氷の皇帝様は咲う



「来週練習試合を行うことになった。相手は氷帝だ」
『……え、マジっスか』
「ああ」

手塚くんの口からいち早く聞かされた練習試合の相手校の名前に驚いたのは紛れもない。時間軸的に大丈夫なのか、という心配とあの美貌溢れる跡部様に逢えるという興奮を隠しきれない気持ちがせめぎ合った結果である。ええ、イケメン大好物です。特に跡部様の御御足は芸術家の作品かと見紛う程の一級品であることを私は知っている。あの脚を拝めるのか、生で。スマホの高画質機能をフル稼働させて撮ることをここに誓おう。そう左胸をトンっと叩いた。

「心臓を捧げるほどではない」

手塚くんに心配された。

「相手校での試合のため現地集合だが…わかるか?」
『わからないです』
「なら案内しよう」
『おなしゃす』

敬礼をすると手塚くんは少し戸惑っていた。ちょっと今日の私はテンションが頗る高いです。何故なら昨日徹夜でソシャゲクリアして感動のエピソードを視聴したからである。最高でした。ありがとう制作会社。ありがとうシナリオライター。

「人手不足が杞憂されるが」
「ならその役はあたしがするわ」
「乙藤…お前はいつからそこに居た」
「ついさっきよ」

手塚くんの声に倣い私は後ろを振り返ると普段通り綺麗な鷲深ちゃんが戸に肘をついて格好いい姿で立っていた。ただひとつ、何故そんなに呼吸が荒いのかな。一驚した私の反応に笑いながら鷲深ちゃんは後ろから腕を回して抱きしめて来た。すっぽりとその腕の中に納まりながらふたりで揺れている。

「いいでしょ」
「まあ、弓波が構わないのなら」
『問題ないよ』
「土曜日も一緒ね。場所はあたしが知ってるから手塚は後から一人で来なさいよ」

片手でシッシッと鷲深ちゃんが手塚くんを追っ払っていた。お役御免という訳ではないが、手塚くんも部長として学校に一度寄ってから向かいたいとのことだったので遠慮なく辞退しておいた。

『ごめんね。頼んでおいて』
「別に構わない。乙藤なら問題もないだろう」
「当然でしょ。江口より数億倍も役に立つと自負しているわ!」

気迫の入った断言に手塚くんは圧されながらも「江口は出来る男だ」と援護射撃をしていた。内容の半分もあまり理解できない私は頭上に疑問符を浮かべながら首を傾げていたら鷲深ちゃんが「夜鷹は知らなくていいのよ」と私の髪に頬ずりしていた。
その後、時間と場所を知らせてもらいスマホの機能でメモを取りながら手塚くんと別れた廊下を、鷲深ちゃんと話しながら歩いていると突然目の前に立ちはだかった女子生徒がいた。鷲深ちゃんが腕を制して背中に隠れるように促してくるが腕章に“新聞部”と記載されていたため何の用だろうかと思考を巡らせた。危害はないだろう。

「弓波さん、あなたにお願いがあるの」
「唐突になんだおまえ」
「マドンナ乙藤さんも一緒に向かうのよね、話は聞かせてもらったわ」
『鷲深ちゃん“マドンナ”って呼ばれてるんだ』
「せめて青春学園のラプンツェルとかつけてほしいわ」
『どっちかっていうと塔は自ら破壊する派だよね』
「それじゃあラプンツェルじゃないじゃないあなた」
「己の道は己の拳で切り拓きます」
「信念が強い…じゃなくて!テニス部の練習試合で氷帝学園に行くのよね。なら………ッ跡部景吾様の写真を撮ってきて!校内新聞用とプライベート用で!!」

それを聴いたとき私と鷲深ちゃんは同時にきっとこう思った「こいつ跡部のファンだ」と―――。

「跡部ってあの顔だけ好みの奴ね、顔だけ」
『鷲深ちゃんチャラそうだけど真面目なナルシスト好きだもんね(二次で)』
「顔は割と好み。テニス雑誌読んでたらいたから切り取っておいた」
「ラプンツェル(似非)でも落ちるのね!さすが跡部様っ!!」
「おい、なんだその(似非)って」

