遠泳もできない魚座

遠ざかる背中が霞かかる。背中に羽でも生えているんじゃないか、と思うくらいの軽やかな速やかさに不二は通常通り笑みを浮かべるだけだった。
「逃げられちゃった」
「ちぇ…弓波ちゃんいないとつまんないじゃん」
「仕方ないよ。用事があるみたいだし」
「男、とね!てか不二はそんな悠長にしてていいわけ?」
「英二は越前の味方なんだろ」
「不二が本気なら応援してあげるにゃ〜」
「ありがとう」
テニスバックを背負い3-6のふたりがコートへと向かう。真ん中にいない温もりを引き連れて。
自主練に集まった人数は多かった。コートで打ち合ったり、外周や筋トレに勤しむ部員で溢れている中。不二は越前を見かけた。まだ制服姿でいることが珍しい。だが彼の腕の中に黒い毛並みを携えた猫が抱えられているのを見つけて、声をかけた。
「やあ、越前。その猫って夜鷹ちゃんのかな?」
「そうだけど。なに?」
「彼女、連れて帰らなかったんだ」
「なんか用事で家に帰れないからって頼まれた」
越前が頭を撫でると黒猫は「みぃ」と鳴いた。子猫特有の甘い声に愛らしさを感じない人間はいない。不二は手を伸ばして撫でようとした。だが、その手は子猫の手でペシっと叩かれた。
「……きみ、出会った当初から当たり強いね」
「心の中でも視えたんじゃないっスか」
越前が再び猫を撫でると「みぃ」と気持ちよさそうに鳴く。不二は気に入らないのに、越前はいいと判別する黒猫のニコ。夜鷹の飼い猫が優雅に越前の腕の中で眠りに入った。
「いつ頼まれたの?昼休み?」
「解ってるなら聞かないでよ」
「へぇ―越前には頼るんだ」
「オレと先輩の仲だから」
「そっか。夜鷹ちゃんとクラスが一緒で席も近いだけだからな…」
「嫌味っスか」
「え?そんなこと言ってないよ。ニコが僕の事嫌いなら仕方ないよねって話。怒ったのかい?」
「別に。アンタと違ってオレはあの人とデートする約束したし」
「デート?……夢の中で?」
「妄想じゃないし」
「冗談だよ。そっか越前も男の子だったね。彼女にちゃんと男として意識してもらえるといいね」
「アンタ、ほんとっいい性格してるよね」
「やだな。そんなに褒めてくれなくてもいいのに」
不二と越前の間に発生した険悪な空気を周囲は離れたところで傍観していた。
とてもじゃないが中断させようと名乗り出るものはいなかった。巻き込まれたら最後、事故が起こることは間違いがない想定内の予測が成立できる。
遠巻きに大石と乾が並んで彼らを見守っていた。
「痴話喧嘩してるだけならまだいい方か」
「女性問題は他人がどうこう出来る問題ではないからな」
「これで弓波さんを巡る乱闘でも起きたら洒落にならないよ」
「それはないんじゃないか?あいつら表面に出すことをしないだろう」
「越前は結構解りやすいけどな」
「不二はこの分野でもデータを取らせてくれないからな。正確な情報は揃っていないが、少なくとも意識はしてるだろうね」
「まあ、精神面ではいいことか」
大石は組んだ腕を解き菊丸に呼ばれてコートへと入って行った。乾はノートを片手にデータを収集しようとまだ、あの二人を観察していた。
観察対象にされているふたりは、対面しあいながら不二は徐に端末機を取り出してどこかの番号を押して耳殻にあてた。
「どこにかけてんの」
「ん?内緒」
「絶対あの人のところでしょ」
「ん―、どうかな?」
意味深めにほほ笑む不二に越前は「にゃろう」と怒りを顕わにしていた。何度目かのコール音後にプツっと音がして相手からの声を待った。だが、空耳かと疑いたくなる人物の声が聞こえてきたのだ。
{ アーン?何の用だ不二 }
「……やっぱり、今日の相手は跡部だったんだ」
{ はっ、とんだ地獄耳だな。羨ましいのか? }
「そんなことないよ。それより彼女は?これ彼女のスマホでしょ」
{ ああ。まあそうだが…… }
