射手座の放つ矢



それは黄昏刻だった。窓から差し込む西日の便りがあまりにも夜の帳を誘うから、少女の瞳に灯る淡い炎も揺らめき凪を得る。
乾いた靴音が上質な音を奏でながら小石を軽く蹴飛ばした。

「どうしたの?お嬢さん」

柔らかい声が少女の耳朶に触れる。細かい息を吐き出しながら少女は渇いた唇を震わせた。

「遊んでくれる、んでしょ?」
「おや、ご所望ですか?」
「だって…言ったじゃない。遊んでくれるって……」
「……ふふ、いけない子だな。お兄さんと遊びたいなんて」

少女の首筋に指先を這わせながら青年は少女の首へと掌を広げた。耳殻に吐息を呟く。

「俺を楽しませてね」

少女が立ち去る。友人たちの待つ場所まで戻っていく。明るい日の元へと。そんな姿を眺めながら青年は端末機を取り出した。バックライトが妖しく照らしながら、無機物なゴシック文字が液晶を彩り始める。

「さて…今度はどうやって楽しませてくれるかな、夜鷹ちゃん」


◆ ◆ ◆




立海大付属。ファンブックで外装は知っていたけどこんなに生々しかったとは思わなかった。あ、いや。空気感とか奥ゆかしいというか、年代物の建物みたいで氷帝とはまた違った建造物の造りに少しうつつを抜かしてしまった。

「口開けっ放しだぞ」

ポカリと頭を手の甲でポカリと叩かれ振り返る。エクステを付けた所為で普段より長い。成人式以来の長さだなこの髪。少し鬱陶しく思いながら頬にかかった髪を後ろへやりながらズレた眼鏡のフレームを直した。
黒髪の物静かな雰囲気の髪型をした跡部くん…普段より傲慢差や自信過剰な部分が削がれた読書好きな好青年に見える……のが逆に仇となった気がした。
だって先程から行き交う生徒からの視線が痛く突き刺さっている。眼鏡をかける予定だった跡部くん。だけどふたり並んで眼鏡だと相手に印象を与えてしまうためそれを回避するために私だけかけることになったのに……跡部くんの美貌の所為で作戦がおじゃんになりそう。

「アーン?なんだよ。言いたげな顔して」
『どうしてもさ男になったというのにそんなに視線を集めるんですかね』
「……ハッ。王者の風格って奴だな」
『……先行ってる』

根暗のような風貌で跡部様みたいに格好つける本人を置いて先に歩き出した。観月くん、初回からもう注目の的なんですけど。これ……後程どのように処理して頂けるんですかね。
ブレザーのポケットにしまったスマホ画面を伺うように覗くと。観月くんからメッセが入っていて「少し気になることがあるので調べてから行きます」とのこと。一体どうしたのだろう?間隔をあけてから来るとは言っていたけど、観月くん。私のメイクをしている最中に考え込むような顔をしていた。何か私の顔は人より変だったのかな?いや、一応平均的な顔だったと思うが。手鏡がないので確認は出来ないがスマホのブラックアウト画面で見ても平凡な顔立ちだった。ポケットに端末機をしまい隣へ追いつく跡部くんと並び。再び校舎の方へ向かった。

『広大な敷地だね。こっちであってるの?』
「氷帝に比べればんなでもねえな。ああ、一度来ているからな…にしてもギャラリーがすくねえな」
『レッツ隠密行動』

目で訴えると跡部くんは鼻で笑っていた。そんな私たちとすれ違った女の子たちが高音で囁きあっていた。

「はやく!もうすぐ始まっちゃうわよ」
「きゃあ。見逃せないわよね」

よく耳にする会話をふたりで興味なさげに聞きながら視力の入った眼鏡でその頭が賑やかな場所を見つけ見慣れた光景が連なるのを目の当たりにすると、どこも変わらないなと確信してしまう。

