飾らない藤棚-参






『お布団足りてよかったです』
「ご飯美味しかったです。本日はありがとうございました」
『お気になさらないでください。好きで行っているものですから』

色葉の自室に布団を引きパソコン操作をしている色葉の隣で布団の上に体育座りをし乍らミュウは自身の足の爪を見つめて徒然と語り始めた。

「歌手志望だったんです。動画サイトで投稿していたら今の事務所の方に目を留めて貰って芸能界に飛び込んだまではよかったですけど、歌手ではなくアイドルとして起用された事実に凹みました。でも歌を唄える場所があるだけマシだと思い今まで唄って来ました。カエデはそんなわたしに声をかけてくれた人で。彼も歌手志望だったんですが演技の才能があったのか打たも歌えぬ毎日に落ち込んでいて、そんなわたし達は自然と惹かれ合い交際する事に。でも社長に公認を貰ってから数日後…見ず知らずの人に暴かれて…ッどうしてこんな酷い目に合わなくちゃいけないのか。其れが苦しかった。わたしは必死に仕事をして歌が好きで唄ってきただけなのに、なんでッわたしだけがっこんなッ…!」

嗚咽を漏らし、ミュウは自身の人生を振り返る。室内に雨音が響く中色葉はキーボードを叩く手を止めずに口を柔らかく動かし始めた。

『私には尊敬している方がおります。其の方は四年前に大好きな人達を護って亡くなりました。私も其の方のように大好きな人達を護りたいと考えます。未だ至らぬ点があり、未熟者故に日々精進している段階で恥ずかしい目標ですね。私はまだまだ初音さんには遠く及びません』

椅子から立ち上がり色葉は一つの写真立てを手に、ミュウへ手渡す。其処に映っていた女性は歯を覗かせて笑っている。そして其の隣には男性が映っていて、彼女とは打って変わって無表情ながらも弥弥目尻を和らげてふたりの男女は並んで写真に写っていた。

「素敵な方ですね」

ミュウは硝子を撫で色葉は其の返答に微笑みで返した。







当日。会場内には100名程の客が導入された。舞台上には予定時刻通りにミュウが立ち歌を披露している。予め舞台の至る所を国木田と色葉は確認済み。不審物はなかった。だが用心のために国木田は舞台左袖に。色葉は右袖に控えそれぞれ警戒を怠らないように周囲を観察している。
店頭ライブという事で通常の野外舞台や演奏会場などで行うものとは違う。一般客も遠目からなら閲覧を赦されている謂わば警備が緩い発表会のようなもの。携帯のカメラで写真や動画を撮っている客が居ても其れは不正行為とはならない。下限が其処まで厳しくないため足を止め先程から簡易客席より後ろでは人々が一目観ようと足を止め集っていた。
右袖に控えていた色葉の隣にマネージャーの佐伯が顔を出す。

「大丈夫なのでしょうか。もし爆弾がしかけられていたら」
『念入りに確認したのでまずは大丈夫かと。心配されるのはお客様の中から突然の不審物が投入される恐れでしょう』
「そうですか…あ、失礼します」

佐伯は携帯を取り出し背を向けて通話を始める。色葉が再び舞台へ向き直した時、事件は起きた。突如上空から視認出来た其れは檸檬の形を催し舞台に向って投げられる。宙を舞う黄色の物体に見に覚えがあった国木田が客に避難指示を仰ぎながら舞台場へと駆けだす。

「全員落ち着いて舞台から離れろ!」

一気に湧きたつ騒音と悲鳴にもみくちゃになる開催地。色葉も舞台へと駆けだそうとした時、後ろ手で引き留められる。振り返ると其処には佐伯がいた。

「もう終わりだ」

其の言葉と同時に国木田がミュウを抱きしめ庇うように背を向けると檸檬が爆発し周囲を煙が覆う。

『独歩くんッ』
「危険です。貴方はこちらに避難してください」
『ですがッ』
「貴方にもしもがあればぼくがあいつ等に殺されてしまう!」

片手で色葉の腕を引き寄せ、耳殻に携帯をあて佐伯は通話を始めようとしたところで佐伯の視界は急に上下逆さまとなり、気がついた時には床に背中から叩きつけられた後だった。
追いつかない思考で腕の先を見上げると其処には自身より小柄な色葉が笑みを浮かべ佐伯を見降ろしている。いつの間にか煙は消え国木田とミュウは無傷の姿で佐伯の視界に現れる。

「お前が犯人だったんだな。佐伯」
「なっ!お前ら爆発に巻き込まれて死んだんじゃ…!」
「あんな爆撃で死ぬ人間はいない」
「だが…カエデ!どうなっている!お前はあの人から貰った爆弾を投下したんじゃないのか……あ、れ客は……?」