通話先で外部音が不二の聴覚に届く。それはカラカラと回るタイヤの音と性急な人の声が飛び交っていた。その危急差が電話先でも伝わったのか、不二がその答えに辿り着くまでそう時間は掛からなかった。
「彼女の容態は?」
不二の言葉に跡部は息を呑んだ。僅かな手掛かりだけで辿りつけた事実が当てはまっていた事に鼻を鳴らした。
{ 流石天才不二周助だな…あいつは頭を打った。今は治療中だ }
息を呑む音が大きく奏でられた。それを越前が「どうしたの?」と首を傾ける。その姿を瞳に映しながら、回転が元々捷い彼は一拍だけ置いた後、跡部に請求した。
「場所と病院の名前、教えてくれる」
機械を挟んで会話をしているというのに跡部は寒気を感じていた。その受話器越しからはただならぬ怒気が含まれていたからだ。穏やかな顔をして常に笑みを絶やさない不二の表情を思い出せば身震いすらするくらいの異質な空気が受話器越しから伝線していた。
場所と病院名を告げて通話を切る不二の慨嘆する様子を静観していた越前は首裏に鳥肌をたたせ上下に大きく喉を鳴らした。
無言で不二は越前に背を向けてレギュラージャージ姿でテニスバックとスクールバックを肩にかけ、テニスコートを後にした。その行動に越前は夜鷹の身に何かが起きたのだと察知し、同様に鞄を手に不二の背を追いかけた。
「練習をするんじゃなかったのかい、越前」
「それはアンタもでしょ」
「僕は用事が出来たから帰るだけだよ」
「オレも今、出来た」
「…しつこいな」
隠れている紺碧の瞳が鋭い眼光で越前を俯瞰した。先鋭の刃先が越前を貫き、越前は怯むことなく不二を直視した。越前の対抗心に不二は笑みを浮かべた。
「目敏い越前には敵わないな」
「出し抜きならアンタの方が上手いんじゃない」
「ふふ」
談笑のような声が鳴り響いた。
「あの男来るようですね」
「ああ」
跡部は一方的に切られた通話回線の無機質音を聴きながら閉じた。画面をブラックアウトさせようとした時一通のメッセの通知が届く。そのメールアドレスの表記は未登録のようで剥きだされたアドレスと共に、件名は無題。訝しげに眉を寄せ跡部はメールフォルダーを開き新着メールをタップした。表示される画面に記載されている文字は嫌悪感抱かせる内容だった。だがそれだけでは終わらない。一覧画面へ戻ったとき、目を見張る。それは5件表示される全ての受信メールが未登録のアドレスで件名は無題で内容が不愉快極まりない文体が連なっていたからだ。
スクロールをしてもそのメールだけがボックスを占めているのは明白。跡部はポケットにしまっていた自身の携帯を取り出し何処かに電話をかける。
「ああ、俺だ。悪いが同じ型番の携帯を持ってきてくれ。ああ、そうだ機種は―――」
跡部のその様子に観月は不審に思い跡部が手にしている夜鷹の携帯画面を覗きこんだ。それを目視した観月は全てを把握し、それ以降は口を閉ざし壁際に正座させられている氷帝の制服を着ている女子生徒たちを見下ろす。
通話を終えた跡部は自身の携帯をしまい、同じように女たちへ振り返った。
「お前ら、単独犯じゃねえな」
断定的な言葉を使用した跡部に観月は「心当たりが?」と投げかける。跡部は頷いて一歩前に踏み込み、一人の女の顎を掴んだ。
「お前、あのとき梁瀬に痛みつけられた女だな」
「!」
「何で憶えてるのかって?んなの当然だろ。俺様を誰だと思ってんだ」
鋭敏なその瞳に射抜かれた女は口を震わせて、恐怖を全身で体現させていた。怯え、恐怖心を煽った梁瀬の教育が行き届いている証拠だと推測される。だがそれでも彼女を襲ったという事実はなんとも腑に落ちない。誰かに唆されたことは明白だ。跡部はそう推察する。だが誰だ?あの教育をも凌駕するほどの甘美な誘惑が出来る人間が裏で糸を引いているというなら、そんな危険な奴が彼女を狙っているという事になる。だがそれは一体何が目的だと言うのか……。跡部は思考を巡らせながら、掴めぬ相手を見据えた。
「吐け。お前は誰に唆されたのか」
「っぁ……」