「テニス部の連中は今から練習か」
『そのようだね』

人々を惹きつけてくれるのであればどんどん惹きつけて欲しいものだ。

「あそこの人って…」
「ええ…」
『……』

それでもこちらを見て囃し立てる観客は減らない。座視を跡部くんへ送りながら校舎の入り口を見つけたとき、私は振り返る。

『二手に別れて調べよう(目立ってしょうがない)』
「…別に構わねえが」
『じゃあ弓波夜鷹の身辺調査スタートってことで』
「一時間後ここに集合だ」

指で丸を作り跡部くんと別れた。ただ憂色を漂わせる跡部くんの表情が気になった。これから何かが起こるのか、懸念しているような彼の様子を眺望しつつも私は得られる情報の多さを望んだ。

『調べるって言っても…』

一体何をどうやって調べよう。訊いて周ろうとしたら何故か誰も捕まらなかった。避けられるくらい挙動がおかしいのかな?行き場のない手を宙に浮かべながら思案する。別の手として先生に尋ねるだが、転校した生徒のことを先生が教える訳もないだろう。逆に怪しまれる。かといって中学二年生のときのクラスメイトなんて私が知る由もないし……八方塞がりだわ。
悩んだ挙句。ひとまずは職員室付近にでも行って掲示板などで目ぼしい情報を収集することにした。卒業生とかなら図書室にアルバムの寄贈があるからクラスメイトなど確認が可能なのに、まだ在学の生徒で現在は別の学校に通っている、ご本人がご本人様を調べるとなるとどうやっても怪しさ満点の上に調べようにも限界がある。それでもここに来れば何かを得られるんじゃないかと思って。ダメもとで来てみてはいいけど……何も感じない。無理もないか。私は弓波夜鷹であってこの世界のカノジョではないのだから…ここで生きてまだ数ヶ月。身体だけを受託しただけだもの。魂が私なら私の記憶しかないわ……大分忘れてはいるけど。仕方ない。大人だもの。過去のことは忘れてしまうものだ。
職員室に辿り着いた。優勝トロフィーなどが飾られている棚が廊下にある。テニス部はなかったけど、賞状だけは置いてあるみたい。人気がない廊下なのに人がいるような気配がする学校の廊下。橙色はまだ薄色だが段々と染まっていくだろう。傾く太陽の温かさにどの世界でも夕日は変わらないのだと今更のように感じていた。
大きな掲示板に貼られていた校内模試の順位表。流石は進学校競争率を煽るような貼りだし方に大人のいやらしさを感じる。こうやって子供の心を揺さぶるんだろうな。給料がかかっているからといっても大人であれば理解できるが、今は子供の目線。大人の卑怯さには頭が痛い。額を抱えつつも名前を追ってみた。大分前のようだ。何故ならすぐに見覚えのある名前を見つけたからだ。

『やなぎ、れんじ……はははは』

立海と言えばって人の名前が続く。真田、柳生……あれ?なんか足りない気がする。何でそう思うんだろう。顎に指先を乗せて名前を追いながら唸る。すると、カノジョの名前も見つけた。ああ、やっぱりカノジョは頭がいいのね。順位も上位に食い込んでいた。
その場所まで歩き、紙に指を這わせた。

『弓波夜鷹……君は何故その選択をしたのか』

言葉をそこで途切れ、額を押し付けた。瞳を閉じ湧き起こる感情を鎮めた。わからないことを決めつけてはいけない。先入観を捨て去りただひたむきにカノジョと向き合う。そうしなければ真相にたどり着けない、そんな気がした。

「そこで何をしているんですか」

生徒にしてはやや命令口調であったその発言者に、私は瞼を持ち上げて目線を廊下の奥へと向けた。視野に映り込む背広姿の若目の男性に、あ、教師だ。と喉を鳴らした。

『あ、いえ…』

口ごもっているとその教師は身体を強ばらせていた。奇妙な動きに首を傾げ、一歩踏み出し手を伸ばすと。更に肩を竦ませて、二歩後退された。
え、なに……?私なにかした?一般生徒に紛れ込んでいるはずなのに、あの人なんであんな……あ、いや。おかしい……あの表情は……焦点が定まっていない動きをする瞳。あれは完全なる慄然だ。
関係者だと思い『あの』と声を出した瞬間、私の視界は後ろから現れた手によって塞がれあっという間に後頭部を掴まれ布地に押し付けられた顔。『むごっ』と訴えるように手を動かしてもびくともせずに後頭部を支える手にそって腕が背骨の線にそって抑えられた。これでは動けない。相手は私より体格が大きな恰幅の良い男だと香りでわかった。嗅ぎ慣れたメンズ物の清涼スプレーの香りだったから。

