仮寝が目を醒ます刻

白紙の拝啓が風に揺れる度、夜空が散らばる。抑えた青白い肌が藍を映す室内。波立つ心を鎮めようとしても、そのウェーブは煌びやかに佇む。心臓がひとつ跳ねれば、忘れていた筋肉が少しだけ軋んだ。青の線が続き、布地が滑る緋色の地平線がふたつの影をどこまでも伸ばしていった。彼らの距離は揺るがなく佇み橙が彩る。一億光年の星が少女の頬を静かに駆け抜けた。
銀色のテープより後ろに立ちつくす私は、その情景を傍観していた――――。
『……ゆ、め……』
緩やかに瞼を持ち上げた私の視界に映り込むニコの肉球が水面を掠めた。
《 夜鷹。嫌な夢でも観たの? 》
心配そうに覗かれる子猫の表情に手を伸ばして頭を撫でた。毛並みを整えてやるように頭から尻尾へと流す様に触れると頬に擦り寄ってくる。
『だいじょうぶ』
言葉を呑みこみながら数度瞬きを繰り返し、まだ朝靄がたちこむ時刻に瞳を閉じて闇へと誘った。
『いらっしゃいませ』
「あれ?夜鷹ちゃん。テニス部はいいのかい?」
『ええ。関東大会確定したので。休息時間です』
「いや―凄いね!応援してるよ」
『ありがとうございます』
部活は微調整に入り自主練習となった今日。私はある程度の下準備を済ませてから早めに帰宅し、日課である家の手伝いをしていた。珍しく制服から着替えて一般的なカフェ店員のような格好をして接客をしていた。新聞部の高橋さんに写真を手渡したら喜ばれて次も頼まれそうだったので丁重に断っておいた。報酬の過去問も無事に受取、テスト準備も万全となり挑めば上位に食い込むことは出来た。何とかひと安心といったところだ。躓く訳にはいかないからね。あの練習試合の日を境に私を取り巻く環境は少しずつ変化していった。連絡手段を得て、跡部くんやリョーマくんから毎日メッセは届き。兄へ日課の報告メールもスマホに切り替わった。だが、鳴りやまない通知点滅を確認すれば「“おかえり。今日は従業員制服なんだね、カワイイよ…夜鷹ちゃん”」無感情のデジタル文字が表示される。顔を上げて窓へ向けても視力の悪い私にはぼんやりとした人影が映り込むのみ。だが、きっとその影こそがこの気色悪い文章の送り主だろう。ひっそりと息を吐きだしながら母に呼ばれ注文を受けたテーブルまでポットの取り替えに向かった。
誰が悪いとかそんな単純な話で済むのならこれほど面倒だと感じないだろう。だが、明かなる倦怠感が心情を支配していった。霞が立ちこみ視認できる存在を無視したい気持ちに似ている。出来る事なら素通りさえしたい。
『お待たせしました』
ティーポットを注文テーブルに置き頭を下げた。
「いい香りですね。これはスリランカ産の茶葉を使用しているのですか、弓波夜鷹さん?」
何で私の名前……、顔をゆっくりと上げ客へ視線を注ぐ。学生服を着ているがこの辺ではあまり見かけたことはないブレザー姿。あ、いや……何処かで見たことがある。つい最近のことだ。綺麗な顔をしながらふてぶてしさが抜けきれない男性の表情。くるりと少し癖のある髪質。「んふっ」と口癖のように息づく言動をするこの男を何処かで……あ。
『聖ルドルフの観月はじめくん』
「おや、僕の名前を御存知で?それはとても光栄なことですね。都大会ではお世話になりました」
『不二くんにフルボッコにされてたね』
「ンぐ……あなたいい性格していますね、本当に。あの不二周助が気に入る訳ですよ」
『玩具のように遊ばれたいならコツでも伝授しましょうか?』
「結構です」
『……何故私の名前を?マネージャーもあなたのデータには必要な事柄なの?』
お盆を抱き込み観月くんの隣に立ち見下ろす。彼は涼しそうな横顔のままカップを口元で傾ける。そして視線だけをこちらへ向けて口元を少し和らげた。