掠れた呼吸音を口から溢す女の涙は頬を濡らし喉を流れ、制服の襟に染みを広げる。跡部の後方で腕を組みながら観月はその行方を静観していた。その瞳は決して同情でも憐れみもない視察。故にこの場に女を味方してくれるものは誰ひとりとしていなかった。その事実が女を追い詰めていく。
「あ、あの女が悪いのよ…!跡部様に優しくしてもらって!ひょっこり出て来ただけの芋女が!わたしたちの跡部様なのに…わたしにはあなただけなのに……あいつはコウもいて、同じ学校のイケメンに囲まれて……ッ」
「逆恨みもここまでくれば滑稽ですね」
「男のあんたにわかってたまるかよ!」
「ええ、まあ。わかりたくもないですね。あなた…馬鹿なんですか?自分が助かるとでも?はっ、残念ですがあなたを助けてくれる王子様はあなたを捨てたんですよ。まだわからないんですか?捨て駒さん」
「観月。言い過ぎだ」
「おや、跡部くんはお優しいですね。でも事実を告げなければどちらが可哀想なんでしょうね」
女は色褪せていき、それっきり一言も話さず後ろにいる自分の仲間と共に静かに病院から出て行った。
「厄介ですね。その男」
「ああ。女を唆し実行させる……おまけにこんなメールを送るような趣味の男だ」
「彼女…何故言わなかったんでしょうかね」
夜鷹の受信一覧を遡るとその奇妙なメールが送られてきた日付は氷帝と青学が練習試合を行った翌日から始まっていた。内容を見返せば気分を害する。店内での様子や学校での行動など逐一報告するような文章だ。男でさえ身震いさせる始末。
「言える女だったら今頃潜入なんて馬鹿なこと実行しようなんざ思わねえだろ」
「それも、そうですね」
跡部の執事がやってきて指示された同じ型番の携帯を手渡した。跡部はデータを全て映し替え、複数ある未登録のアドレスを全て引きとった携帯へ受信されるよう転送設定を施した。
「これで少しはマシだろ」
「しかし不規則ではありますが、実に堅実的なやり口ですね」
「目的は…あいつ自身なのか、それとも」
跡部の言葉の先は駆けつけてきた不二と越前の姿によってかき消された。
「あの人は?!」
越前が跡部を問い詰める。予想を超える人物の登場に跡部は目を丸くさせた。
そのふたりの後ろでは因縁の両者が視線を交じらせている。腕を組み不二をやや感情的な瞳で走らせる観月。そんな彼を不二は碧眼を揺らめかせながら射貫いた。
「君が絡んでいるのか、観月」
「期待に応えられず申し訳ございませんが、今回の僕はただの付添人ですよ」
「付添人…?」
「ええ。彼女に協力しただけで、一連に絡んでいる訳ではないです。彼女を怪我させたのはッ、」
優美に語る観月の襟首を片手で掴み冷線な瞳が観月に注がれる。観月は言葉を呑み不二の瞳を受容した。
「何故君のような奴が彼女に近づく必要がある?彼女を利用するために接触し誘導した、最も君が得意とする話術じゃないか」
「っ裕太くんとは案件が違いますよ。僕は協力しただけだ。彼女の意思で行動した結果であって。怪我をさせた奴が悪い話ですよ」
「協力?君に彼女が頼んだとでも言うのかい?」
「あなたには信用がなくとも。彼女には利用価値が僕に見出だせたんじゃないんですか?あなたとは違って」
皺が更により首を緩く締められていく感覚を味わいながら観月は不二を見返していた。
「……金輪際、彼女に近づくな」
「偉そうに。彼氏面ですか?これはとんだお笑い草ですね!……図に乗るなよ不二。肝心なときに居ないのはお前だろう」
放たれた言葉に不二は掴んだ襟首から力を抜く。その隙に観月は不二の手を弾き、皺を伸ばして身なりを整える。
遠くから未だ越前の追求の声が、跡部の説明の声と共に唸り、冷たいコンクリートへ落ちていっていた。
「弓波夜鷹さんの保護者の方はいらっしゃいますか?」
「ああ、俺だ」
看護士の声に素早く反応したのは跡部だった。明らかなる嘘なのだが、この病院は跡部財閥の息がかかっていたため、看護士は深く追求することはせず跡部に容態説明をする。