「あ―、センセイ。忘れとったノート、机の上に出しといたからの」
「お、おまえっ」
「さよなら、センセイ」

そのままの態勢で回れ右をされると後頭部に置かれた手が離れ、解放された。だが肩に腕を回されて逃げられないように捕まえられる。抗議の視線を送ろうと相手の顔を見上げると口許に黒子のある、白髪?銀髪?の少し毛先をくくった大人っぽい男の子が人差し指を唇に添えて「しぃ」とジェスチャーした。
思わず言葉を呑み込む。あまりにも彼が……私の知っている仁王雅治に似ているので。混乱する脳内で処理しきれずに彼の導きにより、私はそのまま何処かへ歩かされた。冷たくなる廊下の更なる奥へ。振り向くことは出来なかったが、あの先生と呼ばれた男性がまだその場にいる気配はなんとなく感じていた。

―――あの人……一体…



◆ ◆ ◆




何処かの教室だと思われる室内へ入るとやっと肩から腕も退き、解放された。警戒して距離を離して対面すると多分仁王くんと思われる彼は笑みを絶やさず窓辺に腰かけていた。

「危なかったな」
『え?』
「あの先公気づいておったぞ」
『な、なにを?』
「お前さんの変装」
『……怪盗じゃないんだから変装なんてするわけないでしょ』
「俺はするがの」
『(そりゃ君はペテン師だからな)手品師かなにか?』
「面白い返しじゃの。だが、見破られた種を晒すのは愚の骨頂。なあ、他校生さん?」
『……なんでわかったの』
「そりゃお前さんその恰好見れば誰でも……ん―そうやの。仕方なし。今日の俺は機嫌がいいからな。特別サービス。ほれ、これを見んしゃい」

生徒手帳を投げてよこされる。それを慌てて両手で受け取ると中を開けと指示される。
手帳には大きさの違う紙が挟まっていた。それを引き抜きひっくり返すとそこには既視感を憶える女の子が映っていた。

『何処かで見たことあるような……』
「ほい」

窓辺から離れて隣にやってきていた仁王くんが私に今度は手鏡を渡してきた。それを素直に受け取り覗けと指をつつかれる。大人しく鏡を覗いてみると、私が映る。もう一度写真を見てから、鏡を覗く…その行為をニ、三度繰り返した後。口内に酸味の強い味が広がった。段々と血の気が頭から引いていくのを感じながら震える手で勢いよく仁王くんへ向けばお腹を抱えて笑っていた。

「愛らしくめかし込んだところ申し訳ないが、お前さん。変装する相手間違えたの。その恰好はもろ本人じゃ」
『み……みづきくん』

床に四つん這いになり朽ち果てそうだった。変装して潜入したのに、まさか当時の彼女の姿を模写した格好で居たとは思ってもみなかった。当時の彼女がどんな姿をしていたのかなんてアルバム開かなきゃわからないわ。私は今の姿で変わらないと思っていた。だから確認しようとも考えなかった。それに本人が本人のアルバムなんて大掃除のときしか開かないよ。もっと調べておけばよかった。なんで私ってこう……ツメが甘いのかな。頭を抱えて蹲った。
観月くんは情報収集のプロだ。そんなスペシャリストがこんな古典的なミスをする訳がない。嘆き声をあげていると一緒にしゃがみ込んだ仁王くんが頭を撫でてくる。

