眠るダリアの咲乱



異様な黒をたなびかせ、男の口元は三日月に裂ける。細い指先で指す方向へ首を巡らせたら最後腹部から伝わる鈍い火傷の痕に血潮が飛散り眼球は赤化する羅刹となる。
傾く身体はまるで刻を怠惰に使用し、輝く銀色が鮮血に染まっている。男は愉快に哂いながら道化師のように踊っていた。
冷たい地面に横たわり頬を伝う涙の意味を考える。

――私は何を間違えたのだろう

その投げかけに応える者はいないのに、私は唯々直向きに……己を責めつくした。

『ッ、いまの…』

ベッドから飛び起きたと同時にこめかみにピリっと小さな痛みが走りその部分を手で抑えた。夢の中の出来事だったはずなのに、とても生々しかったあの情景を思い出しつつも吐き気を催す。鉄の匂いが充満する風景、その場にいた人達…そして私を刺した人物の姿……。

『どうかしてる』

鈍い痛みがズキズキと私の頭部を襲う。その痛みに眉を寄せながら罪悪感が心中を占めた。
そんな私の状態に気がついていないのに、母の柔らかな声が耳に届く。

「夜鷹ちゃ―ん。ごはんよ」

その声へ返事の替わりにベッドからずり落ちた音を上から鳴らした。



◆ ◆ ◆




いい夢とは言えないその夢は私を寝不足に落としたのは明白で、欠伸を何度しても浅い眠りにしか誘われず。眼を閉じればいつでもあの光景を焼き付けられた。

―――最近夢見が悪いな

現代文の授業中、つぶれている人を何人も見る中で視界に映る不二くんの姿。昨日は心配でかけつけてくれたのにお礼を言うの忘れてたけど、朝から言える隙が見当たらない。
何だか避けられている気がする。大っぴらに気分を害するような態度は示さない不二くんだけれど、機微の変化に気づいてしまいそれは即ち避けられていることを察知してしまった。自意識過剰なのかもしれない。とも悩んだが、挨拶を交わしただけで去ってしまう彼の背中や声をかけられない雰囲気を醸し出す彼の態度には普段から干渉し続けた彼らしからぬ言動。

―――厭きたのかな

本来の私は取るに足りない存在。物珍しい転校生から面白いマネージャーとなりそして只のクラスメイトに戻っただけ。日常は唐突に溶け込み、非日常はこの世から消えさる。そういう定めだ。淋しい……と思えばいいのにこれが思う暇もない感情の分配に頭を抱えた。私ってつくづく女としても人間としても欠落しているんだと改めて自覚した。
ズキン、とまた痛み始めたこめかみに指を添えてから目線を黒板へ戻し、板書をつづけた。

「夜鷹寝不足?」

移動教室中に階段を下っていると隣を歩く鷲深ちゃんが目の下のクマを指した。

『うん。寝つきが悪くて』
「言ってたよね。眠りにつくまで何分かかるんだっけ?」
『30分かな』
「大変だな。それで成長が止まったのか」
「夜鷹のベスト体型に文句言ってんじゃねえよ巨人が」
「胸倉掴めるんだからお前も十分巨人族だわ!」

えっちゃんと鷲深ちゃんが前を行く。ふたりの言い合いは夫婦喧嘩みたいで聴くのも観るのも楽しいのだが……視線を感じなければの話だ。
何だろう……最近感じている種類と同じ不気味さが残るような視察を受けている。学校では部活のときに感じるくらいだったのに。何故こんな3限という中途半端な時間で……。
脳内が一度停止した。それは明らかなる種類変更を告げるもの。視線の意味が変わったのだ。殺意?いや、そんな生易しいものじゃない。嫉視?そんな可愛いものじゃない。二つの眼が背中を捕らえられ息が吸えない。脂汗が湧き出る。唇をほんの少しだけ空けて皮膚が乾燥していきながら掌に拳を作り勢いよく振り返った。階段の広場、細めの窓が鎮座するその硝子から下へ視線を投げる。眼鏡がないからはっきりとは見えない視界の中で、私の眼球は確実に影を捉えた。木々の隙間からこちらを見上げている、黒い影がひとつ。
思わずポケットにしまっている端末機を取り出すが画面には何の通知も来てはいない。じゃあ一体誰なんだ、そう問いかけたとき。脳裏に横切った梁瀬工の姿に、打撃された部位が酷く痛みはじめてしまう。思わず壁に手を伸ばし寄りかかろうとしたところで、段差がはじまっていることも知らずにそのまま踏み外した。