「僕の個人的な興味ですよ(弱点ともいいますか)」
『………お母さん。少し休憩もらっていい?』
カウンターで動く母に声をかけると母は了承してくれた。私は観月くんの向かいの席に腰を下ろし対面した。
ずっと気になっていた。踏み込むなら今しかないと思った。データ収集に長けている他校生で誰にも悟られる事もない、扱いやすい人物が目の前にいるこの瞬間こそが、革命の狼煙。弓波夜鷹のことを知るには……―――。
『観月くん。私のことを教えて立海に居たころのことを―――教えて』
私の申し出に観月くんは口を閉ざす。それは己がどこまで弓波夜鷹の事を掴んでいるのかまるで把握していての断言と発言だったからだろう。観月くんは顔周りに位置する毛先を指に巻き付けてこちらを伺うように視線を定めた。それから空になったカップにポットの紅茶を注いだ。
「おかしなことを聴きますね。何故部外者の僕にそんなことを聴くのです?」
立ち籠める香りを堪能するように観月くんは手元にあるカップを揺らす。そこへ母がカップとティーポットを持ってやってきた。サービスとしてクッキーを乗せた皿も添えて。「ごゆっくり」母は穏やかに笑みを浮かべて立ち去る。母の耳には届かない絶妙な席に位置するこの場所で私は静かに真白なカップに視線を注いだ。
『君のシナリオ通りだろ。この店に来たのは。私と接触を図るために』
「……勘の鋭い人だ。それで記憶を無くした空白の時間を知りたいと言っていましたね。いいでしょう。僕も曖昧な部分はあるので得た情報の開示を提供しましょう」
『観月くんってもう少し厚かましいのかと思ってたけど案外優しいのね』
「僕を何だと思っていたんです、あなた。本人の情報を本人に教えるに辺り、こちらには何の被害にも繋がりませんからね。それに、親御さんには訊きづらいのでしょう?」
ポットからカップへ注ぎいれ備え付けの角砂糖とミルクを加えマドラーでかき混ぜた。返事をしない代わりに首を縦に動かした。
「弓波夜鷹、神奈川県出身。幼、小、中は地元の学校に通っていた。現在は親の仕事の都合で東京都へ引っ越し、青春学園に転校。中学は成績の良さから立海大付属へ入学し、部活、委員会は共には無所属。友人と呼べる人はいない。ですが校内模試の成績は上位に入るほど優秀だったと記録が残っています。ですが、三年に進級前の春休み中に猫を助ける為に車との接触事故に遭い入院した……以上です。事務的な内容しかわかっていませんが、僕の知りうる弓波夜鷹の情報はこれだけです。ですが……今のあなたとは別人すぎて他にも調べてみました。あなたは目覚める前の記憶は全て失われていると、それももう二度とその記憶を思い出す事はないとの診断結果だということもわかりました……少しは役に立ちましたか?」
『立海に通っていた様子まではわからない、よね』
「そうですね…それを知るには当時を知るものから直接聞かない限りは入手困難なものだと」
『潜入ってこと?』
「ええ。平たく言えば」
『じゃあテニス部と知り合いだったとかは?』
「……それこそ訊かない限りはわからないのでは?」
観月くんは何かを察したのか不敵に笑みを浮かべた。多分その行きついた答えは間違いだと思うけれど今はそれを否定しないでおこう。余計なことに勘付かれたくはない。
