黒曜狗は待てさえせず-参






事務所には依頼人の樋口が訪れていた。その美しい容姿に太宰は膝を折り手を取っている。

「睡蓮の花のごとき果敢なく、そして可憐なお嬢さんだ」
「……へ。あの……大丈夫ですか?」
「何がかね?美しいお嬢さん」
「あの……包帯」
「心配してくれるとは優しいね」

突然手を取られて驚いている節もあるが、樋口の驚きは其んな口説き文句よりも太宰の姿に目がいく。依頼内容を訊く谷崎、敦、ナオミ、国木田は呆れていた。小春の鉄槌を受けた罪人はその罪に相応しい姿となってミイラのように肌を全て包帯で埋め尽くされていた。
真昼に現れた怪奇者を国木田が後頭部に一撃拳を与えて床にのした。首根っこを掴み歯切れの悪い母音を口にする。

「あ―…今のは気にしないでください。怪奇現象の一種です。此方の事は気にせず依頼の続きをお話ください。俺はこいつを成仏させてくる」
「あ…はい…」
「ごゆっくり……」

谷崎と敦は引きずられていく太宰を見送った。国木田と太宰を飲み込んだ扉が閉まると社の看板に泥を塗るような痴態的な声が大音声で聞こえてくる。谷崎、ナオミ、敦は扉の中でどんな体罰を与えているのか気になりつつも依頼者である樋口が依頼内容を話し出すため意識は完全に樋口へと向けられた。

「それで依頼というのはですね――」

其んな彼らの仕事ぶりを小雪と小春は椅子に座って眺めていた。

「面白そうね」
「小春ちゃん。楽しんでは駄目よ。此れから起こる不運は少年に降りかかるもの。安易に人の不幸を哂っては色葉ちゃんに嫌われてしまうわ」
「少年の成長を楽しんでいるだけよ。逆境は其れだけで人を強くさせるもの。楽しまずにどうするのよ、傍観者の醍醐味だわ」

小雪は5冊あるうちの白い本を一つ取り出し手をかざす。白紙の頁に文字が自然と浮き上がり其れを小春が拝読する。小雪は別の紙を手にし樋口を透かすように翳し、其の紙にも文字が浮かび上がった。残る4冊の本も手に取りかざす。

「占い師の方が儲かるんじゃない?」
「創作物でしか為せないものもあるのよ」

小春は小雪に本を返し。小雪は小春に紙を手渡す。それぞれが文字を眼で追い解読し、受託した。

「二時間前とは少し変わったようね。其れでも虎の子が狙われるのは確定事項のようだけど」
「狙い方を変えたのかしら。物騒な娘を寄越すとはね。此処に色葉が居なくてよかった。もし此処に居たらお姉ちゃん嫌われちゃうわ」

小春は飽く迄優しげな微笑みを浮かべては、事情聴取をしている探偵社員たちを見定めていた。

「小春ちゃんったら……あら?」

小雪は戒めようと声をかけたが、其の言葉は途中で途切れた。念写した最初の本の終わりの行に句点が見当たらない。文字の終わりを締め括る句点は物語上でもその終わりを意味する。此れ以上話は続かないという意思のある役割を担うものだ。だが此の物語には句点がない。次の頁を捲るが白紙だ。という事は、文字は此処で終了となるはず。では何故句点がないのか、小雪の様な文字に触れ続ける仕事をしている人物から云わせれば慄然した。

「小雪?」
「此の未来には未だ続きが存在する……」

小雪の言葉に目を見開く小春。
彼女らの背後では谷崎、ナオミ、敦が樋口と共に現場へと出掛けてしまった後だった。
小春が立ち上がると小雪が腕を握り止める。

「駄目よ。小春ちゃんが行っても軍配が悪くなるだけ。屍を増やして何になるの」
「放しな小雪。胸騒ぎがする…こう云う時は当たるンだ」
「でもあなたの異能では彼に敵わない」
「其れはお互い様でしょ」

小春と小雪も異能力者であるが互いに戦闘向きの物ではないようだ。一触即発の其んな二人の間にヘッドフォンをしまま太宰が仲裁役として入る。

「小雪さんの異能は頗る優秀だ。私の読みを確実に立証してくれる」
「出てくるな太宰。此れは家族の問題よ」
「いいや。此れは探偵社の問題だ。君こそ冷静になりなよ単細胞ちゃん、じゃないととんでもない結末が待っていることになる」

太宰が小雪の本を速読し、其して見開かせた頁を突き付けた。小春と小雪は其の文字を読む。

「黒狗が辿る。其の馨しい鈴蘭の在処を。鈴蘭は受け入れ凡ての悪を受託し陽の下で詰まれた」
「鈴蘭とは、君たちの欠けてはならない存在の事ではないのかい」

小春は小雪の腕を払い出口へと向かう。其の強靭を止められるのは一人しかいない。太宰の視線に待ち構えていた国木田が小春の隙をつき腹部に拳を叩きつけた。頭に血が昇り冷静さを損なわれた人間の取る行動、散漫な部分を突けば強い存在も其の力を真に発揮される事はない。意識を飛ばし倒れ込む小春を抱き留め来客用のソファーに寝かせた国木田に小雪が礼を述べた。

「いや、手荒な真似をした。済まない」
「此のまま行かせても無駄死に。其んな事色葉ちゃんは望んでないもの」

太宰から本を受け取り小雪は色葉の席に座り直す。色葉の席には本の背表紙が並び、家族で写った写真が飾られていた。

「任せたわよ、太宰君」
「ああ。任せてくれていい」

窓辺に近寄り小さな声をノイズの中から拾い集める太宰。パソコンを立ち上げて普段通り執筆を始める小雪。その両者を見比べながら事情を説明されていない国木田は時が来るのを待ちながら仕事を進めた。

「失礼とは存じますが嵌めさせて頂きました。私の目的は貴方がたです。芥川先輩?予定通り捕えました」

樋口の電話の先には“芥川”と呼ばれた男が答える。

「重畳。5分で向かう」

通話を切り芥川は腕の中で死んだように眠る白き娘を見下ろし乍ら、抱え直し向かった。



ちょっと原作を齧り、アニメを齧り、オリジナルを盛り込む「ヨコハマギヤングスタアパラダヰス」後編に続く……と思う←