「夜鷹!」
「弓波さんッ」

鷲深ちゃんの悲鳴に近い声が聴こえる。それが申し訳なく感じながら瞼を閉じると、腰に腕が回り私の身体は落下することはなかった。逞しい腕が咄嗟に私の身体を支え引き留めたのだと理解すると同時にその人物に抱えあげられてしまった。

「怪我をしたようだ。保健室に行こう」
『あ、えっお、おおいしくんッ?!』

その人物が大石くんだと対面して初めて知りえた事実だったが、そんな余韻も浸れずにそのまま保健室まで運ばれてしまった。鷲深ちゃんとえっちゃんが観衆の中で立ち尽くしながら見送っている。その姿に息を吐き出した。
だがあまりにも公開処刑すぎて顔を両手で覆い保健室につくまでそれを外すことはなかった。

「大丈夫かい、弓波さん」

保健室に着くと大石くんはベッドの端に座らせてくれた。

『さっきはありがとう大石くん』
「いや。それより立ち眩みか眩暈かな?貧血持ちでしょ」

横になるように推されてしまい、渋々とベッドの中に入り横たわる。大石くんは保健の先生が不在なことを知り、冷凍庫からアイス枕を持ってきて頭の下に引き。近くにあった丸椅子に腰かけた。

『こんなにしてくれなくても大丈夫だよ』
「いや、結構真っ青だよ」
『え』
「暫くここで休むといいさ。君は頑張りすぎる面があるからきっと疲れが回ってきたんだろう」
『いや、でも授業が』
「それなら英二にノート代行を頼んでおいたから安心して。今の君に必要なのは休息。だから頼む。寝ていてくれないか?」
『……それって副部長命令?』
「ふっ、そうだね」
『それじゃあ仕方ないから寝ます』
「そうしてください」

もう笑いを堪えられなくてふたりで声を出して笑った。保健室の独特な匂いが普段から嗅ぎ慣れていないおかげで私は無事に眠りへと誘われる。自分を取り巻く日常からかけ離れた世界に取り残されたみたいで、安心した。



◆ ◆ ◆




柔らかいのに少し表面上がザラっとした質感がする。けど温かくて目を開けるのがもったいない気がするんだけど、頭上で何だか不穏な言葉が飛び交っているのがとても不安を煽った。

「不二先輩。ずるっ……オレより先に寝顔まで」
「越前に許可がないとみられないの?」
「そうっス」
「ええーじゃあ二回目になっちゃうな。ごめんね」
「にゃろ」
「あ、おはよう夜鷹ちゃん」
『……おはよう』

瞼を開けていないのに何故私が目覚めたことを知ったのだ、不二くんよ。完全に瞳に色彩が戻るとリョーマくんも「はよ」と返した。

「よく眠れたかい?」
『おかげさまで…』
「ていうか、先輩。注意力散漫すぎでしょ。何で階段踏み外すの」
『ごめんなさい』

鼻の頭を指の腹で押されて唸る。

「それよか。そろそろ手、放せば?」
『放す?……ッッ?!!』

リョーマくんの指摘により私は左手へ視線を向けると不二くんとがっつり手を繋いでいた。悲鳴も喉から出ない。驚愕の事実に眩暈が起きて再び瞼を閉じた。

『これは夢だ』
「残念。現実だよ」
『汗かいて気持ち悪いでしょ…』
「そんなことないよ。触り心地がよく小さくて可愛い手だね。好きだよこういう手」
『……目覚めたての人に破壊力半端ない発言はお控えください』
「ここぞとばかりにアピるのやめてくんない」
「ふたりして酷いな」

手が離れ上体だけを起こす。カーテンを開けてもらうと窓の外から部活動に励む声が届いた。
随分と長い時間眠っていたようだ。まだぼんやりとする意識の中で鈍い痛みを放つ頭部。

『部活行かなきゃね』
「君は病院。僕と跡部と一緒にね。跡部とは現地集合にして貰ったから、行こうか」
『……ん?』
「鞄は持ってあげるから君が持つのは腕がいい?それとも手の方が安心するかな?」
『……日本語プリーズ』
「寝ぼけてるね」
「やっぱオレも行くっス」
「だめだよ。越前は買い出しを頼まれているだろ?」
「うっ、でも!」

引き下がらないリョーマくんに待ってましたの如く仲の良い一年生トリオが迎えにやってきて。リョーマくんを瞬く間に回収しされてしまった。
不二くんは手を振りながら見送っていたが「また猫くんをよろしくね」と煽っているような文言さえ口ずさんでいた。