黄色い鮮鋭が浮かんだ。恋する乙女や。
私も漫画やアニメなどで跡部景吾を観ているからわかるが、あれはイケメン中のイケメンだ。上位には食い込む程カッコイイことは認める。だが、まだ実際に逢ったことないし、喋ったことないからやっぱり偶像だわ。
ぼんやりと耽っていたら手を取られて祈るように両手で包まれる。

「お願い!弓波さん!!あなたはぽやっと天然しててあまりそういう事に興味なさそうな感じの喪女なあなただからこそ頼んでいるの!」
『ナチュラルにディスられてる』
「そこがいいんじゃない。掏れてないところが」
「テニス部のマネージャーというポジションにいるあなたなら最高のシャッターを押せるわ」
『シャッターチャンスは逃さない?』
「細目が歌ってそうなタイトルね。そういうのは自分で撮りなさい」

熱に圧死させられそうになるのを鷲深ちゃんが制するが、まだ新聞部の高橋さんは諦めなかった。いや、きっと新聞記者魂というか執念を感じる。彼女の辞書に“諦める”という文字は存在していないのだろう。引き下がらずに彼女は懐から取り出したスマホを操作してとある画面を私の眼前に突き出した。

『ちょっと近いかな……ッッ!こ、これはっっっ!!』

見えるように調整した距離で画面を眼で追えば液晶画面を食い入るように見つめた。その画面には過去テスト問題の出題傾向率と対策が細かく記載されていた。近々テストが迫っているため喉から手が出るほど欲しかった秘策に近かった。私が新聞部と目を合わせると両手を握った。

『弓波夜鷹、やらせていただきます!』
「宜しくお願いします!」
「目先の欲に弱い夜鷹もかわいいわ……で、それって安全保障も付いているのかしら?アフターフォローは?」

保険会社に啖呵キリにきたお客様みたいに鷲深ちゃんは私と新聞部の間に入り襟首をつかむ勢いで気迫が迫っていた。
だが新聞部は内ポケットに指を忍ばせゆらりと一枚のカードを取り出す。

「あたしは勉強捨ててるからそんなの通用……やる」
「ありがとうございます。乙藤さんがいれば百人力だわ」
『鷲深ちゃん課金勢だもんね』

視力が悪い私でもあのカードの配色だけで何なのか悟った。鷲深ちゃんにとって必需品であるリンゴカードだ。これで回せるね、ガチャ。と温かい目で見守っていると新聞部にデジカメと何故かアイドルうちわを渡された。



◆ ◆ ◆




練習試合当日。鷲深ちゃんに起こされ、案内されて遠路はるばるやってきた氷帝学園の門はロイヤルファミリーかよってくらい豪勢だった。門を越えた後も豪勢すぎてある意味建物見物していた。

『敷地面積が規格外……うわ―これ講堂?』
「そうみたいね。金に物言わせた建物ばっか」
『異国の世界に迷い込んだみたい……テニスコートってどっちだっけ?』
「夜鷹はしっかりしてるように見えて方向音痴よね」

臨時で着た青学レギュラージャージを翻しながら鷲深ちゃんは嫣然する。その咲みだけで周囲に居た男子生徒の視線を釘つけにした。これはRPGに出てくる特技魅了だな。って感心しながら鷲深ちゃんの少し後ろを歩いた。なるべく視界の邪魔にならないように、入らないように………。テニスコートに辿り着くと既に大石くんと手塚くんが居た。

「弓波さん早いね」
『大石くんたちこそ』
「手塚がきみは早く来るだろうからって」
『ん?学校に用事があったんじゃ』
「思いの他時間はかからなかっただけだ。迷わずこれたようだな」