客観的から語られる弓波夜鷹とはどんなものかと思って訊ねてはみたが、私が知るところの全てだった。大した差はないな。ただ友人がいない。それを裏付ける証拠は得られたくらいだ。彼女の身体、彼女の生で歩くこの世界で起こった事を統計にしたら少なからず“男子テニス部”とは縁があるんじゃないかと踏んでいたが、観月くんの耳にも入ってないとなると関わりはないってことなのかな?知り合いかもしれないが、深く介入するほどの仲ではない、ということなのか……ならあの夢に出てきた人はモブ生徒ってこと?でもそれにしたってやけに抽象的だった。私は彼を知っている。何処かで見たことがあるそれくらい馴染む様な存在だった。だからこの漫画ならではのキャラではないかと考えたんだけど……立海じゃなくて他校だったのかな。
紅茶をすすりながら考えを纏めていると「あ」と観月くんは思い出したかのようにカップをティーソーサーに戻した。
「ひとつだけ聞いた事があります。立海のテニス部長である幸村精市には恋人が居たとか」
『こいびと……?』
「人の噂なので確証はありませんが。親しくしていた女性の影はあったと思いますよ。そのような類のものはあまり情報としては使えないので深くは聞いていませんけど。これがあなたに繋がっているかは解りかねますが参考程度に」
ゆきむら……せいいち……、あれ?どんな顔してたっけ?多分登場したキャラのひとりよね?立海だもの。全国大会の最後の対戦相手なんだから絶対に顔は観たはずなのに……思い出せない。え、どうして?悩ましげに眉を潜めて瞳を閉じると耳朶に生温かな息が吹きかけられた。
「きみ、かわいいね!番号交換しない?」
『うえぃ?!』
突然、男にナンパされたことを認識するまで数分かかってしまった。その遅れの所為で隣のソファーに腰掛けられ手まで握られてしまった。顔が近い……。
『離してください、千石くん』
「あ、俺の名前知ってるの?嬉しいな」
『うわ―本当に女の子なら誰でもいいんだ、引くわ(そりゃ君の噂はかねがね)』
「弓波さん…本音と建前が逆かと」
観月くんの言葉に我に返り口を噤んだ。つい思った言葉が口から漏れてしまった。
だが千石くんは笑みを深めて手を離すどころか密着して来た。
「いいねぇ。俺そういう風に言われるの初めて。やっぱり交換して連絡先」
『え、エムなの?ドエムなの?』
「女性を口説くにしては情緒というものが足りませんね。それでは靡くものも靡きませんよ。ましてや彼女は手強いですよ」
「知ってるよ。不二くんのお気に入りでしょ。あとあの生意気なルーキーくんの」
「最近では氷帝の跡部くんも顔を出すとか」
「えっ!錚々たる面子じゃない!顔が!」
『人をイケメンキラーみたいに言わないでよ。イケメンは大好物ですけど』
「認めてないですかね、それ」
「自ら求めてないってスタンスなんじゃない?」
『正解』
千石くんは取り合えず手を離してくれたが、自分の注文した飲み物を手にし、再び私の隣に強引に座ってきた。距離が近いのでお盆で顔を押しのけつつ観月くんと話の続きをした。
『やっぱり潜入しかないか』
「情報収集するにはそれが最良ですよ。あなたなら制服くらい容易に用意出来るじゃないですか」
『だと思うよね……でも制服が見つからなくて』
「ご自分で管理していないのですか?」
『私が荷物を詰めた訳じゃないから、ダンボールの紐解きをした際は見つからなかったのよね』
「と、なると。お母様が管理されているのでは?」
『そう思って探したんだけどなかった』
「妙ですね。制服などは処分しないものですし……もし、そうなら」
『うん……』
観月くんは私と同じ考察に辿り着いたと思う。制服は普通転校したとしても取っておいたりお下がりとして出すものだ。お下がりがない場合は取っておくことが多い。それがないのだとしたら処分したことになる。ということは……制服を取って置くこと事態が問題だったと判断してしまう。