―――電化の如く速かったな

目をこすり残像を見つめていると手をとられ不二くんにベッドから立たせられる。そのまま荷物を持ってもらい私たちも保健室を後にした。
引かれる腕の強さに目を見張る。強い意思を感じて払うことも何かを発言することも憚れてしまう。でも、それ畏怖ではなく胸を焦がすような熱に似ていた。

『……不二くん』
「どうしたの?」
『ありがとう』
「…どういたしまして」

何の御礼かもきっとお見通しなのだ。それでも伝えたかった。昨日渡しそびれた言葉を。



◆ ◆ ◆




「異常は検出されなかったけど余韻で痛み出すことはあるから、痛み止めを出しておくね」
『ありがとうございます』

昨日と同じ病院に行き、診察室に入った途端。跡部くんの指示なのか精密検査を受けることになり、それが漸く終わりを告げた。検査を受けているだけなのに疲れてしまった。
脳外科医の若い先生がカルテにペンを走らせる姿を凝視しながら思ったことを質問してしまった。

『あの、私の記憶って戻ることはないんですよね』

唐突な質問に医師は暫しの間停止していたが、徐々に動き始め応えてくれた。

「戻る確率が低いってだけで戻る可能性はゼロじゃない。けれど限りなくゼロに近いから戻らないと告げたんだよ」

私が事故で入院していた病院もここであるから長い説明を省いたのに、担当医師ではないにも関わらず応えられるということは私のカルテが手元にあるということだ。

「記憶を戻したいのかい?」
『少しだけ。全部じゃなくてもいいから…そう思うのはいけないことでしょうか』
「いけなくはないよ。誰だって失われたものを取り戻したいと願うものだ」

先生はペンを置くと引き出しから何かを探し、そしてそれが名刺だと気が付くとその名刺を手渡されていた。受け取って印字されている文字を読み上げる。

『はな、みず…き?』
「君の主治医だった人だよ。今は東京に異動してしまったけど」

もう一度視線を戻し、文字を辿るとそこには臨床心理士と書かれていた。

『あの…私は、精神に異常でもあったんですか?』
「いいや。カウンセリングを受診していたんだ。彼と仕事をすることが多かったから知っているだけだけどね、君の事」
『カウンセリング…』
「友達みたいだったな。花水木先生に会いによく病院に通っていたんだけど、中学2年生の1年だけは違っていたかな。同い年の男の子とよく一緒にいるところを見かけたよ」
『同い年…あのその男の子の名前ってご存知ですか?』
「ああ、彼は――――ユキムラくんだ」

また飛び出してきた“ユキムラくん”の名前。どうしたって思い出すことが出来ない。関わりのない私の記憶にも残っていないユキムラくん。聞き覚えのある発音なのに彼の存在自体が靄にかかっているみたいで明確にわからないままだ。それでも私はあの日見た夢に出てきたウェーブの男の子こそが“ユキムラ”くんであると確信していた。

ーーー根拠などどこにもないのに

診察室から出ると不二くんがソファーに座っている。周囲を見渡すが跡部くんはいないようだ。そんな私に気がついたのか不二くんはいつの間にか隣に来ていた。

「お疲れ様。難問に当たったのかな?」
『聞こえたの?』
「いいや。君の顔が曇っているから」

並んで歩き出す廊下。荷物は跡部くんの車に置いてきたので精々スマホとお財布くらいしか手持ち合わせはない。今朝とも、また普段とも違う柔らかな雰囲気の不二くんの様子に私は少し緊張している。何だかとても接待されている気分というか、優先されているというか…上手い表現が見当たらないが、ともかく不二くんがとても優しすぎる。

『跡部くんは?』
「院長と会談中、かな。すぐ戻るって言っていたから少しロビーで待とうか」
『うん』
「異常はないって?」
『正常で健康だって。でも頭痛があるから痛み止めを処方してくれるって』
「まだ痛む?」

不二くんの華奢な手が私の側頭部を撫でる。優しく子供の頭を撫でるお母さんのような柔らかさに言葉を詰まらせ、喉を拗らせた。

『と、突然どうしたの不二くん。変だよ。激辛香辛料のかけ過ぎによる脳内麻痺でも起こしているの』
「頭を撫でただけでそこまで言われるんだね」
『だっておかしい!』
「普段から君に対する態度の所為かな…接し方の問題?これは前途多難だ。少し改めないと」
『私をイジメるためのハード調教育成計画でもたてているの!?』
「違うよ。いい子だから暴走しないで戻っておいで」

完全に弟をあやしていた時のような接し方をされている。けれど、人に頭を撫でられるのは何年ぶりだろうか。なんか、くすぐったい。その後もエスコートされながら歩いていた。
ロビーに到着すると端の長椅子に座り、不二くんは飲み物を買いに席を外した。先程受け取った名刺を取り出し蛍光灯に透かす。