手塚くんは腕を伸ばして一時停止してから私の手に提げていた籠を取り、代わりに持ってくれた。

『鷲深ちゃんのおかげで』

ペコリと頭を下げて肩にかけたバッグを持ち直した。「それも持つか」と問われてやんわり断った。この中にはデジカメとうちわが入っているので。

「ちょっと大石。あれ今夜鷹を撫でようとしたわよね」
「弓波さんは小動物みたいで可愛いからね」
「視界でひょこひょこ動いてたら頭を撫でたくなる気持ちもわかるけど手塚がやったらアウトだわ」
「絵面的にってことかい?」
「ええ」
「容赦ないね」

後ろで鷲深ちゃんと大石くんが小声で会話をしているのを後ろ眼に私は提供されたスペースでタオルやらボトル、ドリンクの準備に取り掛かった。疲労事にブレンドしてドリンクを作るようになったこの頃。半分は乾くんの影響もあるけど……乾汁とか。
竜崎先生が車で運んでくれたジャグ、三つを河村くんと海堂くんが運んでくれたのでそれを挨拶しながら受け取り製作に勤しむ。途中で乾くんが横やりを入れようとしたので鷲深ちゃんが容赦なく回し蹴りを披露していた。
それにしても天然水の水をケースで支給してくれた上に、氷まで手配してくれているとは流石氷帝恐るべし。どちらも急遽拵えた設営所まで行かないと受け取れない。今は氷が必要だから取りに行くかと腰を上げ続々と集まり準備運動をはじめている青学メンバーに一声かける。

『ちょっと氷貰ってくる』
「僕も行こうか」

不二くんが親切に声をかけやってくる前に鷲深ちゃんが間に入り、私の肩を掴むなりくるりと回れ右をされてしまった。二人から背を向けた状態で一体何が起こっているのかわからないが、ひしひしと空気で感じる刺々しさで何か勃発はしていると推測された。

「(あんたと二人きりにさせるものですか)」
「(あれ乙藤さんも居たんだ)」
「(臨時マネだからな。お前に美味しい思いはさせない)」
「(もしかしてそのためだけについてきたの?)」
「(細目男に夜鷹はやらないわよ。ストレッチでもしてなさい、タコのようにね!)」
「(軟体動物じゃないからちょっと難易度高いかな)」

「夜鷹、あたしと行きましょうね」
『う、うん?』

肩をずいっと押されて歩き出した。一体どんな会話が繰り広げられたのだろうか、とやや気になりつつもすぐにそんな思考は外へ飛ばされてしまった。そう身体ごと。
地面の上に転がった私は一体何が起こったのか寝そべりながら視線を賑やかしい場所へ向けると。そこでは鷲深ちゃんが氷帝男子生徒に囲まれていた。
ある意味芸能人並みなその状況を肘をついて眺めつつも立ち上がり、服についた砂を払う。弾丸のように飛ばされてしまったな。あんな漫画みたいな出来事も起こるのか……ってここ漫画の世界でもあるわ。
首を左右に振って頭についた砂も落としていると頭上から低い声色が聞こえて来た。

「お前は犬猫か。ほら、まだ髪についてるぞ」
『え?ん?えっと…ありがとうございます?』

少し筋肉質な手がさらさらと頭上に付着している砂を払ってくれていた。どこの誰だが知らないがとても素敵な声で親切にありがとうございます。顔についている砂を袖で拭うと更に笑い声が響いた。

「あ―ちょっと待て。袖にも砂ついてんだ。んなので擦ったら取れねえだろ。おら、顔上げろ。俺様が拭いてやる」

顎を掴まれて上へ向かされる。うぐっと息をつまらせながらも顔についた砂を払ってくれるので大人しく目を閉じて受容するとその人は呟くように囁いた。

「警戒心ねえな」

その声がやけに近くから聞こえたので瞳を開けると眼前に広がったのは、あのキング・オブ・イケメンで有名な跡部景吾だった。

『ひぇ』

思わず声にならない悲鳴が口端から漏れてしまった。硬直してしまった私を余所に跡部様は不敵に笑みを浮かべながら顎を掴んだ滑らせながら頬に添えて来た。


―――ぎゃあああ、跡部様に触られてるっっっ!!!