「笑いの提供をありがとさん」
『そりゃど―いたしまして』
「ははは、かわええの。んな格好しとったら視線も痛かろうに」
『それは相方……』

あの時注視されていたのは跡部くんの容姿にだと思っていたけど、今の仁王くんの言葉が真実ならあの遠巻きに見られていた視線は全て私に向けられていたってこと?でもどうして……私が事故にあったから?
じゃあ先程、生徒に避けられたのは私が怪しい人物に見えたからではなく、カノジョだったから…?でもそれって……顔を上げ瞳に影を映す。視界に映り込む仁王くんの顔を見つめながら私は立ち上がり彼を見下ろした。

『知ってるなら教えて』
「……ほぉ。あいつが言っとったことは本当のようじゃの」
『あいつ?』
「ああ、気にしなさんな。こっちの話じゃけえ。そ―やの確かに俺はお前さんの事を知っとる。何せお前さんとは中学2年の頃同じクラスやったからな」
『じゃあ洗いざらい全て吐け』
「いやん。強気じゃの」

襟首を掴み容赦なく引っ張ると仁王くんはふざけた声を上げる。腹立つなこいつ。私より色気があることにイラっとするわ。
だが、膝を折っていた仁王くんが立ち上がると背が違い過ぎて爪先立ちになり強く襟首を掴み引っ張ってしまう。気がつくと数センチの距離に互いの顔があり、その至近距離に仰天して掴む手を放すと左手の指の間に指を入れられそのまま教室のドアに背中を押し付けられた。勢いをつけられた所為でじんわりと痛みが広がる。
壁に左手を縫い付けられ指が絡むから更に頑丈に拘束された。

『なにやってんの』
「何って…教えて欲しいんだろ。お前さんのこと」
『だからってこの態勢になる必要ないでしょ』

目を逸らし顔を背ける。経験少ないんだからこんな少女漫画みたいな展開紙面でしか知らないわ。寧ろ第三者の傍観者サイドだわ私!
心の中で阿鼻叫喚のように叫んでいるのを気取らせないように目を合わせないようにしていた。そんな私を上から見下ろしている彼は、口元を僅かに寛がせる。

「そうやの。でもお前さんがあんまりにも面白い反応するもんやから、ちょっとやってみたくての」
『そういう興味本位なら私じゃない娘にしてもらっていいですかね』
「それはさぞ…つまらんじゃろな」

声のトーンが少し柔らかかった気がした。懐かしむような声色にやはり彼は何かを知っているのだと自信を得る。だが、どうあっても教えてはくれなさそうなのは私だけかな。
利き手が右手だから左手だと握力が弱いので握りつぶすことは出来ないし、相手は男。この包囲網をどうやって突破するか、悩む。しかし人生でないと思っていた壁ドンを経験できるとは思っていなかったよ。ちょっと……緊張するな。てか気恥しい。しかも顔近いのが多分心拍数上昇の原因だと思われるけど。
仁王雅治が関わっているなら短絡的に考えてテニス部も芋づる方式で関わってるのかな。やはりカノジョを知るには関わるしかないのかもしれない。
考え込んでいるとそろりと右手が毛先を持ち上げていた。

『うぉい。お兄さんや』
「なんじゃ、お前さんこれエクステか?」
『まあ』
「でも地毛やの…ほぉ。やっぱお前さんの髪は夜空みたいじゃな」
『仲良かったの?』
「そうでもなか」
『ふむ』
「愛想なかったしの、お前さん」
『……』
「急に無表情になりなさんな。今の方が俺は割と楽しい」
『君を楽しませるための性格じゃないんだよ』
「ははは」
『笑うな』

中学生男子みたいに笑って……あ、中学生男子か。この世界の子たちって何処か大人っぽくてつい年齢誤差認識しちゃう。悲しいことに私より大人かも……25歳型なしだ。ああ、軽くショック。ガクリと肩を落としていると教室の扉が盛大に開いた。

「仁王先輩!真田先輩がカンカン……って何やってンスか」

確かあの増えるわかめヘアーは切原赤也だったと思う。と一瞬だけ視界に映った彼を分析したがすぐに視界は白い布地に覆われた。仁王くんが身体で私を覆い隠したのだ。

「なんじゃ赤也。逢瀬の邪魔すると馬にどつかれるぞ」
「逢瀬って……あ、人の足がある」

小さい身体ですみませんね。気がつかれないくらい体格差があった。しかも覆ってしまえば隠れてしまう上半身。だけど下半身だけは隠せることはなく。切原くんはその状態である経緯を自分なりに考え、想像し、導き出した答えはきっと不正解だよ。慌てた声が響き渡った。