「僕の方で制服の手配をしましょうか?伝手はあるので」
「だったら俺も一緒に着いていくよ。夜鷹ちゃんだけだと不安だろ?」
『どういう意味だよ』
隙をついてお盆をどかされ再び手を取られてしまった。顔が近づいてくるのを避ける。
「あなたでは不安です。僕が行きますよ」
「いや。俺が行く」
第三者の声に三人で顔を上げれば千石くんの頭を掴んだ跡部くんが君臨していた。
「オラ千石どけ。お前は観月の隣だ」
そして千石くんは無理矢理追い出され私の隣に傲慢に座った。しかも注文を既に終えているのか珈琲カップから湯気が立ち籠めていた。
足を組みふんぞり返る跡部くんの様子を舌打ちしながら観月くんは余所へ向き。千石くんはぶつぶつと文句を呟いていた。
「観月は俺様の制服を用意しろ。夜鷹の分はお前の兄貴の部屋にある」
『兄の部屋に?なんでそんなことわかるの』
「アーン?んなの……そこしかねえだろ」
『なんで真顔?というか理由プリーズ』
「相変わらず裸の王様ですね跡部クン」
「一応こいつは俺の保護下にいるからな」
『(裸の王様)』
「(裸の王様)」
「はっ。君とはつくづく合いませんね。いいでしょう。貴方の分、ご用意させて頂きます」
腕を組み吐き捨てるように言い切った観月くん。ソファーの背に腕を伸ばし手が私の肩口にあるこの状況にも誰か指摘してくれませんかね。落ち着かないな。
「では一応弓波さん。連絡先の交換をお願いします」
『あ、はい』
スマホを取り出して連絡先を交換していると席を立ち上がり前のめりに千石くんも「俺も!」と言ってくるので仕方なく彼とも交換をした。跡部様の監修の元。
勿論、跡部くんと観月くんも不本意ながら互いに交換していた。しかし跡部くん何故この話の流れを不思議に思わず協力すると名乗りをあげてきたのか……あ。こいつ話聞いてたな。と察した。
跡部くんを凝視していると跡部くんは私の頬を抓ってきた。
「てめぇは突っ走る奴だな」
『いひゃぃ』
「では用意出来次第ご連絡しますよ」
スマホを片手に観月くんは立ち上がる。時刻は18時を回っていた。それに倣って千石くんも立ち上がり一緒にドアまで見送るために跡部くんの背中を押した。
「またね夜鷹ちゃん」
「では」
『気をつけてね観月くん』
「俺の事は無視かな?夜鷹ちゃん?傷ついちゃうよ〜」
「とっとと帰れ千石」
半ば千石くんは跡部くんが追い出す形で別れた。ドアが閉まると母がゴシップ好きな奥さまのような瞳で私と跡部くんを見て来るので弁解しておいた。
『新しいの注ぐよ』
「悪いな」
母を落ち着かせてから新しいカップに珈琲を注いで跡部くんに差し出した。
「不二は知ってるのかこのこと」
『……知らないよ』
「そうか」
―――変な跡部くん
バイブレーションが振動しスマホのメッセを確認すると観月くんからで。
{ 心配なので僕も後から向うので責任の一端を負います }
律儀な内容に中々憎めない人だと鼻が鳴ってしまった。
跡部くんが言った通り兄の部屋に忍び込めばあっさりとクローゼットの中にクリーニングされた状態の立海の女子制服がかかっていた。何故跡部くんはわかったのか。そして兄の部屋にあったのか。滅多に帰ってこないとは言え、一緒に暮らしているのだから物置部屋にもなっていない兄の部屋に昔使用していた自分の制服があるということ事態、ある種難解パズルのようだった。
それから三日後くらいに観月くんから連絡が入り、翌日に決行をすることを跡部くんと決めた。調度竜崎先生から手塚くんと共に呼び出され「今日は部活なし」と通達を受けた。部員に教えに行くという名目を抱えながら私は一年生の教室へと訪れた。
『堀尾くん』
「あ、なんスか弓波先輩」