過熱しすぎた乙女的思考回路はもはや意味をなさない。身体に伝えなくてはならない電気信号を送信さえできず大混乱に見舞われた。
語彙力?なにそれおいしいの?といった感じで言葉は音もなさなかった。

「久しぶりじゃねえの夜鷹」
『…はっ?!な、なぜっわたしの名前をっ』

ぼんやりと見つめていたが思いがけず通常運転に切り替わった。まだ夢見半分状態ではあるが、言語機能は回復しつつあった。

「何故ってお前……映画を観ただろ。あそこにいる女と長身男と一緒に」
『映画…?鷲深ちゃんとえっちゃんと、わたし……?あ、え?でもあの時の彼は黒髪に眼鏡かけてて』

デシモンの映画を観た彼とは全体的に違うので頭を傾げる。すると跡部様は憂いの息をひとつ溢してからポケットから眼鏡を取り出してかけて見せた。

『ああ。そうそうそんな丸眼鏡かけて………あれ?すごい既視感』
「だから俺だ。あの時は人目を忍んでいたんでな、あんな格好をさせられていたが」
『うひょー』
「さっきからなんの鳴き声だ」

指先を唇の載せて押し黙った。確かに眼鏡をかけた姿はあのときの彼に似ていた。だがしかし。だがしかしだ!あの時の彼は確か名前が………。

『え、だって母が“ふくざわゆきち”って言ってたから、名前』
「ふくざわっ……」
『“釣りはいらねえ”って福沢先生しかいないって』
「(名乗ったはずなんだが)そうか……」

額に指先をのせて跡部様は押し黙った。ということは本当にあのときのふくざわゆきちがイコール跡部景吾であるということなのか?!俄かに信じがたいが本人がその名を聴いて阻喪している点を見ると、強ち間違いではないようだ。

『本当に…跡部様だったのか……』
「……おい。様づけはやめろ」

呟いた言葉に反応した跡部様が眉をしかめる。

『あれ?だってファンのお姉さま方にそう呼ばれてるじゃないですか』
「アーン?それは取り巻きだからだろ。俺とお前はそういう関係じゃねえだろ。つーか敬語もやめろ」

――――こ、この人……想像以上に……ジャージしっかり履いてる


下を俯きながら下半身を確認したらしっかりと布地に覆われていた。身体を冷やすといけないから正しい判断ではあるが折角中学生な訳だし、短パン姿を見せてほしかった。というか足がみたい。と内心がっかりしながらも跡部様の言葉をあまり深くは読まず、素直に表面だけを受け止めた。

『わかった……デシモンについて語り合った仲だもんね。オーケー跡部くん』
「(わかってねえなこいつ)まあ、今はそれでいい」
『その丸眼鏡って忍足くんの?』
「ああ。あいつのスペアだが……何でお前が忍足のこと知ってるんだよ」
『ざっ、雑誌で』
「雑誌?テニスのか」
『そうそう。それより、デシモン全話鑑賞済み?』
「当たり前だろ」
『どこがよかった?』

デシモンの話を続けてながら、あの時の彼が跡部景吾であったことをしみじみと思い出していた。ということはあのぬいぐるみを取ってくれたのも跡部くんという訳か……ネットオークションに出したらどれくらいの額になるんだろう。ふと脳裏をよぎった邪まな金銭を消せずにはいられなかった。



◆ ◆ ◆




己の性癖に刺さる夜鷹とイケメンの登場により若干焦る乙藤。だがこの男たちの包囲網から未だ抜け出せずにいた。逸る気持ちをそのままに視線を右往左往していると越前が欠伸をしながら遅れて登場してきたので、思わず声をかけた。