「あっ!って仁王先輩。告白は断る癖にそういうことはするんスね!不潔!」
「誰がそこまで妄想しろって言った」
「その態勢で純粋な想像なんて湧きたつ訳ないっしょ!」
「……確かにな。まあ、赤也。俺は暫くこの可愛い子ちゃんの相手しないといけんのや。真田には部活行けんこと伝えておいてくれ」
「自分で言ってくださいよ」
「行き別れた妹なんじゃ」
「っ!……真田先輩にはオレがしっかりと伝えとくっス!」

単純な子だと思った。「可愛い子ちゃん」って言った矢先の「行き別れた妹」って言ったのに納得して切原くんは涙を備えて走って行ってしまった。

『純粋だね』
「純情少年やからな」
『ああ、うちそういう子いないわ』
「お前さんがそういう枠組みを担っとるから平気じゃろ」
『……』

無言で仁王くんの足の甲を踵で振り上げ落とし、踏みつけた。ヒールがないことが残念だわ。と拘束が緩み脱出に成功。3メートルくらいの距離を保ちながら身構えたが、相手は痛みに耐えているのか微動だにしていなかった。

「っ野良猫に噛まれた」
『引っ掻いてやろうか』
「おぉ―恐いの」
『本当は知らないでしょ。断片的なことしか』
「何故そう思った」
『君って他人にそこまで興味ないだろ。自分に関わりのある人とかの記憶しか保持してない人かなって。だからわたしのことを誰かから伝手で聞いただけなんじゃないかな、と。例えば“あいつ”って人とか……一つだけ教えて。テニス部とわたしには関わりがあるの?』
「……どうじゃろな」
『うおい』
「俺に会いにくればええ」
『なんで』
「俺が会いたいから」
『……』
「そんな青ざめながら呆れられるんは女子では初めてだな」

何を考えているんだろう。凝視しながら疑いの眼を注ぐ。だが口ぶり的には関わりがありそうだった。愉快そうに笑ってる男の子相手にこれ以上の情報は聞き出せそうにないことを判断しポケットから端末機を取出し確認すると訪れてから1時間半経過していたことを指し示していた。
跡部くんとの集合時間を過ぎてしまっていると慌てるが、画面には通知が来ていた。跡部くんからもあるが観月くんから直前に着信があった。足音が聴こえ顔を上げると仁王くんが一歩踏み出している。また何かをされると予測し私は背を向けて駆け出した。

『さいなら!』

全力で廊下を走り、空いているロッカーに入れた靴を取り出してスリッパーを戻す。校舎外に出てから端末機を取出し電話をかけた。

{ 大丈夫ですか?! }

第一声が仰々しく慌てていることがわかる。

『っみ、みづきくん』
{ 驚かれているということは僕の危迫の意図をまだわかっていないということでしょうかね }
『いや……既に酷い目にあった後だよ』
{ ……申し訳ございません }

通話越しに謝罪をする観月くんの様子からして多分変装の失敗に対するものだということはすぐに察しがついた。

{ 誰に明かされました? }
『多分、立海テニス部三年の仁王雅治』
{ …よりにもよって彼ですか。それで今どちらに? }
『校舎出たところ。追手は来ていないみたい』
{ 追われるようなことをしたんですか? }
『いや…なんとなく。仁王くんが言ってたんだ。“あいつ”って。だからそいつに会わせようと動くんじゃないかと思って……逃げてきた』
{ 賢明な判断ですよ。素性も知らぬ相手と直接対面などまだしなくてもよい段階です。まだ冷静でいてくれてよかったです }

通話しながら歩き出しつつ眼鏡を外し、エクステも取りさった。現在の姿に戻ればただの制服コスプレに過ぎない。急ぎ足で開けた場所まで歩み、まだ残っている生徒が行き交う中誰にも注目されずに通った。

