夜のしじまに沫-四






『実は未だ判らない事があるんです』
「はあ?今から敵の拠点に突っ込むって時に何云ってんだ」
『私の推理は未だ乱歩さんの様に完璧ではないのです。物的証拠もありますが…どちらが撃ったのかが気になりまして』
「捕まえて締め上げればいいじゃねぇか」
『……原始的なのもいいですが、納得させる仮説がないと説得力にかけます』
「今の間はなんだ色葉」
『喉元まで出かかっているのですが…こう、思い出せない……うぅ』

頭を悩ませつつ唸っている色葉を余所に隣を歩く中也は立ち止まり色葉の手首を掴むと路肩に停車している車に押し付け腕の中に閉じ込めた。状況をまるで理解していない色葉は頸を傾げながら中也の瞳を見つめる。吐く息を顔にかければ必然的に少女から沸き立つ甘い花の香りに酔いが回り始める。

「色葉」

熱い吐息を溢し乍ら顔を近づけてくる中也の顔を見つめながら色葉は漸く引っ掛かりの意味を知り躯を起き上がらせると顎に色葉の頭部がぶつかり中也は其の場で悶絶した。

『謎は解けました!ありがとうございます中也くん。私にヒントを与ぇるための行動だったのですね』

顎を赤く腫らした中也は若干の苛立ちを見せていたが手を両手で包まれ純真無垢な眼差しを注がれてしまうと、盛ったとは云えずに「役に立っただろ」と心に涙を流した。

『此れで心置きなく計画破綻できます』

両手を合わせて不気味な夜に似つかわしくない笑顔の可愛い少女を真横に、惚れた弱みなのか「其処もかわいい」と拳を握っている中也。ふたりは教会の扉の前に立つと左右に分かれて扉を開けるが、当然聖堂の中は誰も居ない。祈りの時間は過ぎてしまったこの場所にはパイプオルガンとステンドグラスだけが幻想的な風景を作り出しているに過ぎない。色葉は迷いのない足取りで祭壇の前まで行き床に取手がついているので指を引っかけて床を取り外すと其処は再び地下空間への入り口になった。

「映画の視すぎだろ」
『では行きましょう…』

一歩踏み出す前に再び色葉の携帯が着信を知らせる。鳴り止まない所から出るまでかけ続けるつもりであろう発信者に対し一旦断りを入れてから色葉は電話に出た。

『もしも…{ 私との挙式のために下見に来ているなんて…ふふふ。ナイトウェディングもいいよね、要望も取り入れるから安心し給え }

通話先から聞こえた声に一拍置き、耳から外して画面を覗くと其処には【あなたの旦那様・太宰治】と表示されていて手元が震える色葉。其れは静かなる怒りに見える。同じ様に画面を覗いた中也の額には青筋が浮かび上がり「貸せ」と携帯を執られる。

{ 今日は朝から逢えなくて淋しい思いをさせてしまって済まないね。私も仕事を終えた事だし今日は邪魔者、じゃなくて乱歩さんが留守でしょ?君のベッドが冷たいんじゃないかと思って私が温めてあげるよ。あ、でも絶対手を出しちゃうから熱い夜になってしまうね、ははは楽しみだな〜 }
「お呼びじゃねぇンだよ此の木偶の棒。手前一人で盛ってろ畜生烏賊野郎」
{ ……溝が腐って沼地になり這い寄る防波堤も風化の灯な中也の声とは君の事かい? }
「長ぇよ!貶し方がうざい!何が溝に腐ってだ沼地って唯の底なし沼じゃねぇか酸の海に沈めてやろうかアアン!!?」
{ あーもうー声が大きいよ。私の繊細な鼓膜が破れてしまうじゃないか。どうせ破れるなら色葉ちゃんの天使の歌声に包まれて死にたいね }
「排水溝に嵌って豚に詠って貰えや」
{ 所で…何で色葉ちゃんの傍に中也が居るのかな?然も夜の教会の中なんて…誰の許可を得てるんだい中也 }
「手前の許可なンざいらねぇだろ。こいつは自由の身だ、制限すンじゃねぇよ」
{ ……直ぐ行く }
「来ンなバァーカ」

通話を強制終了させた中也は携帯を色葉へ返すと彼女は弥弥苦笑する。

『直ぐ来ますよ。きっと』
「早い処片づけるぞ」
『其れが最善策です』

中也が先頭に色葉と再び手を繋ぎながら地下へ続く階段を降りていく。視界に広がるのは広々とした空間に荷が積まれたり床に散らばっている木箱などが目立つが、完全に自然で造られた天然の洞窟構造にまるで秘密基地だとふたりは同意する。