「意識が戻り、今は205号室のベッドで安静にしています。検査結果も今のところ異常は関知されておりませんので、本日のところは帰っても大丈夫です。ただ暫く検診には来て頂くようになりますがその事は本人にも伝えておりますので、よろしくお願いします」
看護士の言葉を最後まで聞いていたのは跡部と観月だけで。他の二人は病室の部屋番号を聴いた後に向かってしまった。跡部は看護士と検診日の日程を決めるためについていき、観月はそれを見送ってから病室へと歩き出す。
「夜鷹先輩っ」
越前の普段よりよく通る声が扉を引くと同時に室内へ呼びかけられる。カーテンが引かれていないベッドの中央には名を呼ばれた本人が中華饅を両手で添えて咀嚼していた。大きな声に一驚しつつももぐもぐと動作を止めることはない。丸椅子に腰かけていた肩幅の広い銀髪の髪をした男が視線だけを後ろへ投げている。
「お前さんはよ、口ん中空にせんと」
仁王の言葉に頷きながら二人に椅子に座るよう勧め、咀嚼速度を速める。口腔内を空洞にした後、簡易テーブルの上に置かれた温かな烏龍茶を一口飲み。落ち着かせてから夜鷹は片手を上げて気軽な挨拶をした。
『どうしたの二人とも?』
訳がわからないといった瞳で小首を傾げる彼女に呆れた越前は複雑な想いをこめて額に殿下のデコピンを食らわせる。
『いたっ!ちょっ…一応頭打ったんですけど』
「で。結果は?」
『異常なしでした』
「だろうね。それしか見当たらないよ。このっ、心配して損した」
越前が夜鷹に近寄り更に頬を抓り始める。そんなじゃれ合いを間近で見せられる不二は安堵の息を吐き出していた。普段通りの彼女の様子に安心感を抱けたようだ。
だが、頭蓋骨を周回する白い包帯は確実に彼女の怪我を証明させている。元気な様子だがそれは今だけかもしれない。そんな余韻を含めた状態の彼女を複雑な視線で不二や越前、丸椅子に座る仁王が懸念していた。
「どうやらお前さんの騎士様たちが到着したようじゃの」
『仁王くん…この中華饅美味しいからあとで宅配して』
「どんだけお腹空いてるんよ。取りあえずその袋の中にあるのは食べきっていい」
『流石お兄さん。男前』
「そういう時は褒めるんだなお前さん」
『ところで不二くんとリョーマくんはどうしてここに?跡部くん経由かな』
「うん。君の携帯に電話をかけたら跡部が出てね。頭を打ったと聴いたから心配で来たんだ。でも杞憂に終わったみたいだね」
「先輩、石頭なんじゃないの」
『一応気絶したから石じゃないかな』
「否定はそこだけか」
「でも何で仁王がここに?」
「弓波と俺の仲じゃけえの。探るってのは無粋なんじゃなか」
夜鷹に向けて片眼をつむった。それを目撃した夜鷹は目を細めて訝しげに仁王を見返している。察していない反応に「おい」とツッコミの手が入り漸く彼の意図を読み取った夜鷹は指で丸の形を作り理解を示した。
「頼むぞ」
『ごめんなさい』
人差し指の爪で頬をかきながら二人の間で約束事が共時られたことは明白。だが不二も越前もその間に踏み込むことはしなかった。それもこの仁王雅治が牽制をかけていたのが要因ともいえる。丸椅子から詐欺師が立ち上がった。
「すまんかったな」
『ん?』
「…さて。俺もそろそろ戻るぜよ。お前さんの意識も戻ったことじゃしの」
『ありがとう仁王くん』
「いや、……礼なら貰うからええ」
少し考えた後仁王は徐に腰を屈ませ夜鷹の左手を取るとその手の甲に唇を押し当てた。
周囲は静寂に包まれる。された本人も唇を真一文字に結んだまま硬直していた。
「また会いに来てくれ」
口元の黒子が優美に孤を引き、少年少女たちを置き去りにして出て行った。掌に隠した紙キレをポケットの中にしまいながら仁王の背中を追っていた。
跡部くんがその後室内に入り、今日の所は自宅に戻っていいと看護士さんから聞いていたので、一応保護者の跡部くんの帰還を得てから、帰り支度を済ませることになった。