{ もうすぐで合流できそうです }
『わかった。この辺りにいるよ』

ベンチの近くに立ち辺りを見渡した。遠くの方で黄色い声援が聞こえる。まだ部活を行っているようだ。果たしてあの男は部活に戻っただろうか。校舎の方へ視線を送るがそこから出てくる生徒の中に目立つような髪色をした子は出て来ていない。

『あのさ。観月くん。実は調べてもらいたい人物がいて「ッ危ない!」

通話先の相手の声が身近に聞こえた。機械越しの声と肉声が同時に俚耳へと届く。目線を発信する方へ向ければ観月くんがこちらに向かって駆けている姿が映る。表情が暗転しているのが気がかりだが、そう言えば危ないって既視感のある言動だな。と水槽が頭上に落ちてきたことを思い出し周囲へ首を巡らせてみると見慣れた黄色のボールが眼前に迫って来ていた。

―――あ、狙われてるのか……私

避けることは適わない。眼を閉じて頭を縮こませる。次に来る衝撃を備えるために。だがその衝撃は別の方向から現れた。何かに身体が包まれる感覚がする。ボールを収拾したには鈍く重い音が聞こえ、低い声がふたつ頭上から降り注いだ。

「嫉妬の鬼はこわいのぉ」
「あなたのではなくて、ですか?」
「俺宛てじゃないぜよ。ありゃど―みてもどっかの王様の手勢じゃろ」
「ええ、そのようですね。弓波さん、もう眼を開けても大丈夫ですよ」
『開けたくない』
「そう仰らずに」
『眼を開けたら確実に女子に抹殺される。謀殺される』
「視線で射貫かれることはあっても心臓までには届かんよ」
『開けたらいい事ある?』
「それはどうですかね」
「保障は出来んな」

両手で目元を覆い暗幕の中に閉じこもった。包まれた温もりは離れ接点がないふたりの話声が続く。その間も突き刺すような嫉視に縮こまる身体。

『貝に…なりたい……ッ!』

小さな声で呟いたと同時に後頭部に強烈な衝撃を与えられ、私は簡単に浅瀬から深い奈落へと突き落とされた。



◆ ◆ ◆




「しっかりしてください!弓波さん!」
「アカン。頭に野球の硬式が当たったっぽいぞ。しかも…うちの4番じゃ」
「……いいバッティングですね」
「高校やったら甲子園に連れてって貰えるの」

暢気に観月と仁王が倒れている夜鷹を挟んで言葉を飛ばしていると彼らの横から、額に汗をかきながら涼しげに跡部が駆け寄った。

「お前ら何言ってやがんだ」
「元凶の王様のご登場じゃの」
「暢気によく顔が出せますね」
「お前らの代わりにあいつらを捕まえてたんだろうが。取りあえず救急車は呼んでおいた」
「当たり前です。応急処置は済ませておきました」

観月が手際よく処置を行っていた事を跡部は頷きながら、横目で夜鷹の端末機を拾った仁王を捉えた。

「あいつの携帯は俺が預かる」
「暴君やの」
「なんとでも言え。行くぞ観月」
「言われなくても。しかしデータ収集が出来なくて残念です。ですが、近々またお会いすることになるでしょうね。仁王クン。ではまた」
「プリっ」

仁王は大人しく端末機を跡部に手渡した事を多少後悔していた。それは事の顛末を全う出来なかったことに関連している。後頭部を指先でひっかけながら「さて」と悩ましげに眉を寄せていると自身の機器が音をたてた。

「…人遣い荒いの。うちの大将さんは」

言の葉の句読点に忍ばせた息を吹かしながら、仁王雅治はオレンジに染まる空を見上げた。



立海潜入回の台詞回しが楽しかったです。ヒロインなのに、頭に直撃して意識ないのに頭上でふざけられるってどんなヒロインだろうか。ははははは、うちの子はそんな子。宜しくお願いします。まだちょっと後日談として続きます。次はどんな子が登場するかな?楽しみですね。皆さん★アデュー(^▽^)/