『病院…花水木新和…カウンセリング…ユキムラくん、か』

額に名刺をあて瞼を閉じていると足元にコトンっと何かがぶつかった。その感触に瞼を持ち上げ名刺をポケットにしまう。それから足元へ視線を投げると硬式テニスボールが転がっていた。それを拾い上げ誰の持ち物だろうと周囲を見渡していると点滴スタンドを転がすタイヤの音が近くで止んだ。蛍光灯の光が影によって遮られ私の手元を暗幕に包む。

「それ俺のボールなんだ」

声に導かれるように顔を上げる。私の視界に映り込む藍色のウェーブがかかった髪を持つ色白い少年が静観に微笑む。思わず起立してしまった。

『……きれい』

思わず口元に手を添えて賛美をもらしてしまう。そんな私の反応に少年は喉を震わせて美しく笑んだ。こんな美少年を拝めるとは不二くんとは違う種類のイケメンにお姉さん口から滝が止まりそうもない。涎を拭きながらボールを彼の手に置こうとした、彼の手はすれ違い私の腰を掴んだ。
おや、と思った時には花の香りがする美しい少年に抱きしめられていた。頬に伝わる冷たい熱が幻想かと見紛うほどに、静寂な世界に誘われている気がする。

『あ、えっ?!ちょっ』
「会いたかったよ、夜鷹」

少年の口から零れ落ちたその名によって私の身体に電撃が下った。指一本すら動かせないほど震える指先。相反するように頬を伝う滴の意味さえ私にはわからない。意思に反する行為をするこの身体は今、元の主の意思を汲み取って遂行しようとしているようだった。

「やはり記憶は手放してしまったんだね」

耳元で囁かれた台詞に目を見張る。

「ずるいな…君は忘れられるのが嫌だと言っていたのに。俺のことだけ忘れてしまうなんて」

余る髪を耳にかけ冷たさを保つ指の腹が耳殻を辿る。耳袋を滑り首筋を這い熱が伝線して生温い温度が擽るように拘束してくる。

『きみは…いったい』
「知りたいのは自分のこと?それとも…俺のこと?もし後者なら嬉しいな」

熱息が降り掛かる耳に熱病が襲いかかる。震える手に力を込めて彼の胸倉辺りの服を掴み皺を作った。
そんな些細な抵抗に彼は喉を震わせた。

「俺のところまでおいで」

腕の拘束が解かれユキムラくんと対面する。彼の手が再び伸びてくる所で身体が後方へ引き寄せられた。背中に温かい温度を感じ見上げると不二くんだった。開眼された彼の表情は何処か険しい様子で。胸の前に回された腕によりユキムラくんとの距離を置かす。
不二くんの登場にユキムラくんは忍笑を浮かべ動じてはいなかった。

「夜鷹。逢いたくなったら俺はここにいるから……ずっと」

綻ぶ笑みの裏に見え隠れする企みに身を竦ませる。そこから伝線するように不二くんは身体に回した腕に力を込めた。
そんな私たちを置いてスタンドを片手にカラカラとタイヤを転がしながら、彼は廊下を戻って行く。その後ろ姿は哀愁が漂っている気がして、そんな風に見えるのは入院着の年季具合の所為だと頭から否定した。

「遅くなってごめん」

不二くんの謝罪が頭上から降り注がれる。

『何かされた訳じゃないから大丈夫だよ』
「幸村とは知り合い?」
『…憶えてない』

素直に口にするとまたひとつ。滴が頬を伝った。袖口で水分を抜き取り消えてしまった彼の背中を黙視する。

「……お前ら何やってんだ?」

跡部くんの声により私は現状の状態に青ざめた。

『うわぁぁぁ!』
「バラさなくてもいいのに」
「そういう問題じゃねーだろ」

手脚を動かして暴れてもその腕に解放されることはなかった。そのまま車まで連行されてしまった暁には、私は両手で顔面を覆い周囲から刺される嫉視を受け流すことに専念した。



◆ ◆ ◆



『酷い目に遭った』

車から降り店内へと入ると母が「おかえりなさい」と声をかけてくれた。それに片手を上げて応える。
だが、今日のお客はほとんど青学テニス部で埋まっていることに目を瞬かせた。