観月くんが私の手提げ袋を持ってきてくれて中には青学の制服が入っていると配慮してくれたようだ。御礼を言って着替える。先程仁王くんのキザな演出により手渡された連絡先が記載されている紙を開き、先ほど跡部くんから返してもらった携帯を片手に登録を完了させた。証拠隠滅のためにその紙はポケットの中にしまい、鞄を肩にかけてエントランスまで向う。
帰りも跡部くんの車で帰ることになり乗車人数は行きよりも二人増えて乗客5人を乗せ東京都へと走行する。
命に別状はないため親には伝えないでほしいといった私の要望に跡部くんは考慮してくれたが、代わりに再診の際は連行してでも連れて行くと誓わされた。大人しく受けに行かなくてはならないようだ。大げさに巻かれた包帯がやや視線を集めているので居たたまれない。
たいした傷ではない。ホームランボールが当たっただけなんだ。
ふと顔を上げ視線がぶつかる。それは不二周助だった。でも彼は珍しく私の隣には座らず反対側に乗り込み、そして初めて視線が合ったこの時、逸らされてしまった。
それで言えば跡部くんも先程から端末機を操作するばかりで会話はリョーマくんと私のふたりだけの声が響いている。観月くんはたまに会話に参加してくれるがそれでも不二くんへ目を向ければ口を閉ざしてしまう。
「アンタの用事って神奈川だったんだね」
『地元なので』
「へぇ―、じゃああの白髪おじさんと会うのが用事だったとか」
『違うけど…王子、顔こわい』
「じゃあどんな用事だったのさ」
『え、っと…「自営業の参考にするために神奈川で有名なカフェに調査しにですよね、弓波さん」
説明に迷っていると観月くんが助け舟を出してくれた。「しっかりしてください」と耳打ちまでされる。面目ない。
しかし言い訳を言わせてほしい。今の現状では考えることは山の如し。
私にテニスボールを投げた女子とその子の友人を含めて三人は練習試合のときに氷帝にいた人達らしく。顔は見ていないが経緯はなんとなく理解している。
―――跡部くん関連だろうな。
女の嫉妬ほど怖いものはない。何をしでかすかわからないから大胆な行動もとってしまう。その一時の感情で行動におこしてしまう、となると恋愛とは怖い源だ。もう何もしてこないと跡部くんは言っていたが、問題は何故私が今日立海に訪れることを知っていたのか。
そして変装していたのに何故カノジョの姿が現在の私の姿と同一人物であることがわかったのか…それが気がかりだった。調べればわかる範囲を超えている。普通の人間が特定の人物を知るためには、知っている人に声をかけて情報を集めるのが手っ取り早い。だが、現在の私の事は青学に通う生徒なら答えられるだろう。だがカノジョのことは誰に聞けばわかったのだろうか。
立海に通っていたことを知る者は少ない中でどうやって辿り着けたというのだろう……そこまで考えれば自然と不気味さは増した。二の腕に鳥肌がたち思わずさすってしまう。
彼女たちに情報を提供したものがいる。それも私の身近にいる人達の中に―――。
「どうかした?」
『ぅ、ううん。なんでもない』
「そ。今度カフェに行くならオレに声かけてよね」
『うん…』
リョーマくんの足が触れる。人肌の温もりが肌を通り直接、安定をもたらした。怪奇現象に立ち遭う人間の心理が今ならわかる気がした。
リョーマくんの家に到着する。ニコを預けていたので声をかけるとリョーマくんが「桃先輩のところにいる」とどうやら神奈川へ行く際に桃城くんに預けたようだ。
「ニコは明日学校に連れてくる」
『わかった』
車の窓越しで別れを告げると車は次の目的地へと走り出した。次は私の自宅らしいが時計を確認するとまだこの時刻は店に母がいることを伝え、進路を変更してもらった。
暫く経ったのち観月くんが店に近づいてきた道並みの中でふと訊ねてきた。
「そう言えば弓波さん。あの時何を言われたんですか?」
『ん?あの時…あ。あれか』