「武器庫か此処は」
『密売組織から強奪した武器もそうですか、弾薬や砲丸の他には酸性に毒性、暗器に刀まで揃っているとなるとまるで武器商人ですね』
「呑気に云ってる場合かよ、神への冒涜とは乙なもンだ」

淡い蛍光灯の灯りだけを頼りに歩いていると下水の臭いがしてきて此処は下水道と繋がっているのだと知る。奥へ進めば手足を縛られた香澄と少女、金髪とオレンジ髪の少年たち四人が此れ見よがしに居た。其の様子を眺めながら踏み込めず足踏みをする色葉と中也。

「露骨だな」
『罠しかないですね』
「ねえな」
『お付き合いお願いします』
「乗りかかった舟だ…別に男女の其れでも善かったけどな」

最後の言葉は息遣いに掻き消えてしまい、彼女の耳までは届かなった。頸を傾げつつも身を潜めていた荷から飛び出し正面から彼らの傍へ行き拘束縄を外すためにしゃがみ込む。色葉の姿に香純が反応を示すが色葉は笑みを見せるだけで別の少年ふたりの助け起こす。

「色葉さん」
『遅くなってしまって申し訳ございません香純くん。ご無事で何よりです』
「っ…ごめんなさい」
『何も謝る事はありません』

微笑む色葉に香純は口籠る。

「お姉さんありがとう。扶けに来てくれて」

金髪の少年の手の縄を解くと脚は自分で解くと云いオレンジ髪の少年の手を解くために背を向けた瞬間背中に金髪の少年が寄りかかった。手元に鈍色が妖しく光、背中に刺さっていた。其の事を露程知らぬ中也が先に香純と少女の縄を解き担ぐ。

「先に行ってるぞ」
『お願いします』

オレンジ髪の少年の拘束を解き『もう少しお待ちくださいね』と微笑みかける色葉の様子に喉を鳴らす。完全に中也たちが消え去るとふたりの少年は警戒するように色葉から距離を取った。背中に突き刺さる小型ナイフへ手を伸ばし柄を掴むと引き抜き血潮を床に溢す。ナイフを床に捨て置きくるりと少年たちへ振り返った。

『却説、お待たせしました犯人さん。答え合わせを致しましょうか』
「オレ達が犯人だと何故気がついた」
『人質になり脱出するのは常套手段ですが、其れだけで人様を犯人扱いしたりしません』

金髪少年が腰ベルトに挟めていた機関銃を構え乱射がはじまる。拓けた場所のため身を隠す障害物は無いが最初から隠れる選択など持ち合わせようと思っていない色葉は移動し乍らペンを取り出しハンドバッグを床に置き、形状を大鎌に変化させた後は手許でくるくると回し銃弾を凡て弾き落す。

「チっ!訊いてた通り化物みたいに強い」
「鞠!離れろ」
「花菱!」

オレンジ髪の少年、花菱は日本刀を振り上げ上段から斬りかかるが柄の部分で受け止め弾く、後方へ数歩下がるも続け様に横薙ぎ斜め斬りと連続的に斬りかかるが、其の盡くを避け、弾き、器用に大鎌を操り頸を掻き斬る白刃は一切使用せず柄の部分で対抗した。其の間も色葉は笑みを浮かべたまま命の攻防を片手間に口を開く。

『矢張り、運転手を撃ったのは花菱くんなのですね』
「今更謎解きの答え合わせ?」
『大事な事です。あなた達の目論見を少しでも崩す為に』

反撃とばかりにくるりと手許で回し白刃を大きく弾き飛ばすと同時に腹へ一発蹴りを入れる。衝撃で後方へ下がる花菱は懐にしまっていた拳銃を取り出し此方へ向かってくる色葉へ銃口を向けて狙撃。だが其の弾筋は頬を掠める程度で彼女の動きを止める迄には至らない。けれども彼女は其れ以上花菱に近づく事無く立ち止まり鎌を床に立てさせてから手を叩いた。

『此の至近距離で弾を外す腕前なら蟀谷に銃口を密接させて撃ったのも頷けます。鞠くんは銃の扱いに長けているのなら蟀谷に銃口を密接にくっつけるという博打を打つ様な真似はしません。被害者の皮膚片が銃口に付着し其れが物的証拠になってしまうため。銃を捨てれば済む話ですが見つからないという確実な可能性は残っていない。指紋は残っている上に密売組織から強奪した拳銃。捜査を続けていれば其れを奪った犯人達を見つけ出す事は余り難しくはありません。だからあなた方は其の銃を捨てる事が出来ない。哀しいかな、其れは殺人の証拠となってしまったのです……本当は運転手を殺す気はなかったのでしょう』
「今更隠すことはしないけど、其んなに答え合わせがしたいなら云ってみなよ」
「鞠」
「オレ達がどうやって誘拐したかを」

