそしてついついまた言葉にしてしまったんだ。

「本当に可愛いな……」

僕の興味を失わせない、頑張り屋さんの小さな手に触れるとその指先は僕の手を柔らかく包んだ。

「あ、これは……まずい」

抜け出せるくらいの拘束を抜け出さずに彼女の隣で僅か数分の刻を過ごした。
名残惜しくも時間となり手からは放してしまったが、徐に上着を脱ぎ彼女の肩にかけた。

きみはまた挙動不審になるだろう。


――――でもまだきっと離れたくないんだ



■ ■ ■




――――翌日。

『一応洗濯したけど』
「洗濯しなくていいって言ったのに……てか捨てよう今すぐ焼却しよ」
『鷲深ちゃんはなんで燃やしたがるの』
「そういう気分」
『気分で燃やしたら駄目でしょ』
「あ、夜鷹!そ、それの持ち主オレ知ってるんだよね〜」
『え。なんで今更?訊いた時知らないって言ってたよね』
「いや、あの時のオレは記憶の海馬にウイルスソフト入って消却されてたらしい」
『それは大丈夫なの』
「平気平気!ってことで……その学ランをオレにプリーズ」
『……まあ、いいけど。ちゃんと返してね』
「……うん」
『なんで今顔を逸らした』


※学ランはちゃんと返却されました。【泡沫となりて啓蟄】から【ファインダー越し講習】のあのシーン抜粋不二たまでした……ああーかっこいいなー全くさーー。昔は書けなかったけど今なら書けるってことで、書いたけど。なんかゲームでも思わせぶりな態度取られて「きゃーきゃー」言ってた気がする。年末は学プリDSやってます。