佐伯は客席へと叫び出したが、彼の視界には本来客が100名居たはずなのに其処には誰ひとりいなく。忽然と99名いなくなっていた。そしてカエデもまた舞台袖から現れる。

『私の異能力でお客さん99名用意させて頂き、カエデさんが投げたのは爆弾ではなく独歩くんの異能によって作られた狼煙榴弾です。僭越乍らすり替えさせて頂きました』
「ぼ、ぼくの計画は最初から……」
「お前の企てた計画などとっくに見破っていた。直ぐに捕まえてもよかったが…」

国木田は色葉と代わり佐伯を拘束する。ミュウと対面するカエデ。彼らの間に色葉が入り懐から折り畳み式刃物をミュウへ手渡した。

『ミュウさん。あなたは誰が犯人なのか最初から御存知だったんですよね。そして此の舞台で自殺しようと計画していた。カエデさんもミュウさんから話を訊いていて佐伯さんに唆されたフリをして加担した。為らば今が好機です。死ぬなら今です。さあ自らの手で自決してください。何故愛する人の手を煩わせようとするのか本当に死にたければ今すぐ己の舌でも手首でも喉でも掻き切って死んでください。誰もあなたを止める者は此の場にはおりません』
「…へっ」
『どうしたのです?死にたいのでしょう?地警が来てしまえばあなたの死ぬ好機は巡って来ません。折角意志を固めたのです。自身を陥れた罪人の目の前で其の尊き命を散らして差し上げましょう。さあ…何故遣らないのです?』

手に刃物を握らせるとミュウは震えるように泣き出し、床に座り込むとまるで幼子のように咽び泣く。周囲は誰も口を出さずに其の行く末を見守っていた。

『死とはそう云うものですよ。あなたを心から倖せにしたいと願う彼の心を踏みにじるのは辞めて下さいね』

膝を立てていたが立ち上がり色葉は刃物をしまい、カエデに席を譲る。カエデはミュウを抱きしめて精気を呼び戻した。国木田は頸を左右に振り息を吐きだしていた。喉を震わせて笑う色葉は目を伏せて再び佐伯の傍へと近寄り見降ろす。

『私を引き渡す取引を行った相手は誰ですか?』
「爆弾の入手経路も吐くんだな」
「……ッ梶井サン!」
「なっ梶井だとッ!?色葉!」

佐伯が叫び出すと同時に窓硝子が割れ外から入って来た物体は檸檬だった。其の形態に国木田は拘束を思わず解き色葉を抱き込み出来るだけ距離を取るように床に転がる。其れを視たカエデとミュウもまた急いでその場から距離を置くように走り出し体勢を低くして頭を抱え爆発は其の5秒後になされた。爆風が煙を渦に巻き佐伯の居る中りで舞い上がっている。

「ありがとうございます。此れが例のもので……え」

誰かに何かを渡しているのを色葉は国木田の肩口から目撃するが、相手が誰なのかわからない。だが、佐伯の言葉が途切れたと同時に大量の血潮の臭いが漂い身を震わせた。舞台の上にゴトンっと重い音が鳴り転がる音が続く。噴水のように飛沫している液体が色葉の紅色を更に赤く色づかせる。煙が晴れ周囲の損壊が落ち着いた時、国木田は色葉から少し離れた。

「大丈夫か?」
『ありがとうございます…ですが、犯人は取り逃がしました』

色葉の言葉に国木田が振り返ると其処には頸と胴体を切り離された無残な佐伯の姿が立っていた。頸は床に転がり目を見開いた状態で死を宣告させる。国木田は直ぐに周囲を警戒したが誰も居ないことは明白。佐伯の傍に携帯はなくミュウの悲鳴だけが轟いた。







無機質な電子音が一定の感覚で鳴り響く。億劫に閉じた携帯を片手に机に置くと手を組む。

「勘が鋭いな。我々が起てた計画を本能で感じ取っている」
「あの娘には甘いわね中年ロリコンの癖に」
「仕方ないじゃないか。幼い頃から知っていると大きくなっても私にはあの頃の儘にしか視えないのだから…さてもう一つ駒を進めよう」

重度のある扉に乾いた音が数度なる。呼び出した人物の入出の合図に許可を出すと帽子を被った小柄な男性が畏まった姿勢で入る。

「いや。戻ってきたばかりで悪いね。此の計画は君にしか頼めなくて、何せ今回は暴走されては困るんだ。此の計画が完遂したら私達は漸く手中に納めることができる。此の世の厄災と繁栄を」
「承知しました」

去りゆく背中を見つめた儘、再び片手に携帯を持ち電子音が鳴る。

「あとは此方の動きを完全に読まれていない事を祈るしかないね」

通話を取った音が重く室内に落ちていった。




めっちゃこわっ!!!!はい、次回でこの話もラスト回になります。最後までお付き合いお願いしますって国木田くんとイチャイチャしてない!!