戦闘の音は止み、一時休戦となった此の場で色葉は鎌をペンへと戻してから推理をお披露目をはじめた。

『簡単です。あなた達は運転手のフロント硝子をノックして告げたのです“狙われているよ此の車”と。あの住宅地には裸眼でも確認出来る高さが並ぶ地帯。屋根の上に狙撃銃でも設置しておけば運転手が視認し香純くんへ告げる事が出来る。香純くんは誘拐に慣れているため最初は其の考えには至りませんでした。素直に見知らぬ大人の云う事を訊くような真似はしない。ならば相手が子供だったら。自分と歳も変わらぬ子供が態々狙われている事を知らせてくれた。当然警戒心は解かれ香純くんは自分から車を降りてあなた達の車に乗り込んだ。急いでいたから鞄が床に落ちても気に留めている暇はない。筋書はきっと運転手は緊急装置を押さず此のまま囮となって空の車を走行させる予定だった。だけど実際、運転手はあなた達が拳銃を所持していたこと目撃してしまい、装置を押そうとして運転手に声をかけた花菱くんが撃ってしまった。だから弾痕は座っている運転手に対して水平となり助手席の窓硝子を突き破り住宅地の塀から発見された。撃つ筈がなかった銃撃音の所為で住宅地から人々が騒ぎはじめたため空薬莢を回収出来ずに其の場から逃走した。狙撃銃は後で回収すれば済む話です…合ってますか?』

話終えると鞠は拍手をした。其れは問いに対する回答だ。

「凄いねお姉さん。まるで見ていたみたいだ」
「何時から怪しんでいたのさ」
『最初からです。誘拐犯、然も人を殺す事も厭わない犯人が見ず知らずの子供に大事な指示を記した手紙を託す、というのは余りにも考えにくい選択でしたので。慣れていないのかとも思いましたが、其れにしては手際が良かったので。後は、東雲様に手紙を渡した少年の異常なまでの冷静で的確な説明に疑問を抱きました。まるで殺人現場を目撃する事を慣れているような見解を齎しました。其れと最後に確信を得られたのは、あなた達が燃やしたあの孤児院が凡ての散逸した欠片を普遍へと導いてくださいました』

孤児院の名を出すと強がっていた鞠は押し黙り機関銃を握る手に力が籠る。一方花菱はというと驚く事はないが色葉に対して戦意を出すことはなかった。

「あそこへ行ったのお姉さん」
『はい』
「じゃあ見たんだ」
『ええ』
「話してよ。其れも説いてみて、合ってるか確認するから」

花菱の言葉に色葉は再び口を動かし始めた。

『あなた達の素性を調べました。探偵社は優秀なのです。あなた達の出身が同じ孤児院で火災が起きた場所だと知り現場まで赴きました。其処で写真を拾い写っている少年達はあなた達に面影が似ており背景に写っていた此の教会が誘拐した子供たちを監禁している場所で、あなた達の最後の砦だと直感しました。此の殺人の犯人もあなた達です。中に住まう職員と子供たちは火事で死んだのではなく、殺害されてから建物を燃やした。職員を殺害した現場は地下に通じる場所。人体を切断させた凶器も発見しました。子供達はきっと鞠くんの銃で脳髄に一発。殺害してから遺体を地上へ戻し孤児院事焼き払った…あそこで何が行われているかは察しがつきますので説明を省かせて頂きますが、根絶させても気分は晴れましたか?』
「お姉さんが探偵って云ってもオレ驚かなくなった。正解だよ。オレ達の居場所を突き止めるにはオレ達があの孤児院に住まう者を惨殺した犯人で或る事を突き止めないと辿り着けない。お姉さんは其れが判っていた…質問の問いだけど晴れたに決まってるだろ。あそこで生き延びたってオレ達みたいに人間を棄てなければ生きられない。なら人間の儘、此の世に生を望まれた人間の儘死んだ方がマシだ」

花菱が答えると鞠は瞳に涙を溜めて嗚咽を漏らす。栄養失調で年齢の子供にしては水準基準を満たしていない細い体つきのふたりを映す色葉の紅玉は波紋していた。彼らに近寄り抵抗をしないふたりの小さな肩を両手で抱き寄せた。

「なんで、お姉さんはオレ達の事殺そうとしないんだ。お前の大事にしている奴を誘拐したんだぞ!」
『あなた達は初めから香純くんに危害を加えようとは思っていなかった。其の証拠に香純くんも少女も傷など一つもなかったじゃないですか。身代金だってそうです。あの額はお金なんて欲しい訳ではなかったのでしょう』
「あれば欲しいけど」
『残念ながら持っていないのです。済みません』