「あ、おチビちゃん!」
「なに」

そのフレーズを言われて若干勘に触ったのか不機嫌そうに振り返った。だが乙藤にそんな彼の状態を見抜ける余裕もなく、またからかう余裕もないので指して教えた。素直にそちらへ視線を巡らせると越前は途端に静止した後に走り出した。
そして夜鷹の腕を掴むと引っ張り自身の背中に隠して跡部と対面する越前の姿がそこにあった。この展開を桃城武は「青春だね」と語っている。

「いいのかよぉ、不二」
「う―ん、あんまりよろしくないかな」

菊丸の唆しに不二は珍しく眉を動かした。



◆ ◆ ◆




「おじさん邪魔」
『あ、リョーマくんおはよう』

突然腕を引っ張られたと思ったらリョーマくんだった。思わず左手首につけている腕時計の文字盤を確認すると時刻はギリギリ15分前だった。今日、はじめて会うため挨拶したらガクリと肩を落とされてしまい、無言でこちらに何かを訴えかけるような瞳が私を捉えた。あれ?挨拶はナッシング?

「まったくアンタは……、オレが居ない間に浮気しないでよね」
『え?浮輪もってないけど?』
「もうしゃべるな」

ペシっと額を襲った軽い痛みに目を閉じて手で額を抑えた。デコピンは地味に痛い。聴き間違えたか。

「チビ助じゃねえの。お前もか?」
「だったらなに?他校生に手を出す程困ってないでしょアンタ」
「まあ困ってはねえが…興味はある」
「いやらしい目で見ないでくんない」
「はっ、必死だな小僧」
「別に。アンタよりも警戒しなきゃなんない相手はいるんでね」
「そうかよ……にしてもお前ら並んでっと双子みてえだな」
「せめて彼女とか上手いこと言ってくんない?」
「ハッ、嘘は言えねえな」

漸く痛みが引いたので顔をあげた途端そんなことを言われたのが聞こえて、思わずリョーマくんとタイミングよく目があった。

『あ―確かに同じ身長だもんね』

掴まれた腕を動かしてリョーマくんと手を繋ぐと腕の位置も同じなため、苦しい体制ではない。繋いだ手を持ち上げて『ね』と声をかけるとリョーマくんは唇を戦慄かせながらも喉の奥へと流して、視線もそらした。空いている片手で帽子を深くかぶり顔を隠してしまった。

「背はこれからだし」
『そうだね。成長期だからきっとすぐに身長越されてしまうな、うん』
「……」

男の子は成長が早いからな……っと耽っていたらインサイトを使用する際の姿で跡部くんがこちらを凝視しているので「え、何事」と怯む。目の前でインサイトされると怖気ずくわ。迫力が違うな。というか若干こっち睨んでない?え、なにか粗相をしましたか?

『え、あのその目は一体何を語っておられるのでございましょうか?』
「ちょっと来い夜鷹」
「はあ?なんでアンタが先輩のこと下の名前呼んでんの」

呼ばれて素直にほいほいと着いて行きたくはないが、跡部くんの眼力の恐ろしさに一歩だけ前に出た。すると腰に腕が回りそのまま力強い、引力でも働いているかのように引き寄せられがっしりと小脇に抱えられている気分で密着していた。

「これが恋人って言うんだよ」

腰骨にしっかりと跡部くんの指先が乗せられているのを視認すると想到しそうな勢いで叫び出した。

『ぎゃあ!贅肉がっっ』
「もっと色気のある反応しろよ…てかお前細いほうだぞ。ちゃんと食ってんのか?背も低すぎだ、まあ可愛いがな」
『え、セクハラ』

青ざめながら両腕を身体の前でクロスさせて身を守る仕草をすると跡部くんが押し黙った。
本物の跡部を目の前にしてあのような言動をされると……なんか腹立つ。あれ?イケメンに言われて腹立つことってあるのか。生きてきた人生の中でそんなこと経験したことないからわからないけど。実際に二次から三次元に変わると人間として対面するから腹も立つのかな。いや、ほんとっ。ないものしかない人間に何を言いやがるんだこの坊や。こめかみに薄っすらと青筋が浮かんでくるのが手に取るようにわかった。

「結構軽いじゃねえの」
『…申し訳ないのですが下ろしてもらえませんかね、ええ跡部クン』
「先輩が怒ってる……」

脇に手を差し込まれて持ち上げられるとくるくるとその場で回されてメリーゴーランドを体験。解放を要求しているが私の青筋が収まらない。にゃろメ跡部!
そこへ手塚くんが現れ跡部くんから私を取り上げ、抱きかかえられたままぶらんと揺れる両手、両足。わたしゃ猫かなにかかい?