その質問内容を思い出した私は、眼に見えない犯人よりも明確にあの教師の姿へと意識が向いた。跡部くんと不二くんが不思議そうな顔をしてこちらを見てくるのを何とか避けたい。これ以上はあまり首を突っ込ませたくはない。正直なところ誰も巻き込みたくはない。この答えが辿り着く先に幸せなどない。結末は解っている。それを触れ回るような趣味は持ち合わせていない。観月くんを手招きして屈ませる。耳朶に唇を添えて囁いた。なるべく小さな声で。
『 立海に居た若い男性教師について調べてほしい 』
「……わかりました」
観月くんが距離をとると頬が薄っすらと色づいている。視線を余所へ向きながらコホンと咳ばらいをして「あの」と切り出す。
「別にメールなどでいいのでは」
その解答は目から鱗だった。そんな私の反応に額に指を添えて溜息を溢される。
「なにやってんだお前ら。それより着いたぞ」
車は停車しており、いつの間にか店の前に到着していた。灯りがついているのを確認してからお礼を言って外へと出る。だがその際跡部くんに質問をされた。
「お前の兄貴と梁瀬はどこにいるんだ?」
『どこって…兄は全国ツアー中だから梁瀬さん共々ここにはいないけど』
「そうか。また連絡する」
手を振って車を見送りながらある疑点が浮かんだ。何故梁瀬さんの所在まで聞いたのだろう。兄とは練習試合の際ひと悶着があったようだから気にするのはわかるけど。梁瀬さんを気にする点については見当がつかない。
だとすると……女の子たちに情報を与えた人物としての候補者。
いや、彼は今兄と共に沖縄に居るのだから無理だろう。電話とか使えば出来なくもないかもしれないが、彼が私にそこまでする理由が見当たらない。カノジョ絡みだとしても兄の友人に恨まれるような少女には思えない。靄を掃い頭につけていた包帯を取りさる。ガーゼは髪で隠して手鏡で確認してから、店内の扉を豪快に開け放ち『ただいま』と声をかけたとき忍び寄る冷たさにはっとした。
「おかえりなさい、夜鷹ちゃん」
『ゃ…なせ、さん』
凍りつく冷たさが指先から浸食してきていた。笑顔を浮かべてエプロンをつけている梁瀬さんはとても恐ろしいとさえ思えた。上げられた候補、考えていた矢先の登場は流石に肝が冷える。固まった表情を動かしなるべく明るい声でカウンター席に鞄を置いた。
『どうしたんですか、梁瀬さん。沖縄にいるんじゃ』
「晃の忘れ物を取りに来ただけです。そしたら月子さんが席を外す用が出来てしまったので代わりに僕が店番をしていたんですよ」
『そう、だったんですね。ご苦労様です』
「いえいえ。ところで夜鷹ちゃんはこの時間までどちらにいらしてたんですか?」
『っ、友人と遊びに』
「そうですか。楽しかったですか?」
『…はい』
梁瀬さんの笑みを兄は日ごろから「気色悪い」と言っていた理由が今、わかった気がする。全てを見透かしたようなその笑みが、私にとっては「畏怖」そのものだった。
疑心がふつふつと沸き立ち、打撃された頭皮が悲鳴をあげるように痛んだ。
男は夜道を軽快に歩く。街灯の少ない道路は人気もこぞっと寄ってはこない。
端末機を耳殻にあてて男は息を細々と吐き出した。通話先の相手は涙声をあげているそれが男にとっては鬱陶しい感情しかわかない。もうその女性との連絡は途絶えるだろう。男が通話を切ると盛大に息を溢した。
「はあ…こんなに使えないなんて思わなかったな。おかげで俺の手を汚しちゃったじゃないか。俺はあくまで暴力的行為は好かない。悦楽が生まれる訳でもない行為は……でもあの顔はよかった。及第点。今回はまあまあってところこれで彼も文句は言わないだろ。さてと――次はどんな顔してくれるかな?ちゃんと悩んでね、夜鷹ちゃん」
詰め込み過ぎた……冬。立海に絡みつつも青学に戻る。さて今後の展開はいかに!あ、いかに!!もう私も暴走してとまりません!!いきつきさきまで、いきますよ!お付き合いのほどよろしくお願いします!!個人的に観月の胸倉掴む不二ちゃまが気に入ってます。あと観月の台詞も言わせたかっただけだぜ。潜入回終了のお知らせ。