後頭部を撫でながら泣きつく子どもらをあやしていると花菱が色葉に告げる。

「お姉さんが標的、じゃないんだ。確かにそうだけど其れでは半分しか中っていない」
『其れはどういう…うた?』

深閑する場に突如と聴こえた歌声。静穏を伝える其の歌声に少年たちは眼を合わせると息をひと呑みしてから色葉の肩を掴み鞠は叫んだ。

「逃げてお姉さんッ!あいつ等の目的はお姉さんの大事なものをッ!?」

其の時、音も無く鞠は白目を向けて倒れかかった。異常なまでの急激な異変に色葉は頸筋に手を添え脈搏を図るが既に死亡していた。鞠の様子に花菱が色葉に覆いかぶさる様に抱きしめ床に倒される。すると機関銃の銃撃音が響き渡った。

「お姉さん聴いて。お姉さんを拐らう事は目的の一つだ。でも其れだけじゃない。此の計画を起てたおじさんはお姉さんの大事な物を炙り出す事を最優先にしていたんだ。此れまでお姉さんの身に起きた出来事は凡て其のおじさんが仕組んだ事ッ!??」

花菱は途中で言葉を遮られ激痛に顔を歪ませ左耳を抑え込む。歌まだ響いている。其の尋常ではない様子に色葉は鞠へ手を伸ばし触れた瞬間異能を使用した。瞬きを数度すれば視界には月明りが差し込む吹き抜けの硝子の天井が視える。未だ苦しそうにしている花菱は最期の力を振り絞って告げた。

「其してオレ等の事件によって…お姉さんの大事なものが…露見された。おじさんはお姉さんの大事なものを……壊そうとしている、だからっ」
『ありがとうございます花菱くん。大丈夫です』
「…ぁ、ねぇ、さん……あ、りが、とぅ……」

事切れたのか、花菱は苦しんだ末心臓の鼓動を動かすことを辞めた。上体を起き上がらせふたりの瞼を閉じさせると身なりを整えさせる。横に並べて胸の前で手を組ませた。歌声は静かに止んだ。

『おやすみなさい』

床を滑るコツリ、コツリとした音が耳に届く。其の音に顔を上げる事はせず色葉は静かに其の場から動かずにいた。闇夜に潜む悪鬼が照らされぬ地に足をつけ、愉快そうに弾んだ声色で謳う。

「あたいの異能は満足出来まして?字色葉。アンタはとんだ疫病神さね〜首領も何故こんな兵器みたいな女を欲しがるのかわかりゃしないが、生きていればいいって云われたし折角だから遊んでおくれよ。虫も殺せぬ顔をして一体どうやって人を殺して来たのか其の腕前教えてくれさね、あたいにさ」

パンツスーツを着た異能遣いの女が瞼を閉じて息を吸い込むとまたあの歌声が教会内に粛々と響き渡ると色葉も次第に其の音が耳障りへと変化し両耳を抑えた。完全に音を遮る事は出来ず眉を顰める。

「あたいの異能は視界で捉えた人間なら歌で脳死として殺す事が出来るんだよ。どうだい?お姫様。命を掴まれた気分はさ……苦しいだろ?なあ…死にそうかい?」
『……成程。此れが貴方の業ですか』

視線を横へ向けると影が揺らめき色葉は息を呑む。後ろで視えない糸が女の頸の皮に切り込みを入っていた。女は其処で熟知した。己の状態を。針金よりも頑丈な鋼鉄の糸が周囲に張り巡らされ自身の躯の自由を奪う処か息を吸うだけで死を宣告させられる。

「あ、アンタッ?!!」

女は言葉に呑まれた。口を半開きにしたまま表情は硬直する。異能を解いたのか表情は苦痛に歪んではおらず女の額に指先を添え吸い取った。女は力が抜けていくのを感じながらも為す術も無くされるがまま、行為が終えると女の耳許に唇を寄せた。

『逃げてください』
「っ……」

女の唇が動く乾いた唇で何かを奏でる前に、其の頸は音も無く床に転がった。目の前で鮮血の血潮が吹き溢れ其の近くに佇む色葉を頭上から赤く染める。顔を上げ影へ視線を向けるが闇夜に紛れて其の姿はもう消えていた。虚空を見据える紅玉の瞳は鈍く光り上着を脱ぎ顔に掛かった鮮血を拭い去る。或る程度拭いきると脱いだ上着を静かに眠る兄弟の様な少年たちにかけてやり、写真を取り出すと其れを握らせた。其処には子供特有の笑顔を浮かべ、とても人間らしかった。

『御免なさい……泣けなくて』




えっと、多分次でこの完ラストです。中也さんと一緒に闘いたかったな…わははは、其れは後にとっておきましょうか、宜しくお願いします!