『今日の部活のことだけど。部活はなしになったの。その連絡で』
「そうなんスか!」
嬉しそうな顔をする堀尾くんを眺めながら教室内へ視線を移す。どうやら目的の彼はいないようだ。リョーマくんどこ行ったんだろう。
「越前のこと探してます?」
『え、ええ。ちょっと用事があって。何処にいるか知ってる?』
「いや、まあ多分もうすぐ戻ってくると思いますけど……つかぬ事をお聞きしますが、先輩って越前のことどう思ってるんです?」
『……ん?』
突然の堀尾くんの質問に頭を傾げた。何を言っているんだこの子は。
『どう思ってるって…可愛いとは思ってるけど。センスもあるしこれから伸びしろに期待?って感じかな。あと大人になったらどうなるかちょっと気になる』
「先輩って期待を裏切らない方ですね(越前気の毒だな)」
何だか馬鹿にされた気分なのだが。取りあえず堀尾くんのこめかみに両拳を添えてグリグリと揉んであげた。痛いと悲鳴を上げているようだが、きっと痛くて気持ちいいの間違いだろうと脳内変換して尚つづけた。
「先輩?なにやってんの」
廊下の先から声が聞こえて視線を向ければリョーマくんが駆け寄って来てくれていた。堀尾くんへの指導を止めにしてリョーマくんに向き直るが、何だか不機嫌そうな顔をしていた。
『ちょっと教育的指導を』
「先輩酷いっス!」
「で、堀尾に用でもあったの」
『3分の1は。残りはリョーマくんに用があったの』
「え、おれ?」
目を丸くさせてからリョーマくんは雰囲気を和らげて「なに?」と訊ねた。ポケットから取り出した笛をリョーマくんの手に握らせる。
『今日、部活はなしになって。それで私はどうしても外せない用事があって、ニコを連れて家に帰れないから預かってもらいたくて。あの子頭いいから笛を鳴らせば来てくれるの。だから、お願い!』
「(笛…)それって家に一旦も帰れない用事ってこと?なんの?どんな?」
『それは乙女の秘密。リョーマくんにしか頼めないの。お願い!』
「じゃあさ。今度オレと出掛けてよ」
交換条件を出されたが出掛けるくらいならと二つ返事を返すとリョーマくんは付け足した。
「勿論、二人っきりだけど」
『……えっ、みんなじゃなくて?』
「なんでみんな?てか皆って誰?オレと二人きりじゃ嫌なわけ?」
『嫌っというか…男女がふたりきりで出かけるとそれは意味合いが違くなると言いますかね、はい。それって……俗に言う』
敬語口調になり顔が引きつりすり足で後ろへ二歩下がる私を余所に、リョーマくんは二歩詰め寄り私の手を取った。
「デートだよ。先輩。別に年下のオレとデートしても先輩は何の問題もないでしょ」
『いやいやいやいや!私なんかと変な噂起ったらどうするの。リョーマくんの沽券にかかわる事項案件だよこれは!』
事務的、と堀尾くんが口をポカリと開けて呟いた。
「別に起つ噂なら起たせれば?他人に根も葉もないこと言われてもオレは平気」
この年下怖い。攻めの手を揺るがない感じが追い詰められている気がして止まない。うぅ…私だけが変に意識ているみたいだし、リョーマくんにとっては感情を抜きにして少し年上のお姉さんと遊んでみたいって興味本位なだけかも。唸り声をあげながら暫くの後。
『わかった。デートの申し出受けて立ちます』
「望むところ」
「あんたら果し合いでもするのかよ」
堀尾くんが最後まで会話の流れにツッコミを入れていた。
「てか、越前その笛って先輩が吹いているものだよな。どうすんだ?」
「どうするって…吹くに決まってるでしょ。笛なんだし」
「つーことは…間接キってぇ―!何すんだよ越前!」
「うっさい」