『あれ、みんなどうしたの?』

謎の集会に首を傾げると海堂くんの腕からニコが飛び出し私の腕の中へと跳躍した。

『ニコ』

名を呼ぶと嬉しそうに擦り寄りながら「みぃ」と鳴く。

「作戦会議に最適な環境だからね。使わせてもらったんだ」

乾くんの発言に手塚くんや大石くんが頷いていた。まるで部室のような人だかりに顔の筋肉が緩んでしまう。
もう私にとって青学のテニス部の皆は安らげる人たちと居場所のひとつになったんだ、と実感した。
リョーマくんが近寄り目線が合う。

「大丈夫だった?」
『うん。ありがとう』

言葉を省いて配慮してくれたリョーマくんにも昨日渡せてなかった言葉を伝えた。リョーマくんは綻ばせながら「そう」と素っ気なく解答をするだけ。賑やかな店内を母が嬉しそうに眺望している。
跡部くんは送った後帰ってしまったが、彼の思案顔には気がかりだ。跡部くんは一体何を考察しているのだろう。それは私に関わることなのかな。私が気がついていない水面下の下で着実に進行しているような気がして不安を煽る。そのとき、バイブレーションが震えた。周囲は気がついていないその隙に妙な面持ちで端末機画面をのぞき込む。相手は兄だった。
なんだお兄ちゃんか…と安堵した矢先。その内容に目を見張った。

{ 次は福岡公演でまだ帰れそうにないから、梁瀬の奴が定期的に東京へ戻る。急を要する問題が発生したらあいつに相談してもいいぞ }

―――梁瀬さんが東京に戻ってきている

それが何を意味するのか、私は学校で見つけた影を思い起こす。あれは私の被害妄想ではなく現実だったとしたら。本当にあの人がそこから覗いていたとしたら……闇はすぐそこまで迫って来ていた。

「しつこい奴だな」
「跡部坊ちゃま?」



◆ ◆ ◆




側頭部に受けた痛みは処方された鎮静剤により治まった。それから一週間後には完治し、青学テニス部のマネージャーとしても青学生徒としても普段通りの日常が戻ってきた、そう思っていた。

「聞いた?現国の小川先生が産休に入るんだって」
『そう言えばそうだったね」
「それで代わりに現国の穴を埋めに教師が来るんだと。それも男のな」
『えっちゃん残念そうだね』
「男の性って奴じゃない?」
「限りなく女性教師がいいからな」
「なんでもイケメンらしいよ」
『期待値高め』
「弓波ちゃんも面食いだね〜」
「浮気者だな夜鷹ちゃんは」
『人聞きの悪い事言わないでくれませんかね』

席替えをして私は窓側の後ろから二番の席になり、その隣は鷲深ちゃん。前は菊丸くん。斜め後ろがえっちゃんで…私の後ろは不二くんという布陣となっていた。何の因果でそんなレイアウトになったのか運というものはわからないが、5人で話すことが多くなった。
予鈴がなり前を向き直すと担任の先生が入室。HRが始まろうとしていた。

「さて。現国の小川先生が産休に入るため代わりに異動されてきた先生を紹介します。入って」

一限目が国語だった6組の教室内でざわつき始める。扉が開閉され女子生徒の煌びやかな歓声が広がり男子生徒の落胆の声が落ちていく。着こなされたストライプの背広。比較的教師にしては若い男性が黒板に名前を書いて振り返った。黒髪の爽やかな優男風なイケメンが色めく教室内に春風を誘いこむ。

「初めまして。現国を担当することになりました、一惟仁です。6組の副担任も担当するので解らないことがあったら質問させてください。宜しくお願いします」

畏まった挨拶をしているその教師の顔に見覚えがあった。でも何処だったか…つい最近目撃した気がする。記憶に靄がかかり悩まし気に眉を寄せ、その教師を注視していると目があった途端。私はあの日の夢を復帰させてしまった。あの刺殺された私の最期の夢を――――。
唾を呑み込む音が脳内に反響する。静かに光る通知と画面に表示されたメッセには観月くんからで、こう書かれていた。

{ 依頼された件について、その教師の名は一惟仁。あなたが立海に通っていた頃の担任教師です }



漸く……本編で登場して頂けたよ(/・ω・)/ 幸村様の登場シーンは決めていたのでスラスラでしたがその前後の肉付けが参りました。色々と個人で進行している部分がありすぎて「お前ら協調性」と思うくらい散らばりすぎ。回収できるのか、いやしろ。ということでやっと教師の紹介ができる!先生の紹介もできる!人物紹介に名前しか記載していない彼らの紹介が出来ることがなによりも嬉しい事です。もう隠さなくてもいいのね。はい、本編ではどんどんシリアスにブラッティーに進んでいきますよ。もっっっのすごく低速に進んでます。あしからず…筆はされど止まらない。