「やめろ跡部。弓波は玩具ではない」
「別に玩具だとは思ってねえよ」
「どうみても玩具にしてたから」
「傍から見ていても同じような見解だ。返して貰うぞ、そろそろ試合の時間だ」

端整な顔たちに取り囲まれ、遠巻きに見物されていた人々の様々な感情視線も相まって私は口から恒例行事の血潮を吐き出していた。ストレスレベルマックスです。

「部長!夜鷹先輩がっ」
「まずいな、越前!大石を呼んでくれ。しっかりしろ弓波!」
『い、いけめんがっいっぴき……ゴボォェア!!』
「待っていろ。今大石のもとまで運ぶからな」

手塚くんが私を小脇に抱えて走り出す。目の前で盛大に吐血する人間を見た跡部くんは呆気にとられその場から動かずにいる。
リョーマくんの声によって大石くんが手塚くんによって小脇に抱えられた私を受け取ると輸血の準備をしていたのか、手際よく針を血管に通していた。
隣にはいつの間にか群がっていた男たちを蹴散らして飛んで来た鷲深ちゃんが「夜鷹!イケメンの男に囲まれるという状況に免疫がないばかりにっ」ととても酷いことを言っていた。
悪かったな、囲まれて煽てられたこともなくてよ、お嬢ちゃん。くそっ……最近、免疫ついたと思ったのに新たなる刺客にまだ対応できていなかったようだ。また別分類のイケメンへの耐性はこれから慣れさせていかなくてはなるまいて……いや、これからもこんな縁が続くのか?そんなまさか……え、まさか、ね?
少々先行き未来に不安を抱いていると何故か不二くんが腕まくりを始めた。しかも左腕。

「足りなかったら僕の血液を使うかい?」
「いや、不二先輩B型でしょ。オレはA型なんで適合するから」
「足りるから大丈夫だよ。不二に越前」
「弓波しっかりせい」

竜崎先生の軽い手刀を額で受け止めながら霞ゆく意識の中で会話を聴いていた。

「僕の膝の上で寝るかい?」

不二くんの言葉によってまどろみから勢いよく目が醒めた。

『私はまだやれますッ』
「復活しおった」
「不二って嫌われてるの?好かれてるの?」
「そいつは訊いちゃいけねえ質問っスよタカさん」
「確率的には好かれている方が分配はあるだろうな」
「乾先輩、そんなことまでデータ取ってるんスか」

河村くんに桃城くん、乾くんと海堂くんの話声が続く中、対戦相手の氷帝は珍しい見世物でも魅せられているかのような心境だった。

「吐血芸人かあの子」
「鬼気迫ったパフォーマンスだな」
「宍戸先輩、俺も献血に協力したほうが…」
「いや大丈夫そうだぞ」
「跡部さんも随分と趣味変わりましたね」

日吉の言葉により、忍足、向日、鳳、宍戸、日吉の視線は取り残された跡部へ一身に向けられていた。



やっぱり長くなってしまった。この先もまだ氷帝学園での話が続きますが、書くと1万余裕で越えて長い読み物になってしまうので、今回も続きは7話へ持ち越しとさせて頂きます。跡部との出会いを知りたい方は【紐帯紺青】まで。好意的ではあるがそれはまだ異性に抱く恋慕未満となります(跡部は)ちなみに江口くんは別の場所で練習試合のため不在です。そしてリョーマくんの呼び方が変わった部分に関しては【青学謳歌】まで。