放課後の予鈴が鳴る。各々が動き始める中、菊丸くんと不二くんに声をかけられる。これはもう日課になってしまった。同じ部活だから共に行くことは通例なのだ。だが今タイミング悪く跡部くんから電話をもらっていた。
「弓波ちゃんは今日自主練参加すんの?」
「僕たちはするんだけど、よければ一緒に行こう」
『ごめん!私、今日用事があるので先に帰るでござる』
慌てていたため手元で振動が止まずに指が勝手に通話へと操作してしまい「おい」と低い声が響いた。右往左往しながら二人に頭を下げて取りあえず耳にあてる。
『ごめん。今終わったの。うん……え、はやっ!あ、ちょっと待ってて、あ、ごめんね。うん。休憩してて…ほんとっごめん。えっと何処だっけ場所?あ、反対側?駅の?……あ、はい。すみませんでした。申し訳ございません。方向音痴で…って、はいっ?!いる?え、いるの?下に?わ、わかった。わかったらから絶対に車から出ないで顔も出さないで。お願いだから自分が有名人であることを自覚して頂けますかね、はい。お願いしますよお坊ちゃん。うん、今から行くから待ってて。すぐ!3分で!はい、じゃあ切るね』
スマホをポケットにしまい、リュックを背負う。普段より大きめな手提げ袋を肩にかけてふたりに両手を合わせて「ごめん」と謝った。
「なんか忙しそうだにゃ?」
『うん。ちょっとミッションがあって』
「誰と、どんなかな?」
『だ、誰とって…なんでそんな断定的な言葉をお使いになられるのでしょうかね』
「だって男の声が聞こえたから、相手がいるのかと思って。あれ?間違ってるのかな?僕の推論」
言葉をつまらせた私の元へ不二くんがいつの間にか距離を縮めて目の前にいた。音もなく忍び寄るの好きだな全く。と悪態つきながらも顔はこわばるばかり。
個人的な問題だからこそ、なおの事他人を巻き込みたくはないし。大事にしたい訳でもない。知られたくない気持ちが大前提に浮き彫りになる。眼を動かしながら不二くんへ顔をあげた。
『じゃあ!!』
短絡的な言葉だけを残して私は捕まらぬうちに脱兎の如く逃げだした。後数秒遅かったら捕まえられてそのまま巻き込みパターンだったかもしれない、追いかけてくることはないと踏んでいながらも足早に廊下を駆け抜け私は、正門に佇む黒塗り高級車に飛び乗った。
「遅かったですね」
『観月くんも居たんだ。お待たせしてごめんなさい』
「いいえ。本来この時間に終わるものですから…せっかちな人の所為なので気にしないでください」
「うるせぇぞ観月。んで、不二には気取られなかっただろうな」
『ま、まあ。多分…』
「あなたの通話切れてなかったので声、聞こえてましたよ。彼は結構勘が鋭いのであなたも大変ですね」
『うそっ』
急いでポケットからスマホを取り出すと確かに通話状態のままだった。急いで切り息を溢した。発進している車内は広々としていて外から視えない仕様になっているようだ。
「まあ、何かあればフォローして差し上げますよ。利子付きで。さて制服は持ってきましたか?」
『利子付きなんだ…あ、うん。持ってきたよ』
「店を貸し切ったからそこで着替えるぞ」
『流石跡部様』
「変装を少ししないといけませんので弄りますがよろしいですか?」
『いいよ。そうしないといけないだろうとは思っていたから』
「理解が早くて助かります」
観月くんは柔らかな笑みを浮かべていた。
年下攻めっていいですよね「アンタ無防備すぎ」とか言われたい「オレから離れないでよね」とか言われたい。と思って攻めてみました。欲望に忠実なのが売りです。でも普段涼しい顔して女の子みたいな柔らかい顔立ちなのに男出されると悶えますね……はい。潜入スタート回でした。続くよ(〃´∪`〃)ゞ